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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
25/52

25 side:makoto


「痴話喧嘩はそのくらいにしてくんない?これ以上ご近所さんの注目を浴びたくはないんでね」

 と、そう言う三人の周りには、いつの間にか人だかりができていた。

みんな、二人の喧嘩に思わず足を止めてしまったのだ。

「……気づいてたんならもっと早く止めろよ、誠」

 翔は誠の肩にうなだれるようにして腕を置く。

「入る隙が全くなかったんだよ。二人とも、もの凄い勢いで言い合ってるし。しかも俺の事まで」

「わ、悪い……」

 翔は素直に落ち込んでいるが、優花はまだ拗ねている。

「優花さん……でしたっけ?取りあえず、上がってください」

 と、誠は玄関のドアを開けて待っている。翔はもうとっくに中に入っていた。

「……紳士的なのね」

 諦めたようにため息をつくと、優花は複雑そうにほほ笑んだ。

「はい?」

「あなたのそれは、普段から身につけているものみたいね。山城君とはまた別のところで、自然に女の子を引きつけるタイプ」

 優花は薄笑いを浮かべると、素直に誠の家の中へと足を踏み入れた。

 誠の家の中は、外装とは違い、とても雰囲気があった。外から見ればいたって普通なのに、中はとても凝っている。玄関がとても広く、天井が吹き抜けで、ガラスに覆われていた。電気をつけなくても日の光で敷き詰められたタイルが淡く輝き明るい。

「凄い……」

 優花は思わずそう呟いていた。

リビングに入ると、そこには他の家と比べると少し大きめ――まぁ、優花の家に比べて、だが――。の薄型テレビがあり、その目の前を、真っ黒なソファが机を挟んで囲んでいる。そのすぐ右手には、広々とした庭が広がっており、季節の花が色とりどりに咲き誇っている。左手側は、ダイニングキッチンで、いかにも女の子が喜びそうな感じの透明感あふれるものだった。けれど何より優花を驚かせたのが、そのリビングの頭上にあるシャンデリアだった。誰もが羨ましがるような豪華さで、まさにこの場の主役とでもいえるものだった。主に透明なガラス細工で、金で縁どられており、派手すぎず、地味すぎず、華やかだった。

「……どういう仕掛けなの?」

 優花は輝くような目で誠に詰め寄る。翔は慣れた様子で黒一色の豪勢なソファに体を預けてテレビのチャンネルを片手にくつろいでいた。

「仕掛けって?」

 誠は質問の意味がわからず小首を傾げて聞き返した。

「だって、外からはどう見ても普通の家だったわ!それなのに、中はこんなに広々としてるんだもの!」

「ん――、俺の父さん、建築士なんです。いつか家を建ててやるって言って、建てたのがこの家で。俺、その頃はまだ小さかったからよく覚えてないんですよ」

 と、誠はキッチンでお茶を入れ始めた。

「紅茶で良いですか?」

「えぇ、ありがとう。……ところで家の人は?」

「父さん、今出張中なんです。母さんもそれについて行ってて、俺一人です」

「一人?……じゃあ、ご飯とか、あの花の水やりとかは?」

「全部自分で」

「作るの?」

「えぇ。大体の事は一人で出来ますよ。中学に上がったとたん、母さんが俺に叩きこみましたから。後から考えると、父さんについて行くためだったんですけど」

 と、誠は苦笑いだった。

「いつまでたっても新婚気分が抜けない夫婦なんです」

「あら、いいじゃない。仲良き事は言い事よ」

「はい。わかってます」

 誠はそう言うとカチャカチャと音をたてながらリビングへと戻って来た。

「どうぞ」

 そう言って誠は翔の横を進めたが、優花はなんとなくしゃくだったのか、翔の向かい側のソファに身を預けた。

 そんな光景を見て思わず誠は微笑んでしまった。

 優花は誠がそそいでくれた紅茶に一口口を付けると、心を落ち着かせるようにして一息ついた。

「――そろそろ本題に入っても良いかしら?」

「……ええ」

 思ったよりも、誠の心は落ち着いていた。優花の問いに、はっきりと答えられる。

「あなた、色ちゃんと付き合っているのよね?」

「はい」

「それじゃあ、彼女を愛しているの?」

「いいえ」

 と、誠は笑顔で返した。

「……それじゃあどうして?」

 あっさりと受け流してしまう誠に目を丸くすると、優花は一気に毒気を抜かれてしまったように肩の力を抜いた。

「何がですか?」

「どうして彼女と付き合っているの?」

 そこで誠は表情を崩さないままだったが優花から目線をそらした。

「……彼女を、愛してはいません。でも、人としては、好きだから」

「それだけ?」

「甘えているんです。好きになってくれなくても良いって、最初に言われちゃいましたから」

「……それであなたたちは満足しているの?」

「はい」

 誠の表情は笑ったまま変わらない。逆に言えば、それが胡散臭くもあった。

「嘘でしょう?」

「え――?」

 優花の思わぬ即答に、誠は目を見開いた。

「満足するはずがないわ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「私も同じだったからよ」

「……同じ?」

 と、そこで誠は急に表情を変えた。そんな中、翔だけは変わらず黙ったままじっとしている。

「ええ――。そうやって付き合っていて、一番傷つくのは誰だと思う?」

 誠は何も言わなかった。言えなかったのだ。それが誰なのかわかっているからこそ――。

「色ちゃんよ。あなたの中途半端な優しさは、余計に相手を傷つけているの」

「……でも――」

「でも、何?あなたはそれに気づいているのでしょう?それなのに、黙ってる」

 優花は容赦なくそういった。その眼光は、誠を黙らせるには十分だった。わかっているからこそ、何も言えない。

「すごく卑怯よ。自分を守るためなら、相手はどんなに傷ついてもいいの?いくら相手がそれを望んでいるからって、何でもかんでもその通りにすることが優しさだなんてこと、ないのよ。そんな考えなら、今すぐにやめてしまいなさい」

「そんなことは――」

「でも、今のあなたはそうなのよ。彼女に愛してるって、堂々と言える?できないんでしょう?それはあなたがこれ以上彼女と関係を深めるのを恐れているからよ。離れたいと思ったときに相手を傷つけてしまうから。でも、どちらにしても彼女は傷つくのよ?」

「……優花さんは真咲先輩と別れたとき、どう思いましたか?」

「悔しかったわ」

 誠はようやく口を挿むことが出来たと思ったのに、優花は間髪いれずにそう返してきた。

「私じゃ彼に愛してもらえなかった。……でも、これ以上ないってくらい、大切にしてくれたわ」

 と、ここで急に優花の表情が変わった。

「彼は、私を思って何も言わずに別れてくれたわ。でも、本当は止めてほしかった。私のことを心から想ってくれていたのなら……。でも、彼はそうしなかった。それは彼と私の想いの形が違っていたからよ。恋をしていたのは、私だけだった」

 優花の話を、二人は何も言わずに聞いていた。真剣な表情で、優花を見つめている。

 いっぽう優花は、さっきまでの力強さはなく、意気消沈していた。

「大切なら……彼女をホントに思っているのなら、傍に居ないほうがいいの。それが出来なければ覚悟を決めて本気で愛してあげることね。そろそろ甘えるのを終わりにしてあげて……。なにより、彼女のために」

 と、優花は儚く笑う。それは、とても美しかった。誠に、年上の女性なのだと実感させるような笑顔だった。

 そんな優花を見て、翔は何も言わずにただ真剣な表情で歯を食いしばっていた。

「……はい」

 長い沈黙の後、誠はようやくそう返すことができた。

それを、優花は笑顔で受け止める。

翔は相変わらず黙ったままそこにいる。

その時だけ、三人には時間がゆっくりと進んでいるような錯覚に陥った。

そんな中優花は、一人だけ先にふと、我に帰った。

「……あら、もうこんな時間だったのね」

 時刻はすでに夕方の六時を回っていた。

「そろそろ帰らないと。柊が待ってるわ」

「伊吹が?」

 と、ここでようやく翔は口を開いた。

「ええ。今日は柊が夕飯を作ってくれるの。うちの両親、しょっちゅういなくなるから」

「……いなくなる?」

 と、翔は繰り返す。優花は嬉しそうに手提げ鞄を持ち直すと、そわそわしながら立ち上がる。

「とりあえず、今日はお暇させてもらおうかしら。素敵なお部屋を見せてくださって、ありがとう」

 優花は珍しく目を輝かせている。

 この後の柊のごはんも楽しみの一つだが、この家の内装もよほど気に入ったのだろう。

「いえ、こちらこそ」

 と、誠が返した瞬間、

「――そうだわ!」

 と、優花が声をあげた。

 その勢いに、誠だけでなく翔もびくりと肩をすくめてしまう。

「柊と麗をここに呼んでもいいかしら?」

「えぇ――?」

 流石に誠も驚いた。翔も口をポカンと開けたまま固まっている。

「だって、柊喜ぶわ!このキッチン。それに食事は大勢で食べたほうが美味しいわ!」

 と、優花はさっそく麗に電話し始めた。

「……俺の意見は?」

 誠は力なくつぶやく。

「諦めたほうがいいぜ。あの人はこういう人だ」

 と、翔は誠の肩を軽くたたいてそのまま寄りかかり、頤を乗せた。

「すごい人だな……」

 誠は心底そう思っている。なかなかこんな風に行動できる人などいないだろう。

「あぁ。……惚れるなよ?」

「ぬかせ」

 二人はそう言って笑い合った。


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