03 国境越えて冒険者になる
本作品はフィクションです。
登場する人物・団体・国家・企業・名称・宗教などは全て架空の設定であり、現実との関係はございません。
トンネルを抜けるとそこは雪国だった。
そんなフレーズをどこかで聞いた気がする。あれは何時だったろうか?
無事に国境らしき関所に到着し、大きな山をくり貫いて造られた坑道らしき長い長いトンネルを抜けると、本当に雪国だった。能力のおかげである程度の寒さは無視出来るが、このぼろぼろの格好でうろつくのは非常に怪しまれることは間違いなかった。
-まずは服の確保が最優先ですねぇ…-
今は晴れているから良いのだが、吹雪いてくると光の屈折率を利用した迷彩はあまり効果がなくなってしまう。自分で生み出す光が源であるために太陽が出ている必要性はないのだが、雨や吹雪は不純物とみなされるため、能力にノイズが入りやすくなってしまうのである。少々観察眼が鋭い人間なら違和感を覚えて調べようとしてしまうくらいには。
しばらくすると馬車は高い防壁に囲まれた街へ辿り着く。
街へ馬車が入ると同時に荷台から飛び降りて心の中で馬と商人らしき人物にお礼を言うと、まずはこの国での自分の立場を確認するための調査を開始した。
調査、といってもくまなく歩き回って人相書きが出回っていないか?酒場らしき場所で手配書のようなものが配備されていないかどうか、である。
半日ほどかけて街を調査した結果、まだそれらしき情報も出回っていない様子であることを確認できたのでほっと胸を撫で下ろす。
人気のないところで能力を解除する。これでようやくこの世界の住人と接触してまともな情報を集まることが出来るようになった。
調査の過程で町の構造も知ることが出来たので、早速、よろず屋らしきところに足を運ぶ。
「すみませ~ん」
「はいよ、いらっしゃい!ってなんだ、その格好は…」
店に入って声を掛けるとすぐに店主らしき人物が出てきたが、ルーシアの格好を見るなり顔を歪めた。
それもそのはず、浮浪者といわれても仕方ないボロボロの格好で、恐らくこの世界では見られないだろう服装をしているのである。
「あの…色々あって迷子になってしまって…。ようやくこの街に辿り着いて…。なんとかこれを買ってもらって、服とか泊まるところとかを探したいのですけど…。」
なるべく不幸な少女を装って上目遣いに話しかけながら、盗賊のアジトで獲得した宝石類をいくつかカウンターの上に落とす。
「何があったのか知らんが…まぁ大変だったね。この宝石はどこから?」
とりあえず、身の上を詮索されないことには成功したが、宝石の詮索をされてしまう。
恐らく盗品かどうか、怪しい品物ではないか?というところに疑念があるのだろう。
「一緒にいた商隊からお母さんが買ったものだったんですが…。その後、商隊がモンスターに襲われて…途中までお母さんとお父さんと一緒だったんですけど…これを握らされて逃げろって…そのまま…」
ここに来るまでの馬車の中で考えた適当なシナリオを練習通りに目をうるうるさせながら話す。こうしておけば、無理に追求する人はいないだろう、という考えである。
「そうか、それでこれを売ってお金を得て…どうするんだい?」
まずまず成功したと言える回答を得ることが出来た。
内心でよっしゃ!とガッツポーズをとるルーシア。
「一応…魔法が使えるので、それで生計を立ててお金が溜まったら両親を探しにいこうと思ってます。」
どうやら冒険者という職業があるらしいことが判明している。詳しくは知らないが、モンスターを倒したりすることを生業としている人々らしいことや、冒険者同士の情報ネットワークは重要であることがわかっている。
この情報ネットワークと各地を転々とすることに疑問をもたれない冒険者という立場を利用して必要な情報を探っていこう、というのが目標である。
「ほぉ、まぁその年齢なら多少の魔術は使えてもおかしくはないか。じゃあ換金するからちょっとまっててくれ。中々良い宝石だから、贅沢しなければ服を揃えてもこの町で3週間は滞在出来るんじゃないかな?」
そういって宝石をもって奥へ下がる店主。
ルーシアのシナリオとしてはかなり良い結果が出たといえる展開だ。
「よし、これなら銀貨8枚は出せるな。それとこれはサービスだよ。持っていきな。」
銀貨8枚となにやら服のようなものを手渡される。
「あの…これは?」
「あぁ昔、うちの娘が使ってた服だよ。冒険者向けの魔術師服だし、あんたにうってつけだろ?うちの娘はもう冒険者引退しちまって、いまじゃ2児の母親だってんで、これを下取りにだしてきたんだが…。まぁ形見じゃねぇとはいっても売り物にはしづらくてな。かといって置いておくのもなんだからさ。これも何かの縁だし、しばらくここにいるんだろ?うちを贔屓にしてくれるってことを条件でどうだい?」
妙に同情されてしまったが、この提案を受けることにしたルーシア。
安くて良い宿も紹介してもらった。
店主にお礼をいいつつ、その宿へ向かう。
宿につくとやはり格好を変に思われて警戒されたが、よろず屋の紹介であると告げると安心したのか警戒を解いてくれた。
宿は一泊銅貨7枚といわれた。とりあえず2泊はすると伝えて銀貨1枚を支払うと、お釣りとして銅貨86枚が返ってきた。
-重い…。電子貨幣とは言わずとも、せめて紙幣がよかったな…-
受け取ったお釣りを、貰った服にセットでついていた皮袋にしまいこむ。
部屋に案内されてから久しぶりのベッドに腰を下ろしてこれまでの情報を整理する。
-銅貨7枚で安い宿一泊。贅沢しなければ4~5枚くらいで一日生活する感じかな?ということは銀貨1枚で銅貨100枚だから…20日か~。あれ?二週間どころか結構長く生活出来るんじゃないの?-
が、この予想は外れることになる。
宿泊費とは別途で食事代が掛かることを夕飯時になって知ることになったのだ。
-1食付けるごとに、追加料金で銅貨2枚か~。朝と夜だけ食べるにしてもこれで一日銅貨が11枚。結構宿代高いんだね…-
ということは銀貨一枚で約9日の滞在。8枚の銀貨があったから単純計算で72日である。
だが、それでもまだ充分に二ヶ月以上の滞在が出来る。
-ひょっとして、まだお金がかかるの?-
その疑問は翌日に判明する。
冒険者になりたい、という旨を宿屋の女将に告げると冒険者ギルドの場所を教えてもらえた。
朝ごはんを食べてから、そのギルドに向かって登録したい旨を告げる。
「いらっしゃいませ、新規登録ですね。それでは登録料として銀貨5枚を頂きますがよろしいですか?」
「え、そんなにかかるんですか?」
多少こうした登録料が掛かることは予想しないでもなかったが、銀貨5枚と言われてかなりびっくりしてしまった。
「はい、保険金みたいなものでもあるんです。駆け出しの頃の依頼は簡単なものがあるといっても、依頼の途中で投げ出してしまったり、死亡してしまうケースもあると依頼を仲介しているこちらが違約金を依頼主に支払わなければなりませんので。加えて遊び半分で登録される方もいらっしゃいますので、そういったケースを防止するためにもこの金額になっております。」
「そうなんですか、それじゃしょうがないですね」
手痛い出費だが、これから稼いでいけば問題ない、と考えて銀貨五枚を支払う。
「ありがとうございます。それではこちらにご記入をお願いします。」
「記入…あっ」
提示された用紙を見る限り、説明が書いてある部分はまったく読めない。そして読めないだけならまだしもこちらの字は書けない。
「えっと…その…」
完全に失念していた事項にどうしたものかとモジモジしていると、
「あ、字の方が国と違いますか?それでしたらこちらの水晶をお使いください。こちらに触れて御自身の名前を頭に浮かべてもらえばそれが文字として浮き出ますので、そちらを記入させていただきます。」
どうやら文字が書けなくても大丈夫な手段があったようだ。
腕っぷし自慢が少なからず必要となる冒険者ギルドだが、その分、文字の教育を受けていない人がくるケースもそれなりにあるそうで、そうした人向けにこの水晶があるらしい。
水晶の存在に有難味を感じつつ、言われた通り名前を思い浮かべながら水晶に触れる。
「はい、ルーシア・アスクリエッタさんですね。それでは注意事項や依頼の受け方について説明をしますが…説明をお受けになりますか?」
「はい、お願いします。」
文字が読めないのだから口頭で説明してくれるこのチャンスを逃す手はない。
説明は結構長かったが、かいつまんで言うと、以下のような感じであった。
・冒険者はF~Sランクの7ランクがあり、一定量の依頼をこなすとランクアップする
・冒険者ランクはいくつか種類があり、総合ランク、戦闘ランク、冒険ランク、魔術ランクの4種類が存在する
・それぞれの種類ごとに見合った依頼がある。例えば戦闘依頼(討伐やら護衛やら)をこなしていくと戦闘ランクが上がっていく。遺跡の調査依頼などは冒険ランクが上がっていく
・総合ランクは3つのランクを総合と、ギルドからの評価などで決定される
・依頼は基本的に自分のランクの依頼しか受けられない。但しCランク以上からは1つ上のランクの依頼を受けることが出来る。その際、戦闘ランクがCあっても、冒険ランクのBは冒険ランクがCないと受けられない。但し、総合ランクがCの場合は受けられる
・依頼を指定された期日までに果たせない、または途中で無理と申告した場合、違約金が発生する。最初に支払った銀貨5枚分まではギルドが支払ってくれるが、超過した場合、自らが支払うことになる
・違約金が0になった場合、30日以内に補充金(最低でも銀貨3枚)を納入しないとギルド資格を剥奪されることになる
・違約金は基本的に報酬の10%と決まっているが、特殊な依頼の場合、違約金について別途契約が定められていることもある
・1つのギルドで受けられる依頼は3つまで。但し、2つ目からは受ける際にその人の依頼達成率や能力をギルドが判断した上で差し止めをすることもある。Fランクの間は1つしか受けることが出来ない
・別の任務中にたまたま討伐指定のモンスターを倒した場合、討伐の証拠である指定アイテムと引き換えに例外的に上位ランクの依頼をこなすことが出来る。但し、他の人間にその依頼を受けられていないことが条件になる。達成した場合、その指定ランクより下の場合は1ランクアップすることが出来る
・冒険者同士でパーティーを組んだ場合、報酬は頭割りになる。パーティー限定の高額報酬依頼などもある。
・パーティーを組んだ場合、依頼ランクはパーティーに存在する総合ランクが一番下のランク依頼しか受けられない。従って大体は同じランク同士がパーティーを組むことが多い。
「あとは部隊の説明がありますが、駆け出しのうちは縁がないと思いますので現状では説明いたしません。興味がおありでしたら、あちらの係員にお聞き下さい。」
そういって店の奥にいる係員を示されるが、とりあえず部隊に関しては今のところ関係も興味もないので放って置くことにした。
「他に聞きたいことはありますか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。」
「ではこちらをお渡しいたします。冒険者ギルド所属の冒険者という証明書ですので、無くさないようにお願いいたします。再発行には銀貨10枚が必要になりますのでご注意下さい。」
といって地球でいうところの名刺サイズの板を渡される。
受け取ると薄く光って何か文字が表面に浮かび上がった。
「貴女の名前や冒険者としてのランクが表示されるようになります。」
「あぁなるほど、便利かも」
少なくともここに大きく書かれている文字が、自分の名前なのだから、これだけでも書けるようにしておけばある程度は便利になるだろう。
「それでは説明は以上になります。頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます。」
こうして冒険者となったルーシアだったが、装備が無いことを帰り際に係員に指摘された。
魔術師と告げても、最低限身を守る装備と、道具袋は用意しないと、と心配されてしまった。
ルーシア自身は能力がある以上、かなりの衝撃にも耐えられるのだが、依頼する側からすればその貧相な服でどれほどのことが出来るのかと心配にもなるだろう。というのは理解できた。
早速、この間お世話になったよろず屋にいくことにする。
「こんにちは~」
「いらっしゃい、っとお嬢ちゃん。早速きてくれたね。」
店主はにこやかに対応してくれた。
「昨日はありがとうございます。」
ルーシアも丁寧にお礼をする。
「いやいや、いいんだ。それで、今日は何か用入りかい?」
「あ、そうだ。道具袋と、野宿とかに必要なセットってあります?あと簡易でもいいので防具なんかもあると嬉しいんですけど」
「あ~いわゆる冒険セットだな。それは用意できるが、防具は…魔術師用だからな…。ちょっとうちでは扱ってないな。隣の通りの角に防具を扱ってる店があるからそこで聞いたほうがいいだろう。」
「じゃあ、とりあえずその冒険セットと、あと何か冒険に必要なものがあればお願いしちゃってもいいですか?」
冒険者に何が必要なのか、というのは正式に冒険者になった今でもよくわからないので、少なくとも自分より詳しい人に用意してもらったほうが確実だろう、と考えた。もっとも相手も商売人だから余計なものも買わされるかもしれないが。
「あいよ、まってな。今用意してやるよ」
そういって待つこと数分。
パンパンのリュックが運ばれてきた。リュックの大きさはルーシアの背中が丸々隠れるほどで、重さを考えなければとりあえず動くのに大きな支障があるものではなさそうだった。
「今は全部詰め込んでるからちと重いかもしれんが、実際は依頼や行く先によって中身を替えていけばいいだろう。遠出する、この町から離れるならもう少し大きな袋にすることもお勧めするが…まぁ当面はこれでいいだろう。」
「中身はなんですか?」
「おっと、そうだな。寝袋・テントを始めとして、カンテラや方位磁石、簡易時計、調理用のナイフや工作用のナイフ、水筒にカップ、皿、簡易容器、焚き火キットとか…」
つらつらと中身の説明が始まった。
全部必要なものだけに限定してくれたようで、これでも最低限かつ最大限に詰め込んでくれたらしかった。
どうも随分と気に入られてしまったようだ。
「おっと、俺の名前をまだ教えてなかったな。ベーガルってんだ。よろしくな」
「えっと、私はルーシアです。よろしくお願いしますね」
「ルーシアか、あまり聞かない響きだがいい名前だな。で、このセット一式で銀貨一枚だがどうする?」
「あ、買いますよ。ありがとうございます」
「いいってことよ。安くはしてるが儲けは出てるからな。まぁあとはさっきいった防具屋にいってみるといいぜ。ベーガルからの紹介だっていっとけば話は通じるさ」
「何から何まですみません」
「ガッハッハッハ。なあに、可愛い嬢ちゃんに死んで欲しくないからな。有難く思うなら次も元気な顔で来てくれよ」
豪快に笑いながらそういうベーガル。
改めてお礼とまた来る約束をしてから、ベーガルに教えてもらった防具屋に足を向ける。
防具屋の前まできて、改めて店を眺める。
この辺りでは大きな部類のお店で立派な佇まいをしていた。
この街では1,2を争う店なのかもしれない。
まずは入ってみることにする。
「ごめんくださーい」
「はいよっ!おお、これは美人なお嬢ちゃんいらっしゃい!!」
随分とテンションの高い青年が出てきた。
「あの…ベーガルさんの紹介できたんですけど」
「あぁあの親父からの紹介できたのかい!?珍しいこともあるもんだ」
どうやらベーガルは近所では気難しいと有名らしい。
そんなベーガルが紹介する、ということは気難しい親父に気に入られたということで、この街ではそうした人物は非常に珍しい存在らしかった。
「で、何か簡単な防具を見繕って欲しい、ってことだね?」
「はい、多分、最初なんでそんなにがっちりしたものはいらないんですけど…」
最初じゃなくてもがっちりした装備をすることはないだろう、とルーシアは心の中で思った。
普通の剣での斬撃や、棍棒、フレイル、槍などの武器では全く傷つかない自信がある。地球ではそれを遥かに上回る兵器をこの身に受けて戦ってきたのである。大砲くらいでも単なる鉛球であれば大したダメージは受けることはない。
しかしながらこの世界の常識、という世間体はある。
将来的に魔法で防御している、という言い訳は出来るかもしれないが、今のうちは大人しく最低限の装備はしておくべきだろう。
「ん~みたところ魔術師のようだから…軽めで丈夫なものがいいねぇ。ふむ、その服は魔術服か…じゃあその上から着けられる簡単な胸当て程度がいいかな…?」
そういって心臓部分を金属で隠したくらいの胸当てが目の前に置かれる。
「これは簡単な護身魔術が刻まれた胸当てね。勿論女性用です。まぁ魔術師だから近寄らずに敵を倒すのがベターだけど、どうしても近づくなら最低限心臓を守れるこの装備くらいは必要かな、ってことでこのチョイスだけどどうかな?」
青年にそう聞かれるが、それがベストなのかどうかははっきりいってわからない。
だが、他に選択肢もなさそうだし、話を聞く限り無難そうなのはわかったので、結局それを買うことにした。
「じゃあそれでお願いします。おいくらですか?」
「そうだなぁ…。ベーガルの親父の紹介だし…定価で売ったと知れたら大変だからなぁ…。銀貨1枚でいいや。初回サービスだ。」
そもそもの定価がわからないので安いのか高いのかがさっぱりわからない。
装備品というか鎧や武器といったものが基本的にいくらかもわからないので尚更である。
正直、残り銀貨1枚と銅貨86枚。という現状では非常に痛い出費ではあるが、一週間は暮らせるし、明日にでも早速依頼を受けていけばいいだろう、と割り切って銀貨一枚を払った。
「あいよ、毎度!!またサービスするからさ、何か物入りなら是非きてよね!」
「はい、またきますね」
正直、防具屋にこれ以上用がないのだが、一応そういって防具屋を後にする。
「はぁ…どこの世界でも初期投資は結構かかるものです…」
ため息をつきながらそう呟く。
-でもまぁ、これでなんとか生活基盤は出来たのかな?-
あとは王殺しの追っ手が国境を越えてくるかどうか。というのが今一番の懸念点である。
万が一のことも考えて、早いうちにまとまった額を稼いでおく必要があるかもしれない。
-さぁ、明日から大変だ、っと-
大変、と思いつつも意外と気楽に考えているルーシアであった。
少なくとも現時点では命を脅かす危険があるとすれば、餓死くらいなものであったのだから。
後の世に記される。
今日という日、ルーシアという名前が冒険者としてこの世界で初めて刻まれた瞬間であった、ということを。
誤字・脱字等ありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
またお時間やお手間などがございましたら、ご感想や評価などをいただけば、今後の参考にして改善していきたいと思います。