3 side:makoto
「おい、あそこに居るの、伊吹柊と日向色だよな」
翔はわざわざ休憩中の誠の隣に来て指差した。
ベンチで汗を拭いながら翔の指差す方向を見ると、柊と色が音楽室の窓際で楽しそうに話しているのが見える。
「……あぁ」
「やっぱ、中学になると全然違うな。大人っぽく見える」
翔が誠の隣に座り、腕を組んで頭を縦に振っている。
「お前、何が言いたいわけ?」
翔は回りくどく話すことが多い。そのことをよく知っている身としては、はっきりと話してもらうために少しきつい言い方をしてしまう。その上、今回は話の内容としても誠にとってタブーときていた。
「日向さ、また一段と可愛くなったよな」
その言葉に誠は思わず翔を蹴り倒したくなった。
が、そこを必死に堪え、適当に相槌を打っておく。
「……そうだな」
「何だよ、その投げやりな返事」
「どうでもいい」
そう言って誠は一口水を含んだ。先ほどまでグラウンドを走り回っていたのだ。水分補給をしなくては身体が持たない。それなのに、翔はそんなことも意に介さず話し続ける。
「……お前さ、あの日以来、伊吹と話したか?」
翔は急に真剣な表情で話し始めた。誠は吹き出しそうになった水を必死に堪えて飲み込み、翔を睨んだ。
「それこそどうでもいい」
「でも、あの頃お前が好きだったのって、伊吹だろ?」
誠の睨みも全く通用しない。
いつもチャラチャラしている翔が、こういう時には本当に鋭い。こんな時、長い付き合いだと適当にあしらう事が出来ないので困る――。
「……あいつ、他に好きな人がいるって……俺の事は嫌いだって言ったんだぜ?」
誠は思わずムキになって言い返していた。
「だからって簡単に引き下がるのか?」
「俺だって思わず『大嫌い』って言ってんだ。今さら本当は好きでした、だなんて簡単に言えるかよ」
「お前、そんなに聞きわけの良いようなやつじゃなかった気がするんだけどな」
翔は苦笑しながらもそれだけ言い残し、水を一口含むとまたグラウンドに向かって走り出した。
「悪かったな、聞きわけが悪くて」
聞きわけが無いから、今もまだ、俺はあいつの事を忘れられないんだろうな……。いっそ、あいつの好きな奴ってのがわかればすっきりするのかもな。
誠は一人、そう考えながら笑うと、翔の後を追って走り出した。