第18話 魔術師潰しバラドーの再来
今回、ちょっと短めです。
黒装束の女、チェイズは忌々しそうに舌を打つ。
彼女は、巷では『魔術師潰し』と呼ばれているこの男を知っていた。
一度だけこの男、バラドーの戦いを見た事があるのだ。
『超光』への依頼で、王都近辺を荒らし回った魔術師を拘束した時の事とだった。
相手は『弾』の魔術師で、手から魔力の弾を撃ち出すという魔法の使い手。
しかしその魔術師は、五発ほどの『弾』を撃った後、バラドーの『吸』によって生じた魔力を一身に受け、全治三ヶ月の大怪我を負う事となった。
その光景を影から見ていたチェイズは、''この男との戦いだけは避けなければならない''と肝に銘じた。
だが、この状況ではそういうわけにもいかない。
チェイズは深呼吸をすると、目の前の敵を見据える。
その顔を見たバラドーは、ニッと笑う。
「いい顔じゃねぇか。アッシに対する怯えが無くなった」
「…………」
「それじゃあ……行くぞ!」
バラドーはチェイズに向かって突進する。
チェイズは自身の魔法、『炎』を発動させる。
『火』と『炎』、この二つの魔法の違い、それは範囲によるものだ。
性質や威力自体は、どちらもほとんど違いは無いのだが、『炎』の攻撃範囲は『火』の二倍から五倍まで拡張すると言われている。
チェイズは、即座に炎弾をバラドーに放つ。
バラドーはそれに対して『吸』は使用せず、その前に『吸』によって生じた魔力をその炎弾にぶつけ、相殺させる。
その行動は、チェイズの中で組み立てていた''ある仮説''を成り立たせた。
彼女が知りたかったのは、''『吸』で吸収出来る魔力の限界''だ。
先ほどの様子を見る限り、バラドーはチェイズの炎弾を一発までしか吸収出来ないらしい。
それさえ分かれば、少しはまともに戦える。
チェイズは、襲い掛かるバラドーの槌をかわすと、隙だらけの脇腹に炎弾を放つ。
「何度やっても無駄だ」
バラドーはそれを吸収し、もう一度槌を振るう。
チェイズは身軽な動きでそれをかわし、バラドーから距離を取る。
「……ちょこまかと動き回りやがって」
「貴方と戦り合うのなら、これくらいは当然だろう」
チェイズはそう言うと、『炎』による広域炎弾をバラドーに放つ。
範囲が広く、避ける事も出来ないその炎弾に、バラドーは顔をしかめ『吸』でストックしていた魔力をその炎弾と相殺させた。
チェイズはその隙を逃さず、バラドーに三発の炎弾で、追撃を仕掛ける。
直後、爆音が鳴り響き、辺りが土煙に覆われた。
だが、チェイズは追撃の手を緩めず、詠唱を始める。
『追尾炎弾』の二倍ほどの長さはある詠唱の後、チェイズの右手が『炎』で覆われた。
その名も『フレアグラブ』。
『炎』の特性を最大限にまで活かした技で、遠距離、近距離、どちらにも対応する事が出来る。
チェイズは土煙の中を進み、バラドーの姿を探す。
今の攻撃、『吸』を使っても全てを吸収する時間は無かった。
つまり、少なからずダメージは受けている筈だ。
あの巨体と言えども、手負いで『フレアグラブ』を受ければひとたまりも無い。
チェイズはそう考えた。
確かに、その推測は間違っていないだろう。
ただし、バラドーがダメージを受けていればの話だが。
突然、チェイズの左方から巨大な影が現れる。
言うまでも無く、バラドーである。
「なっ!」
驚くチェイズを尻目に、バラドーは槌を打ち込む。
チェイズは腕をクロスしてガードするが、魔力の上乗せされたその一撃に、彼女の体は宙を舞った。
受身を取れず、体が地面に叩きつけられる。
「ガッ……!」
「勝負あり、だろ?これ以上の無理は体に毒だぜ」
バラドーは、悠然と、槌を肩に担ぐ。
それは余裕綽々といった様子で、とてもダメージを受けているようには見えなかった。
チェイズはよろよろと立ち上がり、痛みに顔を歪める。
「……何故だ。『吸』によって吸収出来る魔力は……」
「お前さんの魔法一撃分しかない、ってか?」
「……!まさか」
バラドーは笑う。
「アッシが『魔術師潰し』と知って喧嘩を売る魔術師は結構多くてな。お前さんみたいな策を取ってくる奴とは腐るほど相手してんだよ。大体、お前さんの攻撃程度を一発しか吸収出来ずに、『魔術師潰し』は名乗れねぇよ」
「……どうやら、アンジェリカ氏以外の魔術師相手に、負け無しという噂は本当だったようだな」
「……いや、間違いだ。この場を借りて訂正しとくぜ」
「……?」
「残念ながら、二週間くらい前に、三人の魔術師のせいで、その噂は破綻しちまったんだよ」
バラドーは憎々しげに呟く。
「一人は十三の女の子。一人は無口な青年。もう一人は……『火』の魔術師だ」
「……何?」
自分と同じ系統の魔法の名を聞いて、チェイズは怪訝な顔になる。
「……馬鹿な。『火』如きが……」
「確かに、お前さんの魔法はそいつより上だったよ。でもな、戦略はお前さんのを遥かに上回ってたぜ」
「…………」
「お前さんは、魔法と自分の身体能力に頼り過ぎなんだ。戦略も悪くないが、一般レベルは抜け出せてねぇ」
バラドーの言葉に、チェイズの眉間の皺はどんどん深くなる。
しかし、そんなチェイズをお構いなしに、バラドーは
「ま、つまりお前さんは、裏稼業をやるには脳筋過ぎるんだよ」
バラドーが言えた台詞でも無いが、それを聞いたチェリズは激昂し、『フレアグラブ』が消えていない右手を、バラドーに向ける。
前述した通り、『フレアグラブ』は近距離、遠距離共に対応する事が出来る。
近距離は言うまでも無く、殴る事によってその効果を発揮する。
対して、遠距離攻撃はと言うと、『フレアグラブ』に込められた魔力を竜巻状にして放つのだ。
チェイズは、怒りに身を任せ、渾身の力でそれを撃ち出す。
「……やりゃあ出来るじゃねえか」
バラドーは槌を地面に突き立て、両手で炎の竜巻を受け止める。
数秒の後、それはバラドーに吸収された。
チェイズは体を震わせ、その場に崩れる。
「そん……な」
「……今度こそ終わりだ。さあ、喋ってもらうぞ。ブロンドウェイの情報をな」
チェイズは、恐ろしい形相でバラドーを睨みつける。
「……喋るわけがない、そう言いたげだな?仕方ねぇ。お前さんを拘束してから色々と聞かせてもらおう」
バラドーの言葉に、チェイズは再び怪訝な顔になる。
チェリズのスピードは、バラドーも確認している筈だ。
傷は深いものの、これほどの距離があれば、彼女にとって逃げるのは造作も無い事だろう。
チェイズの顔を見たバラドーは、槌を担ぎながら笑ってみせる。
「まあ、アッシが拘束するとは一言も言ってねぇがな」
その言葉の意味を、チェイズは後頭部に強い衝撃を受け、振り返り、ようやく知る事が出来た。
彼女の視線の先、そこには、小槌を振り下ろしていたラズマの姿があった。
薄れゆく意識の中、チェイズは呟く。
「……要は使いよう、か。勉強に、なった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
チェイズを縄で縛り、ようやく一息着くラズマ。
また敵が来ないとも限らないので、マリィは家の中で休ませた。
「ふう、助かったぜ……えっと」
「バラドーだ」
「ありがとな、バラドーさん。俺はラズマ・エイジス、あいつはマリィ・レウズだ」
「礼には及ばんさ。アッシも、この女には用事があったところだしな……ところで、お前さん方、この女に襲われていたみたいだが?」
「……よく分からねぇんだ」
ラズマは、昨日の出来事をバラドーに話す。
バラドーは、話が進むにつれ、眉間の皺が深くなっていった。
「……あの女、マリィだったか?そいつを襲ってきたのか?そのソロンって女が」
「え?ああ……ソロンって奴、知ってるのか?」
「……ブロンドウェイの側近だ」
「そういやさ、そのブロンドウェイって奴誰?」
「ああ、そうか。知らないのが普通か……シャルロット・C・ブロンドウェイ。『十人議員』の一人だ」
さすがに『十人議員』の名は知っていたのか、ラズマは「マジかよ」と息を呑む。
「……でも、『十人議員』なんてお偉いさんが、どうしてマリィを?」
「さあな……ソロンは、他に何か言ってなかったか?」
「あいつは別に何も言わなかったけど……マリィが、そいつらが『勇者の遺産』とか何とか言ってたのを聞いたんだと」
「『勇者の遺産』……きな臭ぇ言葉だな。とりあえず、それが鍵になりそうだ……一ついいか?」
そう言うと、バラドーはラズマに歩み寄る。
「何でも言ってくれ。俺に出来る事はやらせてもらう」
「いや、大した事じゃないんだが……アッシは雇ってもらえねぇか?用心棒として」
「……そりゃあ願ってもない話だけどよ……金なんかほとんど無いぜ?」
「報酬は刺客から剥ぎ取った戦利品と、聞き出した情報だけで構わんさ」
「そんなんでよければ喜んでお願いするぜ……で、これからどうすればいいと思う?」
「とりあえず、ここに居たら危険だからな。王都の中心部へ向かうぞ。そこに、アッシと同じ目的を持つ奴らが居る筈だ」
「……そういや、バラドーさんは何でブロンドウェイを嗅ぎ回ってるんだ?」
ラズマはふとした疑問をぶつける。
バラドーは、少し視線を落とし
「……ある人を、探し出してぇんだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃、ミーシェ達二人は、王城の資料室に居た。
『勇者の遺産』、そして勇者ノヴァについて調べる為だ。
「勇者ノヴァ……勇者ノヴァ……うーん、こっちには見付からないよ」
「……!あった」
ミーシェが報せる吉報に、ティナは目を輝かせて、その資料を食い入るように見つめる。
どうやら、ノヴァ本人に関するものでは無く、『人魔戦争』の資料のようだった。
「おそらく、ノヴァについての資料は残って無いんでしょうね。王都がひた隠しにするくらいだし」
「……えっと、知らない字だよ?」
「……これは、暗号ね。情報を外部に漏らさない為の」
「……読めるの?」
「多分……えっと、''十月十五日、魔王が根城とする城に突入''」
「おお!」
歓声をあげるティナ。
ミーシェはそのまま読み進める。
「''ジグライオス軍は、前線を切り込む二十人程度の部隊を編成''……二十人とは、随分と少数ね」
「そ、それで?」
「''ここに、その二十人の名を記す。『ノヴァ・ロード』、『サーティス・エッジボルグ』、『バージィ・トレイト』、『ズィバルダ・ナイトレイジ』''……ズィバルダさんも居たんだ……それに、エッジボルグって、確か『十人議員』の筈よ」
「……やっぱり、『貴族院』が関わってたんだね」
「みたいね……続き読むわよ。''『ジョニー・ベイルズ』、『バゾル・ドゥ』''……!」
突然、ミーシェが読むのをやめた。
その目は、驚きによって見開かれていた。
「な、何?何が書いてあったの?」
ティナは困惑する。
ミーシェは、深呼吸をすると、その資料に書いてあった名を述べる。
「''『フォルス・ヘイジ』''」
「……え?それって確か……」
ティナは必死に記憶を辿る。
どこかで聞き覚えのある、その名前の記憶を。
そして、ようやくその答えに辿りついた。
「……ズィバルダって爺ちゃんが言ってた……それにヘイジって……」
「……ええ」
ミーシェは、汗を流しながら、その答えを口にする。
「おそらく、彼の……ハルト・ヘイジの祖父よ」
という事で、バラドーさんに活躍してもらいました。
『火』の上位魔法にあたる、『炎』が登場しましたが、この辺の説明もその内説明していきたいです。
あと、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、2章のタイトルを「勇者再臨」から「勇者の遺産」に変更させて頂きました。
やはりこっちの方が2章に合ってるかなーと思った次第です。
まことに申し訳ありませんorz
次回、いよいよブロンドウェイが動き出す予定です。
果たして彼女の取った策とは……ラズマに、最大の危機が……?
といった感じにしようと思ってます。
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