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今回、少し短めです。
冷たい風が、容赦なく病院帰りの二人に襲いかかる。自然と二人は身を竦めてしまう。
ただでさえ気まずい空気が流れ続けているのに、秋も終わりがけという気候はそんな二人に少しも優しくはなかった。
「……今日は来てくれてありがとう」
柊は誠とは目を合わせる事も無いまま、道すがら御礼を言った。
「……別に」
誠は先程会った時と変わらず、愛想笑いすらしようとしない。
「麗君、凄く喜んでた。検査も、元気そうに行ってくれた……。青柳君のおかげだね」
と、柊の方はめげることなく誠に笑いかける。
「やめろっ――!」
そんな柊にたまらなくなって、誠は彼女の言葉を止めた。
「……何処まで俺を苦しめれば気が済むんだ?俺は、まだお前が好きなんだぜ?」
誠の表情は昨日と同じく、とても辛そうだった。その顔を見ると、柊は何も言えなくなってしまう。
「残酷な奴なんだよ、お前は」
柊は黙ったまま、誠を見つめ続ける。いつの間にか、二人の歩みは止まっていた。
いつもなら行き交う人がいてもおかしくはないのに、今日に限って、誰もいない。二人のいる細い路地は、まるで貸切りされているかのように、人影がない。
「……どうしてキスなんかした?どうやったらあんなことが出来るんだ?お前は麗先輩だけなんじゃねぇのかよ!」
柊は誠の剣幕に押されて、何も言えなくなっていた。
「お前の真意がわかんねぇんだよ……何考えてるのか、どう行動したいのか……お前はいつも、俺の想像をはるかに超えたことをすんだ……」
そう言って話す誠は、今にも泣きそうな顔をしていた。
「あ、青柳く――」
柊はたまらなくなって、誠の方に足を踏み出す。
「くるな!」
誠のその怒号で、柊の足がすくんで先に進むことが出来なかった。
「……お前なんか、大っ嫌いだ」
誠は泣きそうな顔で、柊にそう言った。柊はその言葉に、その場に固まった。
誠の泣きそうな顔が辛かった。自分の真意が伝えられない事がもどかしかった。大嫌いの一言が、身を引き裂きそうなほど、悲しかった――。
「さよなら、だ……」
と、誠は柊に背を向けると、柊を一人残して静かにその場を立ち去ってしまった。
残された柊は、何も言う事が出来ない。必死に自分を抑え込んでいた。体は、今にも誠を追ってしまいそうだった――。あの背中を追いかけて、抱きしめてあげたかった。振り向いて、抱きしめてほしかった。受け入れてほしかった。……けれど、それを許せない自分もいた。麗を裏切れない自分が憎かった。麗を裏切りたいと思ってしまう自分が憎かった……。
柊は呆然と立ちつくした後、すぐに我に返ると、猛然と歩きだした。人通りが少ないとはいえ、こんな道の往来で泣く事なんて出来なかったのだ。そんな事は、柊のプライドが許さなかった。
秋の風は、相変わらず冷たく吹きつけて来る。空は、相変わらず高く、果てしない。
必死に歩いているはずなのに、家がとても遠かった。どれだけ急いでも、どれだけ歩こうとも、一向に距離は進まない。その帰路が、柊にとってはとても長く感じられた。いつもなら、あっという間に終わってしまうはずの帰り道。それが何よりも苦痛で、何よりも恐ろしかった。
そして、やっと着いた玄関先で、柊は生まれたての赤ん坊のように、泣き崩れた。
すべて忘れてしまいたいくらいだった。新しい時を、彼と一緒に過ごしたかった。
本当は、ずっと心と正反対の行動をとって来てしまっていた自分に気づいていた。けれど、後戻りできない所まで来ていたのだ……。確かに、麗を思っている自分もいたから……。
けれど、今更だった。今更、そう簡単に素直になれるものでもない――。
誠は選んだのだから。
――柊のいない道を。
麗は選んだのだから。
――柊と共にいる道を。
柊は選んだのだから。
――誠のいない道を……麗といる道を。
それを、今更覆すことなんて……そんな勇気は、柊にはなかった。




