第10話 海霊セイレーンの呪歌
今回は前半が説明パート、後半が戦闘パートとなってます。
海に立つ少女は、ハープを弾きながら歌い続ける。
それに続く様に、空を雲が覆っていく。
「……あの子は『魔人』?」
「……違う、と思う。あんな子、見た事ないもん」
すると、ザグロが口を開く。
「……あんな『魔人』は見た事ありませんが、あの姿には覚えがあります」
「?」
「もし、あれが僕の想像するものなら、あれは『魔人』でも魔物でもない」
「……じゃあ何だって言うの?」
「……''精霊''をご存知ですか?」
「えっと……人魔戦争の影響で絶滅したっていう種族?」
「ええ。戦闘能力は魔物を超え、その知能は人間をも凌駕する、まさに最強の種族と言っても過言ではないでしょう」
「確か、周りの魔力に存在が大きく影響されるから、人魔戦争で起きる魔力の消耗に耐え切れなくて滅んだんだよね?」
「はい。よくご存知ですね?」
「ああ、知り合いに精霊マニアがいてね。よく話を聞かされたもんさ……それで、あれは精霊だって言うの?」
「それはまだ分かりませんが……あの風貌にハープ、僕が見た文献に記されていたセイレーンの特徴と一致します」
「……もしあれが『貴族院』の差し金なら、その可能性もあり得るわね」
すると、急に雨が降り出した。
乗客達は慌てて船内へと戻っていく。
さっきまでは晴天だったのに、突然のこの雨はいくらなんでも不自然過ぎる。
ミーシェは嫌な予感がした。
「……ねえ。参考までに聞くけど、そのセイレーンって、どんな精霊なの?」
「……一説によると、船に乗る男を歌声で誘惑し、その船を沈めてしまうとか」
ならば、この突然の雨はあの少女とは関係無いのだろうか。
不安を拭いきれないミーシェ。
段々と雨足が激しくなり、雷まで鳴り出す。
一行も船内へと戻って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーシェ達は自室に戻ると、3人に甲板での出来事を話す。
「……精霊に酷似した''何か''か……確かにこの雨は不自然だな」
「で、でも、その、セイレーンというのは、こ、こういった効果を持ってないん…ですよね?」
「ええ、私も聞いた事がない」
この時、ミーシェはある可能性に辿りつく。
「……ねえ」
「はい?」
「もし、あれが『貴族院』による刺客だとしたら……」
その時、ズズズと奇妙な音が響いたかと思うと、船内が小さく揺れる。
「おっとっと……」
「……甲板に行ってみましょう」
「え、でも外は」
「嫌な予感がするんです……」
「……分かった。行ってみよう」
「じゃあ、ヘイジさんと『魔人』の2人は着いて来て。残りはここで待っててね」
「俺もアニキとご一緒します!」
「……分かった。バラドーさんも来て。トリシアさんはそこにいてね」
「は、はい」
「隊長、お気をつけて」
ミーシェは頷くと、4人を連れ甲板へと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
酷くなる雨の中、甲板へ行くと、そこには異様な光景が広がっていた。
船の前方にいくつもの水柱が湧き上がっているのだ。
荒れ狂う海の中、あの少女の姿はあった。
雨音で聞こえはしないが、おそらくまだ歌っているのだろう。
「……やはり、あの子が関係してるとしか思えないわね」
「でも、どうやって……」
「……こうは考えられない?」
そう言うと、ミーシェは仮説を語りだす。
「セイレーンって、歌声で船乗りの男を誘惑し、その船を沈ませる精霊、よね?」
「え?ええ」
「つまりセイレーンの魔法は『歌』って事になるのかしら?」
「……さあ。『歌』という魔法も聞いた事ありませんが……」
言いながらザグロはふと思いついたように
「なるほど、『互換』ですか」
「?ごかん?」
「そう。あの子は最初、普通の女の子の姿をしていたでしょう?つまり、『魔人』ではないけれど『魔人』の技術を応用したものである事が分かるわ」
「じゃあ、魔物の代わりに精霊を?」
「おそらく。どうやって精霊を召還したのかは分からないけど……」
「でもさー、あれがセイレーンとかいう精霊だとしても、この現象とどう関係があるの?」
「そこで『互換』よ。セイレーンの魔法が『歌』だと仮定すれば全て説明がつく」
「?」
「つまり、人間と精霊を合成する段階で、『歌』の効果を改竄したのよ。''男を誘惑する歌''から''船に災いをもたらす歌''とか、そんな感じの効果にね」
「……そんな事が出来るの?」
「それが出来るんですよ、ヘイジさん。例えば『水』だと、自分で水を生成する魔術師もいれば、川や湖などの水を操る魔術師もいます……まあ『守六光』にはどちらも出来る魔術師がいるんですが……。それで、『互換』というのは『水』のように複数の効果を持つ魔法の効果を入れ替えられるんですよ。技術都市ベリオスで生まれた技術で、大金もかかるのであまり流通はしていませんが」
「……そうか。『魔人』が生まれたのもベリオスってとこだったよね」
「はい……まあ、あくまで仮説ですが、用心に越した事はありません」
「……よく分からねえが、つまりあの海に立ってる化物をぶっ飛ばせばいいんだな?」
「そういう事よ」
そう言うとミーシェは、海に立つ少女へと手を向け『衝』を放つ。
それはセイレーンに直撃し、歌うのやめ、呻き声を上げる。
「……相変わらず容赦ないね、お姉ちゃん」
「先手必勝、戦いにおいて最も重要な事の1つよ」
「いや、思いっきり後手に回ってるよね」
そうこう言っている内に、再び少女が立ち(?)上がる。
すると、満面の笑みを浮かべ
「うふふ、あなた、中々やるわね。私が精霊って気付いたの?」
「……喋れるのね」
「当たり前でしょ?精霊だもの」
その言い方に、ミーシェは違和感を感じた。
「……まるで人間じゃない様な物言いね」
「あはは!当たり前じゃない!あなた達みたいな下等な人間と一緒にしないでくれる?」
「……精霊と合成されたキメラもどきの分際で、よくそんな事が言えるわね」
ミーシェは挑発し、相手の出方を伺う。
が、少女はきょとんとすると、やがて納得したかのように手を叩く。
「ああ、なるほど。あなた、勘違いしてるのね」
「………?」
「私は精霊と合成された人間じゃない……そうね、人間と合成された精霊と言ったところでしょうか?」
「……人間と……合成された?」
「正確には''人間の死体に憑依した''というのが正しいわね」
「……つまり、貴女は自分が精霊だとでも言うの?」
「だから最初からそう言ってるじゃない。私は精霊、海霊セイレーン」
どうも2人の話が食い違う。
ミーシェは考える。
どうやらこの少女は自身そのものがセイレーンだと言っているらしい。
「……仮にそうだとしても、精霊は10年前絶滅した筈でしょう?」
「……ああ、なるほど。そこから知らなかった訳ね。いいわ、説明してあげる」
少女……セイレーンは楽しそうにクスクスと笑う。
「10年前の人魔戦争。あれが全ての始まりだった。戦場で大量の魔力が消耗され、私達は存在が維持出来なくなったわ。人間も魔物のおかげでね。まあ、所詮はどちらも下等生物って事ね」
「…………」
「そして、精霊達の体は消滅した。だけど、私の様な一部の上級精霊は、魂だけ残す事に成功したの」
「……魂を?」
「そう。ご存知の通り、魂は魔力を生成する、言わば動力炉ね。私達精霊は魔力によって存在を左右される分、魂がより重要視されるのよ………私達は9年もの間、魂のまま浮遊していた。でも去年、『貴族院』の連中に協力する事を条件に、新たな体を手に入れたってわけ。まあ、人間の体っていうのが気に食わないけどね」
「……それで、貴女は『貴族院』に何を頼まれたの?」
「ディライズ・ゼグラード、ティナ・フェイトス、ザグロ・ぺティスの3人の捕縛、もしくは抹殺。あとは痕跡の消去よ」
「痕跡の消去……まさか」
「この船を沈めろ、って事」
「……させると思う?」
「まあ、簡単にはいかないかもね」
そう言うと、セイレーンは再び歌い出す。
ミーシェがそれを許す筈もなく、瞬時に『衝』を放つ。
が、セイレーンはそれをかわし、歌い続け、歌い終わる。
その時、海から船に上がっていく無数の影が見えた。
そして、その影はミーシェ達の前に姿を現す。
それは無数の骸骨達だった。
骸骨は武器を持っていたり、魔物の形をしていたりと、形は様々である。
「……これは」
「うふふ、驚いた?私の能力はあなたの言う通り『歌』。効果は''海の災いを自在に操る''よ。その辺は少し予想と違ったわね」
「……予想より厄介になっただけじゃない」
「あはは、そうね。ちなみに、この屍達は人魔戦争における戦死者よ、魔物もいるけど。この辺で大規模な海戦があったらしいから、その犠牲者達でしょうね」
「……死者を冒涜するつもり?」
「下等種族が、死にながらも私の役に立てるなんて光栄じゃない」
この言葉に、ミーシェの中の''何か''が切れた。
それが堪忍袋の緒だとセイレーンが気付くのに長くはかからなかった。
瞬間、ミーシェの『衝』が屍達に放たれる。
骨が砕け、再び海の藻屑となる屍達。
ミーシェは静かに「ごめんね」と呟く。
「……中々やるじゃない。だけど、まだ屍達は残っていてよ?」
その間にも、海から屍が沸き上がる。
「……じゃあ、全部壊した後」
「?」
「貴女の顔をぶん殴る。『衝』で」
そう言うと、ミーシェは『衝』を連発させ屍を屠っていく。
ハルト達もそれぞれが戦いを始め、次々と屍をなぎ倒す。
「ハァッ!」
ザグロが威勢よく声を上げると、彼の両腕が茶色く変色し、石の様に形を歪める。
「……ザグロ君って、何の『魔人』なの?」
「ゴーレムですよ、魔法は『岩』です。元々は岩のように硬くなるだけだったんですが……『魔人』になってからは本物の岩より硬くなってしまいました」
ザグロは苦笑してみせる。
そして、その腕で屍を攻撃する。
屍の骨は一瞬で粉々に砕け散った。
が、それでもセイレーンは余裕の態度を崩さず、悠々と歌い始める。
どうやら屍は『歌』の発動を邪魔させない為の足止めらしい。
「……ヘイジさん、ここを頼めますか?」
「いや、正直僕ってこんな1対多の戦いは向いてないんだけど……」
「お姉ちゃん、アイツはアタシに任せて!」
そう言うと、ティナは『魔人』である特性を利用し、グリフォンの翼を背中から展開させ、セイレーンへと飛んで行く。
セイレーンは驚きながらも歌い続ける。
ティナは剣を抜くと、そのままセイレーンに斬りかかった。
セイレーンはそれをかわし、『歌』により発生した水柱でティナに攻撃を仕掛ける。
ティナもそれをかわすと、セイレーンとの距離を取った。
「ちょっと!貴女大丈夫なの?」
「大丈夫だよ!それに、コイツと渡り合えるのはアタシしかいないだろうし、ね!」
そう言うと、ティナは再びセイレーンに向かい飛んで行く。
「マテリアさん!今はこいつらを!」
「っ!分かってます!」
ハルト達は、無尽蔵に沸き上がる屍を相手に立ち回る。
振り続ける雨が、彼等の体力を奪っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからどれほどの時間が経っただろうか。
4人の体力は大分磨り減らされていた。
ハルトとバラドーもそうだが、魔力を使う分、他の2人の消耗は更に激しい。
セイレーンの『歌』による攻撃を受け続けたティナも、限界を迎えていた。
「くっ……」
「うふふ、もう終わり?まあ、この雨じゃその自慢の翼も、水を吸って重くなるだけだものねぇ」
「……ハハ、調子に乗ってんじゃなわよ、ババアが」
「……どうやら自分の立場が分かっていないようね。口の利き方から教えて上げるわ!」
そう言うと、セイレーンは『歌』を使う。
ティナは最後の力を振り絞り、詠唱を始める。
セイレーンが水柱を仕掛けるのと、ティナが詠唱を終えたのはほぼ同時だった。
「『破風太刀』!」
ミーシェに敗れた後、ティナは必殺『魔風太刀』を鍛え直した。
そして、身につけたのがこの『破風太刀』だ。
『魔風太刀』より威力は劣るが、スピードはそれを遥かに上回る。
その速度に対応出来なかったセイレーンは、その攻撃を直撃した。
が、力を使い果たしたティナに迫り来る水柱を避ける術はなく、そのまま水柱を受ける。
「カハッ」
そして、そのまま海に落下するティナ。
「ティナちゃん!」
「ティナ!」
ザグロとミーシェは叫ぶが、どうやっても間に合わない。
その時だった。
突然甲板に現れた人影が、屍の群れを蹴散らし、船首から海へと跳んだ。
その人影は、そのまま空中でティナを受け止める。
「……ディ、ライズ?」
「喋るな、舌噛むぞ」
ディライズはティナを抱えたまま海へ落下する。
降り続く雨のせいで、海は大分荒れていた。
いち早く事態に頭が追いついたハルトが叫ぶ。
「バラドーさん!浮き輪持ってきて!」
「でもアニキ!それじゃあゾンビ共の相手が!」
「少しくらいなら大丈夫さ!それより早く!2人が危ない」
「……分かりました!」
バラドーは甲板を脱出し、船内へと戻る。
そして、セイレーンがダメージから立ち直ると
「……やってくれたわね。殺してやる!」
セイレーンは『歌』を使い、ディライズとティナに狙いを定める。
しかし、攻撃が発動する事はなかった。
「……ふん、運がよかったわね」
そう言うと、セイレーンは元の少女の姿に戻る。
それと同時に、雨が止み、屍達はその場に崩れた。
「やっぱり、人間の体だと使える魔力の量に制限がかかるわね……言っておくけど、これで終わりじゃないわよ?明日も来るわ。そして今度こそ……」
「殺してあげるから」という言葉を最後に、セイレーンは海へと消えた。
「お待たせしました!浮き輪を……あれ?」
突然消えた屍達に戸惑うバラドーを余所に、場には重い沈黙が流れる。
ミーシェは、船が王都に到着するまで3日はかかると言った。
つまり、倒さない限り、最低でもあと2日はあの化物と戦わなければならない。
それを考えるだけで、全員の心は重く沈んだ。
ということで、精霊とその実力、人魔戦争の事を軸にして書いてみました。
何かタイトルで思いっきりネタバレな気もしますが、気のせいだと信じて疑いません(オイ
やはり自分の中ではディライズさんが一番かっこいいキャラですw
次回からは戦闘がさらに激化します。
果たして、ハルト達に勝機はあるのか。
次回こそは投稿ペースを上げたいですw
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