07 新たな大地でこんにちわ 前編
-なんでこうなったの!?-
彼女はただひたすらに走っていた。その走る先にアテなど無かった。
だがただ逃げるために走っていた。そうする以外になかった。
いや、そうする以外の手段もあるし、それが一番手っ取り早い手段ではある。
だが、彼女の生理的にそれが出来ない。
だからただ逃げていた。
後方から迫るのは某風の谷で出てきた大きな団子虫みたいなモンスター。
相当な数がこちらに向かって走ってきている。
彼女の能力をもってすれば、某巨神兵のようにビームを放って焼き払うくらいの威力をもった攻撃が出来るし、実際の効果としても同等の威力を再現できる。
が、それほど遠くない場所に街があったり街道があったりするので、巻き添えを考えると出来なかった。
そして何より彼女が逃げ続けている理由の一つが…
-倒すと爆発して中身がデロデローって…なんでそんな構造してるのおおおおお!!-
要するに跡形もなく消す、という手段を取らない限り、殺した瞬間に内部から大爆発を起こす、というモンスターなのである。当然、そうなればあれだけの巨体をもつモンスターの内溶液やら内臓やらが飛び散るのであるが、単に飛び散る、というよりは先程ルーシアが表現したように、デロデローという感じで飛び出してくるのである。
一匹試しに倒してみたところ発覚した事実であり、そのなんだかよくわからない臓器なのかなんなのかという物体をモロに被りそうになってしまったルーシアは、乙女的な理由から倒すのを拒否したのである。更に理由を付け加えるのならば、このモンスターが爆発した後の凄まじい悪臭は耐えられるものではなかったからである。
もし仮に大量虐殺をした場合、その地にばら撒かれた内臓やら内容物も酷い有様になることが予想されるし、あの匂いが大地にこびり付いたら何年落ちないことになるかわからない。
-あんな匂いが常時する大地とか…想像しただけで鳥肌ものですっ-
といった事情から、とりあえず走って逃げて時間を稼いでいるのである。
時折、後ろを振り返って様子を確認しながら走る。
モンスター達はご丁寧にも原作再現とばかりに目らしく複眼が赤くなっている。
-これではねられて金色の野に降り立つ、なんて展開望んでないからねっ!?-
必死に逃げながらも彼女は心の中でそうボケてみる。
まだ余裕はあるようだった。
ちなみに。
この物語は少なくても、そういう聖女伝説ではない・・・・・・・はずである。
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事の発端は数日前に遡る。
ルーシアがソリュートを出て数日後、順調に何事もなくデルガデルフの国境を越えることが出来た。
デルガデルフには街が少ない。安定しない領土のせい、というのもあるが住民の大半は傭兵だったり冒険者だから、というのも一因である。
まず首都であり、この世界最大規模の冒険者ギルドのある「メメントス」に行く必要があった。
デルガデルフではここで依頼を受けてまず最初のクエストをこなさないといけない。
これはデルガデルフが他の地域と比べて危険地帯であることから、生半可な冒険者を派遣して死体だけ増やすことになってはギルドとしての名声や信用の問題にも繫がるため、ランクとしてはDランク以上をもつことが最低限の条件かつ、この最初のクエストを受けて達成しないことには国内での依頼は受けられないことになっているのである。
唯一この条件から除外されるのはSランク以上の冒険者か、主要国家8国いずれかの王族から推薦を受けている場合のみとなっていた。
ルーシアはその最初のクエストを一日半で難なく突破した。
一日半は移動に掛かった時間が大半であり、依頼そのものは10秒掛からなかった。
いつもの如く、フォトン・レイの一撃で終わったからである。
もっともその移動すらも常人ならこれくらい掛かる、という目安の時間であったため、時間潰しの方が大変手間であったことは言うまでもない。
依頼内容はモンスター討伐であり、クマみたいな中型のモンスターだった。
見た目としてはツキノワグマを1.5倍くらいの大きさにして、角が生えた赤い毛のモンスターという感じである。
ちなみに文字はある程度読めるようになったので、依頼程度の内容であればなんとか差し支えなくなっていた。モンスター名は読めなかったのだが。
「やれやれでしたね~ そっぴー大丈夫?」
「ぴーぴー」
ソラノコがルーシアの肩からぴょこんと飛び出して返事をする。
ルーシアのマントはそっぴーの為に多少の改良が加えられている。
背中部分にポケットのように布が付け加えられ、普段はその中にいれて必要な時にぴょこんと頭だけ出してコンタクトをとっていた。
ソラノコとはいっても非常に希少であるが故に頭部だけでは色合いの珍しいヘビくらいにしかみられない。そもそも一般の人間はソラノコの全体像をみたところでソラノコであるかどうかすらの判断はつかないが念の為である。
ソラノコの相手をしながら宿に戻る。
このデルガデルフは非常に活気があった。
ならず者、といった感じの人間は多く、一日数十回は喧嘩沙汰が起きているせいでもあるが、必死に活きる人間の姿、といった雰囲気が街全体から感じられた。
リティールでは平和だったこともあり、無気力感や都市ならではの閉鎖感などもあったことを考えると、この世界の雰囲気は非常に好感が持てるものがあった。
-それもこれもモンスターがいるせい…っていうのもなんだかなーって思いますけど-
とか思っていたら、また近くで喧嘩が発生したようで罵声やら怒声、その場でのトトカルチョで盛り上がる声などで一気に騒がしくなる。
「私達はのんびりしましょうね~」
「ぴー」
ルーシアのそんな言葉に元気に答えるそっぴー。
ルーシア達が宿に辿り着く頃には夕方になっていた。そもそもこの街についたのが昼前であり、その後依頼を受けてから軽く街を散策して、依頼を完了させてくるまでに約4時間が経過していたのだった。
「まずはお風呂にでも入りたいな」
「ぴ~ぴっぴ~」
自分も、自分も、というように騒ぐそっぴー。
「はいはい、そっぴーも一緒にね」
ルーシアは自分の言葉を理解するように反応するソラノコを非常に頼もしく感じている。
異世界で身寄りもなく、込み入った会話をする相手も持てない現状で、寂しさを紛らわす目的があったとはいえ飼い始めたソラノコが、なんとなくではあるが人語を理解するような反応を示してくれる、というのは張り合いもあるし嬉しいことであった。
ただ未だに一つ、ルーシアには疑問に思うことがある。
-この子…オス?メス?-
ある程度、脳内でそっぴーの反応を人語っぽく変換してみるものの、男か女か、という点で解釈が変わってくるかな?と思ったのがきっかけであった。
ただ今のところ世界で唯一の観察出来るソラノコだったから、比較対象が存在せず、そもそもオス・メスの概念がある生物なのかどうかすらわからないのであった。
-まぁ…どっちでもいいといえばいいんですけどね-
そんな風に思っていると、自分の部屋に到着した。
そっぴーを机の上に置いてやってから、自分はまずは軽い疲れを癒そうとベッドに身を投げ出す。
バフッとやわらかい感触がルーシアを覆う。
現在泊まっている宿は、この街ではかなり大きく、そして比較的高級であった。
一泊で銅貨が25枚必要なあたり、ソリュートで泊まっていた価格の二倍以上であるから、その宿の高級さがわかる。
その分、環境や設備は非常に快適でルーシアはとても気に入っていた。
金銭的な不安は今のところない。
装備は以前に買って以来、買い換えるどころかほぼ使ってすらいないような状況なのでまだ新品同様であったし、本来必要な薬関連なども未使用で残ったまま。しかし依頼だけはこなしてきた結果、お金が結構な額溜まったのである。
具体的には今、金貨5枚が手元にある状態だ。
この少々高い宿であっても、当面生活していくだけであれば充分にあると言えた。
暫くゴロゴロしていたルーシアだったが、そろそろ夕飯の時間かな?と思い、起き上がろうとする。
その時、コンコンと扉がノックされた。
-夕飯の時間かな?-
食堂は存在していたが、この宿の高めの部屋をとったためか、食事は個別の部屋に届けられるようになっていた。そっぴーの存在も考えれば非常に有難いものである。
但し、その分、他者との交流を図れない、というデメリットも存在していたが。
「は~い、空いてますよ~」
その声を合図にそっぴーは物陰に隠れる。優秀な子である。
ガチャリと扉がゆっくりと開かれる。
扉の先には予想には反して、宿屋の人間ではなく、二人の男女が立っていた。
「あれ?どなた?」
「お疲れのところすまないな。俺はリッド。お前さんと同じく冒険者だ。」
「えっと、私はネネシアといいます。」
大きな剣を持った20代前半であろうリッドと名乗る青年。
そして魔術師風の格好をした20代前後と思われるネネシアと名乗る女性。
どちらもルーシアには面識や見覚えはなかった。
ルーシアが頭に疑問符を浮かべていると、それを解決してくれるかのようにリッドが話を続けた。
「手短に単刀直入に話すとだな。俺たちは冒険のパーティーとして攻撃魔術が使える魔術師を探しているんだが、最近ここいらに入ってくるような単身の魔術師ってのがいなくてな。ギルドから情報を回してもらっていたところ、今しがた有望な魔術師が最初の依頼を終わらせたばかり、と聞いて訪ねてきた、という訳だ。」
と、一気に説明された。
しかし、いきなりという訳だ、といわれてもイマイチ釈然としない。
とりあえず害意もなさそうだ、と判断したルーシアはその話を一旦こう打ち切ることにした。
「とりあえず、ご飯食べてから詳しく聞かせてくれませんか?」
夕食を食べてから1時間ほど経った頃、再び部屋の扉がノックされた。
「はいは~い、どうぞどうぞ」
扉を開けると先程の二人が立っていた。
「まぁ立ち話もなんですから入ってくださいね」
ルーシアは中央の丸テーブルに案内し、椅子に座らせる。
事前に注文しておいたお茶らしきものをカップに注いで二人の前に出す。
「すまないな、気を使わせて」
「いいんですよ、折角のお客様ですし」
ルーシアとしては今後一緒にやっていく可能性のある仲間である、という認識が既にあった。
彼らの話を詳しく聞いてから判断する、という前提ではあったものの、よほど怪しい話ではない限り既に内心ではOKする方向で考えていた。
なによりルーシアにとってこの世界に来てからようやく対等に会話出来る相手が出来るかもしれないのである。快く持て成してしまうのも無理はなかった。
「で、お待たせしてごめんなさい。お話を詳しく聞かせてください」
皆がお茶を一口啜ったところで、ルーシアがそう切り出した。
「ああ。目的は最初に話した通り。何故、攻撃魔術が使える人材が必要かという点と、何故お前さんを尋ねてきたかという点を詳しく話そうか」
詳しく話を聞きたい、という切り出しだけで概ね疑問点を解決する答えを持ってきたというのは、彼が優秀なのか、それともこういった話の流れを何度も経験してきたか。どちらにしても回りくどいよりは手っ取り早い方がルーシアとしても助かった。まどろっこしいには嫌いであったから。
「まず、俺とネネ。あぁネネシアの事だ。俺たちはヴェリエールからやってきた冒険者だ。1年ほど前にネネとたまたまパーティーを組んで以来、二人でやってきていて、ここにきてからもそのつもりだったんだが知っての通り、ここの敵は偉く強い。ネネが治癒魔術を使えるからと思って結構強気でいたんだ。事実、1対1ならば問題はなかったんだが、この国のモンスターは集団で徒党を組むことが多い。さすがに多勢に無勢ではなんともならん。そこで攻撃魔術をもつ魔術師がいるならばまとめて倒すことも出来るし、その魔術が発動するまでの時間稼ぎやら近づいてくる敵の排除ということなら俺でも問題なかろう。剣士などの前衛を増やす、ということも考えたんだが、1対1が出来る人間が増えたところでどうにもならない数がくることもある。それにこのへんで活躍している冒険者パーティーには必ずといっていいほど攻撃魔術をつかう魔術師が一人から二人は入っている。効率的にも生存率的にも必要なことが実績にも出てるってことだな。と、そんな感じで魔術師が欲しかったという理由だ。一気に喋っちまったが大丈夫か?」
丁寧ではあったが、最後のほうで口調が砕けたことを見るとあまり堅苦しいのは苦手だったようだ。
「大丈夫です、それで…なんで私に声をかけたんですか?」
「それは私から説明しますね」
今度はネネが説明に回る。
「私たちの総合ランクはD。この辺りで活動しているランクの平均はB。つまり私達はまだこのへんでは駆け出しにすぎないんです。それで魔術師は冒険者の比率でいえば少ないですから優秀な人って結構取り合いなんです。魔術師の方もそれがわかっている人が多くて・・・そのやっぱり強い人といた方が生存率がいいじゃないですか?ってなったときに私達のランク、それもたった二人…。その・・・断られることが多くって・・・。」
要約すると、ただでさえ体力的には比較的弱い魔術師が弱いパーティーに加入した場合、一気に全滅する。だからみんな実績のある強いパーティーに入りたがる。結果、たった二人のランクDのパーティーには入りたがらない。ということだった。
「それでその…。久しぶりに魔術師で、最初からたった一人で依頼を受けに来た人がいるというお話をギルドから聞いたので、もしその依頼が達成されたら教えて欲しい、とお願いしていたんです。そうしたらあっという間に終わったって連絡がきたので急いで駆けつけてきたんですよ。」
「要は私じゃなくても良かった、といえばそうだった?」
身も蓋もない言い方をするルーシア。
だがそれに笑いながら答えるリッド。
「ハハハ、まぁそうだな。こっちは条件さえあっていれば性格面とかは相当見た目からしてやばくない限り、とりあえず誰でも良かったというのは本音だな」
「え、ちょ、リッド」
「いいだろう、隠したってしょうがねぇし、貴女だから良かったんです!なんてなんの根拠もなしにいいたかないぞ、俺は」
ネネシアがリッドの素直な返答に驚くが、当のリッドは気にしてもしょうがないといった風だ。
「それでどうだろうか?「いいですよ」まぁ即答はしづらい…ってえ?」
ルーシアの間髪いれない即答にリッドは困惑する。
「いいですよって。私も一人じゃ寂しいですし…。まぁどのくらい一緒にいるかはともかく、当面はご一緒させていただこうかと思います。とりあえずお試しってことで」
「本当ですかー?よかったー」
「しかし、切り出しておいてなんだがいいのか?こっちとしては助かるが」
「いいですよ。さっきもいったようにお試しです。お互い肌に合わないとかであればやっぱり解散っていうんでも構わないですし、まずは一緒に何か一つ試しにやってみましょう。それで問題なかったら当面は一緒にパーティーを組んでいくのでもいいですし。やる前からどうのこうの考えてもしょうがないですし。」
とりあえずやってみてから考えよう、というのはこの世界にきてからのルーシアの信条だった。
「わかった。それじゃこれからよろしく頼むぜ。リッド・ファルウェイだ」
リッドが右手を差し出す。
「はい、お願いします。私はルーシア。ルーシア・アスクリエッタですよ」
それを握り返しながら微笑むルーシア。
次にネネシアが手を差し出す。
「私はネネシア・アルフォンヌ。ネネって呼んでくださいね。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね、ネネ」
一段落したところで一度お茶を入れなおそうということになった。
今度はネネシアがお茶を準備することになった。
「んじゃま、とりあえずこれからどうするか、っという前にルーシアのランクを確認させてくれ。ギルド経由じゃさすがに個人のステータスを教えてくれないからな」
リッドがお茶を待っている間にルーシアにそう提案する。
「じゃ、お互いに確認しましょうか。私もそっちのランクをみてみたいですし」
「そうだな。ネネの分もここにあるから一緒にみてくれ」
勝手しったるなんとやら、ネネシアのかばんからギルドカードを取り出して、自分のカードと一緒にルーシアの目の前に置く。
ルーシアも自分のカードを取り出してリッドの前に置いた。
二人のランクはこんな感じだった。
リッド・ファルウェイ
戦闘ランク A
冒険ランク D
魔術ランク E
総合ランク C
ネネシア・アルフォンヌ
戦闘ランク D
冒険ランク E
魔術ランク C
総合ランク D
リッドのほうが冒険者歴が長いのか、総合ランクとしても高く、なにより戦闘ランクがAということは本当に戦闘ならばかなりの自信と実力があるのだろう。
ネネシアはずっとサポートに徹してきたのだろう。恐らく戦闘ランクの上昇はリッドと組んでからというのは予想できた。好んで戦闘をしそうなタイプにもみえないからである。
この二人を足してパーティーとしてのランクで見ると、Dランクという位置づけなんだろう、とルーシアは思った。
「え?おい!お前本当に魔術師なのか!?」
リッドがガタッと椅子から立ち上がりながら大声を上げる。
その声に何事か、とネネシアも出てくる。
「ほぇ?」
「ほぇ?じゃねぇよ!!なんで魔術師なのに魔術ランクがFなんだよ!」
リッドの指摘はもっともである。
大体、戦士のような前衛を勤める人間は戦闘ランク。遺跡発掘などを生業とするものは冒険ランク。魔術師は魔術ランクを中心にあげていく。冒険ランクは運もあるので上がり方はまちまちだが、戦闘と魔術のランクについては9割方、そう断定していい。稀に変な上がり方をしているケースもあるといえばあるが、それでも魔術師である以上、ある程度ランクを上げているのが普通だ。
「だって魔術の依頼面倒なんだもん」
包み隠さずそう言い放つルーシア。実際はそうではないが、面倒なのは間違いないので嘘は言っていない。いちいち家庭教師やら薬品の調合、魔道書の添削なんてやっていられない。
「じゃあずっと戦闘系だけでやってきたんですか?」
まだルーシアのギルドカードに目を通していないネネシアがそう質問する。
「いや、それだけとも言えないだろう。冒険ランクがCだ。遺跡探索を多くこなしてきたんじゃないか?」
リッドが情報を補足する。
が、しかし・・・
「遺跡とかいったことないんですよね~」
というルーシアの一言に愕然となるリッド。
「なん・・・だと・・・」
「でも冒険ランクCって結構大変ですよ?遺跡の1つや2つはいくことになりそうですけど?」
当然、実際のところ冒険ランクDくらいからは遺跡調査などがメインの依頼となっている。
ルーシアも何度かそれを目にしたり手に取ったりして検討したが、やっぱり面倒だったのである。
「それも面倒ですし。楽しそうではありますけど…」
「じゃあなんでこんなランクなんだ。俺ですら遺跡は3つ、いや4つは行ってるぞ」
この問いにどう答えようか、と一瞬悩んだ。
その答えを正直に話すにはその存在を教えないといけなくなる。が、今後冒険をしていく上でその存在を明かさず、というのは難しい。
そこまで考えてルーシアは即決した。
「ん~、そっぴー出ておいで~」
ルーシアがそういうと、机の影からそっぴーがさささっと現れ、ぴょこん、とルーシアの肩まで飛び上がった。それを両手でキャッチすると肩の上にそのまま乗せてあげる。
「この子のおかげなんですよ」
「なんだ、このヘビ。変わったヘビだな?」
リッドの認識が一般の人間のソラノコに対する認識全般である。
「え、そのヘビってもしかして…」
ネネシアは思い当たるものがあるのか、まさか、という顔をしている。
「ネネ、わかるのか?」
「いや、でもまさか…そんな…。ソラノコ…な訳ないですよね?」
ネネシアが恐る恐る口にするその名称。
「そうだよ?」
それを惜しげもなくあっさり肯定するルーシア。
「なんだと!?」
それにオーバーにガタガタっと椅子を倒してまでのけぞって反応するリッド。
その過剰な反応にそっぴーはびっくりしてマントの中に隠れる。
ネネシアはなんだかオロオロしていた。
とりあずリッドはリアクション王としてノミネートされるべき、とルーシアは内心で思った。
「この子を見つけたことでランクを上げてもらったんですよ~」
えへへ、と笑いながら言うルーシア。
「おまっ、えへへってレベルじゃないぞ。つかむしろそれはAランクになってもおかしくなかろう?」
「ソラノコの発見報告だけでもBランク。それを捕まえた、となればAはおろかSでもおかしくありませんよ?」
「でもソラノコの捕獲報告なんて世界にないでしょ?」
ルーシアのその言葉にハッとなる二人。
確かにちょっと前にソリュートのギルドからソラノコの発見報告があった。が、捕獲報告ではない。
希少な動物や植物を発見することをメインにしている冒険者や研究者はこぞってソリュートに向かった、というのを話としては二人とも聞いたことがあった。
「じゃあ、発見したのはお前か」
「そうですね~。実際には捕獲っていうか私に懐いちゃったから、色々話し合いをした結果、上手く発見だけということで工作してもらいました」
再びマントから顔をだしたそっぴーを指で撫でながらルーシアはそういった。
「ふぇ~」
何故か半泣きのネネシア。
「こいつは…またとんでもない奴を誘っちまったな」
リッドはリッドで額に手をあてて天井を仰いでいる。まさにアチャーという声が聞こえてきそうな体勢だ。
「ちなみに、このことは内緒ですからね?」
「あぁ、わかってるよ。こんなこと公開したら面倒なことになって身動きがとれんし…。今更お前が所持していることを報告したって俺らには幾ばくの得にもなりゃせんよ」
リッドはそういうと椅子に座りなおす。
ネネシアも落ち着いたのかお茶をもって席に戻ってきた。
カチャカチャと音を立てて3人の目の前にお茶が置かれる。
リッドはそれを一口で飲み干し、ネネシアは事の成り行きを見守っている。
「それと最初の質問に答えると、私は・・・ちゃんとした魔術師ではないかもしれませんけど、魔術師であることには間違いないですよ」
「おいおい、またトンデモ話が出てきそうな切り出しになったな。なんだ、そのちゃんとした魔術師じゃないってのは」
もう何が出てきても驚かないぞ、といった感じで開き直るリッド。
「魔術らしきもの、は確かに使えますし、今までそれでモンスターを倒してきましたから、お二人のご要望には充分にお応えできるものと私は思ってますよ。でも純粋にこれが魔術かどうかは私もわからないんですよね~。そもそも魔術って何?」
ブッ
「うわ、ネネきたねぇ!」
あまりのありえない質問と内容にネネシアがお茶を噴出した。
「あわわわ、すみません。でも魔術の知識もなくて魔術を使えるなんてありえないです」
ネネシアが慌ててハンカチを取り出しながらそう言った。
「ですよね~。でも使えちゃうからしょうがないです。」
暫し沈黙が訪れる。
「・・・・・・まぁ、その実力は明日にでもみせてもらおうか。俺たちの実力もみせておかないとルーシアも納得いかん部分があるだろう」
「え、リッドいいの?」
ネネシアがリッドにそう訊ねる。
あまりの規格外の人材をどうするべきか正直ネネシアは考えを持て余していたからだ。
「なんかよくわからなさそうだからやっぱりこの話はなかったことに、なんて今更言えないだろ?ここまで聞いておいて俺もそんなことはいいたかねぇ。だったらまずこいつの言うとおり、一度やってみてそれから判断しても遅くあるまい。どうなるにせよ、悪い奴ではなさそうだしな。それにお互い使えない、と判断するならそれっきりの付き合いで、後は聞いたことや話したことはお互い一切忘れてしまえばいいだけのことだ」
ルーシアとしてはここまで話の早い人材が向こうから尋ねてきてくれたことに関して、いるかいないかわからない神様に感謝した。正直、どれか一つにでも難色を示されたり、根掘り葉掘り、となれば面倒な話にならざるを得なかったし、最悪、その時点でさよなら、ということもありえた。
「そうだね・・・うん、そうだね!」
リッドのそんな開き直り?の良さにネネシアも割り切る。
「まぁ…そのなんだ。色々俺たちも聞きたいことはでてきちまったが…まずは明日軽く依頼をこなしてみることにしよう。それから改めて考える方向でいいか?」
「はい、それでいきましょう。じゃあ明日朝、この宿の玄関で待ち合わせでいいですか?」
「ああ、それで構わない。明日一日だけになるかもしれないが…よろしく頼むぜ、ルーシア」
「はい!それじゃあまた明日」
リッドとネネシアが退室した後、ルーシアは「疲れたー」と呟きながら再びベッドに身体を預ける。
そっぴーはマントの中に入ったままだったが、うつ伏せに倒れこんだので大丈夫だろう。
「色々正直に話しちゃったけど大丈夫かな?」
「ぴー!」
大丈夫だよ、とばかりに力強くそっぴーが鳴く。
「そうだよね、大丈夫だよね」
そんな励ましをしてくれるそっぴーに改めて感謝をしつつ、その頭を撫でるルーシア。
そうこうしているうちに気が付けばルーシアは眠りに落ちていた。
気が付けば前後編になってしまいました。
どうしてこうなった。