第23話 十人議員サーティスの真実
大分久しぶりなので、前回までのあらすじ。
マリィをタナトスに奪われ、消沈するラズマだったが、トリシアから受けた情報を武器に、シャルロットに交渉を持ちかける。
それは、一週間後に行われる『隔月闘技大会』で、ラズマが優勝すればマリィを開放し、敗退すればシャルロットの部下にならなければならないという、どう考えても不利なものだった。
が、それでもそれを呑むしかないラズマは、途方にくれる。
そんな彼に近づく、ある一人の人影があった。
ラズマとシャルロットの''交渉''が行われてから二日が経った。
当然ながら、そんな事を知る筈も無いミーシェ達は、この二日間、ある人物について調べていた。
そして、今日。
ミーシェの『守六光』という立場を利用して、その人物と会う約束を取り付けた二人は、王都の中央区に佇む、一軒の家の前にいた。
その家は、どこにでもあるような普通の民家に見える。
が、これを見た二人は、驚愕せざるを得なかった。
驚きのあまり、ティナはミーシェへと確認を取る。
「……お姉ちゃん。本当にここなの?」
「……ええ。渡された封書に載っていた住所は、確かにここよ」
尚も疑いながら、ティナは恐る恐る家の扉を叩く。
すると、数秒としない内に扉が開かれ、黒い燕尾服を着た老人が立っていた。
「ミーシェ・マテリア様と、ご友人の方ですね?」
「は、はい」
「お待ちしておりました。こちらへ」
老紳士の案内で、家の中へと招かれる二人。
家の中も、外見に違わず極普通に見えた。
奥に進むと、突き当たりの部屋の前で老人は立ち止まる。
「ここが旦那様の書斎になります」
「……あ、ありがとうございます」
老人は頭を下げると、元来た方向に戻っていく。
ミーシェは一度深呼吸すると、覚悟を決めたように、扉をノックする。
すると中から「どうぞ」という声が聞こえ、二人は恐る恐る扉を開け、中に入る。
書斎と呼ばれた部屋の中は、机と椅子、やたらと存在感のある観葉植物以外何も置かれていなかった。
そして、その椅子に座る一人の男が居た。
この男こそが、二人が会う約束を取り付けた男だった。
「わざわざそちらから出向いてもらってすまない」
「い、いえ! 会って頂けただけで十分です……エッジボルグ卿」
「卿だなんて恥ずかしいな。我が国の守護を司る『守六光』の話だと言うのなら、聞かない訳にはいくまいて」
男……『十人議員』の一人、サーティス・エッジボルグは微笑んだ。
「それで? 私に話とは?」
「……失礼ですが、カーロスという村をご存知ですか?」
「……この国の東端にある村だな。それが?」
「先日まで、私は『貴族院』からカーロスのとある少年を王都に連行せよという命を受けていました」
「…………」
「……結果としてその命を果たす事は出来なかったのですが、『貴族院』から何の咎めもありませんでした。『貴族院』直々の命にも関わらず、です」
「……なるほど。ここまで辿り着いた、という訳か」
サーティスは深々と溜め息を吐く。
その反応から、ミーシェは自分の仮説が間違っていなかった事を確信した。
「……そうだ。その命を下したのは私だ」
「……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「ああ。その前に、何故私だと思ったか、聞いてもいいかな?」
「……これです」
ミーシェは懐から、書類の束を取り出す。
それは、王都の書庫から見つけた、『人魔戦争』の記録だった。
「これは……なるほど、フォルスさんの名前に気付いたという訳か」
「はい。それで、『二十人部隊』の中から『貴族院』に入った貴方か、ブロンドウェイ卿に絞る事が出来ました」
「……それで私の所へ来たという事は、ブロンドウェイの事は調べたのか?」
「はい……『勇者の遺産』とやらを探しているとしか知りませんが」
「……驚いたな。そいつの名前まで知っていたとは……いや、かえって話が早いか」
そう言うと、サーティスは立ち上がる。
すると、不可解な出来事が起きた。
サーティスが、その手に一本の槍を持っていたのだ。
当然、どこからか取り出した素振りも無く、まるで、元々''そこにあった''かのようだった。
すると、今まで一言も喋らなかったティナが、突然ミーシェの後ろへとすりより、服を掴んだ。
「どうしたの、ティナ?」
「あ、あれ……何て言うか……凄く怖い……」
「……なるほど。これを感じるという事は、その子は『魔人』か。道理で人間の気配とは違う筈だ」
「……それは?」
ミーシェが尋ねると、サーティスはどこか寂しそうな、悲しそうな顔をし、その問いに答える。
「これが『勇者の遺産』だ。いや、正確に言えば『勇者の遺産』の一つだ」
「なっ!?」
サーティスの放った一言に、二人は言葉を失うほど驚愕する。
「ど、どういう事、ですか?」
「……これは、『人魔戦争』によって、魔王との戦いによって生まれた''遺物''だよ」
サーティスはそう言うと、二人に歩み寄る。
「話をしよう。少し長い話になるかもしれないが、構わないかい?」
「は、はい」
「……『バルゲイズ会戦』。これについてどれくらい知っている?」
「えっと、魔物達の総本山、バルゲイズで行われた、『二十人部隊』と魔王との決戦、ですよね。それで勇者ノヴァが魔王を討ち取ったとか」
「ああ。表向きはそれで間違い無い……だが、その話には続きがあるんだ」
「え?」
「ノヴァが魔王に止めを刺した直後の事だった……突然、魔王の体が七つに飛び散ったんだ。そして、それは呪いとなり……生き残った『二十人部隊』の七人に、とりついた。こういう風に」
そう言うと、サーティスは上着をまくり、背中を見せる。
二人は息を呑んだ。
サーティスの背中に、蛇のような青黒い痣が浮かんでいたのだ。
「だが、魔王の呪いは、同時に私達に力を与えた……それがこれだ」
サーティスは手に持っていた槍を突き出す。
「見た目は普通だが……これには、信じられないほどの力が込められている……おそらく」
サーティスは一度言葉を切ると、ミーシェの目を見て、事実を告げる。
「これ一つで、王都を陥落させる事も可能だろう」
「ば、馬鹿な! 失礼を承知で言わせて頂きますが、そんな事……!」
「残念ながら、あり得るんだよ。そして、これと同じようなものが、あと六つ存在するんだ……そして、ブロンドウェイもその一つを所持している」
「え!」
「彼女は昔、バージィ・トレイトという名を使っていたんだ。『二十人部隊』にも所属していた」
そういえば、バージィ・トレイトだけは、どれだけ調べても詳細が分からなかったと、ミーシェは思い出す。
「そして、奴の目的はおそらく、全ての『勇者の遺産』を集める事。私は、どうしてもそれを阻止しなければならない。だからこそ、彼を……ハルト・ヘイジを王都に来させようとした」
「……? 先ほどの話が、彼とどう関係が……?」
「君も見た筈だ。彼の持つ奇妙な籠手を」
「まさか……」
「そう。『不障の籠手』は、フォルスさんが遺した『勇者の遺産』だ」
「で、でも、あれは『無干渉』じゃ……」
「確かに、普通に使えば、あれは『無干渉』の効果しか発動はしない。そういう意味で言えば、最も安全な『勇者の遺産』かもしれないがね」
「そ、その事をブロンドウェイ卿は……?」
「知っているだろう。が、彼女の中ではあの籠手は既に無いものとなっている筈だ。気付かれてはいないだろう……聞きたい事はこれで全部かい?」
「……最後に一つ、お頼みしたい事があります」
「ん?」
「彼を……ハルト・ヘイジとディライズ・ゼグラードの本格的な捜索をお願いしたいんです」
「……そんな事をすれば、ブロンドウェイに籠手の事がバレてしまうだろう」
「ですがっ! 彼には何の罪もありません! それなのに……!」
「……ああ。悪いと思ってる。彼に会ったら、謝ろうと思ってるよ」
「……え?」
ミーシェは、サーティスの言葉に一つの違和感を感じた。
今彼は、まるで、''ハルト達が生きていると知っている''かのように言ったのだ。
「……そう期待を込めた顔をしないでくれ。私は彼の安否は知らないよ」
サーティスの言葉に、再び落胆するサーティス。
すると
「だが、彼が生きているという事には、少なくとも確信が持てる。フォルスさんの……彼の孫が、川に落ちたくらいで死ぬ筈が無いからね……だが、君の気持ちも当然分かる。そこで、だ」
「え?」
「……実は、ブロンドウェイの駒が、今度の『隔月闘技大会』に出るという情報を掴んだ。信頼出来る筋からの情報だ。間違い無い。……だが、奴にしては簡単に情報を漏らし過ぎだ」
「……私達にそれを調べろと?」
「そういう事だ。奴等の目的を調べ、出来ればその駒を倒してくれると助かる。戦力が減れば、奴も動きを制限せざるを得ないからな」
「……それを果たせば、彼等の捜索をしてくれるんですね?」
「ああ……と言っても、もう三週間は経つ。おそらく、時間がかかるだろう。それでもいいかい?」
「はい」
「交渉成立だな。……すまないな、本当は、今すぐにでも動くのが当然なんだが……」
その後、任務の詳細を話した後、ミーシェ達はエッジボルグ家を後にした。
しばらく歩いた後、ティナが重い口を開く。
「……ねえ。もし、アタシ達が勝ったとしても、もう手遅れだったら……」
「あり得ないわ」
ミーシェは即断した。
「……そう、信じるしかないでしょう」
そう言うと、ミーシェは暗くなってきた夏の空を見上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻。
ここは王都の北東部のとある町。
そこの「エイジス」と書かれた札が立てかけてある民家に、ケイト・ウェイルスは煙草をふかしていた。
二日前、ラズマと出会った彼女は、全てを知った上で、彼に「地獄の特訓めにゅー」なるものを与えた。
それを一週間こなせば、少なくとも、多少は戦える体になっている筈だ。
ちなみに、当のラズマはと言うと、外へのランニングへと出かけている。
一本目の煙草を吸った後、二本目を取り出し、そのままふかす。
すると、家の玄関が「こんこん」と叩かれた。
面倒そうに扉を開けると、彼女のよく知る女性が立っていた。
「やあ、トリシアちゃん。どしたの、突然」
「……その、ちょっと、お話が……」
「そう。まあ、入りなよ」
トリシアを招き入れ、居間の椅子へと座らせる。
「それで、話って?」
「あ、あの……バラドーさんが回復したので、私もバラドーさんとコンビを組んで『隔月闘技大会』に出ようかと」
「あ、そうなんだ。い~んじゃにゃい? 少しでも勝率を上げるのは大事だからねー。それで?」
「えっ」
「それだけじゃないでしょ? 多分」
「……鋭いん、ですね」
「おろ? 私の勘もまだまだ捨てたもんじゃにぃね」
そう嘯くと、笑いながらトリシアを見る。
「……ケイトさん。貴女は長い間行方不明だったと聞きました」
「…………」
「なのに、何故、仲間のティナさん達に安否を伝えず、こんな所で油を売ってるんですか?」
「……油を売ってるとは言ってくれるねぇ。ちょっと色々あってね。まだ会いにはいけないんだよん」
「色々って……」
すると、扉がギィという音を立てて開いた。
そこには、滝のような汗が流れているラズマが立っていた。
「……50km……走って、来たぞ……次は、何すれば、いい?」
「んー。じゃあ、とりあえず五分休憩ねん。その後に筋トレかな」
「分かった」
そう言うと、ラズマは外へと出て行く。
それを見たトリシアは、何も言わずに裏口から出て行こうとする。
「……全て終わったら、話してくださいね」
「……うん、約束するよ。最も、終わる頃には全部明らかになってるかもだけどねん」
こうして、夜は更けていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、一週間が過ぎた。
『隔月闘技大会』の開催日。
会場となる王立闘技場は、既に祭りかのように人々で賑わっていた。
ついに、様々な意図と思惑が絡んだ戦いが、始まろうとしていた。
が、それも簡単に始まりはしない。
闘技場から少し南西に行った場所に存在するスラム街。
ここには、行き場を失い、下町にすら住めなくなった者達が多く存在する。
そんなスラム街に、どう考えても不釣合いな人影が二つ。
「……迷ったね、うん」
「…………」
人影の内の一人は、見た目四十過ぎほどで、Tシャツに腹巻、頭は禿げで、右手には酒瓶を持っており、絵に描いたような「酔いどれのおっさん」だった。
もう一人は、どう考えても飲んだくれとは不釣合いの美少女で、黒いロングコートを着ていた。
すると、酔いどれがわざとらしく大げさに溜め息を吐く。
「まったく……君が王都に来た事あるっていうから任せてみればこのザマだよ」
「……ふん。来たのは大分昔の事だ。覚えてないのも無理はあるまい」
「自分で言うかね、それ」
酔いどれは辺りを見回し
「とりあえず、この辺の人に場所を聞いてみようよ」
「……正気か? ここはスラムだぞ?」
「こうなったのは誰のせいかな?」
「……チッ、嫌味な奴め」
「んじゃ、あの人に聞いてみようか、ルヒジダちゃん」
「ちゃん付けはやめろ……フータロー。胸糞悪い」
ルヒジダと呼ばれた美女と、フータローと呼ばれた酔いどれは、スラムを歩いていた男に歩み寄る。
「すみません。王立闘技場に行きたいんですが、どっち行けばいいんですかね?」
「…………」
「? あのー」
フータローがいくら呼びかけても、男は言葉を返そうとせず、ただこちらを見つめるだけだ。
すると、二人はある異変に気付く。
「……フータロー」
「……囲まれてるね」
見れば、ナイフを持った者や、生気を失った瞳の者等が、フータロー達の周りにひしめいていた。
「……はぁ。面倒事は御免なのになぁ」
「だからやめとけと言ったんだ」
「……まあ、でも」
「ん、そうだな」
『なっちまったものはしょうがない』
二人は身構えると、スラムの住民達へと襲い掛かった。
数分後。
辺りには、少なく見積もっても三十もの人間が地面に倒れていた。
そんな中、悠々と立っている二人がいた。
言うまでもなく、フータローとルジヒダである。
フータローはスラムの男の襟を掴み、王立闘技場の場所を聞き出していた。
「……うん、なるほど。ありがとね」
フータローが襟を放すと、力が抜けたように男は気を失う。
「あっちだってさ。全然方向違うじゃん、まったく。ルヒジダちゃんったらおっちょこちょーい」
「もの凄く殴り飛ばしたいんだが、構わないか?」
そんなやり取りを交わしながら、二人は王立闘技場へと向かった。
そして、それぞれを思惑を胸に、遂に、『隔月闘技大会』が幕を開ける。
という事で、サーティスとミーシェ達の話、ケイトの抱える秘密、新キャラ、フータローとルヒジダの登場回でした。
今回、遂に明らかとなった『勇者の遺産』の正体。
これは、今後ともストーリーに関わっていく予定です。
あと、番外編の続きの方は、もうしばらく待って頂けると幸いですorz
そんなこんなで次回予告。
遂に始まった『隔月闘技大会』。
熾烈な予選を勝ち抜き、本選に出場するのは果たして……。
次回、「おっさんフータローの拳」。
頑張ります。
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