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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
高校生編
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今回から高校生編始まります!



 ひいらぎはいつもと同じように細く長い坂道を歩き続けていた。あたりはもう薄暗く、二列に区切りよく並び立つイチョウの葉がハラハラと幾重にも舞い落ちて行く。

 車一台が通れるか通れないかのその一本道は、黄一色の絨毯のようだった。人一人がその上を歩いても、何十にも敷き詰められているイチョウの葉はびくともしない。ただ、風が吹くのに合わせて舞い上がるだけだった。

 毎日通っているとはいえ、柊はこの光景を見ると感嘆せずにはいられない。それこそ、何時間でもその場にいる事が出来るくらいには、安心する場所だった。

この季節になると、見渡す限り黄色く染まる道。これが冬になるにつれて閑散としていく。それはそれで風情があるので柊は好きだった。簡単に言えば、四季を感じさせてくれるこの道こそが、柊の宝物なのだ。

 春はイチョウの木の根元に陣取っているサクラソウが、さくら色はもちろんのこと、黄、白など色とりどり、誇らしげに咲きほこる。夏はイチョウの葉が青々と生い茂り、それに対するように秋は黄色く染まり茜色の空をより強く引き立たせる。冬はそれらに比べて淋しいものではあるが、それこそ、冬の景色であると柊は考えている。ただ、根気強く次の季節に備えて寒さを耐え忍んでいるのだ。

 柊がこの道を通るようになってもう一年以上。いつの間にか高校の制服を身にまとい、セーラーからブレザーへ、シューズからローファーへのちょっとした変化も、最初は戸惑いもしたが今となっては慣れたもので、緑のチェックのスカートをひらりと揺らしながら歩いている。中学のころから少しずつ伸ばしていた長く揺れる黒髪も、高校入学と同時にばっさりと切った。今では肩の上でさらさらとゆれ、毎朝柊は鏡の前でドライヤーとブラシ片手に格闘する羽目になっている。前々から気になっていた女子高への入学には、しきも一緒だった。めいかけるはもともと頭が良かったのもあり、れいと同じ超難関校を余裕で合格し、優花ゆかはもちろん近くの国立高校を一発でパスした。それぞれが別々の道に一歩ずつ踏み出し始めていた。

 そんな中、柊は相も変わらず中学のころ同様欠かさずこの道を学校帰りに通る。毎日一輪ずつ、季節の花を片手に、いつもの場所へと向かう。柊は何のためらいも無くその道の先にある建物の中に入り、早足で目的の部屋へと向かった。

「あら、柊。毎日欠かさず偉いわね」

 ドアを開けるとそこには優花がいた。空気の入れ替えをしていたのか窓を開け放したまま外を眺めている。

「優花ねえ」

 柊はほっとしたようにほほ笑むと、優花の傍へと歩み寄った。

 そこは、麗のいる市立病院だった。一年間、同じ部屋、同じ街並み、そして同じ景色をこの窓から柊は見て来たのだ。

「……麗君、今日は薄紅色のコスモスだよ」

 と、柊は麗に声をかけながら、いつもの花瓶に素早くコスモスを活けなおす。

「麗、嬉しそうね」

 と、優花は麗の寝顔を見ながら優しくほほ笑んだ。それにつられて柊も寝をつぶったまま寝ている麗を見た。

 ――一年前、麗の手術は無事成功した。その知らせを受けた途端、誰もが喜びの声を上げ、安堵して泣き、笑った。後は麗の目が覚めるのを待つのみだった。けれどそう上手くいかず、麗は一向に目覚めようとしなかったのだ。一日たっても、一週間たっても起きなかった。それは一年以上たった今でも変わらず、脳波には異常はないものの、原因不明の昏睡状態が続いている。

 そんな中、柊は麗の見舞いを一日も欠かしたことはなかった。

「柊、私そろそろ帰るけど、どうする?せっかく久しぶりに会えたのだし、一緒に帰らない?」

 優花は大学に入るなり、勉強にバイトにと忙しそうにしている。そのせいか柊と行き違いになる事がだんだん増えて来ていたのだ。

「うん、私もそろそろ帰ろうかな」

 と、柊はそこまで長居することもなく、麗のベットの隣の丸椅子からゆっくり立ち上がると優花に歩み寄る。

「優花ねえはだいぶお姉さんらしくなったね」

 柊は病院からの帰り道、クスクスと笑いながら優花を見る。

「服とかの着こなしが凄く綺麗」

「……そう?」

 と、優花は自分の服装を改めて見回す。

 柊の言った通り、優花は大学に入るなりとても落ち着いた女性という雰囲気を醸し出していた。長い髪は、高校の時と違って少し赤茶に明るく染めてあり、軽くパーマまでされている。そして綺麗にそろえられた前髪が可愛らしい。

「優花ねえは付き合ってる人とかいないの?」

 帰り際、柊はふと疑問に思ったので聞いてみた。

 よく考えてみると、力と別れてから優花が特定の男性と一緒にいるのをあまり見たことがなかったのだ。

「……いないわ、そんな人」

 柊の唐突な質問に優花は何だか罰の悪そうな顔をしてうつむいた。

「え……?でも、気になる人はいるって――」

「ええ、言ったわね、確かに。はっきりさせるって言ってたでしょう?私」

「う、うん……」

 けれどもその話を聞いたのは、それこそ一年以上前のことだ。柊は困ったような顔で首をかしげる。

 一方優花はなぜかとても不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。

「でも、相手が私に会おうとはしてくれないのよ」

「……どうして?」

「そんなの、私にだってわからないわ」

 優花は持っていた鞄を手が白くなるほど握りしめていた。

「あっちが上手に私を避けてくれているせいで、会えもしないんだもの。会ってくれないと、文句の言いようもないし……」

「それって、誰なの?」

 柊はずっと不思議に思っている事を聞いた。直接優花の口からその人の話を聞くことはあっても、その人がどこの誰なのかは全く分からないのだ。

「柊もよく知っている人よ」

 優花は拗ねているかのように口を可愛くすぼめている。

「え……?」

「山城翔」

 その名前に、柊は思わず目を見開いてその場に凍りついた。

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