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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
35/52

35


 私たちはいつから違う目的地を見て歩いていたのだろう。

 何処で道を間違えたのだろう。そして、何処が終わりなのだろう?

 今も、その先を探して歩き続けている。見えないゴールに向かって、必死に――。


 初めから簡単な事だった。

 本当は、難しいことなんて一つもなくて……。それなのに私たちはややこしくしてばかりだった。

 振り向けばすぐ傍にいるはずなのに、振り向く事ができない。そんな状態が、今まで続いた。

 

 そして、今も――。





 空にはいつもと変わらず太陽が少しずつ傾いて茜空を描いている。気づけば季節はもう夏の終わりを告げていた。青々と生い茂っていた緑は、いつの間にか赤く染まり、すでに冷たくなった風にそよがれている。

 夜になれば、昼間の夏虫の声が無くなっていた事に、秋虫の鳴き声で気づかされる。けれど柊は、泣いている虫の主の名前をあてることはできない。これが麗であれば、柊の大好きな笑顔を浮かべて教えてくれるのであろう。

 柊はその日の放課後、いつものように麗の病院へと向かっていた。ゆっくりと空を見上げながら歩いていると、後ろから声をかけられる。

「柊?」

「……優花ねえ」

「危ないわよ、前見て歩かないと」

 と、優花は少し疲れきっているような顔で笑っていた。本人はそれを必死に隠しているつもりでも、どうしても柊にはわかる。伊達に今まで一緒に居たわけではない。

「うん……。入道雲が、なかなか見れなくなったなって思って――」

「入道雲?」

 優花も一緒になって空を見上げる。

「……優花ねえこそ、大丈夫?」

 と、柊は不意に優花に向き直った。

「私は大丈夫よ。柊こそ疲れてない?一日くらい行かなくても、麗は何も言わないと思うわよ?」

 柊は麗が倒れてからというもの、毎日かかさずお見舞いに病院へと足を運んでいた。

「……言わないけど、心の底で何を考えてるかわからない人だから。もし、私が麗君だったら、来なかったことで疲れてるんだって……麗君に申し訳なくなる」

 柊はそう言うとまた、空を見上げた。

「……柊がそう言うのなら、もうなにも言わないけど――」

 二人は揃って歩き始めた。

「優花ねえは、今日、麗君のところに行くの?」

「今日は行けないの。麗には前もって言ってるのだけれど……」

「そうなんだ……」

「そうだ、麗の着替え、持って行ってくれないかしら?今日はお母さんも行けないのよ」

「いいよ」

 と、柊は屈託なく笑いながら頷く。優花はその笑顔が反って心配だった。

「……ごめんなさい」

 そう言って俯く優花は、とても辛そうな顔をしていた。

「……どうして優花ねえが謝るの?」

「だって、私は何もしてやれないもの。ただ、麗を応援するしか……見守ってやることしかできないわ」

「それは私も一緒だよ。たまに、何もできない自分に嫌になるときがあるの。どうして私はこんなにも役立たずなんだろうって。でも、考えてもしょうがないんだよね。優花ねえの言葉をもじって言うと、今やれることの精一杯が、その時の限界なんだから、それ以上は何を考えても一緒」

 と、柊はそうあっさりと言ってのける。

「……そうね。――柊は、強いのね」

「そんなことないよ」

 優花は力なく笑っている。柊も、笑っていた。

 柊は誰にも心を見せようとはしなかった。例えそれが優花であっても、甘えることなんてできなかった。自分の重荷を他人に背負わせることなんてできない。自分だけの力で前に進みたかった。

 優花は気づかない。色は気づかない。明は気づかない。それに気づけるのは、一人だけだった。

 そう、一人だけ――。




 「麗君、遅くなってごめんね。ちょっと麗君の家に寄ってたの。これ、着替えここにおいとくね」

 柊は麗の病室に入ると、すぐに麗の傍へと歩み寄る。けれどその足はすぐに止まった。

 柊の目の前にいるのは確かに麗なのに、柊にはそうは見えなかった。ただ、そこにいるだけのように見えたのだ。まるで影のように、存在感が薄い。いつもの麗とは全く異なる姿だった。ベットの背をたてて、そこからそのまま何の表情も無く窓の外を見つめている。その視線の先には、すでに上り始めている少し欠けた月があった。

「れ、れい……くん?」

 柊はそっと麗に近づくと、その腕を優しく掴んだ。すると、麗はゆっくりと柊の方に振り向き、やんわりと笑った。

「柊……」

「どうしたの?」

「……柊、本当のことを言っても良い?」

 柊はその言葉に少し不安を覚えた。それでも、「……うん」と、ゆっくりと頷く。

「俺ね、この手術、あまり自信がないんだ」

 と、麗はやんわりとほほ笑んだまま言った。

 それに対し、柊は何も言えなかった。ただ、体中の血が引いていくのを感じた。思わず、手に力が入る。ふと我に帰った時、麗の腕をまだつかんだままであったことを思い出して、すばやく離す。

「ど、どうしてそんな……」

「もしかしたら、俺はここで死んじゃうかもしれないから――。だからね、柊、俺と別れてほしい」

 そうやって話す麗のその笑顔に、柊は覚えがある。さっきまで優花に見せていた自分の顔だった。

 体中が思うように動いてくれない。心だけが先走っていた。麗に言いたいことがまとまらない。たくさんあるはずなのに、それのどれもが言葉にならない。一人その場で固まることしかできないもどかしい自分が心底嫌になった。

「柊……?」

「ど、どうして……」

 柊は泣いている自分を止めようとはしなかった。どんなに顔が醜くなっていても、麗を真っ直ぐ見て話したかった。

「どうしてそんなこと言うの!麗君にはもう私が必要ないの?私なんかいらないならいらないってはっきりそう言ってよ!」

 柊は急に、糸が切れたかのように叫び始める。

 そんな柊とは対照的に、穏やかな表情のまま麗は首を横に振る。

「違う、そうじゃないんだ――」

「じゃあ何なの?信じてって……負けないって……死なないって言ったじゃない!何でいきなりそんな事――!」

「……俺は、ずるい人間なんだよ、柊。確実に、柊よりは早く死ぬんだ。好きだから、柊の時間を俺一人の為になんか使わせたくない。俺を思ってくれているのなら、別れて?」

「嫌!」

 柊は頑として譲らなかった。

「柊……」

 麗は困り果てたような顔をしている。

「麗君は死んだりなんかしないんだから!別れたりしないんだから!」

「でも……それで傷付くのは柊かもしれないんだよ?俺がもし本当に死んだ時、どうするの?」

「そんな事言わないで!」

 柊はヒステリー気味に泣き叫ぶ。

「私を悲しませたくないなら……私の時間を大切に思ってくれているのなら、一刻も早く元気になって!それしか、私を笑顔にすることなんてできないんだから……麗君が元気にならないと、私だって元気になんてなれないんだから!」

「そんなこと言っても……」

 と、その時、柊は急に麗に抱きついた。

「麗君は、私のものなんだから……。私がいないと、ダメなんだから!」

 と、力いっぱい麗を抱きしめる。

「……柊」

「麗君はずるいよ……。私がもう、麗君を手放せない事を知ってるのに、そんなこと言うんだもん。――大っ嫌い!」

「うん……ごめん、柊」

 と、麗は優しく柊の背をさする。

「謝ってなんか欲しくない!」

「うん……ありがとう。」

「麗君なんか嫌い!」

 柊はそう言って麗の肩に顔をうずめる。

「……うん。俺も、好きだよ」

 麗も、そっと柊を抱きしめ返そうとした。

 と、その瞬間、柊は麗から素早く離れると、その勢いのまま強引に唇を重ねた。長い長いキスを――。

 そのキスの合間に、麗は必死に話し続ける。

「……ずっと……ずっと好きだったんだ――。子供のころから……柊だけを……見て来たんだ――」

 麗の言葉は、ため息になって柊に聞こえてくる。

 麗の頬をつたう涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。

「うん……わかってる――」

 柊は麗に抱きついたまま答える。

 麗はそれ以上もう何も言わなかった。ただ、柊を放そうとしない。

 そんな麗から、柊はそっと離れる。

「麗君、今日は寒いから、たくさん着ておかないと……」

 と、柊は赤くなった目のまま微笑むと、そっと麗に布団をかけて横にする。

 そんな柊を、麗は黙ったまま見つめていた。

「……なあに?」

 その視線に耐えきれなくなった柊が、照れたように麗に聞いた。すると麗は、柊の顔を優しく両手で包みこむと、そっと自分に引き寄せる。二人はあと数センチと言うところで、真正面から見つめ合った。

「……少し、頼みがあるんだ」

 麗は困った様な顔をする。

「……どうしてそんな辛そうな顔をするの?」

「頼みにくいことなんだ――」

 麗はそう言って力なく呟く。

「気にしなくていいのに。私は麗君の頼みなら、どんな願いだって聞いちゃうんだから」

 ただし、別れるって以外はね。と、柊は何の陰りもなく笑った。

「……じゃあ、一つだけ……」

「うん、何?」

「誠を、連れてきてほしいんだ。ここに」

「……え?」

 柊はその言葉に思わず胸がざわつくのを感じる。

 けれどそれに対して、麗の表情はとても落ち着いていて真剣だった。

「どうしても、手術前に会っておきたいんだ」

「……でも、後三日しかないんだよ?」

 と、柊は気乗りしなさそうに麗を見る。

「柊……」

 麗はまた、そう言って困った様な顔をして笑った。

「……わかった」

 柊は結局、麗に甘いのだ。麗のためなら、自分の感情を抑え込むことなんて、この時の柊には苦でもなかった。

「ありがとう」

 麗が御礼を言っても、柊は椅子に座ったまま俯いて口を噤んでしまった。

「……柊、もう遅いから帰りな。明日も早いんでしょ?」

 と、そんな柊に麗が優しげな表情で顔を覗き込みながらうながす。

「……うん」

 柊はそう答えると、素直に麗の病室を後にした。



ちょっと長めだったかもです。


読みにくいですかね?

もしそうだったらすみませんm(__)m

でもこれが精一杯な気もするのです…


さて、物語も佳境に入ってまいりました。

もう少し続く予定です。

最後までお付き合いいただければ、光栄です(*^_^*)


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