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最後ちょっと優花視点です。
柊は今まで誠にかかわる人物や物を、これまで極力避けて来たのだ。
まるで小学校の時の再現のように、麗の手術の前日のあの日から、二人は言葉をかわそうともせずに中学を卒業していた。
とても気まずいまま、この一年を過ごしていたのだ。
「……山城君?」
「ええ、そう。……あの人だけだったの。私が何をしても動じない……芯の強い人」
と、優花は懐かしむように瞳を細める。
愛しい人を想う時、人はこんな目をしているのかと思うと、柊はドキッとした。
「……山城君って明と同じ高校だったよね?」
柊は思案に満ちた顔で考え込む。
「ええ、確かそうだったと思うわ。以外に頭が良かったことに驚いたもの。でもそれがどうかしたの?」
優花は不思議そうに柊の方を振り返る。すると柊は何か思いついたように微笑すると、優花の手を引っ張って歩き始めた。
「柊?どうしたの……?」
何もわからないまま優花は柊について行く。一方柊は歩調を緩めることなく歩き続けていた。
そして十五分ほど歩いただろうか、いきなり立ち止まったかと思うと目の前のレンガ作りのマンションの中にためらいもなく入り、オートロックの扉の前で目的の部屋の番号を入力してインターホンを鳴らす。
『……はい』
「明?私、柊。今大丈夫?」
『柊?ちょっと待って、今空けるから』
と、すぐさまオートロックが外され、ガラス扉が開く。
柊はまたもや優花の手を引いたまま勢いよくエレベータに乗り込み、優花があたふたしている間にあっという間に目的の部屋の前に着いたしまった。
「柊、久しぶりね」
と、明は柊がインターホンを押すとすぐに出て来た。
「明も、相変わらず元気そうで良かった」
と、柊も笑顔で返す。
「……あれ?この人……」
「優花ねえだよ。今日はちょっと明にお願いがあって来たの」
と、柊はやんわりと微笑んだ。
そして立ち話はなんだと明は快く二人を部屋にあげると、何が飲みたいかと聞いてきた。
「何でもいいよ。優花ねえは?」
「え――?じゃ、じゃあお茶を……」
と、気後れしたように優花はちょこんと柊の隣に座り込む。
柊は慣れたように明の部屋のテーブルの前に座っていた。
明の部屋は柊とは違い、本であふれかえっている事はなかった。適度にものがあり、それでいてすっきりしている。
「お待たせ」
そう言って部屋に戻ってきた明は手早く三人分のコップを並べる。
「で、急にどうしたの?」
そう言いながら柊の目の前に座ると、さも、既に柊が何を言いたいのかわかっているかのように笑った。
「うん、実はね、山城君に合わせてほしいの」
柊は何食わぬ顔でそう言う。
「山城君に?どうして?」
「優花ねえが避けられてるからその理由を聞きたいんだって。でも、会わなきゃ文句の言いようがないでしょう?避けられたままじゃどうしようもないから、明にお願いしようと思って」
「避けられてる?あの人でも避けるなんてことがあるのね……」
と、明は明るく笑った。
「……どういう意味?」
優花は避けられているのが自分一人だけなのかと思うと、余計に不安になった。
「だって、めったなことじゃもの応じしない人ですよ?」
「……確かに」
「で、なんとかしてくれる?私だって、大切な優花ねえが避けられてるなんて聞いて黙っていられないんだもの」
と、柊はなぜか拗ねたように口を尖らせたまま、膝を抱え込んでいた。
「……どうしてそんなに悔しそうなのよ」
明は不思議そうに聞いてくる。
「だって、私の優花ねえなのに……」
「じゃあ協力しなければ済む話でしょう?」
「私は、優花ねえのために動きたいの!」
「矛盾してるわねえ……」
と、明は苦笑交じりにため息をついた。
「話の中心人物なはずなのに、私にはまったく内容がわからないのよ。どういうこと?」
優花は小首をかしげて不満そうに言う。
「優花ねえと山城君を合わせようと思って」
「え――?」
優花は思わずその場に固まった。考えが追いつかない。
「明日、放課後にでもいい?」
そんな優花を置いて、柊はさっさと話を進めてしまう。
「うん。何処に連れて行けばいいの?」
「そうだなぁ……」
と、二人が横で思案している中、優花はまともにその話の内容が頭の中に入ってこなかった。
……私、やっと会えるの……?翔君に。
それだけしか、考えられなかった。




