第14話 少女ミーシェの想い
今回も恋愛要素(?)が少し高めです。
ケイトとシヴァの戦いに決着が着いた頃、一行はシアンテの港に訪れていた。
ケイトの言う通り、何故か昨晩の間に修復が済まされており、一、二時間もすれば出港出来るらしい。
とりあえず船に乗り込み、それぞれ自由行動となった。
すると、ディライズがハルトに「話がある」と、甲板に連れ出す。
「どうしたのディライズ」
「……お前、気付いていただろ?」
「……何が?」
「とぼけるな。ケイトの地下室にいた奴の事だ」
「……何で分かったの?」
どうやら、この二人はシヴァの存在に気付いていたようだ。
「一度戦ったんだ。お前が殺気を放っていれば分かるさ」
「じゃあ、ディライズも気付いてたの?」
「ああ。と言っても、別れ際にケイトが敵襲のサインを出してようやくだが」
「……何で助けなかったの?」
ハルトのその言葉には、ディライズを責める語気はなく、ただ真意が知りたい、そんな言い方だった。
「『助けは不要』ってサインも出しやがったからな。それに、どうやらあいつは自力で何とかしたらしい」
そう言うと、ディライズは手帳を取り出す。
その手帳には、おそらく他の仲間である『魔人』の名が記されていた。
が、よく見ると不自然に行が空いている場所がいくつかあった。
「これはケイトが作った『命簿帳』と言ってな。俺達に何らかの危険が迫ると、名前の文字が薄くなる仕組みになっている」
「……じゃあ、この空いてる行って……」
「……察しがいいな。ああ、死んだ『魔人』達の名が記されていた」
ハルトは押し黙る。
分かってはいたが、やはり『魔人』もそれなりの犠牲は払ってきたらしい。
「……そう黙るな。お前が気に病むような問題じゃない。それよりこれを見ろ。ケイトの名はしっかりと残っている。つまり、あいつは無事な訳だ……では、同じ質問をさせてもらおうか。お前も敵の存在に気付いていたのなら、何故ケイトに加勢しなかった?」
ディライズの問いに、ハルトはしばらく黙り、やがて
「……サイン、かな」
「ん?」
「僕が動こうとしたら、ケイトさんがこっちを見たんだ。そして、唇だけ動かして……多分、『任せて』って言ったんだと思う」
「……はぁ。どうしてあいつは戦えもしないくせに、一人で抱え込むんだろうな」
ディライズは額に手を当てながら溜め息を吐く。
しかし、その表情にはどこか安堵したような、そんな感情が伺えた。
すると、新たに乗船する一人の男の姿があった。
セイレーンとの戦いで協力してくれた行商人、ハビッツだ。
ハビッツは二人に気付くと、笑顔を見せ会釈をする。
「ヘイジさん。どうやら帰りも一緒になりそうですね……そちらの方は?」
「ディライズ・ゼグラードだ」
「俺はハビッツ・セイゼル。行商人をやっています。短い付き合いですが、よろしくお願いします」
そう言うと、ハビッツは周りをキョロキョロと見回す。
「……あの、マテリアさんは?」
「え?えっと、多分もう部屋に戻ってる頃だと思うけど……」
「そ、そうですか。では、俺はこの辺で」
そう言うと、ハビッツは船室の方へと消えて行った。
しばらく押し黙っていたディライズは、やがて口を開く。
「……いいのか?」
「何が?」
「……いや」
そう言葉を濁し、自室へと戻って行く。
ディライズの質問の意図に、ハルトが気付く日は来るのだろうか。
やがて、船は出港時間を迎え、王都近くの港町、バルブへと進路を取る。
航海時間は一日程度、バルブから王都までは小一時間も歩けば辿り付けるだろう。
旅を始めて八日目にして、ついにその終わりが見えてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜、ミーシェは甲板で風を浴びていた。
おそらく明後日、いや、明日には王都に到着するだろう。
そして『貴族院』の用事を済ませれば、ハルトは故郷のカーロスに帰ってしまう。
ミーシェにとって、誰かとの別れがこんなに辛い事は今までなかった。
「……楽しかったな」
ミーシェは思わずそう呟く。
この八日間、色々な事があった。
『魔人』や精霊との戦い。
そこから知ってしまった『貴族院』の闇。
そして、仲間達との出会い。
これらの出来事は、ミーシェの運命を少なからず変える事になった。
おそらく、ハルトが居なければ、ミーシェは今でもピリンクを傷つけた罪悪感に苛まれていただろう。
ハルトには言葉に出来ないほど感謝している。
同時に、自分がハルトに対して、友情とは違う''何か''を抱き始めている事に気付いていた。
それを何と言えばいいのか、ミーシェには分からない。
しばらく色々考えた結果
「よし」
と、ミーシェは立ち上がる。
王都に着いて『貴族院』の用事を済ませたら、ハルトを自分の家に招待しよう。
他にも二人で行きたい場所がたくさんある。
彼は、自分なんかと一緒に行ってくれるだろうか?
ミーシェは夜空に想いを馳せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の夕刻。
特に何の問題も無く、船はバルブに到着した。
「……じゃあ、このまま行きましょうか」
「えー、もう行くの?」
「我が侭を言うなティナ。それに、少し歩けば王都はすぐそこだ」
すると、それを聞いていたらしい老人が
「……あんたら、王都ゼブリオに行くつもりかい?」
「ええ」
「残念だが、この先の道は数日前に降った大雨で土砂崩れが起きて進めないよ」
数日前の大雨……もしかすると、セイレーンの影響なのかもしれない。
「土砂崩れですか……パラソス、回り道するとしたらどのルートが一番近いかしら?」
「そうですね……ここからだと、ルーバス渓谷を抜けるのが一番早いと思われます」
「あの渓谷か……どのくらいかかるの?」
「ここから渓谷を通って、王都に着くまで……半日程度でしょうか」
「それじゃあ、今日はこの町に泊まりましょう。一度行った事があるけど、ルーバス渓谷には結構な頻度で魔物が出るわ。夜の魔物は凶暴性が増すから念を入れないとね。ハビッツさんはどうします?」
「よければご一緒させてください。俺一人で魔物に襲われれば、勝ち目ないですからね」
ハビッツは苦笑する。
「決まりね。じゃあピリンク、宿を……いえ、このまま皆で行きましょうか。時間も時間だしね」
『異議なし』
かくして、一行はこの旅路最後の宿へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜。
ミーシェは寝付けすにいた。
何となく、初日のストルトでの夜を思い出し、くすくすと笑う。
ミーシェは夜風に当たろうと外に出る。
そこには、案の定ハルトの姿があった。
しかし、鍛錬をしている訳でもなく、ただ夜空を見上げている。
やがてミーシェに気付くと
「やあ。眠れないの?」
「ええ、そんなとこ。ハルト君はどうしたの?」
「いやね……なんとなく、この旅路を思い返してみたんだ」
そう言うと、ハルトはミーシェに向き直る。
「……思えばこの九日間、色んな事があったね。あ、明日を入れればちょうど十日か」
「……後悔してる?」
ミーシェは、ずっと言えずにいた事をハルトに問いかける。
しかし、ハルトはいつも通りに笑ってみせると
「いや、全然」
と答えるのだった。
「むしろ、僕はミーシェ達に感謝してるよ」
「え?」
「確かに、この十日間で色んな事を知ったし、体験した。知らない方がいいような事も多かったと思う。それくらい『貴族院』が強大だって事も解ってる」
「…………」
「でも、それでも、僕は王都に行かなきゃならない……『貴族院』に会わなきゃいけないんだ」
「……どうして、そこまでの覚悟が出来るの?実際、命を落としかけた場面だってあった。それなのに…」
その言葉を聞いたハルトはしばらく考えた後
「……君がカーロスに来たあの日、僕には王都に行く理由が出来た」
「……お金?」
「違うんだ。それは金貨がどうとか言う話じゃ……いや金貨の話って言えば金貨の話なんだけど……」
「?」
「……王都に着いたら、全部話すよ」
ハルトは苦笑しながらそう言うと、宿に向かって歩き出した。
と思うと、ふと何か思い出したように立ち止まり
「……ミーシェ、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「……フランク達には悪いんだけど、僕、王都って初めてでさ……その、街の中とか案内してくれると嬉しいなって……駄目かな?」
ミーシェは思わず吹き出す。
昨日悩んでいた自分が馬鹿らしくなったのだ。
笑いを何とか堪え、不思議そうな顔をしたハルトをまっすぐ見つめると
「もちろん、私でよければ」
「……あ、ありがとう」
ミーシェの笑顔に思わず顔を赤らめるハルト。
恥ずかしかったのか、そそくさと宿に戻っていった。
ミーシェはまだ戻らない。
何となく、夜空を眺めていたかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、新たにハビッツが加わり九人となった一行は、進路を南西に取り、ルーバス渓谷へと向かう。
数時間後、一行は渓谷に辿りつく。
しかし、その渓谷にミーシェは違和感を感じた。
魔物の気配が感じられないのだ。
が、ミーシェは特に気に留めず、一行を連れそのまま渓谷に入る。
昼に一度休憩を取り、再び渓谷を進んで行く。
そこで、ミーシェは違和感がどんどん大きくなっていくのを感じた。
パラソスも同じ事を思ったのか、ミーシェに小声で話しかける。
「……いくらなんでも、ここまで魔物がいないのはおかしいですよね」
「ええ。前に来た時は、少なくとも三回は襲われたわ」
「……『貴族院』の刺客でしょうか?」
「……可能性は十分にあるわね。用心する必要があるわね」
一時間後、パラソスの提示した可能性は的中する事になる。
しかし、その敵の正体は、誰もが予想だにしていないものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
空が徐々に赤く染まり、一行はようやく渓谷の出口付近の橋に差し掛かる。
橋は幅十メートル、長さは五十メートルと、結構大掛かりなものだった。
「結構大きいんだね」
「元々、この辺は断崖で通れなかったんですが、数年前に移動手段を増やす為、王都が大枚はたいて造ったそうですよ」
「へー……確かに、ここは通れないね」
ハルトは三十メートル下にある急流の川を見ると、ブルリと体を震わせる。
すると、橋の向こう岸に、二人の人影あるのを見つけた。
ミーシェ達軍人は二人に、それ以外はその内の一人に見覚えがあった。
ディライズは怪訝そうに目を細め、ミーシェは信じられないと言うように目を見開き
「……ザグロ?何故お前がここにいる」
「ズィバルダさん……?どうしてここに……」
二人組の内一人は、シアンテで別れ故郷の村に向かった筈の『魔人』、ザグロ・ぺテイスだった。
もう一人、ミーシェがズィバルダと呼んだのは、六十歳前後の老人だった。
ハルトはその名前に聞き覚えがあった。
そして思い出す。
その名前は、アンジェリカの祖父、体を壊したという、現『守六光』第五席の名の筈だ。
ズィバルダは黙したまま剣を抜くと、そのまま振り抜く。
瞬間、剣の軌道通りの衝撃波がミーシェ達を襲う。
対応が遅れながらも、ピリンクが『土』を作動させ、それを防ぐ。
「ズィバルダさん!何のつもりですか!」
「……すまんな、ミーシェちゃん」
ズィバルダはミーシェ達に向かって走り出す。
ミーシェはやむなく『衝』を使おうとする。
が、その『衝』は発動しない。
「ッ!?」
ミーシェは『衝』を発動出来ない理由が解らず困惑する。
ズィバルダは躊躇無く剣を振り下ろす。
ハルトは両者の間に入り、その剣を籠手で受け止める。
口を開いたのはザグロだった。
「無駄ですよ。この辺一帯には『衝』の封印術式が施されている」
「封印……術式……?」
「ええ。ベリオスで研究さえれている技術ですよ。全ての魔法の封印はさすがに無理ですが……先日、特定の魔法のみを封じる術式が完成したんです」
「……ザグロ。何故お前がそんな事を……」
「……それは貴方達が知る必要のない事です」
そう言うと、ザグロは体の『岩』で硬化させる。
「……ザグロ、お前」
「……無駄話は終わりです……行きます」
こうして、困惑のまま戦いが始まった。
空には虚しく鴉の鳴声が木霊していた。
ということで、ミーシェの想いと、1章最後の敵について書いて見ました。
おそらく、次回で1章完結です。
長かったようで短かったようで結構長かったこの一ヶ月。
何とか節目を迎えられそうです。
いつも読んでくださる皆様本当にありがとうございます。
これからもお付き合い願えたらと思います。
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