第8話 乙女アンジェリカの激白
ようやくストルト編の完結。
そして、ミーシェ達一行に新たな仲間が……。
ハルトとアンジェリカの戦いから2日。
皆が見守る中、宿屋のベッドでようやくハルトは目を覚ます。
あまりの人の多さに思わず驚く。
「ハル……ヘイジさん!よかった……」
「ようやくお目覚めか。負けた私が軽傷で勝った貴様が寝込むというのもおかしな話だがな」
「えっと……」
ハルトは記憶を辿る。
そして、ようやく2日前の激闘を思い出した。
が、余韻に浸る暇もなくアンジェリカは
「では、早速だが本題に入ろうか」
「……ねえ、ヘイジさんは起きたばかりなのよ。そんないきなり」
「ただでさえ貴様等の予定は押しているのだろう?ならば話だけでもしておくのが最善だ」
「……悔しいけど、その通りね。ヘイジさん、長話になるかもしれませんが大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ」
「それでは始めようか。まずはマテリア、これを受け取れ」
そう言うと、アンジェリカは王都発行の乗船許可証をミーシェに渡す。
「ん、確かに」
「言い忘れていたが、ヘイジの力は文句なしで合格だ」
「え?あ、ああ、ありがとう」
「うむ。あと……はあ、トリシア。隠れてないで出て来い」
「ひっ」
すると、部屋の隅から茶髪の少女が現れる。
「紹介しよう。ヘイジの治療を施した『治』の魔術師、トリシア・ランゼスだ」
「えっと……よ、よろしくお、お願いします……」
トリシアはそれだけ告げると、そそくさとアンジェリカの影に隠れる。
「……ご覧の通り、トリシアはかなりの人見知りでな。最近はあまり外にも出ない為か、それが酷くなっていてな……今年20歳になる婦女がそれだと、な?」
「……何となく予想が出来るんだけど……それで?」
「ああ。貴様等の旅にこいつを連れて行ってもらいたいのだ。『治』の魔術師だ、悪くないだろう?」
「ア、アンジェリカ様!?それ初耳なんですが!」
「ん?ああ、言ってないからな」
「む、無理です!知らない人といきなり旅だなんて……絶対に無理ですって!」
「大丈夫だ。皆いい奴ばかりさ。それに、そう言うと思ってな。もう1人同行させる事にしたんだが……是非自分が、と聞かない奴がいてな。おい、入って来い」
そう言うと、見覚えのある巨体の男が部屋に入って来た。
「よろしくお願いしやす」
「……えっと、バラドーさん、だっけ?」
ハルトがそう言うと、バラドーと呼ばれたはパァっと目を輝かせる。
「覚えていてくれやしたか、アニキ!」
「ア、アニキ?」
バラドーとは『超光』の兵長を務め、『魔術師潰し』の異名を持つ男だ。
「はい!一昨日の戦い、お見事でした!あそこまで完膚無きまでにぶちのめされると……逆に清々しかったです!」
「ど、どうも」
「ですから、自分もアニキと共に旅をし、色々学びたいんです!よろしくお願いします!」
こういう状況は初めてだが、ハルトは人に持ち上げられるのが少々苦手だった。
「いや、買い被り過ぎですって。それに、敬語はやめてくださいよ。バラドーさんの方が年上なんだから……ちなみに、おいくつで?」
「いえ!尊敬する方には敬語というのがアッシの流儀なので!あと、今年で25になります」
25歳の若さで大ギルド『超光』の実質ナンバー2とは……『魔術師潰し』は伊達じゃないらしい。
確かに戦力にはなるだろうが、ハルトとしては出来れば遠慮したかった。
ミーシェをチラリと見ると
「……よし、分かったわ。この2人、連れて行くわね」
ミーシェさあああああん!
ハルトは絶叫した、心の中でだが。
「そ、そんな!うぅ……」
「よっしゃ!ありがとうございます!……ん?どうしたトリシア、そんな顔して」
「だって……知らない人と一緒に旅だなんて……」
「アニキと旅出来るんだ、これ以上幸せな事はないだろ?それに、マテリア…様がいるんだ。女友達欲しいって言ってたじゃねぇか」
「……そうよ、そうだよね。ポ、ポジティブに考えないと!」
どうやら、トリシアはギルドメンバーとは普通に接する事が出来るようだ。
そして、彼女はミーシェに前に出ると
「……よ、よよよよよろしく、お、お願いしまひゅ!」
舌を噛んだようだ。
結構痛かったらしく、口元を押さえ涙ぐむトリシア。
が、『治』を使う様子はない。
『治』は普通の魔法より大幅に魔力を消費する。
そう簡単に使えるものではないのだ。
ハルトの時も、限界まで『治』を使ってくれたのだが、負い目を感じさせる必要はないと判断し、ハルトには告げていない。
「……ええ、こちらこそよろしくね。期待してるわよ」
「は、はい!精一杯頑張りましゅっ!」
舌を噛んだようだった。
ついに痛みに耐え切れず、目から涙をこぼすトリシア。
それを慌ててあやすバラドー。
そんな2人を尻目に、ミーシェはアンジェリカを呼び、部屋から出ると、隅の方で話始める。
「で、どういうつもり?」
「何のことだ?」
「聞いたわよ。近々『超光』で選抜隊を組んで、ケツァルコアトルを討伐しに行くんですってね」
「ああ。情報が早いな」
「なのに、どうして主戦力のあの2人を手放すような真似をするの?」
「…………」
「1人で行くつもりね」
「……さすがだなマテリア。相変わらず頭がよく回る奴だ」
「馬鹿じゃないの!1人で伝説魔獣に勝てるはずないでしょ!?」
「だろうな。だが、原因となったグリフォン討伐は私が引き受けた依頼だ。私がケジメを着けねばなるまいさ」
「だからって!」
「当然、私だって死ぬつもりはないさ。すぐに行くつもりはない。最低でも……そうだな、2週間は必要だ。そうすれば、そこそこの勝算が生まれる」
「……信じていいのね?」
「無論だ。私が嘘を吐かない事は貴様もよく知っているだろう?それに、本当に必要ならば貴様の力を借りるさ」
「……分かった、こっちは任せる。死んだら殺すわよ」
「任せておけ」
2人は拳をコツンとぶつけ合う。
「……そうだ、選別という訳ではないが、1つだけ貰いたいものがある」
「何?私に用意出来るものならば何でも言って」
「そうか」
そう言うと、アンジェリカは部屋の中へと入っていくと
「……ん?どうしたのナイトレイジさん?」
「アンジェリカでいい」
「え、でも」
「アンジェリカでいい」
「……はい」
この有無を言わせない物言いをハルトは知っている。
「?なによアン……ナイトレイジ。もらいたいものって」
「あ、ああ」
アンジェリカはぎこちない動きでハルトの腕を掴むと
「こいつだ」
「は?」
そう言うとアンジェリカはハルトに向き直り
「ヘイジ……いや、ハ、ハルト」
ハルトは驚いた。
ファーストネームで呼ばれたのもそうだが、あのアンジェリカの表情が、僅かであるが変化したのだ。
若干頬が染まっていた事には気付かなかったが。
「その……だ」
「な、なに?」
「……私の婿になれ!」
「…………………は?」
その場にいた誰もが呆気に取られる。
開いた口が塞がらない。
すると最初に言葉を発したのは
「ふ、ふざけてんじゃないわよアンジェ!何言ってんの!?」
いつもは冷静なミーシェが、皆の前だと言うのにプライベートの物言いでアンジェリカに叫ぶ。
「う、五月蝿いぞマテリア!何でもいいと言ったではないか!」
「無理に決まってんでしょうが!」
「もちろん、今すぐという訳ではない。王都への旅が終わった後だ。それならいいだろ?」
「そ、そう言われると……って違うでしょ!大体それは私じゃなくてハル…ヘイジさんの意思で決める事じゃない!」
「そ、そうか。それもそうだな。という事でハルト、婿に来ないか?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!」
ようやくハルトは自分が置かれている状況を理解する。
どうやらプロポーズ(?)されているらしい。
「ちょっと待って!僕まだ16だし、ナイトレイジさんも」
「アンジェリカでいい」
「分かったから剣に手をかけるのはやめようか。アンジェリカさんも17でしょ?ほら、結婚とかはまだ早いんじゃ……」
「わ、私のところに婿へ来ると、色々いい事尽くめだぞ!?」
「聞いちゃいないね!」
そう言うと、アンジェリカは皆が見る中、大胆にもアプローチを始めた。
皆は相変わらずポカンとして2人のやり取りを見ていた。
ミーシェは怒りに震えていたが。
「ま、まずだな……そう、家は金持ちだぞ!」
「いきなり最悪な紹介だよ!」
「……仕方ないだろう。男子にアプローチなど初めてなのだから」
「だろうね」
これは予想通りだった。
アンジェリカの容姿からして、言い寄ってくる男は多そうだが、それら全てを斬り伏せてきたに違いない。
しかし、ハルトにはある疑問が残る。
「……でも、どうして僕なの?」
「貴様……いや、お前と闘っている時、感じたんだ。『こいつしかいない』とな。一目惚れってやつだろう」
「一目惚れって……」
「言っただろう?人の本質は闘いの中で見えてくるものだと」
「いや、言ってたけど……えっと、ごめんなさい」
「……おいトリシア、私は今フられたのか?」
「え、え?お、おそらく……」
「何故だ!私の何が不満なのだ!」
アンジェリカは叫ぶ。
驚く事に、目には涙が溜められていた。
ハルトは、慌てて取り繕おうと言葉を探す。
「い、いや、別にアンジェリカさんが悪いんじゃないんだよ!でもほら、僕達って会ったばかりだし……だから、その」
「……なるほど、つまりこういえばいいのか」
「え?」
「……お、お友達から始めましょう」
抜群の破壊力だった。
アンジェリカのその言動に思わずハルトは
「こ、こちらこそ……い、いや!友達としてだからね!とりあえず婿云々は抜きで」
「むぅ……分かった。旅が終わった後にでも、カーロスへ出向いて口説くとするか」
「は、はは」
「…………」
その時、ハルトはこれまでにない殺気を隣りから感じた。
見れば、ミーシェがこれまで見た事のない目で睨んでいた。
「……えっと、マテリア、さん?」
「さあ、早速出発しましょうか」
「え?でもヘイジ殿は今起きたばかりで」
「行くわよ?」
「……は、はい」
実際、トリシアの施した『治』のおかげで、ハルトの体には傷どころか痛みすら残っていなかった。
が、今日目を覚ました怪我人をいきなり旅に連れて行くというのは、いくらなんでも横暴である。
しかし、裏を返せばミーシェはそれほど怒っているという事だ。
ハルトはミーシェの怒りの理由が分からず必死に考えるが、鈍感な彼がその理由に気付く事はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
30分後、一行は準備を終え、ストルトの入り口に集まっていた。
ピリンクもトリシアの『治』によってすっかり動けるようになったらしく、パラソスと共にやって来る。
ミーシェはまだ怒りが収まっていないらしく、ハルトと目が合うと不機嫌そうにそっぽを向いた。
「あとで謝った方がいいですよ」とパラソスに耳打ちされる。
バラドーとトリシアも『超光』の面々に挨拶を済ませて来たらしい。
トリシアは寂しさからか涙さえ流していた。
時刻は12時に差し掛かる。
ニューゼルには日暮れ頃に到着するだろうとパラソスが言った。
一同は進路を南に取り、ストルトを出ようとする。
だが
「待て」
と、アンジェリカが引き止めた。
「?どうしたの?」
「すまない、少し気になった事があってな。マテリア。貴様は確か、キャリオスで襲撃された人々の死因が、切断や刺殺によるものだと言っていたな?」
「ええ、それが?」
「そして、その致命傷となった傷口はどれも焼かれていたと」
「……そうよ」
「血の臭いさえしないとなると、よほどの熱で焼き切られたのだろうな。襲撃者の腕は大したものだ」
「……何が言いたいの?」
「貴様も薄々気付いているのだろう?少なくとも、私はそのような芸当の出来る魔術師はほとんど知らない」
「…………」
「まあ、まだ決まった訳ではないので大きい事は言えんがな。まあ、そいつ等にも確証が持てるようになったら話してやれ」
「……分かった。じゃあ、ケツァルコアトルは任せたわよ」
「ああ。私の部下も頼む」
そう言うと、2人は片手でハイタッチを交わす。
「そうそう」とアンジェリカは意地悪そうに微笑むと、ミーシェにしか聞こえないような声で
「別にハルトは悪くないんだ、許してやれ。あと、いずれ私が婿としてもらうが、それまではハンデとしておいてやる。精々頑張れ」
「ッ!?わ、私は別に!」
「じゃあな。船旅は大変だろうから、あまり潮風に当たらないように気をつけろ」
そう言うと、アンジェリカはストルトの宿へと戻っていった。
ミーシェの顔が妙に赤かったのが気にかかり、ハルトは恐る恐る声をかける。
「えっと……大丈夫?」
「……はい……先ほどは失礼な態度を取ってしまい、すいませんでした」
「えっ!?あ、いや、別に」
いきなり謝られ、ハルトは思わず困惑する。
益々、ミーシェとアンジェリカの会話の内容が気になった。
そして、今度こそ6人は南へと出発する。
しばらく寝込んでいてからか、ピリンクは張り切っていた。
「さあ、長旅になりますよ!」
「そう思うならそんなに張り切んなよ、バテるぞ?」
「バラドーの言う通りだ。近場とは言え油断しないようにな」
「そ、そうです、よ?私の『治』にも限度がありますので……」
「そんなに気張らなくでも大丈夫よ。楽にいきましょう、ランゼスさん」
「……なんか、予想以上に皆の順応力が高いんだけど」
ハルトの言葉を他所に、和気藹々とした雰囲気の中、一行はニューゼルへと歩を進める。
だが、ニューゼルで彼等を待っていたのは、これから起きる大きな''事変''の発端となる事件だった。
という事で、ストルト編完結です!
アンジェリカの告白ならぬ激白と決意と、新たな仲間の加入を軸にして書いてみました。
ストルト編だけで気が付けば5話も……メインより長くなってしまいましたorz
バラドーとトリシアにも活躍の場をあげたいです。
多分あると思いますがw
次回はついにニューゼルから船に乗り込みます。
そこで彼等を待つものとは…。
といった感じにする予定です。
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