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拳と魔法と勇者と世界  作者: マークIII
2章 勇者の遺産
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第21話 少年ラズマの決意

ラズマ対タナトスです。

ラズマは震えながらも、懐から小槌を取り出す。

今彼が引けば、確実にマリィは連れていかれるだろう。

それだけは阻止しなければならない。

辺りを見れば、騒ぎに気付いた人々が集まり始めていた。



「……何あれ?」

「ち、血が出てる……」

「おい、誰か警備兵呼んで来い」



タナトスは騒ぎ立てる野次馬を一瞥し、剣を振るう。

野次馬の手前に衝撃波が飛び、地面が削れ、線のように広がる。

野次馬達は軽く叫ぶと、嘘のように静まり返った。



「……その線を越えたら、容赦しない」



タナトスが放った言葉に、その場にいた全員が凍りつく。

ラズマは息を呑み、目前の敵を見据える。

バラドーは微かに体を動かし、ラズマを見やる。



「……ラズマ、早く、逃げろ」

「バラドーさん!」

「『ソウルイーター』……甘く、見てた。一撃で、動く事も出来ないくらいだ」

「…………」

「それに、アッシの『吸』も、効かなかった。ありゃあ、何かしらの魔術師だ……お前じゃ、無理だ」



確かに、バラドーの言う通りだろう。

ラズマも相手の力量を測れないほど馬鹿ではない。

しかし、それでも、彼は逃げるわけにはいかなかった。

逃げれば、マリィは連れ去れる。

それだけは阻止しなければならない。

タナトスはゆっくりと剣を構える。



「……降伏の意思、無し。実力行使、実行」



上がり続ける心拍数。

心臓が破裂しそうだった。

だが、ラズマは引かず、迫りくるタナトスを待つ。

バラドーの『吸』が効かなかったという事は、自分の''魔法''も効果があるか分からない。

つまり、防御に使用するには拙過ぎるのだ。


ならば、使用用途は''攻撃''一つに絞られる。


タナトスはラズマの腹を目掛けて『ソウルイーター』を振るう。

ラズマはそれを後ろに下がる事でかわし、再度間合いを詰めて小槌でタナトスを狙った。

しかし、タナトスにとって、その程度の攻撃は苦ですらなかった。

それどころか、彼女の頭の中では、既にラズマを倒す算段が立てられていた。

小槌をかわし、抜き打ちでラズマの胸を斬り、行動不能にする。

それは、手持ちの戦力で取り得る事の出来る、最良の判断だった。


が、この場合において、その判断は間違いだった。


次の瞬間、ラズマの小槌はタナトスの華奢な体躯に減り込んでいた。

タナトスは驚いたような表情を浮かべる、が、その場からは一歩も動かない。



「……なんつー筋力だ。バケモンかよ」

「……何故?」

「あ?」

「何故、''攻撃の軌道がずれた''の?幻系の魔法なら、『ソウルイーター』の作用で、効かない筈」

「…………」



ラズマは後ろに下がり、タナトスとの距離を取る。



「……敵に教える事は何もねぇよ」



実際、彼の''魔法''は、タネが分かれば攻略はさほど難しくはないものだ。


魔法の名は『誘』、触れたものの位置をずらす事が出来る魔法だ。


しかし、触れたもの、更には動いているものにしか効果がない上に、ずらせる距離は僅かしかない為、この魔法を授かったものの多くは、魔術師としてではなく、一般人として生きていくケースが多い。


だが、ラズマはその運命に抗ったのだ。


彼は生まれ持って授かったこの小さな才能(ちから)を限界まで鍛え上げた。

そして使っていくうちに、『誘』の効果を触れずとも発動させられるようになったのだ。

効果は半径三メートル、詠唱をしても五メートル程にしか及ばないものの、この力を使う事が出来る『誘』の魔術師はラズマだけだろう。

つまり、ソロンやバラドーのような戦闘のプロとも言えるような者達に見覚えが無かったのもそういうわけである。

彼の魔法、実力を考えれば、カザリア魔法学院に収まり切れるレベルではない。

だが彼はこの事を、マリィ以外に話した事は一度もない


なんだかんだ言いながらも、彼はカザリアでの生活が気に入っているのだ。



「……何で今こんな事考えてんのかな」



この場を今すぐ逃げ出したい衝動に駆られながらも、ささやかな日常に戻る為、ラズマは戦う。

小槌を再度握り締め、半径三メートルに『誘』の壁を張る。

しかし、小槌が効かない事は分かっているので、ラズマは戦法を切り替えた。

タナトスに気付かれないよう、懐から小さな玉を数個ほど取り出す。

それは、ソロン戦の際にも使用した煙幕玉だった。

だが、煙幕だけでこの場を乗り切れるほどタナトスは甘くないだろう。

そこで、ラズマは考えた。

彼は煙幕玉と共に、それとほとんど同じサイズの、簡易的な爆弾を一緒に取り出したのだ。

爆発の規模は大した事ないが、それでも、人一人の行動力を奪うには十分な威力だった。

が、折角の爆弾も当てなければ意味がない。



「……よし」



ラズマは意を決すると、タナトスに向かって煙幕玉を投げつける。

タナトスは反射的にそれをかわし、ラズマに突っ込む。

それに対し、ラズマはもう一度、煙幕玉を放つ。

が、タナトスは『ソウルイーター』でそれを両断し、後方にて煙幕が吹き荒れる。


しかし、その瞬間こそが、ラズマの狙っていた隙だった。


ラズマはタナトスに簡易爆弾を放つ。

『ソウルイーター』を振り切り、僅かな隙が出来たタナトスは、一瞬、行動の選択を迷った。

そして、彼女は『ソウルイーター』で、迫り来る球体を受け止める。

ここで、彼女は間違いを犯した。

二発目の玉を斬った時、それが煙幕と分かった彼女は、''三発目も煙幕玉が来る''と判断したのだ。

ラズマはそれを読んだからこそ、三発目に爆弾を放った。

そして、ラズマの『誘』により、爆弾は『ソウルイーター』の右側に軌道が逸れる。

次の瞬間、爆音と硝煙がタナトスを包み込んだ。



「……やったか?」



少しずつ晴れていく煙の中に、悠然と立つ人影があった。

ラズマの全身から汗が噴き出す。



「(……嘘、だよな。小規模と言っても、爆発をもろに食らって立っていられる筈が……)」



しかし、そんなラズマの予想は的中する。

煙が完全に晴れ、そこには''何か''に包まれた人影の姿があった。

その''何か''がゆっくりと解け、そこからタナトスの姿が現れる。

よく見れば、''何か''は彼女の背中から伸びていた。

ラズマはタナトスの姿を見る。


ラズマが見たその''何か''は、見たまま、''翼''と言うのが適切だろう。



「……何だよ、そりゃあ」

「……前のマスターは、『死神の翼』って、呼んでた」

「……『死神』に翼、ねぇ……」



ラズマは唇を噛み締める。

あの翼で飛べるかどうかは不明だが、少なくとも、あの爆発を耐え切るほどには耐久力があるらしい。


もはや、ラズマに反撃の手段は残されていなかった。


それを悟ったのか、ラズマは戦闘の構えを解いた。



「……降伏?」

「…………」

「……それじゃあ、目標の回収を、始める」



タナトスはラズマの横を通り、宿の中へと向かう。

ラズマも野次馬も、ただそれを見ているしかなかった。



「…………」



ラズマは拳を握り締める。


-最初から、無理な話だったんだ。

-敵は『十人議員』だぞ?勝てるわけがない。

-そうだ、俺はただの学生なんだ。ここ数日の騒ぎですっかり忘れていた。

-さっさとバラドーさんに全部任せておけばよかった。そうすれば……。


''そうすれば''、何なんだろうか。

「これでよかったのか?」と、心の奥から声が聞こえてくる。

元はと言えば、何故彼はこんな危険な事に首を突っ込んでしまったのだろうか。

それこそ、バラドーに全てを任せてしまえばよかった。

それでもラズマはこの戦いに身を投じた。

単なる好奇心、それもあったのかもしれない。


だが彼には、それ以上に大切な、''守るべきもの''がある。


そして、それはまだ手放してはいない!



「う、おおおおおおお!」



ラズマは咆哮と共に、タナトスに襲い掛かった。

『誘』を発動させ、渾身の力で小槌を振る。

タナトスは一瞬反応が遅れた、が、すぐに事態に追いつくと、ラズマの一撃をヒラリとかわした。



「なっ……!」

「…………」



ラズマの表情が怒りと悔しさに染まる。

タナトスは何も言わず、『ソウルイーター』を振り下ろした。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






ラズマは胸から腹にかけて血を流し、地面の上に仰向けになっていた。

『ソウルイーター』の力は本当らしく、立ち上がろうとしても、体には力が入らない。

ラズマが空を仰ぐと、タナトスがその場に歩み寄る。



「……何だよ」

「……どうして、逃げなかったの?」

「さあな……なあ、俺を煮るやり焼くなり好きにしていいからよ、あいつだけは……マリィだけは勘弁してくれねぇか?」

「……それは、出来ない。マスターの、命令だから」

「……そうか、よ」



ラズマはふらふらと立ち上がる。



「……何する気?」

「決まってんだろ。お前を、止めるんだよ、ここで。お前の、意味の分からねぇ魔法も、攻略してみせる」

「…………」



タナトスはしばらく黙ると、『ソウルイーター』の石突でラズマの腹を打つ。



「カッ……!」

「……健闘を称えて、私の魔法は、教えてあげる」



ラズマは呻きながら、地面に倒れる。



「私の魔法は、『絶』。『死神』のみが持つ、唯一無二の魔法。効果は、察しがついてるかもしれないけど、''魔法の効果を無効化する''の」

「……んな事、どうでも、いい……マリィに……!」



「手を出すな」という言葉を最後に、ラズマは意識を失った。

タナトスはそれを確認すると、ゆっくりと宿の中へと入って行く。

その姿が消えた途端、糸を切ったように野次馬が騒ぎ出す。


結果、ラズマ・エイジスは、マリィ・レウズを守り切る事が出来なかった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






静寂に包まれた部屋の中で、ラズマは目を覚ました。

辺りを見回す限り、どうやら病院の一室のようだ。

ふと隣りを見ると、バラドーがいびきをかきながら眠っている。

ラズマは、ぼうっとした様子で、天井を見つめる。


恐らく、マリィはタナトスに連れて行かれたのだろう。


彼はギュッと布団を握り締めた。


-守れなかった。


その言葉だけが、頭の中をぐるぐると回る。

すると、病室の扉を開ける音がした。


見れば、ラズマにとって見覚えのない女が立っていた。


女はラズマが起きている事に気付くと



「あ、め、目が覚めたん、ですか」



顔を赤らめながら、ごにょごにょと呟く。



「……アンタは?」

「あ、す、すいません。ご紹介が、その、遅れました」



女は一度、コホンと咳払いをする。



「私、ト、トリシア・ランゼスって言います。ば、バラドーさんの、その、仲間、です」


「……アンタが俺達をここに?」

「い、いえ。ただ、たまたまこの近くに来てみたら、バラドーさんが入院してるって聞いて……」

「そうか……」



それならば、マリィの事など知っている筈がない。

ラズマは嘆息する。



「……すいません」

「あ、いや、別にアン……トリシアさんの事を悪く言ったわけじゃないんだ」



ラズマは慌てて弁明する。



「ところで、バラドーさんに何か用事が?」

「あ、はい、ちょっと」

「何なら、俺が伝えておこうか?まだ起きないみたいだし」



ひょっとしたら、新たな情報が掴めるかもしれない。

ラズマはそう考えた。

トリシアは少し困ったように俯くが、やがて



「じゃ、じゃあ、お願いしていいですか?」



トリシアは僅かに微笑む。

そして、ラズマの耳に口を近づける。



「あの、ですね」

「おう」


「ブロンドウェイが探している『勇者の遺産』という存在と、その詳細が分かった、と」



瞬間、ラズマの心臓が大きく跳ねた。


-まだ、ツキは残っている。


ラズマはもう一度拳を握り締めた。

シャルロットへの手掛かりは、まだ残っている。


-取り戻してやる、絶対に。


そしてここから、巨大な敵に立ち向かう、平凡な一人の少年の、反撃の狼煙が静かに上がる-


という事で、ラズマ対タナトスの戦いでした。

今回、ようやく判明したラズマの魔法。

そして、タナトスの圧倒的な力。

果たして、彼女に反撃する手立てはあるのか……。

あと、ようやくトリシアさん登場!

1章ではいまいち地味な彼女でしたが、2章ではそこそこ出番がある、かもしれませんw

個人的に、ラズマは自分の好きなキャラクターを目指してみましたが……うーん。


そんなこんなで次回予告。


マリィを取り戻す決意を固めたラズマ。

彼の取る次なる行動とは?

次回『十人議員シャルロットの提案』。

頑張ります。


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