第4話 少女ミーシェの心中
今回はちょっとだけ恋愛要素(?)が高めです。
『魔人』と名乗る者達の襲撃を受けたその夜。
一行は、宿でピリンクの安否の報告を待っていた。
ピリンクは今、宿の医務室で町医者の手術を受けている。
幸い、ハルトがカーロスでヨウコから受け取った救急キットがあった為、止血等の応急手当は出来た。
医者にも、止血されてなければとっくに事切れていたと言われた。
だが、それでもピリンクはまだ生死の境を彷徨っている。
3人の中に重い空気が漂う。
ピリンクの手術が始まって2時間。
誰も口を開く事はなかった。
バタンと扉の開く音がし、中から町医者が出てくる。
一同は立ち上がり、医者の言葉を待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ピリンク!」
最初に部屋へ入ってきたのは、意外にもパラソスだった。
ハルトとしては、パラソスに冷静なイメージを抱いていたのだが、結構感情的なところもあるようだ。
ピリンクは胸に包帯を巻かれ、ベッドで横たわっていた。
そしてピリンクは……
「おいピリンク!大丈夫なのかピリンク!」
「……Zzzz」
麻酔も手伝ってか、ぐっすりと眠っていた。
パラソスはその場に崩れる。
「はぁ~……ったく、心配させやがって」
「きょ、教官、もう無理でありま……Zzzz」
なにやら奇妙な寝言を呟いていたが「多分、昔の夢を見ているんだと思います」とパラソスが解説を入れてくれる。
町医者によると「出血は多かっですが、傷自体は浅かったのが幸いでしたね。数日程で回復しますよ」との事らしい。
ピリンクの回復をその場にいる誰もが喜んだ。
もちろん、ミーシェもそのうちの1人である。
だが、彼女の顔は優れない。
「……先生、もう彼は大丈夫なんですよね?」
「ええ。手術も無事成功しましたし、容態が悪化する事もおそらくないでしょう」
「そうですか……パラソス、ちょっと休んでくるわ、ピリンクを頼める?」
「もちろんです。ゆっくりとお休みください」
「ありがとう」
そう言うと、ミーシェは部屋を出る。
その言動にハルトは疑問を感じた。
まだ旅に出て2日だが、ミーシェは自分よりも部下の身を案じるような性分のはずだ。
そんな彼女が、危険な状態を脱したとはいえ、瀕死のピリンクを置いて休むなど想像できなかった。
ハルトがそんな事を考えていると、パラソスが声をかけてきた
「……ヘイジ殿、少し頼んでいいですか?」
「え?」
「隊長の様子を見に行って欲しいのです」
正直驚いた。
今まさにハルトもそうしようと思っていたからだ。
「……やっぱり、あれはちょっと変だよね」
「ええ……おそらく、隊長はピリンクがこうなったのは自分のせいだと考えているんだと思います…こいつも、そんな事はちっとも考えてないだろうに……」
「なるほどね……でも、僕なんかが行っていいの?まだ会って2日だよ?」
「本当に信用出来る者というのは、付き合った長さで決めるものではないと考えていますので」
「……分かった、信用に答えられるよう善処するよ」
そう言うと、ハルトも部屋を出て行く。
町医者も診察の準備があると言って出て行った。
沈黙が支配する中、パラソスはまだ眠る相棒に声をかける。
「……なあピリンク。俺達は、やっと隊長を任せられる人を見つけたのかもな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……はぁ」
夜中という事もあってか、誰もいない暗い町中でミーシェは溜息をつく。
あんなに感情的になるのは久しぶりだった。
『巨人の砲吼』を使ったのもまた久しぶりだった。
「……許せない」
その呟きはピリンクに傷を与えたティナに対するものではない。
もちろん、ティナの事を許せないのは確かだ。
だが、ミーシェはそれ以上に自分が許せなかった。
広場でティナとの決着を着けられなかった事。
それが原因でピリンクが傷を受けてしまった事。
その現場に間に合わなかった事。
あの時、自分のやった全ての行動が許せなかった。
再び自己嫌悪に陥りかけたその時
「見つけた!」
突然声をかけられ、驚きながら振り向く。
視線の先にいたのはハルトだった。
「探したよ。宿にもいないんだからさ」
その言葉が、ミーシェにとってはたまらなく嬉しかった。
キャリオスを出発する時、彼女はハルトに対して冷たい態度で接してしまった。
それが八つ当たりであると分かっているのに。
様々な感情で入り乱れていたあの時、ミーシェには人の事を考えている余裕が無かったのだ。
にも関わらず、ハルトはこうして声をかけてくれた。
それだけでミーシェの心は満たされる。
「……どうかしたの?僕でよければ相談に乗るけど?」
不思議だ。
まだ出会って2日だというのにここまで心を許してしまうなんて。
「……ピリンクがあんなになっちゃったのは、私のせいだよね」
(パラソスさんの予想通りだ)とハルトは素直に関心する。
「……違うよ。ミーシェは何も悪くない。それに、ピリンクさんはちゃんと助かったじゃない」
「そんなのは結果論、私のせいでピリンクが傷を受けたのは事実よ」
(思ったより頑固だな)と、ハルトは頭を掻く。
よし、とハルトは自分の考えを率直に伝える事にした。
「迷惑をかけない人間なんて、いないんじゃないかな?」
「…え?」
「確かに、ミーシェは頼りがいのある、立派な『守六光』であり、隊長なんだと思うよ。でも、君はまだ15なんだよ?むしろ、ここまで立派なのがおかしいんだ」
「……キミに」
「?」
「キミに何が分かるっていうのよ!」
ミーシェは激昂したかと思うと、『衝』を発動させハルトの足元を打ち抜く。
あまりにも突然だった為、ハルトはほとんど反応出来なかった。
「何が立派よ!!私が!私がどれだけの覚悟で『守六光』になったか、どれだけ肩の狭い思いをして王都で暮らしてきたか……キミに想像できる!?」
「……うん、分からないよ」
「……でしょうね。誰も私を最年少の『守六光』としか見てくれない。''ミーシェ''として見てくれない!……私はいつも独り」
しばらく、沈黙が周りを支配する。
やがて、ハルトはゆっくりとその口を開く。
「だろうね。『守六光』っていうのはそれだけ責任の重い役職だと思うよ」
ミーシェは再び頭に血が昇り、怒鳴ろうとする。
が、それよりも早くハルトが言葉を紡いだ。
「でも、''誰も''って事はないだろう」
「……え?」
「ピリンクさんとパラソスさんが……あの2人が君をそんな目で見てると思うかい?」
「……それは」
「それだけじゃない。多分、君を''ミーシェ''として見てくれる人間は他にもたくさんいる。だからさ」
ハルトは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらもはっきりと声を放つ。
「''いつも独り''だなんて、寂しい事言わないでよ……僕もいるんだしさ」
「…………」
「頼りないかもしれないけど、頼ってくれれば、頑張るからさ」
「………ふぇ」
その日、ミーシェは数年振りに泣いた。
ハルトはその間、ミーシェを優しく抱きしめてた。
驚いた。
自分の中に、ここまで涙があったなんて。
誰かに頼る事が、こんなに心地いいなんて
やがて、ミーシェは泣きやみ、ハッとしたようにハルトから離れる。
その行動にハルトは軽く傷ついたのだが、態度には出さないようにした。
「……えっと、その」
「ああ、もちろんこの事は2人に内緒にするからさ」
「あ、ありがと」
2人の間に気まずい空気が流れる。
やがてミーシェの方から
「じゃ、じゃあ、私は先に宿に戻って、ピリンクを見てるね」
「う、うん。おやすみ、ミーシェ」
「お、おやすみ、ハルト君」
ミーシェが宿に戻るのを見届け、姿が見えなくなったあと
恥ずかしさを抑え切れなくなったハルトは顔を真っ赤にし、大きく息を吐き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、ミーシェ達の前でピリンクは目覚める。
何か声をかけようと思ったのだが、目覚めて最初の一言が
「あ、あれ?おはようございます」
だったもんだから、3人は思わず笑ってしまう。
「まあ、無事で何よりよ、ピリンク」
「いや、ご迷惑をおかけしました」
「まったくだ。早く体治せ」
「はは、分かったよ……寝てる間にさ、昔の夢みてたんだ」
「昔の夢?」
「あ、はい。自分がまだ駆け出しの兵卒だった頃の時代の夢でした」
「ああ、教官とか言ってたもんな」
「げっ、何か寝言とか言ってたりした?」
そこからしばらく他愛もない話で盛り上がった。
やがて、ミーシェが本題を切り出す。
「……じゃあ、まずは昨日の…『魔人』についての情報交換よ」
そして、ミーシェとパラソスはティナから、ハルトとピリンクはディライズから聞いた話をそれぞれ話した。
「……まさか、『貴族院』がそんな実験を」
「私も最初は信じられなかったわ。でも、今はそれどころじゃない」
「そうですね。キャリオスが封鎖されたとなると……コルザ山脈を越える事になりますね」
「そうね……ですが、魔物もいますし、今まで以上に危険な旅になると思われます」
「そうよね……ヘイジさん、大変な事に巻き込んでしまって申し訳ありません」
「いや、しょうがないさ」
「……それで、帰るなら今しかありません」
「隊長!それでは隊長が!」
「いいの。コルザ山脈を越えるなら、どう考えても2週間じゃ帰ってこれないわ……ヘイジさんの好きなようにしてもらって構いません。もちろん、お渡しした金貨は差し上げます」
「……残念ながら、貰うものもらってぶっちっていうのはポリシーに反するんでね」
「……本当にいいのですか?」
元々、ハルトにはハルトなりの目的があって王都へ行く事を決意したのだ。
どんなに頼りく見えても、自分の信念は曲げない、それがハルトの信条だった。
「うん。改めて、王都までよろしく頼むよ」
「……真に感謝します」
という事で、コルザ山脈を超える事になり、一向は準備を整えることにした。
その時、宿の扉が勢いよく開いたかと思うと。
「大変だ!ギルドがこの町にやってくるぞ!」
叫んだのは町の青年だった。
その言葉を聞いた人々は声を上げて驚く。
「ギルドですって…」
「どうしてギルドなんかがこの町に…」
「どうする?自警団で何とかなる相手なのか?」
方々から声が聞こえる。
だが、いまい状況がよくつかめていないハルトはパラソスに訊ねる。
「ギルドって?」
「ああ、カーロスにはあまり縁がありませんからね。ギルドというのは王都非公認の自治組織です。簡単に言えば、王都の許可を取らず報償を見返りに依頼を受ける組織ですね。まあ、ほとんどは有象無象の集団なので、万が一襲ってきたとしても大丈夫だと……」
その時、宿の亭主が青年に訊ねた。
「なあ、近づいてるのはなんてギルドなんだ?」
「それが……」
「どうした?」
「……『超光』らしい」
「何ですって!?」
叫んだのはミーシェだった。
当然、宿の面々から注目を集める。
「……本当に『超光』なの?」
「え、あ、ああ。軍旗を掲げていたから間違いない」
「パラソスさん。『超光』って?」
「……ギルドの中でも、かなり大規模な部類に入ります。ギルド=荒くれ者というのが民衆のイメージですが、『超光』は弱きを助け、強気を挫く。義賊のようなギルドです」
「じゃあ、何であんなミー…マテリアさんはあんな取り乱してるの?」
「それは……」
瞬間、凄まじい轟音が宿屋内に鳴り響く。
音の方を見ると、そこには木っ端微塵となった扉の残骸と、威風堂々と仁王立ちをする女の姿だった。
……ハルトは凄まじいデジャヴを感じた。
女は高らかに声を上げる。
「マテリア!ミーシェ・マテリアはいるか!」
女の服はどこかで見た事があるかと思えば、ミーシェのそれと類似していた。
「……はあ、なんでアンタ…貴女がここにいるのよ」
「そんな堅苦しくなるな!私と貴様の仲じゃないか!」
2人の様子を見て唖然とするハルト。
「……えっと、彼女は?」
「……あの方がギルド『超光』の首領アンジェリカ・ナイトレイジ様です」
ハルトはその言い方に疑問を感じた。
ギルドは王都非公認の組織であるはずだ。
なのに、何故''様''などと敬称をつける必要があるのか。
だが、パラソスの次の言葉でその疑問は解消される事となる。
「隊長の唯一公認の好敵手であり、『守六光』第五席を務める方です」
という事で、ピリンクの安否・ミーシェの心情を軸にしてお届けしました。
そして、ギルドの存在と新たな『守六光』を出してみました。
アンジェリカの正体については次回でお話するかと思います。
前回より少し間が開いてしまいましたorz
次の話ではこうならないよう頑張ります。
評価・感想・指摘等、あと質問等してもらえればありがたいです。
追記:タイトル変更と一部内容を追加しました。