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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
28/52

28 side:rei・hiragi

 少し蒸し暑くなってきた頃、桜の花びらも散り終わり、若葉が生い茂っていた。あたりは透き通るような青に、通り過ぎていく家々が輝いて見える。蒸し暑くなったと言っても肌寒さはまだ残り、冷たい風に思わず肌を隠す。まだ日は昇り始めたばかりで、道行く草花に、朝露が残っている。そんな光景一つ一つに、柊は顔をほころばせる。

「私、この季節が一番好きだな」

「え――?どうしたの、急に」

 と、麗は少し驚いて柊の顔をのぞき見る。

「だって、学校までの道を歩いててこんなに楽しいの、この季節だけだよ?色んなものを目にして少しほっとするの」

「……じゃあ俺と今まで一緒に登校していて、風景ばかり気にしてたって事?俺は?」

「もちろん麗君との登校は楽しいよ?でも、それと同じくらい、あたりを見て回りながら歩くのが大好きなの」

 と、柊はクスクス笑っている。

「俺とそこら辺の景色とは同等の価値ってことか……」

「落ち込まないの!それだけこの景色が好きってことでもあるんだから」

「そうは言ってもねぇ」

「ほら、もう付いちゃったよ、学校。じゃあまた放課後にね!」

 と、柊は昇降口へと走って行ってしまった。誠の家に行ったあとから柊は何かと元気だった。ちょっとしたことで笑い、喜ぶ。麗はそんな柊を見ているのは好きだったけれど、内心複雑でもあった。

 本当に、満に一つも可能性が無いってわけじゃない……か。むしろ、俺のほうが危ないかもね――。

 麗は複雑な表情で、空を見上げる。そこには雲ひとつない空が澄ましたようにあるだけだった。

 変わらない保証なんてない。でも、俺だって見てるだけってわけにはいかないから。

 麗は意を決した様に、今度は自分の学校へと歩き出した。






 「明、色知らない?」

 部活の朝練が終わってすぐ、柊は明の教室に顔を出していた。

「色?知らないけど……どうかしたの?」

「ん――、朝練に来てなかったから」

「教室は?」

「さっき行ってみたんだけど、いなかった。明なら何か連絡貰ってるかもと思って来たんだけど――」

「私にも何も連絡来てないよ?」

「……わかった」

 柊はそう言うとそそくさと明のクラスを出て行った。

 ……どうしたんだろう、色。連絡ないなんて初めて――。

いつもなら何かあれば必ず柊か明に連絡をくれるはずの色が、何の音沙汰も無い。柊は段々不安になってきた。と、その時――。

「柊ちゃん、おはよう」

 と、後ろから声がかかった。

「え……色!どうしたの?心配したんだよ!何の連絡も無かったから」

「ごめんね、寝坊しちゃって――」

「ね、寝坊?」

「うん、おかげで髪ぼさぼさだよ」

 と、色は手で少しくせのついたままの髪を整えようとしている。

 けれど、柊は色のちょっとした変化を見逃さなかった

「色……ホントにどうしたの?寝坊なんて色らしくない。何より……」

 柊は、それ以上何も言えなった。きっと、色もわかっているだろうから。それは、色の表情を見ればわかった。困ったように、笑っている。聞かないでくれと、言わずとも伝わってきた。

「教室、行く?」

 柊はそれだけ言って、色の顔から目を反らした。

「……ううん、保健室行ってくる」

「わかった。落ち着いたらおいで」

「うん、ありがとう」

 と、色はトボトボと歩きだした。その背中は、とても小さく感じられた。

「――柊、こんなとこに突っ立って何してるの?色は?」

 教室から顔を出した明は、心配になったのかそっと柊の傍に来ると、優しくその腕を組む。

「……色の目、真っ赤だった」

「……腫れてた?」

「うん……。でも、色は何も言いたくないみたい。聞かないでくれって、顔が言ってた」

「……そう」

「何かあったのかな、青柳君と」

「言いたくなったら、言ってくれるよ。それまで、待ってよう?」

 明は柊を落ち着かせるように、優しい声でそう言って微笑む。

「でも――」

「これは色の問題だから、私たちが勝手に首突っ込むのはよくないと思う。色の事だから、きっと話してくれるはずよ」

「……うん」

 柊は落ち着かないまま、教室へと戻った。

 柊は、誠と同じクラスだった。でも、顔を合わせると、何か問い詰めてしまいそうで、柊はなんとなく誠を避けてしまっていた。そんな時、誠から声をかけてきた。

「伊吹、少し話したいんだけど」

 放課後になると、誠はとても真剣な顔で柊を中庭に連れて行った。

「……俺、校庭の前にあるベンチも好きだけど、ここの芝生も好きなんだよな」

 と、誠は少し微笑んでベンチに座る。けれど柊は、どうしても隣に座る事は出来なかった。

「……うん、私も。落ち着くから」

 そう言って、緊張した面持ちのまま誠の前に立って話し続ける。

「あぁ――。お前、何かるたびに一人でここの芝生に寝転がってたよな」

「……どうして知ってるの?」

「見てたから。ずっと――」

 柊は鼓動が一つ、跳ねるのを感じて誠を見つめた。けれど誠のほうは柊と目を合わせようとはせずにただ足元を見つめている。

「前に言ったよな。俺には色の他に好きなやつがいるって」

「……待って」

 柊はとてつもなく嫌な予感がした。これ以上話を聞いてはいけないような、そんな嫌な気が――。

「色、今日ひどい顔で学校に来たの」

「あぁ」

「もしかして、これから話すことに関係してる――?」

「……あぁ」

「……き、聞きたくない」

 柊はそう言って身をひるがえしてその場から逃げるように立ち去ろうとした。けれど、そんな柊の腕を誠はすばやく掴んで止めた。

「俺は、話さなきゃいけねんだよ」

「――どうして?今更じゃない」

 柊は振り返らずに答える。

「今更?……お前は、俺の気持ちに気づいてたのか?」

「知らないわ、そんなこと」

 今度は柊が誠に背を向けたまま、目を合わせようとはしない。

「……気づいてたのか?」

 と、柊の腕を掴んでいた誠の手に、力が入る。

「気づいてなんかなかったわ」

「じゃあ、どうして今更なんて言えるんだ?」

「――だって今更じゃない!私もあなたも、もうお互いに相手がいるのよ?なのにどうして話しがあるなんて言えるのよ!」

 柊はそう叫びながら、振り向きざまに掴まれていた腕を思い切り振りはらった。

「今だから言える」

 そう言う誠の表情は、とても真剣なものだった。

「意味わからない!私は、色の気持ちを裏切れない」

「俺は、まだ何も言ってないぜ?」

「あなたの言いたいことなんて聞かなくてもわかるわよ!だいたい、色をどうしたの?色に何言ったのよ!」

「色には、別れてもらった」

 柊は、誠のその言葉に絶句してその場に凍りついた。


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