第20話 死神タナトスの来襲
前回から十日ほど開いてしまいました。
温かい目で見て頂ければ幸いです。
ここは貴族御用達の高級宿、『スウィート・メロディ』。
その中の従業員用休憩室に佇む、一人の男の姿があった。
男の名はガーティン・へドゥルグ。
この宿で働いている、今年二十四となる青年だ。
「……はぁ」
ガーティンは溜め息を吐く。
彼はつい先ほど、ある女性に唇を奪われた。
女の名はシャルロット・C・ブロンドウェイ。
『十人議員』の一角を務める女性である。
更にガーティンの調べによると、十年前の『人魔戦争』において、「バージィ・トレイト」という名で活躍した魔術師だとも分かった。
そして、もう一つ。
彼女について知っている事がある。
それは、彼女が『人魔戦争』が終わるまで、『守六光』第二席を担っていたという事だ。
もはや知っている者が二十人といないような事実までも知っている辺り、ガーティンの情報収集能力の高さが伺える。
そもそも、彼がここまで『十人議員』について調べるのには、ある理由があった。
シャルロットに接触したのも、その事について聞く為だったのだが……。
ガーティンは唇を押さえて呟く。
「……四十過ぎには、見えなかったな」
実際、シャルロットは三十過ぎ、いや、二十台後半と言っても通じるほど若く見えた。
黄金色の髪に、きめ細やかな肌。
そして、端整な顔が自分の間近に近付き……。
ガーティンは赤面し、頭を振る。
時計を見ると、休憩が終了する時間だった。
ガーティンは立ち上がり、受付へと戻る。
そこには、来た時にはいなかった銀髪の少女を連れたシャルロット達の姿があった。
「!」
ガーティンは思わず『スウィート・メロディ』を飛び出し、シャルロット達を追いかける。
すると、ガーティンに気付いたシャルロットが後ろを振り返り、くすりと笑う。
「ふふ、どうしたんです?お勤め中ではないんですか?」
「あ、あの!」
威勢よく叫んだものの、何を言っていいか分からない。
しどろもどろのガーティンを見て、シャルロットが微笑む。
「確か、私に聞きたい事があるんでしたよね?」
「え?あ、ああ、はい」
「私でよければお答えします……が」
シャルロットはピッ、と人差し指を立てる。
「一つ、条件があります」
「は、はぁ……何でしょうか?」
ガーティンも、そう簡単に話してくれるとも思っていなかった為、その辺りは覚悟していた。
そんな彼の態度を見て、シャルロットは頬を緩める。
「そう緊張しないで下さい。何も取って食おうという訳ではありません。ただ、我々に協力して頂きたいのです」
「……具体的には、どういった風に?」
「そうですね……」
シャルロットは「うーん」と頭に手を当てる。
ガーティンは、その仕草の可愛らしさに思わずドキッとした。
すると、シャルロットは手をポンと叩き、答えを告げる。
「決めました」
「は、はい」
「今の仕事を辞めて、私の元で働いて下さい。給金は……そうですね。月給、金一でどうでしょう?」
「…………は?」
ガーティンは呆気に取られる。
仕事を辞めろというのもそうだが、驚くべきはその給金だ。
金一、つまり金貨一枚。
それは、ガーティンにとって目にした事すらない額だ。
今の仕事が気に入ってないわけでは無いが、さすがにそれほどの金額ともなると、考えざるを得ない。
しかし、同時に不安も覚える。
ガーティンが知る限り、シャルロットはかなり頭の切れる人物の筈だ。
数年前に起きた、『人魔戦争』を終えて、の初めて大きな経済危機を迎えた時、シャルロットは僅か数人の部下と共に諸外国を渡り、交渉を続けた結果、この危機を乗り越えてみせたのだ。
そんな人物が、金銭感覚を知らない筈がない。
つまり、協力するという事はそれなりの危険を伴う事を意味するのだ。
が、既にガーティンは答えを決めていた。
彼は顔を上げると、毅然とした表情を浮かべる。
「(あら、いい目ですね)」
シャルロットでさえそう思ってしまうほど、ガーティンの目には決意の光は宿っていた。
「……ブロンドウェイさん、いや、ブロンドウェイ様」
「決めたのですか?」
「はい……その話、謹んでお受けします」
ガーティンの答えに、シャルロットは満足した様子で笑ってみせる。
「貴方ならそう言ってくれると思っていましたよ、ガーティン・へドゥルグさん」
「…………」
「あ、そうそう。私に聞きたい話があったんでしたね。とりあえず、概要だけでもここでお聞きしますよ?」
「……ここで、ですか?」
「気に入りませんか?」
「い、いえ。ここで結構です」
ガーティンは一度息を整える・
すると、先ほどからのやり取りを面白くなさそうに見ていたソロンが
「早くしろ。シャルロット様のお体が冷えてしまったらどうする」
と、不機嫌そうにガーティンを叱咤する。
「す、すいません」と腰を低くして謝るガーティン。
そして、コホンと一度咳払いをする。
「……二年前、自分の妹が技術都市ベリオスに連れて行かれたきり、消息が分からなくなったんです……
妹を連れていった兵士達は、『貴族院』の命だと言っていました」
「二年前……シャルロット様、まさか」
「ええ、『キメラの悪夢』、ですね?」
ガーティンは重々しく頷く。
「妹の名はヒンタ・へドゥルグ。自分は妹の失踪に納得出来ず、事件について調べました。そして、その事件の影に『十人議員』が深く関わっている事を知ったんです」
「……申し訳ありませんが、私は『魔人計画』には着手していないので、あまり詳しい事は知らないんです」
「その計画を応用した精霊についてなら話は別ですが」と、胸中で続けられる。
「……そうですか」
「ですが、協力する事は出来ます」
「え?」
「私の『部隊』……まあ、私兵ですね。その者達を使って、『キメラの悪夢』について洗い直してみましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、部下の頼みです。断る道理はありません」
シャルロットは微笑む。
その様子を見ていたタナトスは、シャルロットを見上げる。
「……私も、それやるの?」
「いえ、タナトス。貴女には他にやって頂きたい事があります」
シャルロットは少し屈むと、タナトスの頭を優しく撫でる。
「どんな、お仕事?」
「そうですね。ついでにその話もしておきますか」
「?」
「倒して頂きたい魔術師と、連れて来て貰いたい人、あと、部下の解放をお願いしたいんです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャルロット達の『スウィート・メロディ』での騒動から一夜が明けた。
王都の中心部へと向かう筈だったラズマ達だが、運悪く『スウィート・メロディ』を通るルートだった為、ハイドマン|(影武者)襲撃の騒ぎで通れなかったのだ。
結局、昨日はラズマ宅から少し東に進んだところにある集落にて、宿を取ったのだ。
尚、昨日拘束したチェイズは道中に目覚めたのだが、結局口を割る事はなかった。
今は宿の一室に閉じ込めてある、
昼に差し掛かろうかという時刻に、ラズマは宿の外にいた。
「……色々あったな、ホント」
ここ数日間を、ラズマはそう振り返った。
すると、その隣りに巨体の男が現れる。
「……バラドーさん」
「おう」
バラドーは腕を組み、町を見渡す。
「どうしたんだ?」
「ああ、そろそろ飯だったからな。お前を呼びに来たんだ。あと」
「あと?」
「そろそろ、色々聞いておこうと思ってな」
「……色々って、例えば?」
「あの嬢ちゃんの魔法とかだ」
ラズマは押し黙った。
どうやら、昨日は偶然言えなかった、という訳では無いようだ。
「……隠してたわけじゃないんだ。ただ……あいつの魔法って、こう、特別なもんだからさ」
「特別?」
「ああ……あいつの魔法は『魔』。おそらく唯一無二の魔法だと思う」
「ほう。どういったもんなんだ?」
ラズマはしばらく黙るが、やがて意を決したようにその口を開く。
「……自分の魔力を犠牲にして、使用した魔力の量を数倍に増やす魔法……それが『魔』だ」
「なっ!?そんな魔法が!?」
「……ああ、俺も見た事あるし、間違いねぇ」
「……ブロンドウェイが欲しがるのも無理ないか」
「どういう事だ?」
「『勇者の遺産』については、昨日話したよな?」
「あ、ああ」
「どうやら、それは王都内にあるらしくてな。そして、ブロンドウェイは『索』の魔術師を保有している……つまり、だ」
「?」
「おそらく、嬢ちゃんの生み出す魔力を利用して、探索範囲を広げるんだろうな」
「なっ!だ、駄目だ!それだけは……!」
ラズマの剣幕に、バラドーは思わずたじろぐ。
やがて我に返ると、ラズマは俯く。
「……すまねぇ。でも、それだけは駄目なんだ……」
「……どういう事だ?」
「……あいつは……マリィは、『魔』を使うと、肉体的にも、精神的にも、かなりのダメージを受けるんだ……前使った時は、意識不明で三日間、目を覚めなかった」
「……なるほどな。お前さんが隠したがる理由が分かったよ」
バラドーは舌を打つ。
「ブロンドウェイの野郎……そんな事分かってるだろうに……」
「……バラドーさん、すぐ出発しよう。これ以上同じ場所に留まったら危険だ」
「そうだな……でも、もう一つ聞いておきたい事がある」
「え?」
「ラズマ、お前さんの魔法についてだ」
「あ、ああ。そういや言ってなかったな」
「?これは隠していたわけじゃないのか?」
「いや、言うほどの事でもないし、いつでもいいかなって思ってさ」
ラズマは笑いながら頭を掻く。
バラドーは呆れたように目を細める。
「……まあいいか。とにかく、戦力を確認する意味も兼ねて、聞いておきたいんだ。アッシが知る限り、あんな魔法見た事ないからな」
「……いや、期待するほどのもんでもねぇぞ?俺の魔法は……」
だが、ラズマの言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
「……けっ、来客だ」
「え?」
バラドーは憎々しげに町の奥を見る。
すると、黒い衣を纏った銀髪の少女が、ラズマ達を見据え、向かってきていた。
「……あの子、ですか?」
「ああ、おそらくな。見た目に惑わされるなよ?おそらく、相当の使い手だ」
バラドーはゆっくりと、背中の槌に手をかける。
銀髪の少女はバラドー達の五メートルほど前でピタリと止まった。
「聞いた情報と、一致。これより、臨戦態勢、入ります」
「……おい、ここじゃ一般人に被害が加わる。場所を移動したい」
「却下。大丈夫、被害が出る前に、終わらせる」
そう言うと、少女は黒衣の中から一振りの剣を取り出す。
その刀身は、剣特有の輝きが一切見えないくらい黒く染まっていた。
「紹介、遅れた。私は、タナトス。この子は、魔剣『ソウルイーター』」
バラドーは、その魔剣の名に聞き覚えがあった。
かつて冥界の神が使っていたと言われるほどの剣で、その刀身に触れれば魂が削られると聞く。
ある程度傷がついても回復するとは言え、魔力の動力炉とも言える魂が削られれば、まともに魔力を生成する事すら出来ない。
だが、そう言った強力な武器を持つ者には、何らかの油断が生まれる筈だ。
つまり、勝負が始まってすぐがチャンスとなる。
「……ラズマ、短期決戦だ。俺が突っ込むから、後ろから援護を頼む」
「わ、分かった」
バラドーは体勢を整え、敵の間合いに踏み込む瞬間を伺う。
すると、おれよりも速くタナトスが動いた。
数秒で詠唱らしきものを唱え、剣を振るったのだ。
剣の軌跡をなぞり、衝撃波がバラドーを襲う。
「くそっ!」と叫び、右手を突き出し、『吸』を発動させる。
が、その時、不可解な出来事が起きた。
「がっ……!?」
短い呻き声と共に、バラドーの右手と胸から鮮血が溢れ出す。
「……『吸』が、発動、しない……!?」
咄嗟に引いた為、右手が真っ二つと言う事は無かったが、バラドーの傷は深かった。
「……殺しちゃ駄目って、言われてるから、もう、動かないで」
そう言うと、タナトスは視線をラズマへと向ける。
が、ラズマはそこから動かない。
いや、動けなかったのだ。
これまでに、ソロンやチェイズとの戦いなど、死地に立たされた事は何度かあったが、こんな明確な恐怖を覚えたのは初めてだった。
ラズマの額から、決して寒さが理由ではない汗が、ぽとりと落ちた。
という事で、ガーティンの決意、動き出すシャルロットについて書いてみました。
あと、マリィの常人離れした魔法とその副作用についても触れてみたり。
ラズマの魔法、そして、バラドーさんの『吸』を破ったタナトスの力については、次回で明らかにする予定です。
投稿間隔が乱れきっていますが、これから修正していければなと思います。
という事で次回予告。
今回、結局前回予告したものとは違うタイトルになってしまいましたが……。
立ち塞がる強敵タナトスの前に、ラズマは一か八か自分の魔法で立ち向かう。
果たして、彼は恩人を、そしてマリィを守る事が出来るのか?
次回、『少年ラズマの決意』。
頑張ります。
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