第7話:出発
哲はおおきな荷物をかかえて出てきた。重そうなものを片手で軽々と持っている。
つくづく化け物だな。
孝太は思った。
孝太の部隊である「狐の牙」はもうとっくに準備を終え、整列していた。
「ふん、なかなか骨のありそうな奴らだな。」
哲が鼻を鳴らして言った。
この廃墟に立てこもっていた隊長は哲をみて完全にびびっていた。
「お、お前あんなマンティス一体倒したぐらいで、い、いい気になるなよ!」
情けない・・・。
「隊長さんこの人は悪い人じゃ・・・・。」
孝太はそこでいいとどまった。隊長でもないのに隊長というのは変だな・・・。
「そういえば隊長さん名前は?」
「私か?」
隊長が答えた。
「私は、李という。こいつは俺の一番の部下で、劉だ。」
先ほどの小柄な男が中国式の挨拶をした。
外国人だったのか・・・。
孝太は地図を広げた。リーさんたちを安全なところまで連れて行かなければないらない。
「ここです。」
李が地図の真ん中のあたりを指差した。
そこには「B-52防塞都市」と書いてある。太い文字で書いてあり、重要な都市だとわかった。
「大きそうな街だな。」
哲がつぶやいた。
「自慢の街です。」
小柄な劉がにっこりと笑って答えた。
哲はまた胸が締め付けられたような気がした。
この戦いが始まってから俺は本当に人の笑顔が苦手になったのだ、そう思った。
バグが攻めてきてからというものほとんどの重要な都市は破壊された。しかし一部の都市は要塞化し、隠れるようにしてかろうじてバグの侵入を防いでいた。
そこに残ったわずかな人類は住んでいた。
孝太もそういう街に住んでいたのだが、数ヶ月前完全に「破壊」された。孝太たちが食料を探しに外へ出たときであった。
孝太は町に戻って愕然とした。わずかな残骸を残して何もなくなっていた。
先ほど李の部隊が立てこもっていたのも昔に破壊された街のあとである。
孝太は街の位置を再び確かめた。ここからそう遠くない距離である。
「じゃあ、行くとしますか!」
明菜が狐の牙に指示しながら叫んだ。
哲がタバコを手にした。
「俺も行きたいところがある。」
哲が地図を指差す。そこには一面のさばく以外何も載ってなかった。
「さばくの真ん中へいってどうする?」
孝太は尋ねた。哲がタバコに火をつけた。
「ん、行ってからの秘密。」
タバコの煙が空高く舞い上がった。
大地は荒れていた。この戦争が始まってから、豊かな緑は顔をあまり出さなくなり、文明の象徴ともいえた高いビル群は消えた。
ただ、ひび割れた大地だけだった。
砂煙が舞う・・・。孝太は目を細めた。
遠くにかすかな建物が見えた。
「あ、あれです!見えてきました!」
李が指をさして叫んだ。
「まだこんな都市が残ってるとはな。」
哲が自分の黒いコートを砂煙を避けるため頭から被ってつぶやいた。
確かに大きい街だ、孝太は思った。だがなにか変だった。
足が勝手に動き出す。
「どうしたの?!」
明菜が叫んで追いかけてきた。しかし顔は厳しく、明菜なりにもなにか感じているようだった。
砂嵐が晴れて街がはっきりと見えてくる。
煙・・・!
街から黒い煙が出ている。
その下にウジャウジャとうごめく黒いものがみえた・・・。
明菜があっ、と口を押さえる。
哲たちが追いついてきた。
目の前の光景を見て哲がチッと舌を鳴らした。
李たちは膝をついていた。呆然としている。
「ここまでもうこられたか・・・。」
哲がくそ!と叫んだ。
マンティスはいないようだ。
「いくぞ。」
孝太がナイフを取り出して言った。手が怒りで震えていた。
明菜や狐の牙がそれに続く。
哲は自分の鞄から大きな「銃」を取り出した。昔の時代で使われたショット・ガン(散弾銃)か・・・。
「そんな古い武器で戦うのか?」
孝太が尋ねた。
「お前らみたいに刀使ってる奴に言われたくねぇよ。」
哲はタバコをフッと飛ばすとショット・ガンをガチャリと鳴らした。
走った。息の音が聞こえた。自分の息だけしか孝太には聞こえなかった。
静かだ・・・。
横には明菜が走っている。いつも俺の隣を支えてくれている。
孝太はそう思うといつも安心した気持ちにさせられた。
お前がいなかったら俺はこの戦いから逃げていたかもしれない。
俺は本当は地球を守るために戦っているんじゃないのかもしれない。
明菜と普通に暮らせればそれで十分だ・・・。
孝太はなぜそんな気持ちになるかわからなかった。
孝太は首を振って気を取り直した。バグとの距離が近くなる。
バグの甲高い鳴き声で孝太の静寂は破られた。
「明菜に触れさせるかぁー!!!」
・・・え?
孝太は思ったことが口に出たのかと思った。
しかし、孝太の口ではなかった。
哲だった。
明菜の前に哲が飛び出す。速い・・・。
「かかってこいやぁ!害虫どもお!」
ショット・ガンのズトンという発砲音。
改造してあるのか、一発で目の前にいたバグは粉々になった。
別のバグが哲の横から襲う。
哲はそれを素手で「殴った」。
ズド、という音。
バグのあの硬い甲羅はいともたやすく割れ緑色の虫の体液が噴き出した。
お前は人か・・・。
「もっとこんかいー!この程度かぁぁあ!」
バグたちは明らかにおびえている。哲は、わははと笑っていた。
哲は強すぎた。そして戦い方もうまかった。孝太が三匹倒す間にもう哲の周りに生きているのはいなかった。
明菜以外には・・・。
明菜は呆然としていた。なにもできないでいる。明菜の前をつねに哲が行き、大地を緑で染めている。
なにやってんだよ、あいつらは。
哲のおかげか多そうに見えた虫もあっという間に片付いた。
バグはまだいたが、逃げ出していた。
孝太はあのバグが逃げ出すのをはじめて見た。
初めて勝った気がした。
だが、明菜はそれがいかにも不満そうにほほをふくらませていた。