30 side:rei・yuka・hiragi
「あら、今日は柊が来るんじゃなかったの?」
優花が部屋からリビングに降りて来ると、そこにはつまらなさそうな顔をした麗が一人でテレビを見ていた。
「なんか具合が悪いって、帰りも会ってくれなかった」
「……具合が?大丈夫なの?」
「本人は大丈夫だって言ってるけど、顔を見せてもくれないんだ。心配だから様子だけでもって言ったのに……」
麗は何だかとてもやるせなさそうだった。
「それは……」
誠君と何かあったんじゃないかしら――。
優花は自分がけしかけてしまった手前、少し不安になって来た。
「私、柊の所に言ってくるわね」
「え?なら俺も――」
「麗はダメ。断られたんでしょう?あまりシツコイと嫌われるわよ」
と、優花は軽い足取りで玄関を出て行った。
「シツコイって……」
その言葉に、麗は少なからずショックを受けていた。
「……誠に、何か言われたのかな――」
麗はどうして柊が自分に会ってくれなかったのかがわかる気がした。どれだけ自分を思ってくれていても……その気持ちに嘘が無いとしても、柊の中にはまだ誠がいる。それが、麗にもわかっていた。だからこそ、本当は不安で仕方がなかったのだ。
柊は、誠を選ぶのかな……。
そんな気がしてならなった。誰よりも、柊の傍に居たいと思うからこそぬぐえない不安を胸に、自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。何とも言えない脱力感が麗に押し寄せて来る。
「柊……」
麗はそのまま長いこと考え込むうちに、そのまま寝付いてしまった。部屋には麗の小さな寝息と、つけたままのテレビの音だけが木霊していた――。
家のインターホンがなったので、柊は渋々玄関先へと向かった。
「はい」
と、柊が素直に空けた玄関先には、優花が立っていた。
「……優花ねえ――」
「確かに、具合が悪いっていうのは嘘じゃなさそうね」
優花はそれだけ言うと、何も言わずに柊の家に上がり込んだ。柊はうつむいたまま、その後を追う。
「麗が拗ねてたわよ?柊に会えなかったって。門前払いにしたそうね?」
柊は何も言わなかった。
「泣いたんでしょう?」
と、優花は柊の顔を掴むと、自分の方に引き寄せた。
「目が少し腫れてるわ。何があったの?」
「……麗君、怒ってた?」
「いいえ。さっきも言ったように、拗ねてただけよ」
優花はそう言って優しく微笑んだまま、柊を見つめる。すると柊は、何かが切れたようにまた泣き出してしまった。
「柊……?話してくれないとわからないわ」
と、優花は柊の頬に優しく触れる。すると柊は肩をふるわせながら話し始めた。
「あ、青柳君と色、別れたって……」
「あら――」
優花はまさか誠がこんなにも早く行動に移すとは思っても見なかった。
……私のせいかしら――?
「……それで?」
優花は続きを聞いてから考えることにした。
「それで今日、青柳君に……告白されたの」
――展開早いわね……。
優花は心の中だけで呟く。
「私、まだ青柳君のこと忘れられてない。まだ好きなの――。だからそれが苦しくて……麗君に合わせる顔なんてない――!」
「……柊。それじゃあ麗の事は好きでも何でもないの?」
「違う!」
柊は泣きながら縋りつくように優花の服を握りしめた。
「麗の事も好きだから、心が痛むのね」
と、優花はわかっていると言うように、微笑む。
「麗の事も好きだから、辛いのでしょう?苦しいのでしょう……?柊、それでもあなたの中で、答えは決まっているはずよ?」
「え……?」
柊は真っ赤な目で優花を見つめた。
「柊にとって一番傷ついてほしくないと思える人は誰?大切にしたいのは?柊、あなたはまだ中学生なのよ?そんなに深く考えなくていいの。もっと楽になっていいのよ。今出した答えが間違っていても、それがその時の精一杯なら仕方のないことなのよ?誰もが間違えない道を通ることなんてできないの。間違った道があるから、正しい道が分かるようになってくるのよ。思うままに動きなさい。それがこれからのあなたのためになるのだから」
優花は柊の頭を優しくなでながら、落ち着かせるようにもう一度易しく微笑む。
「……間違えてもいいの?」
「ええ」
「……それが相手を傷つけることになってしまっても?」
「柊だって、傷ついてるじゃない。誰だって、傷つかずに恋愛出来るような人はいないわ。恋は、そういうものなのよ。大切に大切に、自分で育てていくものなんだから」
「育てる……。優花ねえも傷ついた?」
「ええ。もちろんよ」
優花は少し寂しそうに笑うと、柊を優しく抱きしめた。
「でも、色まで傷つけた――!」
と、柊はまた大粒の涙をながしはじめた。
「大切なのに……ずっと一緒にいたのに、気づかなかったの――。色が、青柳君を好きだったことも、青柳君と付き合い始めた時の条件も……。色は、青柳君の好きな人が私なんだって事を、知ってたんだと思う。だから、あんなに困ったように……淋しそうに笑ってたんだ……」
それが何よりも、柊には辛かった。親友の辛さを、わかってあげられてなかった。そうとも知らず、無邪気に笑っていた自分を、色はいったいどう思っていたのだろう。
「そうね……。色ちゃんは、全部わかってたのね。でも、柊が気に病むことはないのよ。彼女はそれを柊に知られたくなくて隠してたんだから」
「でも……」
「ええ。それでも、やっぱりきちんと色ちゃんと話はしたほうがいいわ。今日はそんな余裕なかったのでしょう?」
「うん……」
「じゃあ、今日は明日のためにたくさん泣いておきなさい」
「泣くの……?」
と、柊は驚いたように優花を見上げる。
「そうよ。たくさん泣いて、たくさん傷ついて……そうやっていい女になっていくのよ」
「いい女……?優花ねえも泣いたの?」
「ええ、たくさん泣いたわ。だから私はいい女でしょう?」
優花のその言葉に、柊は思わず吹き出してしまった。
「優花ねえは強いね」
「強く見せてるだけよ。好きになった人には弱いもの」
「緑ちゃん以外に弱い人がいるの……?」
柊のその言葉に、優花は首をかしげる。
「――どうかしら」
「え――?」
「私、今好きな人がいるかどうかもわからないの」
「……優花ねえが?」
「誰だってわからなくなるものなのよ、恋愛は」
と、優花は何だか悔しそうに口をとがらせると腕を組む。
「分からない人ならいるの。掴めなくて、とてものんきな男。でも、私は負けるつもりなんてないんだから」
「負けるって……何に?」
「さあ、何にかしら――?」
「優花ねえ……」
と、今度は柊が呆れたように顔をほころばせる。
「でも、そのうちけりがつくと思うわ。だって私よ?誰よりも曖昧というものが嫌いなんだもの」
「確かに優花ねえはすぐにけりがつきそう」
と、柊はクスクスととても楽しそうに笑っている。
「それで話をもどすけど、柊はどうするの?」
「……うん、決めたよ」
少しの時間だったけど、優花の言葉に一番最初に頭思い浮かんだのは――。
「もう大丈夫なのね?」
「大丈夫。私も、優花ねえみたいにいい女になるよ」
「それは良い心がけね」
と、二人は笑いあった。優花のおかげで柊はとても落ち着いていた。ようやく、自分の答えを見つけられた気がする。そう思っていた。
「じゃあ、私は帰るわ」
「え――もう帰るの?」
「ええ。麗を一人にしてはおけないでしょう?」
「確かに……」
麗の一人の時のものぐささは、二人とも良く知っている。
「麗君の弱点って、自分に対してのやる気の無さだよね。風邪引いてても気にしないの。ただキツイなって思うだけなんて、私には考えられないもん」
「そうね。そこが心配なとこなのよね」
と、優花も珍しく困ったように目を細める。
「じゃ、柊は取り敢えず、明日のめに心の準備をしておくことよ。いい?それ以外の余計な事は考えないの。ただ、色ちゃんとの事だけを考えなさい」
「うん。ありがとう、優花ねえ――」
「いいのよ」
と、優花は少しほっとした様にほほえむと、自分の家へと帰っていった。
柊はとても落ち着いていた。優花のおかげで、不安は残るものの焦りと恐怖は無くなった。
色に、きちんと話さなきゃ……私の今の気持ちを――。誰を選ぶのか……これからどうするのかを……。
その後にちょっとした幸福感を味わえるような気がして、柊の顔は自然にほころんだ。
と、その時だった――。柊のケータイが急にうるさくなりはじめた。
「着信……?」
柊はそのケータイを何のためらいも無く取り上げると、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
電話の相手は柊が電話に出るとすごい勢いで話し始めた。そしてその話を聞いた瞬間、柊はその場に凍りついた。
「え――?」
柊の手からケータイが滑り落ちる。
「あ――」
柊は震える手で急いでそれを拾い上げる。
「……ご、ごめん、優花ねえ。でも冗談でしょ?そんな……」
電話の向こうの優花は、いつもになく取り乱している。
「ゆ、優花ねえまって、今行くから!」
柊はケータイを握りしめたまま家を飛び出した。優花に支持された場所へ、一直線に――。




