第2話 監視者ディライズの奇襲
ようやく戦闘に入りました。
ミーシェの衝撃的な仮説を聞いたパラソスは、呆然と立ち尽くした。
が、やがて我に返ると
「……もし、その仮説が正しいとすれば、ピリンクとヘイジ殿が危ないのでは?」
「大丈夫よ。この血痕が付着したのは、早く見積もっても12時間前。仮に襲撃者がこの街を襲ったとしても、とっくに逃げてるわ。それに、もしもの事を考えて『土』で防御ができるピリンクをつかせたんじゃない」
パラソスはその言葉に奮えた。
自分の上官は、自分より3つも若いながらのに、こんな優秀で冷静な指揮が取れる。
やはり、この人について来て正解だった。
パラソスは心からそう思った。
だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
「でも、万が一に備えて徹底的に街を回るわよ……襲撃されたのなら、死体の処理も近くでしている可能性もあるしね」
「……そうでない事を願うばかりです」
2人は街を探索する。
ミーシェの仮説が外れていることを祈りながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーシェ達が街に出て10分。
ハルトは2人が中々帰ってこないので心配していた。
「……マテリアさん達、大丈夫かな」
「なぁに、隊長なら大丈夫ですよ。あの人が負けるなんて考えられません」
「……でも、僕にピリンクさんをつけたって事は、少なからず危険があると判断したって事だよね?」
この言葉を聞いたピリンクは素直に驚いた。
調べた限りでは、ハルトはどこにでもいるようなごく普通の少年である。
このような状況にも免疫がないはずだ。
にも関わらずその答えを導き出す辺り、中々どうして頭が回るらしい。
「大丈夫なのかな…」
「自分達は軍人、このような状況は日常茶飯事ですよ」
ピリンクは嘘をついた。
近年、ジグライオスは近隣諸国の政権をも握っていた。
遥か北の大国ゾブリンと長年諍いが続いていたが、ジグライオスが急激に力をつけた為か、向こうから仕掛けてくる事はほとんど無くなった。
つまり事実上平和となったこの国で、軍が赴くような事態はほとんどなくなったのだ。
正直、ピリンクは今まで「自分は軍人だ」と胸を張れるような仕事は1度もなかった。
だからなのか、不謹慎だと分かっていながらも、ピリンクはこの状況に少し興奮していた。
「とにかく、我々はここで待っていましょう。念の為、周りに注意してくださいね」
「……そうだね、信じて待ちますか」
2人は辺りを見回し、警戒を強めた。
だが
「…………」
この時、既に背後から2人を監視する者の存在を、ハルト達はまだ知らない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーシェとパラソスは街の中心である広場に向かっていた。
道中にある家の中も調べたが、やはりこれまでに調べた家とほとんど変わりなかった。
血痕があったかどうかの違いはあったが。
広場に向かいながら、パラソスが口を開いた。
「……襲撃犯が魔物、という線はないでしょうか?」
「そうね…伝説魔獣程の知能があれば別だけど、この辺には生息してないでしょう?」
「それはそうですが……知能の高い魔物、例えばグリフォン等がやったという可能性もあります」
「えっと、どんなのだっけ?」
「四足歩行の鳥のような魔物です。魔物にも関わらず『風』の魔法を扱える辺り、その知能の高さが伺えます」
「よく知ってるわね」
「学生時代は魔物学専攻だったもので」
「それで、そのグリフォンはこの辺に生息してるの?」
「ええ。ストルトの東にあるコルザ山脈、その頂上に生息していると伝えられています」
「コルザ山脈か……確かに、それならありえるかもしれないわね」
だが、これは現実的な線ではない。
パラソスもその事に気付いていた。
虐殺ならグリフォンにも可能かもしれないが、痕跡の消滅まではできないだろう。
が、それでも考えてしまう。
もし、この街全ての住民を虐殺したのならば、犯人は単独という事はないだろう。
しかし、あまりに大人数で行けば、近隣の町や村に見られてしまうだろう。
以上の条件を踏まえて、ミーシェが予測した犯人の数は1~3人。
この街全ての住民を、たったそれだけの人数で虐殺できる者達が、果たして本当に人間なのか、と。
または、これだけの人を虐殺できる者を、自分達と同じ人間だと認めたくなかっただけかもしれない。
ミーシェもそれを察したからこそ、パラソスの「犯人は魔物説」を否定しなかった。
2人は心中に流れてくる嫌なイメージを必死に押し殺していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハルトとピリンクは、相変わらず暇そうに街の入り口で立っていた。
そんな2人を遠目で見ていた者は呟く。
「……チッ、これ以上は待てんぞ」
瞬間、ハルトとピリンクは同じものを同時に感じ取る。
それはハルトにとって初めての、ピリンクにとっては数度目の''殺気''と呼ばれるものだった。
「……ヘイジさん」
「……うん」
「……!、来ます!!」
「分かってるよ!」
直後、監視者は見に『何か』を纏わせると、目で追えるのがやっとのスピードでこちらに向かってきた。
ピリンクは瞬時に『土』を発動させ防壁を作り出し、ハルトは腰の籠手を取り外し手にはめる。
監視者は猛スピードのまま土の壁に突っ込んだ。
直後、辺りに轟音が鳴り響く。
「…ッ!なんて衝撃だ…!」
監視者はそのまま土の壁に連撃を加える。
壁で監視者の様子は見えないが、おそらく魔法か何かしらの武器で攻撃しているのだろう。
そして、ついに壁が壊れ監視者の攻撃がピリンクを捉える。
「(殺られる!)」
ピリンクは瞬時にそう悟った。
だが、キィィィィンという甲高い音が響き渡り、監視者の攻撃はハルトの籠手によって止められていた。
そして、初めて監視者の姿がハルト達に晒される。
全身を黒のコートで纏い、かろうじて覗かせるその目は恐ろしく冷え切っていた。
だが、ハルトの目が魅かれたのは服装でも顔ではなく、攻撃を仕掛けてきたその右腕である。
監視者の腕は、人間のものとは思えないほどドス黒く染まっており、その長身痩躯からは想像できないほど太かった。
「……人間のものに見えないっていうより…」
「…………」
「人間の腕じゃないよね、コレ?」
ハルトの言葉を無視し、監視者は右足でハルトの脇腹を狙う。
が、それはピリンクが瞬時に発生させた土の壁によって阻まれる。
「チッ」
監視者は舌を打つと、後ろに下がり、ハルトとの距離を取った。
見れば、右腕は普通の人間のものになっていた。
「……ピリンクさん、あの右腕、何だか分かる?」
「……『変』の魔法ならば体の一部を何かに変えることは可能です……が、あの魔法は一番効力が低い魔法でも詠唱が必要のはずです。それに、生物に変化させる事は不可能なんですが」
「あの腕はどう考えても生きてるよね」
「ええ、自分にもそう見えます。とにかく、さっきの轟音で直に隊長達も駆けつけるはずです。それまで持ち堪えましょう」
2人がそうこう話しているうちに、監視者は奇襲の時に見せた、『何か』を体に纏わせる。
おそらく、再び突進してくる気なのだろう。
時間を稼ぐ為、ハルトは監視者との会話を試みる。
「ねえ!君は誰?どうして僕達を襲ったんだい?」
「……敵に教える事など何もない」
「やはりダメか」とハルトとピリンクは身構える。
「と、言いたい所だが」
「え?」
「貴様等の目的は時間稼ぎだろう?ならば、その質問に答えてやる。まともに戦えば、こちらもただでは済みそうにないからな」
「……話が分かる人で助かったよ」
「ふん、勘違いするな。お互いの利益が見合っただけだ……あと」
「あと?」
「我々は貴様の言う所の人ではない」
「…どういう意味だい?」
「そこまでは言えん、こちらにも事情があるんでな。最初の質問は俺は誰か、だったか?俺の名はディライズ・ゼグラードだ」
「そう。僕はハルト・ヘイジ、よろしくね」
「……聞いた覚えはないんだが…まあいい。あと、何故貴様等を襲ったか、だったか?簡単な事だ。戦力を分断していた方が楽に殺れるからさ……質問は以上か?」
「僕達を殺す必要があるのかい?」
「……あー、守秘義務なんだが…まあ、これくらい構わないだろ。俺達はある依頼を受けてな。あと1時間後まで、この街に入った人間を消せってな」
「…なるほどね、依頼人は軍のお偉いさん辺りかな?」
「言うはずないだろうが」
「だよね…まあ、必要な事は粗方聞けたし別にいいかな、で」
「?」
「お仲間さんはどこに居るの?」
「……何故そう思う?」
「いや、君が『我々』なんて言った時点で読者の大半は気付いてたと思うよ?」
「ヘイジ殿?」
「あー、コホン。で、君が時間稼ぎをする理由がないじゃないか。不利になるだけだし。あと決め手は、戦力の分断なんて言っちゃった事かな。分断したところを討つって事は、最低でももう1人仲間がいるって意味でしょ?」
「……フン、ただのガキかと舐めていたのが仇となったか」
「君も、そんな歳は変わらなく見えるけどね」
「減らない口だな」
「それが取り柄だからね」
両名共不敵に笑う。
ピリンクは目前の光景をただ見ているしかなかった。
一触即発の空気が漂い、1つの失言もできない舌戦。
おそらく敵はプロの請負人だ。
そんな相手を前に、ハルトは互角に渡り合っている。
その姿を見て、ピリンクは純粋に彼を敬った。
重い空気の中、ディライズと名乗った男は話し始める。
「で、俺の仲間についてだよな?いいだろう、その物怖じしない姿を称えて答えてやる」
「仲間のことバラすなんて随分と軽い口だね」
「抜かせ。俺の仲間はあと1人。今はおそらく…」
「?」
「貴様等の仲間を手荒く歓迎してるとこだろうな」
「なっ!?」
その言葉を聞いたピリンクは、広場に向かおうとするが、ディライズが立ち塞がる。
「行かせる訳ないだろ」
「……ピリンクさん、僕がアイツと近接に持ち込むから援護頼める?」
「……護衛対象に前衛を任せるようでは軍人失格ですね」
「はは、僕は心配いらないよ。ピリンクさんが守ってくれるからね」
「…そうですね、分かりました。遠慮なく突っ込んでもらって構いません」
「助かるよ……じゃ、行くよ!」
「やれやれ、騒がしいな」
その言葉をきっかけに、両者共走り出す。
戦闘が再開された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーシェとパラソスは広場にやって来ていた。
だが、2人は広場の光景を見て絶句していた。
「……これは」
「……あんまりじゃない」
それは、20~30の死体が無造作に転がっている地獄絵図だった。
だが、その死体の山からは血生臭い香りはしなかった。
よく見れば、どの死体からも血らしい血は流れていなかった。
が、それが死体だと分かったのは首が切断されていたり、心臓を貫かれていたりしたからである。
血が流れていないのは切断面が焼かれているからであろう。
そして、その死体の山で唯一立っている少女が1人。
年齢はミーシェと同じか1つ下と言ったところか。
少女は死体を運んでいたようだが、ミーシェ達に気付き、そちらに視線を向けると、満面の笑みを浮かべ
「アンタら、『侵入者』だよね!」
侵入者、それが一体なんの意味を指すのか、ミーシェには分からない。
だが、少女はまるで祭りのようにはしゃぎ
「退屈してたんだ!遊んでよね!」
そう言うと、少女は腰の剣を抜き横に一振り。
すると、剣の軌道がカマイタチとなり、ミーシェ達に向かって飛んでいく。
「パラソス、後衛を頼むわ!」
「了解!」
パラソスは強力な魔法を行使する為、詠唱を始める。
ミーシェは『衝』でカマイタチを吹き飛ばした。
「おっ!やるね~、じゃ、これはどうかな!」
少女は少し溜め、力一杯剣を振る。
すると、今度はいくつものカマイタチが飛んでいく。
「……確かに、これ全てを相殺させるのは骨が折れそうね…でも」
ミーシェはいくつか『衝』を飛ばし隙間を作ると、その合間を縫って進んでいく。
「これならどうよ!」
「……いいね!」
少女はミーシェとの間合いを詰め、刀を振り下ろす。
ミーシェも腰の剣を抜き、それを受け止める。
「……ん?それ模造刀だよねん?そんなん使ってたら死んじゃうよ?」
「それはどうかしら?」
その時、詠唱を終えたパラソスの追尾炎弾が少女を襲った。
少女は慌てて後ろに下がったが、ガラ空きになった少女の腹をミーシェの模造刀が捉える。
が、ミーシェの攻撃は空を切っていた。
何故なら
少女の背から翼が生え、飛んでいたからだ。
「……ねえ、私の見る限り、あの子の魔法は『風』だと思うんだけど…あんなことできるの?」
「……いえ、見た事も聞いた事もありません。ですが」
「何?」
「あの翼、文献で見たグリフォンの翼によく似ています」
「あ、お兄さん分かる人だね~、大正解だよん。あ!そういえば、自己紹介がまだだったね。アタシは、ティナ・フェイトス!お姉ちゃんは?」
「……ミーシェ・マテリア」
「よろしく!ミーシェお姉ちゃん!」
すっかりティナのペースに巻き込まれたミーシェ。
「……貴女は何者?その翼はなんなの?」
「んー…秘密って言われてるんだけど……お姉ちゃんならいいよね!強いし!」
「あ、ありがとう」
「どう致してまして!アタシ達はね、簡単に言っちゃえば半分人間で半分魔物なんだ!」
「…どういう、事?」
「実験で魔物と合成された人型のキメラ、『魔人』なんだ」
「!!」
ティナの衝撃的な告白に思わず息を呑むミーシェとパラソス。
信じたくはない。
だが、ティナの体を見れば信じざるを得なかった。
重苦しい空気の中、ティナの明るい声だけが木霊していた。
ということで、ようやく初戦闘に入りました。
新キャラも2人ほど登場させました。
というかサブタイトルで結構バレバレな気もしますがw
今回登場した大国ジグライオスを脅かす脅威、『魔人』。
彼らの正体は、次話で明らかにする予定です。
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