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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
33/52

33

「そんな……」

 色をつかむ明の手がすべり落ちる。二人にとっては予想外の言葉だった。まさか柊までもが誠を好きだったなんて、それだけは気づきもしなかった。

「柊ちゃん……それって……」

「うん。明が青柳君を好きだった時から、ずっと……。でも、明を思うと止まれるような、そんな軽い気持ちだった」

「それでも好きだったことには変わりないわ!」

 明は思わず叫んでいた。

「どうして……どうして言ってくれなかったの、そんなに信用できなかったの?」

「ううん、違う。好きだったんだもん、明が。あの時の私は他の誰よりも明と色が大切だったの。好きな男の子なんかよりもずっと――」

 柊の目は明も色も見ていなかった。その目は、どこか遠くを……あのころの自分たちを振り返っている。

「大切なんだもん。私にとって……初めての友達だったから」

「柊……」


 柊はいつの間にか流れ始めていた、溢れるような涙を止めようともしていなかった。

 柊は小学校のはじめ、その切れやすい性格のせいで、知らず知らずのうちに敵を多く作ってしまっていた事に気づかぬまま、いじめを受けていた。優花も麗も学年が違っていて、柊を支えてくれる人は誰もいなかったのだ。柊自身も、いじめられている事を二人に言う事が出来ないでいた。

 けれども、柊の心はその状況に耐えることが出来なくなっていた。それでも人前で弱みを見せられるほど、大人にはなりきれない。中途半端な弱さが自分を締め付けていた。

 そんな時、色と明が自分を仲間に入れてくれたのだ。幼馴染の二人は、教室でいつも二人で一緒にいたことを柊は知っていた。そんな二人が、柊がいじめられている事に気づき、声をかけて来たのだ。


「私はあの時の二人を忘れられない。今でも、二人以上の友達なんかあらわれないと思ってる――」

「柊ちゃん――」

「……明、あの時私に何て言ったか覚えてる?」

「……うん」

 明は降参した様にうなずく。

『泣かない人間なんか面白くない』

 三人の声が重なった。そして、その状況に思わず三人で笑い合う。


 あのとき、明は一人でいた柊のそばに近づいてくると、いきなりそう言って柊の頬を平手打ちしたのだ。「泣けばいいじゃん。あんたはなにも悪くないよ。みんなあんたが可愛いから逆恨みしてるだけなんだし」と、そう言って明は明るく笑った。そして今まさに打たれた頬に、明が殴る事がわかっていたのか濡らされていたハンカチを優しく押しつけて来たのが色だった。色は何も言わずに柊の頬に触れ、明と同じように優しく微笑んでいた。

 そんな二人をみて、柊はピンと張りつめていた心の糸が切れてしまった。無数の涙が頬をつたう。止めようとしても止まらなかった。そんな柊のそばに、二人は泣きやんでもずっと一緒にいてくれた。次の日も、そのまた次の日も、二人は柊を一人にしようとはしなかった。

 そうやって、柊には自然と自分の居場所が出来ていた。明と色の二人に挟まれていることが多くなっていた。そして柊にとってそこはとても落ち着く場所となっていたのだ。


「あの時の私が何よりも優先していたのは、二人だったの。だからこそ答えも簡単だった。気持ちを押さえつけるのなんて、何でもないことだった――」

「……今でもそう?」

 色は不安そうにそう言って柊を見つめ続ける。そんな色から柊は目を反らした。

「……ううん、もう出来なくなってた」

「どうして?」

「私にとって今でも二人はあの頃と同じくらい……ううん、あの頃以上に大切なの。何にも変えられない親友……それは変わらない。変わったのは……」

「誠君への心?」

 色のその言葉に、柊は何も言い返せなかった。

「本気で誠君を好きになってたんだね……でも、それなのにどうして麗先輩を選んだりするの?」

「麗君への心も、本物だったから」

「……つまり、二人の人を同時に好きになったってことね?」

 明は真っ直ぐ正面から向かって聞いてきた。

「……うん」

 三人の間に微妙な空気が流れる――。

「――柊は麗先輩が可哀そうだから選んだんじゃないの?」

 その質問に、柊はこっ間たように笑いながらも首を横に振った。

「ううん、青柳君に好きだって言われた時、私どうしても麗君に会いたくなった。でも、会えなかったの……それが麗君を傷つけるってわかっていたから、あえて呼ばなかった。麗君は心配して一緒にいてくれようとしたけど、断ったの。代わりに優花ねえが来たんだ。優花ねえは、間違えても良いって言ってくれた。恋はそういうものだって……私がその時決めた答えがどんな答えであろうと、それがその時の精一杯なら仕方ないって……。そう言われた時真っ先に浮かんだ顔が、麗君だった。間違えても良いなら……麗君と一緒に傷つきたいって。傷つかないのが一番なんだけど、やっぱり私が戻りたい場所は、麗君のそばなんだ。麗君のそばにいたいの」

 柊のその真剣な表情から、麗への心からの思いが色と明の二人にひしひしと伝わって来た。

「……柊ちゃんは本当に麗先輩が好きなんだね」

 と、色は呆れたような顔で笑っていた。

「その時出した答えがその時の精一杯……か。確かにそうかもね。どれだけ後悔しようと、後の祭りだから。間違えたって気づいたなら、いくら手遅れであろうとその時にどうするかが大切になってくるんだもんね」

 と、明も顔が呆れている。

 そして三人は笑い合った。どうやら、二人は柊の言葉に納得してくれたようだった。

「でも、これからが大変なんだよ、柊ちゃん。麗先輩、どうなの?」

「麗君が、信じててって言ったから、私は信じることにしたの。麗君が笑顔で帰ってくることを――」

「……そう。頑張ってよ、柊」

「そうだよ。じゃないと、ふられた誠君が報われないよ」

 そう言って色は困ったように眉根を寄せて笑う。

「うん、頑張る」

 柊も、真剣な表情でそれに頷いた。






 本当は、ずっと言いたかった……伝えたかった。けれどもう、その言葉をあなたにあげる事は出来ない――。

 そっと、心の奥にしまっておくから……。


「ずっと、大好きでした」心から――。


 そして、「さようなら――」。







『比べさせないで……。答えはもう決まってるの――』


 そう――、決まっていた。

 柊の気持ちは、本当はもうずっと前からそこにあった。

 柊も気づいていたのだ。気づかないふりをしていただけで、心は正直だった。でも、二人とも愛していたことにかわりはない。

 それでも……麗君だけは、騙せないんだろうな。

 柊は麗の鋭さを知っている。そして同じだけ、麗も柊の心がわかっているのだ。


『愛してるよ……麗君』


 柊は心の中で何度もそう呟いた。もちろん、麗も同じ気持ちだ。


『愛してるよ……柊』


 わかりあっているからこそ、辛い……。


 同じ日同時刻、二人の心――。

 それは、愛しくも哀しい、想い……。





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