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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
37/52

37 side:makoto


 「誠、来てくれて嬉しいよ」

 麗は、柊の言った通り学校帰りに来てくれた誠を見て嬉しそうに笑っていた。一方柊の方は、わざわざ麗の病室まで足を運んだ誠を一瞥する事も無く、大人しく麗のベットの隣にある丸椅子に俯いたまま座っている。

「いえ……、麗先輩こそ大丈夫なんですか?明日手術だって……」

 誠は何事もないような顔をして麗に接する。けれど、柊の方を見ようとは一切しなかった。

「うん、それで、誠に反したい事があったんだ」

「――麗君、私、少し外に出てるね」

 柊は気まずそうにそう言って駆けだすように病室を出て行った。

「……柊、どうしたのかな?」

「さぁ……」

 と、わかっているのにわざと誠は首をかしげる。

 そんな誠に、麗が笑顔で先程まで柊が座っていた椅子を勧めてきた。誠はそれに甘え、素直に椅子に座ることにした。

 すると、次の瞬間麗は急に真剣な瞳で誠を見た。

「れ、麗先輩?」

 誠はそれだけで気圧されてしまう。

「俺を、恨んでる……?柊を使って呼び寄せたから」

 その問いに、誠は何も言わなかった――言えなかった。

「……だよね」

 と、麗は苦笑した。我ながら子供じみた牽制をしてしまったと自覚しているからだ。

「正直、何で伊吹がって……思いました」

「……うん」

「でも、俺にはあいつが何を考えてるのかも全くわからないから――」

「それは俺もだよ」

 二人は真剣な顔を突き合わせて話し続ける。

 欲しいのは、二人とも、同じひとだから……だからこそ、恨み、蔑み、恋敵の心情がわかってしまう事に嫌悪してしまう。そして、それと同時に哀しくなるのだ。

「あいつは、先輩の望みを叶えたいって言ってました」

「……うん」

「何かあったんですか?」

「どうしてそう思うの?何かあったって……」

「何でか、凄く切羽詰まった様な顔してたから……」

 誠は口ごもりながらも、そう呟く。

 そんな誠を、麗は真剣な表情のまま見つめ続けていた。

「……柊は、優しいよね」

「え……?」

 何をどうしたらそんな話に繋がるのかと、誠は内心不思議に思い首を傾げる。

「俺は、凄く卑怯な事をして柊を自分に縛り付けたんだ」

「……卑怯?」

 無意識に誠は自分の眉間にしわを寄せてしまう。

「うん……。少し、弱気になった自分を見せてしまったんだ。そのときに、思わず別れようって……」

「――言ったんですか?伊吹に?」

「……うん」

 誠も麗も、真剣な表情で睨み合っていた。

 自分に非があると言いながらも、麗はそれを理由に誠に対して何かしら遠慮するわけでもなく、対等に張り合ってくる。

「麗先輩は、伊吹を……」

「俺は、もう誰にも柊をわたしたくない。だから、柊の優しさを利用したんだ」

 一度手にしてしまったからこそ、手放すのが怖かったのだ。だから、離れられる前に、自分から着き放そうとした。それなら、未練こそ残っても、自分が決断して出した答えに後悔はないだろうから……。

「それが、どういうことなのかわかってるんですか?」

「わかってるから、こうして誠に話してるんだよ。俺は、誠にだって、柊を渡すつもりはないんだから――」

「俺は、もうあいつとかかわる気なんてないですよ」

 麗のいまだに真剣な表情に、誠はため息を吐いてあっさりとそう返した。

「……どうして?」

 意味がわからず首を傾げる麗に、誠は何も答えようとはしない。ただ、俯いて目の前にある手を握りしめていた。

「俺は、柊が本当に好きなのは、誠だと思ってる。だからこそ、柊を俺に縛り付けたんだ」

「……伊吹が俺を好き?」

「あぁ――」

 麗の真剣な表情に対し、誠はそれをあざ笑うかのようにして椅子から立ちあがると、窓の方へと歩みを進める。

「そんな事、あるわけないでしょう?もしそうだったとしても、俺はもうあいつと一緒にはいられない。いられるはずがない」

 窓の外を眺めながら、誠は少し皮肉めいた言い方をした。

「……どうして?」

「あいつはきっぱりと、自分には麗先輩しかいないと言ったんです。それに、俺だってもう、あいつの傍にいたいなんて思えない――」

「……柊のこと、好きなんじゃないの?」

「……好きですよ……心から――。でも、その反面同じくらい嫌いでもある」

 誠は麗の方を振り返ると、不敵な笑みを浮かべた。

「あいつは俺にとって、強みでもあり、弱みでもあるんですよ」

「それだけで、好きな人から離れようなんてしないだろ?お前は」

 と、麗は誠をきつく睨み据えていた。けれども、麗のそんな顔を見ても、誠は乾いた笑い声を上げることしかできない。

「しますよ。麗先輩は、俺を買いかぶりすぎです」

 そんな答えを聞いてもまだ、麗は誠のことを疑わしげな目で見つめていた。

「話って、それだけですか?」

 誠は麗の視線など気にもせずに笑顔を浮かべる。

 ……自分なりの、嘘の仮面を……。

「……俺にもしもの事があったらって思って呼んだんだけど、人選間違いだったみたい。お前なんかに、柊は任せられない」

「麗先輩は、誰にも伊吹を渡したくないんじゃなかったんですか?」

「あぁ、これで俺は何をしてでも生き延びなくてはいけなくなったよ」

「それはよかった」

 と、誠はまだ笑っていた。麗の方も、まだ睨みを利かせている。

 と、その時、ノックと共に柊がおずおずと病室に入って来た。

「麗君、検査の時間だって看護師さんが……」

 柊は不安そうにそう言うと、麗の傍に寄り添ってそっと手を握る。それが、とても自然な行動だったため、誠は駄目だと知りつつも、思わずその場に立ち尽くすしかなかった。

「うん、今行く。柊も、今日はもう帰りな」

「え、でも……」

 心配顔の柊の左頬に、麗はそっと手を添える。

「大丈夫だよ。俺はそんなにヤワじゃない。って言っても、こんな状態じゃ説得力無いかな」

「……ううん、信じてるから……麗君」

 と、柊は麗のその手を自分の両手で包みこむと、優しく握る。

「うん」

 麗はそんな柊が愛しくて溜まらなかった。自然と、優しい瞳で見つめ返す。

 二人は、誠がその場に居る事など、少しも気にしてなどいなかった。

「……また明日来るから」

「……うん、待ってる」

 と、柊と麗は誠の前で軽いキスを交わすと、麗は看護師に付き添われて病室を後にした。そんな二人を見ても、誠は一言も発することもせずただ見つめることしかできない。

 誠にとって、嘘を吐く事はすでに何でも無いことになりつつあった。

 正直言うと、柊を、麗を、自分の事を思うと、頭が破裂しそうになる。そんな誠の取った最後の手段は、「無」だった。

 もう、何にも係わることなく過ごす事。それがどんなに難しいことであるのか分かっていても、それをせずには居られなかった。何よりも、人を思いすぎるあまり、自分が壊れそうなのだ。もしそうなった時、それを誰よりも気にするのは柊であり、麗であろう。だからこそ、麗の前で思っても無いことを言った。

 そうでもしなければ、彼はきっと生きようとする力を無意識のうちにでも無くしていたであろうから――。そしてそうなった時、自惚れであろうとも、自身のせいにして自分は確実に壊れる自信があった。

 誠は、立ち向かうと言いながらも逃げることを選択してしまう自分自身に、ウンザリした。それでもなお、自分の気持ちを抑え込んでしまうのは、柊を愛しているからに他ならない。

 結局、誠は柊の事が誰よりも好きなのだった――。




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