プロローグ
お目汚し頂ければ幸いです。
魔法大国ジグライオス。
住民の4割が魔術師を占めるこの国では、魔法について最先端の研究が進んでいる。
そんなジグライオスの東端にある小さな村、カーロス。
物語は、ここから静かに幕を上げる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも通りの朝。
いつも通りの天井。
いつもと違う事、それはこんな朝早くから訪問者が訪れるということか。
玄関の扉が叩かれる音でハルト・ヘイジは目覚めた。
ボサボサの黒髪に半開きの瞼。
今年で十六になるのだが、二つ下ほどに見える童顔。
それが彼だった。
目をこすり、大きく伸びをしながら目覚めるハルト。
だが、今日から学校は夏休み。
にも関わらずこんな朝早くから尋ねてくるような無礼な訪問者に取り合う必要はない。
そう思い、再び布団をまとい船をこぎ始める。
すると、しばらくして扉を叩く音が消えた。
帰ったか?と思った瞬間
轟音と共に扉が木っ端微塵に吹き飛ばされた。
眠気を吹き飛ばされたハルトは急いで玄関へと向かう。
そこには、甲冑を着た二人の兵士と、その二人の物より豪華な装飾が施された甲冑を着た、ハルトと歳の違わないであろう少女だった。
少女はハルトの姿を確認すると、ニコッと笑顔を見せ(しかしこめかみに青筋を刻み)
「おはようございます。貴公がハルト・ヘイジ殿でよろしいでしょうか?」
「な…な…」
「?」
「何してくれたの!?え、なにこれ、えっと、色々言いたいことはあるけど…ちゃんと弁償してくれるんだよね!?」
「……アンタが居留守なんぞ使うからでしょうが!」
「た、隊長、落ち着いてください」
取り乱した少女を小太りの兵士がなだめる。
深呼吸で息を整えた少女は、改めてハルトに向き直ると
「私は王都直属『守六光』第四席を務める、ミーシェ・マテリアです。この度は『貴族院』の命により」
「えっと、板は雨漏り用のがあるからいいよね?あとは金槌と釘が…」
「…………」
ミーシェと名乗った少女は、右手をハルトに向ける。
すると、ズドンという音と共に、ハルトの足元の床に、砲弾がめり込んだかのような穴が空いた。
「……話を、聞いてもらえますか?」
表情は笑っていても、決して目が笑っていないミーシェの前に、ハルトはただ頷くしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とりあえず少女と二人の兵士を家に案内し、小さなテーブルを四人で囲んで座る。
が、先ほどの轟音のせいで、ハルトの家の周りには村の住人達が何事かと集まっていた。
そして、玄関の扉はミーシェが壊してしまったので、中の様子は丸見えになっている。
気まずい空気の中、口を開いたのはハルトだった。
「えっと、とりあえず、マテリアさん、だっけ?……何か言う事は?」
「……分かったわよ、謝ればいいんでしょ!」
「違うよ!弁償してよ!」
「分かりました。この旅が終われば私が自腹でします!これでいいんでしょ!?」
「人ん家の玄関壊しといて反省の欠片も………旅?」
すると、背の高い兵士がミーシェの代わりに答えた。
「我々は、貴公を王都へと連れていくよう『貴族院』より命を受けたのです」
「『貴族院』って……確か、貴族で集まって国王の行政を手助けするっていうとこだよね?そんな人達がどうして僕を?」
「さあ?お偉いさんの考える事は我々には分かりませんよ」
「パラソス!今の発言は不敬罪に抵触するわよ?」
パラソスと呼ばれたその兵士は「以後気をつけます」とミーシェに会釈した。
ミーシェはゴホンと咳払いし、ハルトに向き直る。
「……というわけで、私達と共に王都へ来てもらえませんか?」
「普通に嫌だよ!何で、自分家の玄関を壊した相手に従わなきゃならないんだよ」
「……貴族院の命でも?」
「……確か、国王直属の命令か犯罪者でもない限り、連行は断れるんでしょ?」
ミーシェは心の中で舌を打つ。
まさかこんな田舎の者が、そんな事を知っているとは思っていなかったのだ。
だが、やりようはある。
「お引取り願うよ。生憎、今日から夏休みでね。予定があるんだ」
「そう言わず、お願いします。旅路ではもちろん、王都でも貴女の身の安全は我々が保障します」
ミーシェはハルトの手を握り、頼み込む。
端整な顔立ちをした彼女に手を握られ、思わず動揺するハルト。
「な、何と言われようと僕は行かな……ん?」
ハルトは先ほどまでミーシェが握っていた手の中に何かが握らされてあることに気付く。
それは、贅沢をしなけければ二、三年は生きていけるほどの価値を持つ、数枚の金貨だった。
「………出発は、今日中?」
かくして、少年ハルト・ヘイジは王都へと旅立つことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕刻には出発するとミーシェに言われ、ハルトは旅の支度を始めた。
しかし、予想以上に持っていくものが少なく、昼を迎える前に支度を終わらせてしまった。
買い物をする際、村の人達に色々と心配をされた。
中には、旅へと赴くハルトに餞別をくれる人もいた。
「鉄道を利用するから二週間ほどで帰ってくる」と説明したのだが、それでも心配してくれる、村の人達の優しさが嬉しかった。
昼食を終え、やることもなくなったので、朝やり損ねた2度寝をすることにした。
すると、ドタバタと騒がしい音がしたかと思うと
「ハルト!おい居るかハルト!」
訪ねてきたのは、ハルトと同じ学年である鍛冶屋の息子、フランクだった。
「……うるさいよ、フランク」
「ハルト!よかった…まだ居たのか」
「うん。夕方出発だってさ」
「そうか…二週間くらいで帰ってくるんだよな?だったら、夏休みはまだ半分以上も残るな!」
フランクは寂しさを紛らわすようにはにかんだ。
「……でも、外は色々と危ないんだろ?盗賊とか魔物とか…」
「魔物は『人魔戦争』の影響でほとんど絶滅したって習ったじゃないか」
「でも、生き残った魔物は凶暴で強力な奴らばっかとも聞いたぜ?」
「この近くに魔物が生息するような場所なんて、コルザ山脈ぐらいじゃないか。あそこはルート的に通らないよ」
「でもよ……」
「大丈夫だって『守六光』が護衛してくれるんだよ?それに、万が一戦闘になったとしても、僕は一応格闘家の血を引いてるんだよ?鍛錬だって欠かさなかった。フランクだって知ってるだろ」
「……ああ、そうだよな。お前が負けるわけないか!ハハハ」
フランクは茶色の頭を掻きながらポケットを探る。
「ホラ、餞別だ。とっとけ」
そう言ってフランクは、ナイフをハルトに渡す。
「お前が旅立つって聞いてよ、親父に無理言って鍛冶場を使わせてもらったんだ。まあ、親父や祖父ちゃんのに比べりゃあ、質は劣るけどよ」
「……ありがとう、フランク。大切に使うよ」
へへ、とフランクが鼻をこする。
すると
「居た!ハルト!」
「探したよハルト君」
ハルトを訪ねてきたのは、アンナとヨウコの姉妹だった。
アンナはハルトの二つ上で、ヨウコはアンナの妹で、ハルトと同い年だ。
扉のない玄関を通り、アンナが恐ろしい形相でハルトに詰め寄る。
「ちょっと!夏休みは私達と一緒に遊び倒す約束だったでしょ!?それなのに、王都に行くなんてどういう了見よ!」
「ちょ、アンナ姐、く、苦しい…」
「お、お姉ちゃん、そのくらいにしてあげたら?ね?」
「アンタは黙ってて!今年の夏は…」
最後の方は小声でよく聞こえなかったのだが、怒り心頭だという事はしっかり伝わった。
そこへ、フランクのフォローが入る。
「まあまあ、アンナ姐ちゃん。二週間くらいで戻ってくるらしいしさ。それから遊びにいこうぜ、な?」
「……分かった。ただし!絶対無事に帰ってきてね!怪我して遊べなくなるなんて許さないから!」
そう言うと、アンナはハルトに何かを投げつけ、家を出て行った。
アンナが投げつけたもの、それは彼女がいつも身につけていたお守りだった。
「……ありがとう、アンナ姐」
すると、今度はヨウコが持っていた箱を手渡す。
「私からは…ハイ、応急手当のセット。私が調合した薬もあるから」
「あ、ありがとう」
「できれば使わない方がいいんだけど…どうかな?」
「いや、嬉しいよ。ヨウコの薬はよく効くからさ」
「そ、そう?……えへへ、ありがと」
「いや、お礼を言うのは僕の方だってば」
「……殴りてぇ」
フランクの呟きに頭を傾げるハルト。
すると、ヨウコはさっきとは打って変わり、暗い顔でハルトを見つめる。
「……本当はね、ハルトに行って欲しくない……去年みたいに一緒に遊びたいんだ。でも、ハルトが決めたのなら反対はしないよ……じゃあ、行ってらっしゃい。怪我、しないでね」
「おっと、俺もそろそろ家の手伝いに戻らねぇと。じゃあな、早く帰ってこいよ」
そう言うと、二人もハルトの家を後にする。
再び家が沈黙に包まれる。
もし、三人が「金貨に目がくらんだから旅に出る」と知ったらどういう顔をするだろう。
思わずそう考えてしまった。
だが、ハルトが旅に出る決心をしたのは、実は金に目がくらんだからではない。
どうしても確かめなければならない事ができたのだ。
彼はそのために王都へ向かう。
真実を、確かめるために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
空は茜色に染まり、日は沈みかけていた。
夕焼けに染まる空を見て、ミーシェは素直に綺麗だと思った。
王都では、絶対に見る事のできない、穏やかな景色。
(……何もないとこだと思ってたけど、案外そうでもないみたいね)
ジグライオスの、実質最強である六人の戦士が集まる『守六光』。
彼女は、最年少でその一角に加わった。
だが、世の中には才能を持つ者が居れば、それを妬む者も少なからず存在する。
当然、王都も例外ではない。
貴族の出身でもない彼女は、生まれがいいだけの無能な者達の、格好の標的だった。
もちろん、彼女に味方してくれる者達もいた。
しかし、まだ十五の彼女に、この環境は苦痛以外の何物でもない。
……退職してこの村に住むのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、大きな荷物を抱えた少年が歩いてきた。
「……予想以上に餞別が多くてね」
そんなハルトの言葉に思わずミーシェは噴き出した
不謹慎だと分かっていても彼女はこう思う。
(楽しい旅になればいいな)
こうして、少年ハルトはカーロスを旅立った。
果たして、王都への旅路に、彼を待つものとは。
ハルトの「始まりの夏」は、今、幕を開けた。
初投稿です。
自分の文章力の低さに驚きましたが、あたたかい目で見守ってもらえるとありがたいです。