第15話 少年ハルトの微笑
一章完結です。
あと投稿時間が遅くなってしまい、申し訳ありませんorz
ズィバルダが次々と繰り出す斬撃を、ハルトは何とか籠手で捌く。
キィン!と甲高い音が連続で響き渡り、ハルトの籠手とズィバルダの剣がぶつかり合う。
数回の打ち合いの後、二人は弾かれたように後ろに下がる。
「……どうやら、アンジェリカさんのお祖父さんっていうのは本当みたいだね。太刀筋って言うんだっけ?そっくりだよ」
「……お前さんもな」
「え?」
「その目……フォルスの奴によく似ておる」
それを聞いたハルトは体をピクリと動かす。
「……どうして祖父の名を?」
「……古い知り合いだった、それだけだ」
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一方で、襲い掛かるザグロを、ディライズは『重』の鎧で受け止める。
「……どうしても、戦わなければいけないのか?」
「……くどいですよ、あなたらしくもない」
ザグロは一度距離を取る。
「今の状況を見れば分かるでしょう?僕はあなたの敵で、あなたは僕の敵です。戦う理由などそれで十分じゃないですか」
「……ああ。そうだな。そう考えるのが妥当だろう」
「だが」とディライズは続ける。
「……あいつらといる内に、俺も甘くなっちまったようだ」
「……それはつまりませんね。そんなあなたを倒した所で何の自慢にもなりません」
そう言うと、ザグロはズィバルダに声をかける。
「ナイトレイジ氏……相手を交換してもらいたいんですが」
「……ああ、構わん。こいつと戦っていると思い出したくもない昔が目に浮かぶ」
ズィバルダはハルトから離れ、代わりにザグロが立ち塞がる。
「……君は仲間を裏切るようなタイプに見えなかったんだけどね」
「たった二日しか一緒にいなかったというのに、僕の何が分かると言うんですか」
その時、ズィバルダが剣に手を当て、剣が見る見る内に姿を変えていく。
どうやら、アンジェリカと同じく使用する魔法は『鉄』らしい。
しかし、その剣は見たところ、普通のものとあまり変わった風には見えない。
「壁剣『ラインウォール』……使い方はこうだ」
ズィバルダは自分とザグロの間にその剣を振るう。
すると、その斬跡から突然高さ五メートルほどの壁が現れる。
ズィバルダは橋の幅いっぱいにその壁を出現させる。
「見た目は薄いが、こいつの強度は岩をも凌ぐ」
パラソスは試しにその壁に『火』を放つ。
が、壁には少しの傷が付いただけだった。
これで戦いはハルトとザグロ、それ以外の八人対ズィバルダに分けられた。
ズィバルダは『鉄』で剣を元に戻す。
「……たとえ『守六光』とは言え、我々八人に勝てるとでも?」
「八人?どう見ても一般人のガキに、ミーシェ……マテリアは『衝』が使えない。ああ、そっちの女は補助系の魔術師のようだな……どうやらまともに戦えるのは五人のようだが」
「……五人なら勝てる、と?」
「ああ、前言撤回だ。五人でも八人でも大差は無い」
その言葉を口火に、ディライズは『重』の鎧で、ティナは剣でズィバルダを襲う。
しかし、ズィバルダはティナの剣をいなし、ズィバルダの腹に蹴りを叩き込む。
「ぐっ」
ディライズは短く呻き声を上げる。
が、バラドーはその隙を逃さず、ズィバルダの脇腹を大槌で狙う。
しかし、ズィバルダは跳躍しながら体を横転させ、そのままバラドーを斬り付ける。
「カハッ!」
バラドーの体から鮮血が飛び散る。
「バラドーさん!」
すぐさまトリシアがバラドーに駆け寄り、そのまま『治』を施す。
だが、そんな隙をズィバルダが見逃すはずも無く
「敵に背を向けたらいかんよ」
剣を振り下ろそうとするが、そこにミーシェが立ち塞がる。
「させない!」
ミーシェは自分が戦えない事が悔しかった。
その想いが彼女を突き動かす。
ズィバルダは一瞬躊躇うが、ミーシェの体の横からトリシアを狙った。
そこに間一髪でピリンクが『土』を発動させ、壁がズィバルダの剣を防ぐ。
更に、パラソスが『火』の玉を仕掛けた。
すると、ズィバルダは『鉄』を使用し、剣の刀身が水色に変わる。
そのまま剣を『火』の玉に当てると、それらは全て消え去ってしまう。
「水剣『ズプレッド』……詠唱も無しではこの程度か」
「……このお爺ちゃん、強い」
ティナの言う通り、ズィバルダの動きはとても六十を過ぎているようには思えなかった。
パラソスが拳を握り締めながら口を開く。
「……''剣豪ズィバルダ''。人魔戦争でも活躍した英傑だ……だからこそ解せない。何故貴方が我々を襲う必要があるのですか!」
「……分からぬか?」
「何がです!」
「現在、お前さん方を襲う理由があるのは……『貴族院』、だろう?」
「……まさか貴方までもが!」
「……口が過ぎたな。さあ、続けようか」
ズィバルダが詠唱を唱え、剣が形を変え、その刀身が大きく、そして紅く染まる。
パラソスはあれを見た事があった。
ハルトと戦った時、アンジェリカも使ったもの、剛剣『クリムゾンロード』だ。
「行くぞ」
ズィバルダは一行に向かって走り出す。
パラソスは歯を食いしばり、目前の''敵''に『火』を放った。
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パラソス達がズィバルダと戦いを繰り広げる中、ハルトとザグロもまた、互いの拳で打ち合っていた。
が、徐々にハルトがザグロを押し始める。
「……何故」
ザグロが息を切らしながら口を開く。
「何故、僕の『岩』と何度もぶつかり合っていながら、あなたの拳は無事でいられるんですか?」
「ああ。セイレーンとの戦いでは、これ意味無かったみたいだからね」
ハルトは籠手をこんこんろ叩いて見せる。
「これは『不障の籠手』って言ってね。魔力の影響を受けないんだ」
「……『無干渉』シリーズ、ですか。まだ残っていたとは」
「良く知ってたね……ところで、さっき壁の向こうからチラッと聞こえてきたけど、君とあのお爺さん、『貴族院』の回し者なんだってね」
「……だったら何だと言うんです?」
「『貴族院』は君達にとって敵意外の何物でもないでしょ?何で手を貸すのか、色々考えてみたんだけど、結局一つしか思いつかなかったよ」
「…………」
「シアンテで僕達と別れた後、君の故郷で何かあったんだよね?」
「…………」
「詳しくは分からないけど、家族が人質に取られたとか……もしくは村ごと、とかね」
「……大した名探偵ぶりですね。何故そう思ったんですか?」
「……そう言われるとね」
ハルトは少し言葉を濁すが、やがて顔を上げ
「……あの二日間君と一緒にいて」
「?」
「君が理由も無しにそんな事する奴には思えなくてさ」
「……大したお人好しですね」
「よく言われるよ」
ハルトは苦笑してみせる。
「僕を相手に選んだのも、単にディライズと戦いたくなかっただけなんじゃないの?」
「……仮にそうだとして、僕があなたの敵だという事には変わりありませんよ?」
「だろうね。その辺も色々考えたんだけど……結局、君を打ちのめす以外に方法が思い付かなかったよ」
「……あなたも中々面白い人だ。もし、会うのが早ければ友人になれたかもしれません」
「何言ってるのさ。とっくに友達だろ」
ここで初めてザグロが笑った。
「だったら話は早い。友人らしく、派手に殴り合いと行きましょうか。とは言え、このままであなたに勝てるとは正直思っていないので……奥の手を使わせて頂きます」
そう言うと、ザグロは目を閉じ、しばらくして開く。
その時、ハルトはゾクリと、悪寒にも似た何かが走った。
ハルトは前にも同じ体験をした事がある。
ディライズと戦った際、追い詰められたディライズが放ったものと同一のものだった。
直後、ザグロの体に異変が起きる。
ザグロの体が、彼の右腕のように変貌したのだ。
やがて、ザグロの体は完全に魔物のものとなった。
ザグロは……ザグロだったものは口を開く。
「……これが僕達『魔人』の奥の手、『魔物化』です。脳以外の全てを魔物に変えるという、まさに離れ業と言って過言では無いでしょう」
これにはさすがのハルトも驚きを隠せなかった。
「とは言っても、その辺のゴーレムと一緒にしないで下さい。『岩』の魔法もあって、僕の能力はゴーレムを遥かに凌駕します」
「……そんな事まで出来るなんて……ベリオスの技術って凄いんだね。人道的かどうかはともかく」
「変わったのは見た目だけでは無い事を……お見せします!」
そう言うと、ザグロはハルトに襲い掛かる。
ハルトはそれをかわし、ザグロの腹に拳を叩き込む。
が、その感触は硬く、ザグロは全く動じずに右腕でハルトを殴り飛ばした。
「ッ……!」
ハルトは倒れない、が、ダメージは確かに通ったらしく、口からは血が流れていた。
「驚きましたか?確かに『無干渉』は魔力の影響を受けません。が、今僕の体は見ての通り魔物そのものだ。つまり、いくら殴った所で僕にダメージは通らないんですよ」
「……厄介だね、それ。でも」
ハルトは口元の血を拭い去り
「やりようが無いって訳じゃない」
「……強がって何になるんです?どうやらあなたは魔力を使わないタイプの格闘家のようだ。それで僕に勝つなど不可能なんですよ」
「僕が魔力を使わないなんて、いつ言ったんだい?」
「……まさか」
「師匠には''ここぞと言う時以外使っちゃならない''って言われてるんだけどね」
「まあ」とハルトは続ける。
「友達を助けるって時って、十分''ここぞ''って時だよね」
そう言うと、ハルトは構え、魔力を溜めた。
確かにハルトは現代の格闘家のように、魔力を戦闘に活用する事が出来る。
が、それは現代の格闘家とは全く違う使い方だった。
瞬間、ハルトの姿が消えたかと思うと、ザグロの体に衝撃が走った。
その衝撃がハルトに殴られたからだと分かると同時に、ザグロの体は地面に垂直に吹き飛ばされる。
ザグロの体はそのまま『ラインウォール』によって発生した壁にぶつかり、そのまま壁を突き破った。
ハルトは殴った時のまま静かに唇を動かす。
「……『流星壱式』」
魔力を拳ではなく足に集中させ、限界を超えた速度で敵を討つ。
その姿、まさに流星の如く。
ハルトの唯一にして、必殺の''技''だった。
同時に、ハルトの師である人物が唯一彼に教えた技でもある。
完全に気を失ったザグロの姿を見たズィバルダは
「……『流星壱式』、か。懐かしい技だ」
ハルトは壁を超え、ミーシェ達と合流する。
「……祖父ちゃんも使ってた、とか?」
「ああ」
ズィバルダは頷き、ハルトに向き直る。
「……やはり、お前さんと戦わなければならないか」
「……みたいだね」
ハルトは構える。
両者は睨み合いを続け、やがてズィバルダが動き出そうとした、その時
「!」
ズィバルダは突然驚いたように動きを止める。
その目はある一点を凝視していた。
ハルトとミーシェ達もその目線を追い、向こう岸に目を向ける。
そこには、ミーシェの甲冑によく似たものを着た男が立っていた。
ミーシェはその男を見ると、信じられないと言うように体を震わせる。
やがて、震えながらその口を開いた。
「に……兄さん?」
その言葉を聞いたハルトは驚いたようにミーシェを見る。
「……どういう事?」
「……ジバルド・ベイグハン。私の……腹違いの兄、です」
ハルトは必死に記憶を探る。
確か、ジバルドという男はキャリオスを襲撃した『守六光』のはずだ。
その男が、ミーシェの兄という。
ジバルドの姿を見たズィバルダは
「……何故ここへ着た」
「…………」
ジバルドはその質問には答えず、代わりに右腕を掲げると、突然詠唱らしき言葉を呟く。
「『紫雷』」
瞬間、空が光ったかと思うと、轟音と共に橋の四隅に''何か''が落ちる。
その''何か''が雷であると気付くのに長くはかからなかった。
そして、ジバルドは一同に背を向け、来た道を戻っていく。
ハルトはジバルドを追おうとするが、突如起きた強い揺れに阻まれた。
ズィバルダは顔を歪め
「くっ、ジバルド……!」
「……!隊長!橋が崩れます!」
パラソスの言葉と共に、ズィバルダは気絶しているザグロを抱えると、ジバルドが来た方向へと消えて行った。
「ズィバルダさん!……っ!皆、急ぐわよ!」
そう言うと、一行は急いで来た方の岸へと走る。
距離はせいぜい二十メートル。
橋の崩壊のスピードも早いが、何とか間に合う距離ではあった。
が、ここで予想外の事態が起きた。
「あっ……!」
こういう事態に慣れていないハビッツが、足を絡ませ転んだのだ。
「ハビッツさん!」
「っ!……足を挫いたみたいですね……俺の事はいいです、早く逃げて下さい!」
「そんな事!」
「マテリアさん!ここは僕に任せて!」
「で、でも」
ミーシェの言葉を聞かず、ハルトはハビッツに駆け寄り肩を貸す。
「す、すみません」
「気にしないでください」
全員が向こう岸に辿りつき、ハルトも急いで岸へと向かう。
が、ここでザグロから受けた傷がハルトの足を鈍らせた。
不運にもその時、橋が一気に崩れたのだ。
落ちていく風景の中、ハルトは精一杯の力でハビッツを投げる。
ハビッツの体は岸に辿り着き、ピリンクががっしりと受け止める。
「ハルト君!」
ミーシェは手を伸ばし、ハルトもまた手を伸ばすが、距離が足りない。
そして落下の瞬間、ハルトはミーシェに微笑みを見せた。
「ダメ!」
「チッ!」
共に落ちそうになるミーシェを後ろに押しやり、代わりにディライズが川に飛び込む。
「ディライズ!」
ティナの悲痛な叫びも届かず、ハルトとディライズ、二人の姿が急流の川に消えた。
唖然とするパラソス達。
重い沈黙が流れる中、川の音だけがやけに大きく、そして虚しく響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数時間後、王都に佇むとある豪邸。
そこには、四十前半の女と、それに傅く若い女の姿があった。
「……そうですか。事は順調に運んでいるようですね」
「はい。ハルト・ヘイジ、ディライズ・ゼグラード、共に川へ落下した模様です」
「……そのヘイジという少年には気の毒ですが……これで奴の目論見は破綻した訳ですね。……奴はこの少年に何の用があったんでしょうか?今となっては分からず仕舞いです」
「……そうですね。洗い直して見ましょうか?」
「まあ、気に止めるほどの事では無いでしょう。それより、我々も事を急がねばなりません」
「ではシャルロット様、ここは私めに……」
「ええ、お任せしますよソロン」
ソロンと呼ばれた女は「御意に」とその部屋を後にする。
一人になり、沈黙が続く中、シャルロットと呼ばれた女は立ち上がる。
「……時は来ました。『勇者の遺産』……必ずものにしてみせましょう」
そう言ったシャルロットの顔には、歪んだ微笑が浮かんでいた。
女の名はシャルロット・C・ブロンドウェイ。
職業・『貴族院』議員。
今、王都を舞台に新たな波乱が起きようとしていた。
ということで、一章完結です!
ようやく節目を迎える事が出来ました。
それもこれも全て、読んで下さる読者様のおかげでございます。
本当にありがとうございます!
2章ではこれまで以上に頑張りたい所存です。
今回のラストに登場したシャルロットという『貴族院』の議員。
そして、彼女の言う『勇者の遺産』とは?
その辺が2章の根幹になると思います。
ハルトはどうなった?という方もいるかもしれませんが、2章に彼の出番はありません!
……はい、嘘ですw
ハルトとディライズの安否等も、2章で明らかにするので、期待してもらえれば幸いです。
次回は番外編の予定です。
いや、あんな終わり方してふざけんなやという声もあるかもしれませんが、申し訳ないですorz
番外編の内容はアンジェリカ対ケツァルコアトルの予定です。
ストルトでハルト達と別れたアンジェリカのその後の話ですね。
ひょっとしたら次々回も番外編かもしれませんが……その辺はまだ迷っている所です。
本編を進めて欲しいという方がいらっしゃれば、言ってもらえれば助かります。
評価・感想・指摘等頂けたら嬉しいです。
質問ももらえればお答えします。