第12話 魔術師潰しバラドーの本質
海路編完結です。
雷が甲板に落ちる数秒前、事態に気付いたのはピリンクとパラソスだった。
ピリンクは瞬時に『土』を発動させ、甲板を覆い、その『土』の下に入ったパラソスは、『火』でその土の壁を炙り、瞬時に硬化させる。
だが、その強化された土の壁も、落雷を一瞬遅らせる事しか出来ない。
その一瞬に、甲板へと走る一人の姿があった。
その人影は、ピリンクの腰の剣を抜き、甲板の中央に立ち、剣を天に掲げる。
避雷針の役割をする為だ。
ミーシェは手を伸ばすが、瞬間、轟音が鳴り響く。
落雷の余波で甲板の床が剥がれ、粉塵を舞った。
「……何故」
呟いたのはセイレーンだ。
彼女は驚愕していた。
セイレーンが落とした雷は、人体に落ちれば命はもちろん、死体が残るかどうかも怪しい。
それほどの超高温だった。
「なのに、何故お前は立っていられる!」
粉塵の中の人影は、雷を直撃したにも関わらず、悠々とその場に立っていた。
「何故立っていられるか?それこそが、アッシが『魔術師潰し』と呼ばれる所以だからだ」
人影……バラドーは、ピリンクから抜き取った剣を捨て去る。
「あ、俺の剣!」
「ああ、悪いな。もう使い物にならなくてな」
バラドーの言う通り、二人の剣は、直接雷を受けた為、叩けば折れてしまいそうな炭となっていた。
それほどの雷をその身に受け、どうして無事でいられるのか。
「……どうして?お前は魔術師でもない筈……」
「それだ」
「は?」
「『アッシが魔法を使えない』。昨日の戦いでそう判断した時点で、お前にアッシのタネが見抜ける筈がない」
「……まさか」
「ああ。アッシの魔法は『吸』って言ってな。魔力を吸収してしまう、魔術師にとって天敵の魔法だ」
「……なら、どうして昨日屍にそれを使わなかったの?」
「それが『吸』の難点でな。この能力は生物に対しては使えないんだ。死んでるなら、と思って試してみたんだが、効かなくてな……だが、これでようやくアッシもアニキの役に立てるってもんだ」
「……調子に乗らないでくれる?ならば昨日と同じ状況にすればいいだけの事!」
再び『歌』を始めるセイレーン。
パラソスの追尾炎弾なら捉えられるだろうが、この雨では『火』はすぐに消えてしまう。
すると、バラドーが槌を構える。
「……アニキ、アッシが吸収した魔力はどうなると思います?」
「え?」
そう言うと、突然、バラドーの槌が輝き出す。
そして、そのまま槌を振り抜いた。
その時、槌から多大な魔力がセイレーンに飛んで行く。
咄嗟の出来事だった為、セイレーンは避ける事が出来ず、それを直撃し吹き飛ばされる。
「こういう事です」
「……つまり、吸収した魔力を放出できるの?」
「はい。これを会得するまで結構かかりましたが」
そう言うと、バラドーは苦笑する。
しかし
「……ふざけんじゃないわよ、下等種族がぁ!」
激昂したセイレーンは『歌』を発動させる。
その早さは先程までとは比べ物にならず、即座に『歌』を終えると、昨日の悪夢がミーシェ達を襲う。
「屍……!」
その時、ようやくハビッツが船員達を連れ、甲板にやって来る。
「遅れてすいま……うわ、何だこれ!」
「ハビッツさん!あの小瓶が攻略されました、船員の皆さんは応戦願います!」
ハビッツは自分の商品が役に立たなかったショックを受ける暇もなく、沸き上がる屍達に持参して来た『聖水式短剣』を構える。
その名の通り、刀身を聖水に浸したもので、ゾンビ系の魔物等に有効な得物だ。
これは護身用の武器だが、使った事がない為、まだちゃんと効くかは分からない。
ハビッツは短剣で屍の一体を斬りつける。
すると、屍は苦しそうにもがくと、その場にただの骨として崩れていった。
「や、やった!」
が、喜びも束の間、すぐに新たな屍がハビッツを襲う。
それを間に入ったハルトが防ぎ、裏拳で屍の骨を砕く。
「セイゼルさん!ボサっとしてたら死んじゃうよ!」
「は、はい」
皆がそれぞれに屍と戦う。
セイレーンは新たに『歌』を使い始める。
それは今までで最も長い『歌』で、ミーシェは嫌な予感がしたのだが、止める手立てはなかった。
そして、『歌』が発動し、海が震える。
「……何だ?」
ハビッツは呟く。
が、すぐにこの振動の正体に気付く事になる。
水平線に、ソレが見えた。
船員達はすぐにソレが何であるか気付く。
やがて、ソレは船との距離を縮める。
ソレは、船を簡単に飲み込んでしまうであろう、巨大な津波だった。
「……シャレになんないよね、これ」
「それを言うなら、骸骨が襲ってくる時点でシャレになってませんけどね」
ザグロの軽口に構っている場合ではなかった。
その津波を見たミーシェは
「……あれは私が何とかします!皆、ここを頼める?」
「お願いします隊長!」
「ここは我々にお任せを」
パラソスは『火』が使えないながらも、ピリンクを手伝っていた。
「……ありがとう。ヘイジさん!今から詠唱を始めます!護衛を頼めますか?」
「分かった!」
そう言うと、ミーシェは詠唱を始める。
ハルトは彼女に近付く屍達を片っ端から砕いていく。
ミーシェが使おうとしていたのは『巨人の咆哮』。
ディライズ達と戦った時に使った技だ。
だが、威力はあの時の比ではない。
ディライズ達に使った時は、人に撃つ分、知らず内に手心を加えていた。
さらに、今回は片手ではなく、両手だ。
当然、威力も格段に増す。
そして、津波に対して手加減をする必要もない。
「『巨人の咆哮』!」
ミーシェはありったけの声量でその魔法の名を叫ぶ。
その一撃が津波に直撃したかと思うと、津波に大穴が開き、そのまま四散した。
セイレーンは信じられないと言う様に目を見開く。
ミーシェはその隙を見逃さず、すぐさま『衝』を放った。
セイレーンはそれを避けきれず、海の上に倒れこむ。
既にダメージを受け続けたセイレーンにとって、今の一撃は重いものだった。
しかし、それでも立ち上がる。
彼女を動かしているのは、任務などではなく、その精霊故の高き自尊心だ。
「負ける筈がない……ありえないのよ。人間如きの下等種族に、精霊が負ける筈ないのよ!」
「……哀れね」
ミーシェは言った。
「種族の上下なんて意味があるの?そんなものに縛られる貴女は、これ以上もなく可哀相だわ」
「……見下すな。人間が私を見下すなあああああああああああ!」
セイレーンはハープを荒々しく弾き鳴らし、『歌』を発動させる。
瞬間、雨が益々強くなったかと思うと、風が吹き荒れ、雷まで鳴り始めた。
セイレーンが引き起こしたのは、船乗りの天敵、嵐だった。
しかし、それでもミーシェは動かない。
「……ザグロさん。あの精霊を倒せば、その『歌』の効果は消えるのよね?」
「ええ、おそらく」
「じゃあ、少し手伝ってくれる?」
そう言うと、ミーシェはある作戦の内容をザグロに伝える。
「……それはまた随分と無茶な……大丈夫なんですか?」
「ええ。そろそろ決着着けないといけないし」
「それに」とミーシェは続ける。
「有言実行、しないとね」
そう不適に笑ってみせた。
ザグロは「分かりました」と言うと、腹の辺りを魔物化させる。
「さあ、いつでも大丈夫ですよ」
「じゃあ……行くわよ!」
ミーシェは軽く跳ぶと、ザグロの腹を足場に使う。
そして、足の裏から『衝』を発動させ、砲弾のようなスピードでセイレーンに向かって''跳んだ''。
「ッ!?」
あまりのスピードにセイレーンは対応出来ない。
ミーシェはそのままセイレーンとの距離を詰め、手に『衝』を纏わせる。
「言ったわよね……『衝』で殴るって」
「あ、あ……」
セイレーンは精霊として、人間として生きた中で、初めて人間に''恐怖''した。
そして、ミーシェの渾身の拳がセイレーンの顔面に突き刺さる。
その瞬間、嵐は止み、屍達は音を立てて崩れ去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すっかり元の天候に戻った空。
ミーシェは船尾で海を眺めていた。
甲板は戦いでボロボロとなった為、しばらく使用禁止らしい。
セイレーンを倒したあの後、海に落ちたミーシェはすぐに引き上げられた。
まだ少し体が冷えるが、潮風に当たりたかったのだ。
すると
「マテリアさん!そこにいらしたんですか」
声をかけたのはハビッツだった。
「ハビッツさん。すいません……折角の商品を無駄にしてしまって」
「いえ、俺の商品が役に立たなかっただけですし……御代もいりませんよ」
「え、でも」
「いいんです。俺が納得出来ませんから」
ハビッツの笑顔に、ミーシェも微笑む。
「それにしても、凄かったですよマテリアさん!冷静な指揮に、圧倒的な実力……さすが『守六光』と言ったところでしょうか」
「い、いえ、そんな事は……皆が頑張ってくれたおかげですよ」
ミーシェは少し照れながらそう答える。
「ハビッツさんは、これからどうするんですか?」
「予定通り王都に向かう予定ですよ。時間はかかりそうなので、シアンテで少し商売していこうと思いますが」
そう、船の損傷を直す為、船は次の乗船所である、学術都市シアンテでしばらく停留する事になったのだ。
「マテリアさん達は?」
「私達も予定通り王都へ向かいますよ。ちょうどシアンテに用事も出来たところなので、寄っていこうと思ってます」
ミーシェが言う用事とは、『魔人』達との話し合いだった。
どうやら、シアンテにも彼等の仲間がいるらしい。
「そうですか。じゃあ、もう少しは一緒になりそうですね」
ハビッツは少し頬を染めながら笑う。
「……じゃあ、私は戻りますね」
「あ、はい。それでは……」
ハビッツは名残惜しそうに手を振った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーシェはディライズ達のいる船室に入る。
そこには『魔人』の三人とハルト、トリシアがいた。
どうやらトリシアが『治』でハルトとザグロを回復していたらしい。
ミーシェを見たディライズは
「……世話になったな。報酬を渡そう」
そう言うと、ディライズはスクラップ帳と小袋をミーシェに手渡す。
「この小袋は?」
「あれだけの目に合わせたんだ。そのスクラップ帳だけでは足りまい」
「いらないわ。貴方達の旅費かなんかでしょ。とっておきなさい」
「しかし」
「いらないわ」
ミーシェの断固とした態度にディライズは顔をしかめ
「……いつもこうなのか?」
「……大体ね」
そう答えたハルトの背中を見えない様に抓っていると
「いたた……ちくしょう、パラソスの野郎……悪い、トリシア。治療頼めるか?」
入ってきたのはバラドーだった。
『吸』に興味を持ったパラソスが、バラドーに戦いを挑んだのだ。
ちなみに、ハルトはパラソスに、ピリンクはバラドーにそれぞれ銅貨一枚を賭けていた。
どうやら、賭けはハルトの勝ちのようだ。
「あ、アニキ……すいません、お見苦しい所を」
「はは、パラソスさん、強かったでしょ?」
「え、ええ……初めて首領以外の魔術師に負けましたよ……『魔術師潰し』の名が泣きますよ……」
そう言うと、ティナが起き上がり
「おじちゃん、『魔術師潰し』なの?」
「え、いやおじちゃんではないが、一応そう呼ばれて」
「じゃあ勝負しよ!噂聞いて、戦ってみたかったんだ!」
セイレーン襲撃前ならば、バラドーはこれに応じていただろう。
だが、バラドーは既にティナの''翼''を見ている。
「いや、ほら、傷だらけだし」
「はい、治療終わりましたよバラドーさん」
バラドーは泣きそうな顔でトリシアを見つめる。
「じゃあ行こう!修練場って地下だよね?」
「ちょ、助け」
そう言って、ティナはバラドーを引きずって行く。
数分後、轟音と共にバラドーの悲痛な叫びが聞こえてきたが、ハルトはそれを無視せざるを得なかった。
話を戻す為、ミーシェはコホン、と咳払いを入れる。
「シアンテにいる『魔人』。その人が『魔人』について一番詳しいのね?」
「ああ。精霊についても何か知ってるかもしれん」
その『魔人』に会えば、セイレーンの事が分かるかもしれない。
何故『貴族院』がそのような力を手に入れようとしたのか。
そして、『守六光』であるジバルド・ベイグハンの……。
兄の真意を。
ミーシェは真相を求めて、シアンテへ向かう。
いよいよ、一行の旅も終わりに近付いていた。
ということで、セイレーン戦の決着と、一行のこれからについてを軸にして書いてみました。
バラドーさんにようやく見せ場をあげられましたw
そして最後にさらっとミーシェと『守六光』ジバルドの関係を晒してみたり。
あと、最後の方にも書きましたが、一章も大詰めを迎えています。
温かい目で見て頂ければ幸いです。
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