第16話 学生ラズマの受難
2章第1話です。
王都ゼブリオ。
魔法大国ジグライオスの中枢である大都市。
そんなゼブリオの中心に位置する王城のテラスに、早朝にも関わらず、ある少女の姿があった。
少女は何をするでも無く、ただテラスから見える王都の風景を眺めていた。
少女の名はミーシェ・マテリア。
実質王国最強の六人である『守六光』の一角を務める少女である。
「…………」
ミーシェは、ただただ広がる広大な王都を眺めていた。
そこに、彼女のよく知る赤髪の女が現れる。
「……また、ここにいたのか」
「……アンジェ」
赤髪の女、アンジェリカは嘆息を吐く。
彼女はミーシェの隣りに立つと
「…………」
「……何か、言ってよ」
「そのつもりで来たのだがな……気の利いた言葉が見付からない」
「……あんたらしいわ」
ミーシェは僅かに微笑みを浮かべた。
だが、その笑顔にはどこか無理をしている気色が伺える。
ハルトとディライズが川に落下して、早くも二週間が経過した。
あの後、暴れるティナを取り押さえ、一行はバルブに引き返した。
その夜は誰も口を開こうとはせず、バラドーは手から血を流すほど拳を握り締めていた。
そして翌日、土砂崩れの撤去が終わったと聞き、一行は王都に辿り着いた。
ミーシェは『貴族院』に真実を聞くため、謁見を申し出たが、''捜索は行う''と言うだけで、議員に会う事すら阻まれた。
「……ハルトが行方不明、か。今でも信じられないよ」
口ではこう言うアンジェリカだが、その事を知った時の彼女の荒れ様は酷かった。
ミーシェに掴み掛かり、彼女を罵詈雑言で責め立て、止める部下を蹴散らした。
ケツァルコアトル討伐により、祝勝ムード一色の『超光』だったが、一気にそれどころでは無くなった。
きっと、今でも内心ではやるせない想いが渦巻いているのだろう。
そんなアンジェリカに、ズィバルダの襲撃など、告げられる筈も無かった。
「……それで、何の用なの?」
「何の用とはご挨拶だな。友人を気遣って来てはいけないのか?」
「あんたがそんな奴じゃないから言ってんの」
「……失礼な奴だな。まあ、その通りなので何も言えんが」
アンジェリカは顔をしかめると、ミーシェの耳に顔を近付け
「……『貴族院』の議員が何やら動いているらしい」
「……何やらって……何?」
「さあな。詳しくは分からんが、ある物を探し回っているようだ」
「……''議員''って事は、そいつが個人で動いてるのよね?」
「だろうな……問題なのは」
「問題なのは?」
「その議員が『十人議員』の一人であると言う事だ」
「!」
ミーシェは、驚きを隠せなかった。
『貴族院』というのは、その名の通り貴族が集まり国王の行政に助力する組織なのだが、自尊心の高い貴族同士が集まり、話がまとまる筈もない。
そこで結成されたのが『十人議員』というもので、『貴族院』の中でも権力・政治力の高い十人が選出され、『貴族院』の最終的な決定を担う存在である。
ミーシェは顎に手を当て考えると
「……ねえ。前から考えていたんだけど、キャリオスを襲わせたのって、ひょっとして『十人議員』の誰かじゃないかしら?」
「……また随分な事を考えるな貴様は。だが、現状から見てそうとしか思えないのも確かだ。『守六光』をも動かすとなると、普通の議員では無理があるだろう」
「……これはチャンスかもしれないわ」
「?どういう事だ」
「その『十人議員』が探しているものを、私達が先に手に入れるのよ」
「……達?」
「達」
「……分かった、手伝えばいいのだろう?まったく。貴様は本当に私を飽きさせないな」
「これが、一番ハル……ヘイジさんを助ける近道よ。奴らの権力を利用して、必ず見つけ出す」
「……もし、手遅れだったら?」
「あんたは、川に落ちたくらいで彼が死ぬとでも?」
「思わんな」
アンジェリカは笑う。
「そうだな。そろそろ『貴族院』に一泡吹かせてやろう」
「一泡くらいじゃ足りないけどね……それで、『十人議員』が探してる物って?」
「ああ……どうやら王都内にあるらしいのだが」
アンジェリカは腕を組む。
「『勇者の遺産』、というものらしい」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都の下町。
生活に貧困した者が多く暮らす町だ。
ミーシェはここで生まれ、ここで育った。
五年前、母が病気で急死してから軍に入るまで、ずっと一人でこの町を生きてきた。
ミーシェは、今もそのままにしている自分の家に入る。
真昼間にも関わらず、部屋の中は薄暗かった。
「……カーテンくらい、明けなさいよ」
ミーシェは部屋の隅にうずくまる人影に話しかける。
その人影は目を腫らし、頬には涙の跡がくっきりと残っていた。
「……ねえ。いつまでそうしているつもり、ティナ」
「…………」
ティナはうずくまり、何も喋ろうとしない。
この二週間、ずっとこんな調子だ。
ディライズが消えてしまった事が、よほどショックだったのだろう。
そんなティナに、ミーシェは一筋の希望を与える。
「……『貴族院』を追い詰める方法を見つけたわ。成功すれば、二人を探し出せるかもしれない」
「!……ホント?」
「ええ。だから、ティナも協力してくれる?」
ティナは力強く頷く。
その目からは、確かな意思が宿っていた。
「ありがと……じゃあまずは」
ミーシェは部屋のカーテンを開ける
「ご飯、食べましょうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
所変わって、ここは商業の盛んな王都の北東部。
そんな大通りに、夏休みの朝にも関わらず、学校の制服姿の少年の姿があった。
「……ようやく、今日で補習も終わりか」
少年は呟く。
短かく切ったその髪は金色に染まっており、服装はだらしなく乱れている。
それがこの少年、ラズマ・エイジスの風貌だった。
ラズマは、前学期の成績が悪過ぎた為、夏休みの間も補習を受ける羽目になったのだ。
だが、その補習も今日の午前中で終わる。
残り少ない休みではあるが、精一杯楽しむとここに決意する。
すると、浮き足立つラズマの横に、いつの間にか同じ学校の制服を着た少女が共に歩いていた。
ブロンドの長い髪に、眠たそうな眼、そしてすらっとした体躯。
少女は何事も無かったように歩き続ける。
「…………」
「……マリィ、いつからそこに居やがった」
「お早う」
「お早う、じゃねぇよ。大体、何でお前が学校行ってんだよ?補習無いだろうが」
「いつって……ラズマが、鼻歌を歌い始めた頃かしら」
「何で質問の答えが一つ前なんだよ」
「手紙が来て呼ばれたの、担任のビヅレ先生に」
「無視かよ」
「質問の答えを遅らせてるのは、言うまでも無くわざとよ」
「ふざけんな」
マリィと呼ばれた少女は「冗談は置いといて」と話を仕切り直す。
「ねえ、ラズマ。確か今日で終わりだったよね、補習」
「ああ。ようやく地獄から開放されるぜ」
「でも、宿題はちゃんとやってるの?」
「…………」
「宿題はちゃんとやってるの?」
「何で二回聞くんだよ。ええ、補習が大変ですっかり忘れてましたよ」
「やっぱりね。仕方が無いから写させてあげる」
「頼んでねぇけどありがとな」
そうこう言っている内に、二人の通う学校、カザリア魔法学校が視界に入る。
王都ゼブリオには、三つの''魔法学校''が存在する。
言うまでもなく、生徒は全員魔術師、及び魔法の素養がある者達だ。
教師もまた然り。
入学は十二に、卒業は十八になる歳に行われ、七年間、学校に通う。
カザリア魔法学院はその三つの中でも最低ランクで、''落ちこぼれの巣窟''とさえ呼ばれていた。
ラズマはマリィの方をチラリと見やる。
マリィ・レウズ。
二年前、ラズマ宅近所に引っ越してきた、大商人の一人娘だ。
その魔法の素養の高さから、当初は三つの魔法学校の中でも最難関である、ゼブリオ魔法学園の編入試験を見事合格してみせたのだが、優秀な彼女を妬む輩は多く、それに耐え切れなかった彼女はある''事件''を起こし、ラズマもそれに加担した。
結果、マリィはカザリアに転入する事になり、ラズマもその''事件''がきっかけで、学校側から問題児扱いを受け始めた。
ラズマは、マリィに協力した事を後悔はしていない。
だが、マリィがその事に対し、ラズマに罪悪感を抱いている事を、彼は知っている。
果たしてこのままでいいのか?
そんな事を考えていると、マリィがラズマの顔を覗き込んできた。
「…………」
「な、何だよ」
「ラズマ」
「ん」
「変な顔してる」
「……考え事してたんだよ馬鹿野郎」
そう言うと、ラズマはふて腐れたように学校の校門をくぐった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ようやく昼となり、ラズマは補習と言う名の地獄を終え、その開放感に浸っていた。
マリィには玄関で「多分昼までには終わるからちょっと待ってて」と言われており、ラズマは「いつ一緒に帰る事になったんだ」とツッコミながらも、教室にて彼女の帰りを待った。
だが、三十分以上待っても一向にマリィは現れない。
不審に思ったラズマは、教員の集う職員室へと向かう。
しかし、担任のビヅレに聞いても
「レウズに手紙?俺がか?いや、出した覚えは無いが……」
ラズマの不安は益々増徴する。
いても立ってもいられず、ラズマは学校中を探し回った。
警備員によると、今日学校から出た生徒は、補習に来ていた者達しかいないらしい。
学校の敷地内にいる事は分かったが、依然としてマリィの姿は見当たらない。
だが、これだけ探しても見付からないのだ。
迷ったラズマは、もう一度ビヅレを尋ねる。
「どうしたエイジス。そんな息を切らして」
「ハァ、ハァ……先生、ちょっと、お願いが」
ラズマはマリィがビヅレからの手紙をもらい、彼女の姿が見当たらない事をビヅレに伝える。
「……確かに、それは変だな」
「それで、先生に……『索』をお願いしたいんですけど」
『索』というのはビヅレの魔法で、自身から最大半径五百メートル以内の範囲を''見る''事が出来るものだ。
「……分かった。そういう事なら仕方ないな。ちょっと待ってろ」
そう言うと、ビヅレは詠唱を始める。
やがて目を閉じると、『索』の発動に集中する。
その時
「……ん?これは……!ガッ、アアアアアアアア!!」
突然ビヅレは叫び出したかと思うと、その口からは血が流れて出す
ラズマはとっさに、倒れるビヅレの体を受け止める。
その時、職員室にいた他の教員達が、何事かとビヅレに駆け寄る。
「先生!」
「……!これは……」
保険医の教員が、ビヅレの机の上にある湯呑みを見て驚く。
「どうしたんですか!?」
「……神経性の毒だ。魔力の行使に反応し、使用者の体の自由を奪う。おそらく、それが湯呑みに…」
「そんな……助かるんですか?」
「……時間の問題だ。出来るだけ早く治療を施さねば……」
保険医がそう言うと、ビヅレが咳き込みながら
「……エイ、ジス……レウズは、追われ……講堂、隠れ……」
そこまで言った後、ビヅレは意識を失った。
弱くなっているが、脈はあるので生きてはいるだろう。
ラズマはその場の教員達にビヅレを頼むと、彼の言っていた講堂へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カザリア魔法学校には、校舎から少し離れた所に大規模な講堂が存在する。
だが、去年から講堂は閉鎖になっていた筈だ。
だが、扉の錠は破壊されており、扉は半開きになっていた。
誰かが侵入したのは明らかである。
ビヅレは、マリィが追われていると言っていた。
ラズマは慎重に講堂の中を進んでいく。
去年までの記憶が正しければ、応接間、廊下、ホールと続いていた筈だ。
ラズマは応接間を通り、廊下を進む。
すると、後ろからガタッと、何かの物音が響いた。
恐る恐る、音の方を振り向くラズマ。
そこには、黒装束に全身を包み、性別さえ不明な者の姿があった。
黒装束はラズマの姿を捉えると、姿勢を低くする。
いつの間にか、その手にはナイフが握られていた。
「……ひょっとして、暗殺者の方、とか?」
黒装束はその質問に答えず、ラズマに襲い掛かる。
「何かそれっぽいなオイ!」
その動きは、到底ラズマの目で追えるような速さでは無い。
それを知ってか知らずか、ラズマはホールへと走り出す。
黒装束のナイフがラズマを捉える。
が、それは彼の右肩を掠めるだけに終わった。
「うおっ、危ねぇ!」
そう叫んだと共に、ラズマはホールに逃げ込んだ。
ホール内は、カーテンが閉め切ってある為、昼間にも関わらず暗闇に染まっていた。
黒装束は立ち止まり、ある疑問を持つ。
今の攻撃は、確実にラズマの心臓を捉えた筈だ。
しかし、予想に反し、ナイフは右上に逸れた。
「(どういう事だ……?)」
黒装束はラズマを探しながら考える。
だがそれが、ラズマを舐め過ぎていたのが、黒装束の失敗だった。
結果として、黒装束はラズマの隠し持っていた小槌を後頭部に受け、意識を失った。
ラズマは足で黒装束を小突き、気絶した事を確認する。
「……いよいよ、やべぇな」
さっきのような黒装束がもういないとは限らない。
ラズマは黒装束の装飾品を物色する。
その際、黒装束の体に触れ、女である事が分かったが、今はそれを喜んでいる場合では無い。
その時、ラズマの肩に何者かの手が置かれた。
ラズマは、体をビクッと震わせる。
「しっ。大声、出しちゃ駄目、ラズマ」
「!……マリィか?」
「うん」
「探したぞ!どこ行ってたんだ……心配させやがって」
「……心配、してくれたんだ」
「……流れで言っただけだよ」
「ありがとう」
「相変わらず人の話は聞かねぇのな……んで、この黒い奴は誰だ?」
「……分からない。ビヅレ先生のところに行こうと思ったら、同じ所を何度もぐるぐるしてて……多分、幻系の魔法か何かを、かけられてたんだと思う」
「……幻系か。相手はこいつだけか?」
「ううん。あと二人くらい、いた」
ラズマは思わず舌打ちをする。
この黒装束の女には何とか勝てたが、それは運が味方しただけに過ぎない。
そんな二人に勝てると思うほど、''落ちこぼれ''と呼ばれるラズマは自惚れていない。
「よし。じゃあ、とっとと逃げるぞ」
「……出来ないの」
「何言ってんだ。早くしないと」
「早くしないと、何だ?」
その時、ホールに明かりが生まれた。
一斉にカーテンが開いたのだ。
そして、ホールの中心に一人の女が立っていた。
その女は、黒髪をポニーテールにして束ね、夏にも関わらず分厚いコートを着ている。
「……間に合わなかったみてぇだな」
「否。間に合っていた所で貴殿の運命は変わらない」
女はゆっくりと歩を進めながら腰の剣を抜く。
「死、あるのみだ」
ラズマは、これまで感じた事もないような殺気を覚えた。
何とか時間を稼ごうと、ラズマは口を開く。
「……お前は、誰だ」
「名乗る必要は無い……行かせてもらう」
女は、ラズマとの間合いを一気に詰め、剣を一突きする。
それは黒装束の女同様、確実に彼の心臓を捉えた一撃だった。
しかし、それもまた黒装束の女のナイフ同様、右上にずれた。
ラズマは一歩もその場を動いていないにも関わらず、だ。
正確に言えば、ラズマは女の動きを目で追う事すら出来なかっただけなのだが。
「ッ!」
女は後ろに下がる。
「……何をした?」
「……こっちの台詞だっての。人間の動きじゃねぇぞ」
「……ソロンだ」
「?」
「貴殿が聞いたのだろう?私の名はソロン……久々に血の疼く相手に出会えた。続けようか」
ソロンと名乗ったその女は構える。
ラズマも、マリィを下がらせ、小槌を持ち直した。
こうして、一人の男の、少女を守る為の戦いが幕を上げた。
という事で、あれから二週間後のミーシェとティナ、アンジェリカさんと、新キャラであるラズマ君とマリィさんに登場して頂きました。
ラズマ君にはまだまだ目立ってもらう予定ですw
評価・感想・指摘等頂けたら嬉しいです。
質問も、頂ければお答えします。