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初投稿になります。
つたない文章ですが、お付き合いいただけると光栄です(*^_^*)
昔、友達が指差した男の子。
彼は最初から、「友達の好きな人」だった
もう少し、彼のことを知っていたら……
そんな思いが、いつまでも消えない
「好き」
その言葉が、とても遠かった――
どこにでもある街並みで、何処にでもある風景が並び、何処にでもいそうな人がいる。私たちはそんな中で、何の疑問も疑いも感じることなく育った。自分の生まれた街という、それだけでその街に居心地の良さを感じるのだ。
いつもよりは肌寒く、風が吹く日……柊はふと、空を見上げた。何かを考えていたわけではなく、本当に何となく、だった。ふと、空を見上げて、ふと、立ち止まる。そんな日々の中、柊はただ、気の赴くままに歩いていた。そんな時――
「柊ちゃん、見て、あの子!」
と、隣を歩いていた日向色が、急に反対車線の歩道を歩いている一人の男の子を指差した。
「……誰?」
「隣のクラスの青柳誠君だよ!明ちゃんの好きな人!」
その頃、私たちはまだ小学三年生で、人の噂話が珍しくもあるせいで、私はその話にとても興味をもった。
「……好きな人?」
「うん。明ちゃん、誠君の事が好きなんだって!」
色は隣で楽しそうに話している。
水城明というのは、いつも私と色と三人でいる女の子友達の事だった。柊は少し前から、この二人と一緒に行動するようになっていた。
「……ふーん。……好きな人って、どういう人なの?」
初恋もまだだった柊には、よく分からなかった。「好きな人」というものが、どういうものなのかを。
「え?柊ちゃん、好きな人いないの?」
「うん。よくわかんない」
と、柊は真顔で首をかしげる。
「うーん。なんかね、好きな人の事考えると、わくわくして楽しくて、明るい気分になれるの!」
「……楽しい……?」
「楽しいよ!」
その話を聞いただけで、柊はわくわくした。
「あ、誠君がこっち見た!」
と、柊は振り向いた誠と目があった。――様な気がした。
二人は無言のまま、見つめ合った。と思うと、誠はすぐさま踵を返して歩き出した。
「ね、かっこ良かったでしょ?明ちゃん、見る目あるよね!」
色がとてもはしゃいでいる横で、柊は未だにその感覚がわからずに首をかしげる。
「……うん?」
「何で首かしげてるの……?」
「よくわかんない……」
この時の柊にとって好きな人とは、色であり、明であったのだ。
『好き』の意味するものが、いまいちつかみきれない……。
それが、柊の正直な感想だった。
それから柊は、学校でよく誠を見かけるようになった。気にしすぎているせいか、ただの偶然か、それとも今まで他人に興味を持たなさすぎたせいか、周りの女の子たちの反応を見ると、誠を好きだという子は意外と多かった。
けれど柊には、やっぱりいまいちわからなかった。
好きって、どんな気持ちなのかな?楽しいって言ってたけど、不安そうにしてる子もいるし……。私もいつか、あんな風にわくわくしたり悩んだりするのかなぁ……?
柊は自分が恋愛をしている姿が想像できなかった。そんな自分を想像しただけで、何か拒否反応のようなものが起きる。自分で自分に寒気を覚えるのだ。
柊にはその答えがわからないまま、二年という歳月が流れた。けれども相変わらず誠は女の子に人気があり、むしろその人気は益々ヒートアップしていくばかりだった。その状況を見ていても柊はやっぱり良く理解できなかったので、ただ遠くから眺めていた。まるで他人事のように……。まぁ、本当に他人事ではあったのだが。
そんなある日……。
「おい、女子」
と、クラスのガキ大将である山城翔がクラスの教卓の前に立つと、急に大声をあげた。さっきまで後ろの黒板の前に固まって何かを話していたクラスの男子が、いきなり向きをかけて反発心丸出しで睨みつけてくる。今までそんなことが起こった事なんて無かった為、柊は目を丸くして何事かと机に座ったままゆっくりと翔のほうに振り向いた。
「お前ら、誠の事見すぎなんだよ。誠が、あんまじろじろ見ないでほしいってさ」
「……はぁ?」
翔のその一言に、柊は思わず自分の席を勢いよく立ちあがって悪態をついていた。その反動で、柊の椅子と後ろの席の机がガタガタとうるさい音をたててぶつかる。後ろの席に座っていた子が、多少驚きながらも慌てて両手で机を抑えているのを目の端でとらえながらも、柊は口を動かすことをやめる事が出来なかった。
「何なのよ、それ。どうして本人じゃなくて、あんたが言うの……?」
「何だ?伊吹も誠の事が好きだったのか?」
翔は、恰好のネタを見つけたとでもいうように、ニヤニヤしながらそう言って笑った。
その態度に、柊は呆れて大きなため息をついた。ここまで馬鹿にされて、頭に来ないはずがない。柊は、基本導火線が短いのだ。
「バカじゃないの?あんたたち。聞いてもないのに人の心がわかるの?私が言いたいのは、伝えたいなら直接自分で言いに来いって事。人伝えなんて、恰好悪い!」
そう言って翔に食って掛かる柊を、色と明が口を空けて眺めていた。
「お前、仮にも好きなやつによくそんなこと言えるな……」
翔は少し怖気づいたように半歩引いた。
けれども翔のその一言が、またもや柊を怒らせる。
「だから、私が好きなのは青柳君じゃないの。他に居るんだから、いちいち引っ張りださないでよね!私、こんな風に人に頼って自分の口から何も言えないような弱々しい男、嫌いなのよ」
柊は思わずそう口走っていた。けれど、好きな人がいるなんて嘘っぱちで、本当は好きだという気持ちも知らないのだ。そんな事を考えて心中穏やかでない柊とは裏腹に、柊のその言葉に教室中がシンとなった。
「……俺も、お前なんか大嫌いだよ……」
誰もが黙り込むその中で、誠がポツリとそう呟いて、教室を出て行った。その背中があまりにも寂しそうで、なんとなく、柊は罪悪感を覚えた。
どうして私がこんな気持ちにならなきゃいけないの……?
柊は、なんだか胸が苦しくなって、すっきりしない気持ちになった。胸につっかえているものが取れないような、そんなもどかしさ。誠の最後の一言は、柊の心にいつまでも残ってしまっている。
その日の夕方に、近所のお姉ちゃんにその日あったことを話すと、お姉ちゃんは笑いながら話してくれた。
「恋はね、気づいたら始まっているものなのよ。甘かったり苦かったり、その人の頑張りによって味を変えるの。まるで、チョコレートみたいにね」
「チョコレート?」
柊はその言葉にただ首をかしげることしかできない。
「そう。カカオと一緒に入れる、砂糖のさじ加減と一緒。今の柊には、苦さだけが残っているみたいね……」
そう言って微笑んだまま、柊の頭を優しくなでてくれた。
「これが恋なの?」
「違うの?」
「……わかんない。私、ヒトを好きになった事が無いから」
柊はそう言って俯くと、黙り込んでしまった。
「じゃあ、これが柊の初恋だったのかも知れないわね」
「初恋……」
けれど、柊は今更自覚しても、もう遅いと思う自覚があった。
嫌いだと言って、大嫌いだと言われた。
あんなに憧れを持っていた初恋が、あっという間に終わってしまった事が柊にはショックだった。
何もしないまま、自覚した頃には全て終わっている。ただ苦いだけの、後味の悪いそれが、柊の初恋だった。