番外編3 少女ティナの願い事
早くも番外編第3弾です。
シアンテで、ケイトと出会ったその日の夜。
宿で食事を終え、しばらく閑談を続ける八人。
やがて時刻が九時を回ったところでミーシェが
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「え?まだ早くないですか?」
「今日は色々あったし、皆疲れてるでしょう?明日に備えて早めに休むべきよ」
それもそうだとピリンクは納得し、全員がそれぞれの部屋へと戻って行った。
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部屋に入ったピリンクとパラソスは、特に何か話すでもなくベッドに横になる。
よくこの二人で泊まる事があったので、もう慣れているのだ。
ピリンクが灯りを消し、二人共明日に備えて目蓋を閉じる。
すると、パラソスが
「……なあ」
「うん?」
「……お前、『魔人』と旅する事についてどう思ってる?」
「……気に入らないのか?」
「そういう意味じゃないさ。ただ、あいつらが裏切る可能性だってゼロじゃないだろ?」
「……俺はそう思わないかな」
「……何故?」
「俺、ディライズやティナと話すの面白いぜ。あいつらは『貴族院』に将来を奪われただけで、実際はただの子供なんだからよ」
「……でも、お前ティナから」
「分かってる。でも、ティナが躊躇せずに俺を攻撃したのは、そういう状況で生きるしかなかったからだ」
「…………」
「それに、何より隊長が許してるんだ。俺がいつまでも言ってるわけにはいかないだろう」
「……お前、この頃少し変わったな」
「お前も人に言えねぇよ」
二人は声を殺して笑う。
最近、自分達の隊長に、少しずつ心の変化が起きているのは知っていた。
その原因がハルトであるという事も。
「じゃ、そろそろ寝ようぜ。明日も早いし」
「ああ、そうだな」
正直に言えば、パラソスはまだ『魔人』を信用出来ていなかった。
その事を言わないのは、ピリンクとの口論を避けるためではない。
ただ、親友の為にまだ怒りを鎮められていない事を知られるのが恥ずかしかっただけなのだ。
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部屋に入ったディライズは、すぐさまベッドに横になる。
対してバラドーはと言うと
「アニキ!アニキの武勇伝を聞かせてください!」
と、ハルトが答え辛いような話題を振っていた。
「ぶ、武勇伝って……大体、今まで僕は稽古ばっかで実戦はほとんど無かったし……」
「なるほど……つまり、実戦経験がほとんどない中アッシや首領を倒したって事ですよね!」
確かにその通りなのだが、改めてそう言われると小恥ずかしい。
すると、それを聞いたディライズが
「……待て。ならば、俺と戦った時はほとんど初めての実戦だったって事か?」
「え?う、うん、まあ」
「なっ、手前ぇ、アニキと戦った事があるのか!」
ディライズはバラドーを完全に無視し、舌打ちをこぼす。
「あれでほとんど初の実戦、か……自信喪失なんてレベルじゃねぇぞ」
「むっ。どうやらお前ボコボコにされたみたいだな」
さすがにディライズは気分を害したのか
「まあ、お前よりは善戦しただろうがな」
「なんだとコラ」
実は、どちらもハルトに有効な攻撃は一度も与えられていなかったりする。
ハルトが何となく二人のやり取りを見てると
「アニキ!俺とこいつ、どっちが強かったですか!」
と、また面倒な質問を仕掛けてくる。
が、やはり本当の事を言うべきだと思ったのか
「……どっちが強かったかって言われると難しい所だけど……もし二人が戦ったとしたら、ディライズが優勢だろうね」
確かに、バラドーの『吸』は魔術師にとって驚異的な魔法だろう。
しかし、『吸』は生物に対して使用出来ない。
ディライズの魔法は『重』、自分の重力を自在に操り、自身に重力の鎧を纏わせる事などが出来る。
つまり、自身に魔法を使用する為、バラドーの『吸』が効かないのだ。
更に、バラドーには言わないが、ディライズ戦での終盤、彼は''何か''をしようとした。
正直、バラドーが勝てる可能性は低いだろう。
「んなっ!」
「ふん」
「……納得いかねぇ!ディライズ表出ろ!白黒つけようじゃねぇか!」
「いいだろう。そろそろ力の差というやつを教えてやる」
そう言うと、二人は宿の外に出る。
数分後、ゴッという音と共にバラドーの短い悲鳴が聞こえた。
更にその数分後、部屋に入ってきたのはバラドーを担いだディライズだった。
バラドーをベッドに下ろすと、ディライズは神妙な面持ちでハルトに声をかける。
「……おい、ハルト・ヘイジ」
「ハルトでいいよ」
「ん、じゃあハルト……改めて名前で呼ぶのもおかしな話だな」
「はは、かもね。それで?」
「……王都での用事を済ませたらでいい。俺と戦え」
「……それはまたどういう心境の変化?君は僕と同じで面倒な事は避けるタイプだと思ってたけど」
「……ああ。どうしてこうしようと思ったかは自分でも分からん」
「……嫌いじゃないよ、そういうの。分かった、約束する。その時は全力で君の相手をさせてもらうよ」
「ふん」
ディライズは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そのまま自分のベッドに横たわる。
ハルトはクスクスと笑い、部屋の灯りを消した。
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部屋に入ったティナは、そのまま自分のベッドに飛び込んだ。
「うわ、何このベッド、ふかふかー!」
「シアンテは金回りのいい街だからね。結構、色んな施設が充実してるらしいわよ。夕食も結構豪華だったし」
「お、美味しいご飯でしたよね。ついつい食べ過ぎちゃって……」
「む!トリシアちゃんはいいじゃん!どうせその栄養は全部胸に行っちゃうんだし!」
「ティ、ティナちゃん。別に大きくてもいい事はないよ?その、肩とか凝っちゃって大変だし……」
「そんな事を言う口はこの口かー!」
「い、いふぁいよふぃなひゃん」
ティナはトリシアの両頬を抓り、トリシアはまともに喋る事が出来ない。
そんなやり取りの中、ミーシェは自分の胸に手を当てると
「……別に小さくは……ないよね?」
と呟くのだった
やがて飽きたのか、ティナはトリシアの頬を抓るのをやめると
「あーあ。本当なら今頃はディライズと一緒に時計塔見に行く筈だったのに……」
「あー、『夜の時計塔』だったかしら?」
「た、確か、ちょうど夜の十二時に時計を見ながら願い事をすると、それが叶う、なんていう迷信が残ってるんですよね。ちょっと、ロ、ロマンチック、ですよね」
それを聞いたティナはピクリと体を動かすと
「……今、九時半くらいだよね?」
「え?ええ。そのくらいよ」
「じゃあ、十二時になったら三人で時計塔見に行こうよ!」
「……ねえ、私の話聞いてた?今日は皆疲れているだろうから、早く寝ないと」
「お願いお姉ちゃん!この通り!……ダメ?」
そんな風に潤んだ瞳で頼まれると、ミーシェに断る事は出来なかった。
「……仕方無いわね」
「ホント?やたー!」
とりあえず時間を潰す為、三人は他愛もない話に花を咲かせた。
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しばらく話していると、部屋の時計は十一時四十五分を指し示していた。
「……そろそろね。ほら、行くわよ」
「えー、今いい所なのにー」
「貴方が誘ったんでしょうが……ごめんねトリシアさんまで付き合わせちゃって」
「い、いえ。私も、その、楽しかったですし……じゃあ、行ってらっしゃい、です」
「え?トリシアさん来ないの?」
「……え、来ても……いいんですか?」
「アハハ!あったりまえじゃん!トリシアちゃんって変なの!」
「へ、変かな?」
「うん!友達なんだから当たり前じゃん!」
「……友達……」
「ええ、今更よ。だから行きましょう、トリシアさん」
「……は、はい!」
こうして、三人は夜のシアンテに繰り出した。
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当然ながら夜のシアンテはほとんど無人の状態だった。
だが、それでも時計塔の周りは観光客などで賑わっている。
「……あと五分で十二時よ」
「うー、なんかドキドキするね!」
「わ、分かります」
そして、やがて短針と長針が重なり、時計塔からは十二時を告げる鐘が鳴り響く。
その瞬間、時計塔の周りにいる人々が目を瞑り、手を組んだ。
三人も慌ててそれを真似する。
やがて一分ほど経過し、群集はそれぞれ散り散りに去っていく。
「……何かあっけないね」
「迷信なんてそんなものよ」
「み、皆さんは何をお願いしたんですか?私はギルドの安泰と、皆で無事に王都へ帰れるようにって……」
「あーっ!二つなんてズルいよトリシアちゃん!」
「え、え、ズルい……ですか?」
「アタシ一つしか願えなかったよ……それは」
「はいはい。どうせ''ディライズと一生一緒にいられますように''とかでしょう?」
「な、何で分かったの!?」
むしろ分からない方がおかしいのでは……とミーシェは考える。
「あ、お姉ちゃんは何てお願いしたの?」
「え?私は……まあいいじゃない。さ、戻るわよ」
「えー!」とティナは叫んでいたが、ミーシェとしては言うのが恥ずかしかった。
何故なら彼女の願いは「少しでも長く旅が続くように」だったからだ。
そんな想いを抱き、ミーシェは二人を連れ宿に戻った。
彼女は何となく幸せな気分で寝床に着いた。
不幸があったとすれば、それは二時を過ぎてもティナのお喋りが終わらなかった事か。
ということで、シアンテでのそれぞれの夜を軸にしてみました。
今回、少し恋愛要素(?)が高めとなっております。
実は、1章が完結した後に、1つ2つ番外編を書こうと思ってるのですが……書きたい番外編が結構溜まってたりしてますw
「アンジェリカ対ケツァルコアトル」、「ミーシェとアンジェリカの出会い」、「その頃のカーロス(ハルトの故郷)」、「ハルト修行時代」、「荒くれ者バラドー」……とりあえず、この中からと考えています。
もし、これが読んでみたいというのがあれば、教えてもらうと助かります。
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