10 監視対象指定
ようやく第10話まできました。
結局、ルーシアの意識が元に戻るまで待った結果、あれから2日が経過していた。
ネネシアが、意味不明な言動を続けるルーシアの介護を続け、ようやく正気に戻った途端、あの一件を思い出したのか意識を失うという事態が起こり、まともに事の真相を語りだしたのは、事件から2日目の深夜だった。
今回の事件は実に冒険者ギルドだけの話にとどまらなかったため、事件の真相を聞き取りにきたのはかなりの大物だった。
それもそのはずである、数え切れないが…少なくとも300体以上のオルムの暴走。これを止めるまではいかずとも、なんらかの対抗をするためには人員がいる。いくら冒険者で栄えるこの国とはいえ、声を掛けたからといってすぐに集まる訳ではない。それでも今回の事件ではかなり短時間に多くの冒険者が集まった運の良いタイミングだったが。
オルム暴走に対抗するべく集まった人数は実に3000人にも及ぶ。1体につき、10人が当たるという計算だ。実際にこれならばそれなりの確率で救出作戦、およびオルム進行防止は成功したと考えられている。
3000人のうち、1000人近くが単なる冒険者で構成されている。もっとも、単なる冒険者であったから、その技量や経験はピンキリ。正直、オルム一体とすら戦えるとは思えない技量のものも混じっている。残りの2000人はデルガデルフの王国軍であった。冒険者だけでは対処に余る上に、国家レベルでの危機になる可能性が考えられることから、ギルドを通して王宮に連絡が入れられることになり、即座に王国軍が出動という事態となったのだ。
オルムの暴走という事態は一度や二度ではない。過去に何度も事例があり、まだこの国が出来て間もない頃には、それこそ何十回以上に及ぶ、滅亡の危機を繰り返した。そういった過去を持っていることが今回は幸いし、即座に対応できる環境と軍備が揃っていたのだった。
だが、それだけの人員を揃えて出陣した結果、激しい光と轟音と共に何かが起こり、急ぎ向かってみれば、モンスターやオルムの残骸らしきものが転がる死屍累々とした、到底この世のものとは思えない色々と酷い惨状と、その惨状の真っ只中に呆けた様で座り込む一人の少女だったのである。
結果的に見て、なんら被害らしき被害はなく、無事に事が済んだというのは喜ばしいことではあったのだが、色々と問題が無いわけではなかった。
まず冒険者達。彼らはこういった事件で駆り出される場合、無償ではない。無論、拠点である国や街の危機ということで、無償で受けるといってくれる冒険者もいるのだが、それは全体の1割~2割程度でしかなく、それなりの報酬がないと動かない冒険者が大半である。だからギルドを通して国から契約金と戦績による報酬が保証されていた。今回の件では戦績が発生していないため、契約金のみの支払いだ。これは一人一人に対してはそれほどの額ではないが、1000人以上が参加した本件では軽く金貨相当で100枚が支払われている。
そして王国軍。いくら国の案件で出てきているとはいっても出撃にはお金が掛かるものである。人件費は元々月額で支払っているうちに出撃分が含まれているから0と同等と考えていいものの、出撃のための水や食料・装備、回復や援護に必要なために物品の緊急購入などを考えれば相当のお金が裏では動いているのだ。
何も無かったなら良かったですねという戯言で済む話ではないのだ。
人と金が大きく動いた。結果としてそれは無駄に終わったが、事の真相はこういうことでした。という説明をした上で、お金を出した王宮側が「話はわかった」と納得してくれなければいけないのである。そしてそれが出来なければクビが飛ぶ人も出てくるのだ。
そんなクビが掛かっている人が今回の大物である。
「さて…一体何が起きたのか?話をしてもらえますかな?」
「出来るだけ簡潔に、かつ明確にお願いします」
デルガデルフ王国 財務管理局 局長 オーレン・クリフォード
デルガデルフ王国 情報管理局 局長 ローズ・ヴェルトパーレ
デルガデルフでかなりの立場である二人が事情聴取の担当者として、ルーシア達のいる宿の一室にやってきていた。部屋にいるのはこの2名とルーシア・リッド・ネネシアの3名、そして護衛と思われる側近が2名。合計7名が部屋にいた。外には更に10名以上の兵士が詰めている。
オーレンは既に初老の男性で、初老という言葉が良く似合う年齢に見える。白髪の混じった短い頭髪。身体は鍛えた跡が見られないことから、この国では珍しくデスクワーク専門でこの地位に上がったと思われる。無論、その分、頭が回ることは容易に想像できた。
ローズは若い女性であった。年齢は正確にわからないが、20代後半であるだろう。やたら肌の露出が多い格好をしているので、とても国家の重要人物には見えない。感情があまり表に出ないタイプなのか、それなりに表情を使って会話をしてくるオーレンに対して、何を話してもなんら表情を変えないのがローズであった。
二人は無論、今回の件で放出した財務面からの判断と、冒険者の管理・安全保障の面からの判断をするため、という名目で事情聴取の担当となったのである。特に情報管理の面が強く、あの光と爆発の原因がなんであったかを知ることは、オルムの暴走よりもかなりウェイトの高いものであった。財務面は実はそれほど大きな重要度にはなっていない。
オーレンがついて来た理由として、ローズの社交性の無さと、場合によっては容赦が無さ過ぎる対応をするという問題をフォローすると共に、リッドとネネシアに少なからず面識があったこともあって警戒心を薄めるという目的と、紹介をスムーズに行う目的があったからである。どちらかというと、前半のフォローの意味合いが大きいのであったが。
さて、この状況にあってイマイチ事態を飲み込めていないのは、正気に戻ったばかりのルーシアである。大雑把な経緯はリッドから説明を受けているが、それでもまだ完全に頭が回っていないという状態である。
とりあえず落ち着こう、そう考えてまずはネネシアに飲み物をお願いするルーシア。
長い話になるのか、と判断したオーレンは、ついでに、とばかりに自分とローズの分も飲み物を頼んで、ルーシアが座っているベッドの横の椅子に腰をかけた。
暫しして、ネネシアが飲み物を運んできて3人に手渡す。
無言でお茶を飲む3人。
それから5分ほどして、ようやくオーレンが口を開いた。
「さて、まずは…リッド。オルムに追われることになった経緯を君の口から聞こうじゃないか」
ルーシアの様子から少し事件の再認識をさせたほうが良いと判断したオーレンは、復習という形でリッドに事件に至るまでの経緯を話させることにした。
「わかりました」
リッドはその意図を理解し、簡潔に経緯を話す。
無論、ルーシアの能力やそれに関わる例の「光の花火」については伏せている。
まずはリッドとネネシアのパーティー募集、そしてルーシアの登場。宿屋での会話と次の日に行ったテスト。その夜のオルムとの遭遇。そして追われることになったこと。
「オルムに出会う、というところまではなんの変哲もありませんね」
リッドの話を聞いて、今まであまり喋らなかったローズはそう結論付けるように言った。
実際、リッドとネネシアにしてみれば「変哲がない部分がない」というほど色々あったのだが、無用な疑惑や詮索を避けるためにもそこは一切省いた。ルーシアが魔術師としてかなり優秀だったからパーティーに入れようとしたが、彼女は一般的な知識に疎く、間違ってオルムを攻撃してしまった結果、このような事態になった。と。
「ふむ、そこまでは問題なかろう。それでは肝心のその後だな」
オーレンはようやく、という感じでルーシアを見る。
ルーシアもリッドの説明を聞きながら、自分の置かれている状況と何を話したらまずい事態になるのかを察知し、少し記憶が曖昧な部分がありますが、と前置きをおいて話し出した。
「リッド達と別れてから、私は強化の魔術を使ってひたすら逃げました。地理に詳しくはなかったですし・・・あの量ですからもう必死でした。どこに逃げても着いてくるオルム達。援軍が中々来ない。私は数時間後には色々と限界になってました。」
と、一旦ここで言葉を区切る。
ここまでで質問はありますか?という意味で、である
特になかったので先を続ける。
「とにかく限界ながらも死にたくないですし、それでも走りました。そしたら…前方にモンスターの群れが見えて…でも回避することも出来ず、そのまま突っ込んで…気がついたら凄い光と爆発音がして…後は何にも覚えてないんです」
ルーシアは勿論、自分がもう自棄になって最大出力の技で全てをなぎ払ったということは理解している。しかし、それを話したところでたった一人がそれほどの出力をもつ魔術を使えると理解されるとは思えない。逆に、それを理解されてしまうと危険と判断されてしまうことも考えられる。
一方、この説明を聞いたリッドとネネシアはお互いアイコンタクトでこう語っていた。
-どこまで規格外なんだ?・・・こいつ・・・明らかにやりやがった-
-絶対この人、自分がやったって覚えてますよ~。何なの?魔王なの?-
二人とも顔には出さないで平然を装ってはいるが、内心はこんな感じだった。
ルーシアはそんなことを彼らが思っているとは露知らず、この事情聴取の結果を左右するオーレンとローズの反応が気になっていた。
「君のほかに誰かいた、という気配や形跡はあるのかね?」
「いえ、特には…。それにまわりはモンスターだらけでしたし、私も必死だったので気配とかは…全くわからないですね」
「モンスター達が爆薬のようなものを用意していた形跡はあるかね?」
「私の見た範囲と覚えてる限りではそのようなものはなかったと思います」
「君の魔術でやったのかね?」
「常識的にみても無理じゃないでしょうか?」
「念の為、魔力量を測らせてもらうがいいかね?」
質問と返答を繰り返す中、意外な質問が入ってきた。
魔力量の測定?目だけでリッドとネネシアを見る。
彼らも動揺を隠せないが、やるしかない、と覚悟を決めているようにみえた。
「わかりました。えっと…私が何かする必要がありますか?」
「いや、そのまま楽にしていて構わない。ローズ、頼む」
「わかりました。額に触れますよ?」
「はい、お手柔らかに」
ローズがそっとルーシアの額に触れ、何かの呪文を唱え始める。
ローズの右手が淡く光ったと思ったらすぐに終わった。
「ローズどうだった?」
「無理ね。平均よりはかなり高めではあるけど、この程度の魔力値ならSランクや各王国のお抱え魔術師にはごろごろいるわ。」
つまりルーシアの魔力値はかなり優秀な部類ではあるが、その程度の魔力値であんな大事件を引き起こすには至れない、というか至れるならもっと各地が大変なことになっている、という結論である。
その結果に内心でルーシア、リッド、ネネシアはほっと旨を撫で下ろす。
「貴方、属性は何?」
ローズのその質問にピクリと反応してしまうルーシア。
「私の属性ですか?」
「そうよ、魔術属性のことね。診断はしたことあるでしょ?なかったら用意するわ」
ルーシアは瞬間、迷ってしまう。したことがないのでお願いします、というのもアリだし、その結果、あの花火が上がっても「なんでしょうね?」と切り抜けることは…かなり無理があるが出来ないことではないかもしれない。だが、明らかに疑惑がもたれてしまう。
かといって、正直に「光です」と答えるのは余計に混乱を招く。そもそも光の属性はこの世界にないのだから。
どうするんだ?と見つめるリッドに対して、ルーシアは平然と
「火ですよ」
と、答える。
「証拠は見せられますか?」
ローズが何か疑惑をもっているのか、更に突っ込んで聞いてくる。
ルーシアは花瓶から花を一輪持ってくると、光を収束させて燃やす要領で、花を炎上させる。
「これでいいですか?」
光の収束そのものでルーシアがケガを負うことはないのだが、その結果、二次的に発生した炎に関しては別である。つまり、指で摘んでいた花が燃えたので手が熱い。そこは能力でカバーしているので火傷こそ負わないものの、熱いものは熱いのである。
オーレンは納得した様子をみせていたが、ローズはイマイチ腑に落ちないといった顔をしている。何かが引っ掛かっているようだ。
その後も質問は続いたが、ルーシアはそれに対して正直に答える。質問内容自体が想定される範囲のものであったし、今回の件と直接関係のないものが増えてきたので、それほど苦にもならなかった。具体的には「どこの出身だ?」とか「ギルドの登録はいつ?」とか。
出身地に関しては、ソリュートのあの最初の街ということにしていた。
いずれ聞かれる場合もあるだろうとルーシアが用意していた設定である。ベーガルやギルドの幹部とも、ソラノコの件でそういうことにしてもらえるよう根回しをしてあるので、裏付け調査を行われてもなんとかなるはずである。
「ふむ…疑問は残るが…彼女らに怪しい点はないように思うがどうかね?」
オーレンがローズに向かって話しかける。
「ん…。だけど、それでは解決していない」
そう、結局、あの爆発はなんだったのか?という問題が残る。
「それは現地の調査を進めればわかることではないのか?」
「調査はもう終わっています。ハッキリいって何もわかりませんが、爆薬のようなものではないことは確証を持っています」
「では…やはり魔術か自然現象、もしくは…」
「その線が強いです」
オーレンがどういう可能性を発言しようとしたのかは、ローズの台詞で遮られてしまったため、ルーシア達には知る由もない。
「そうか。それではもういいかの?」
「いえ、まだです」
オーレンがこれで切り上げるか?といった風に切り出したが、ローズは己の持つ疑問に正直に向き合う人間だった。
「彼女達を特別監視対象指定にします」
「なんじゃと!?」
これに驚いたのはオーレンだ。
特別監視対象指定とは、犯罪とは別に、何らかの重要な要因を担っている人物に対して発令されるものであり、具体的に言うと、お忍びで遊びにきた王族に対してだったり、国家のバランスを左右するような人物や、犯罪は犯していないが国家にとって危険と判断される人物に対して発令されるものである。
「こやつらを監視指定だと?」
「私の権限ですから」
オーレンが何故だ?というように言葉を投げるが、その返答は簡潔だった。
ローズの持つ特殊な権限の一つがこの特別監視対象を指定するというものである。指定されるとその対象は全ての行動を監視され、逐一報告が上がるようになるのである。また、場合によっては行動に制限がもらされるケースもある。この指定に関しては彼女の一存で発令することが可能であり、撤回・解除出来るのは彼女か、デルガデルフ王のみである。
この権限は、使いようによってはかなり強力であり、最初はその発令のあり方に対して反発をするものが多かったが、ローズの私欲のない働きぶりと実績によって次第に封殺されていった。彼女は自らの職責のためには、自らが相当な不利に陥る状況であってもありのまま報告する。そしてそうなった経緯と、以後、そういった事態を発生させないための問題点と改善方法を実に簡潔かつ適切に提案し、実行し、成功させてきた。故に、現在では彼女がそういうのであればそうなのだろう、と納得してしまう面々ばかりである。
今回、彼女が権限である、と言った以上、オーレンにはその指定に反対する権限は全く無く、加えて、その理由を知る権限も持っていないし、信用という面においてはオーレンはかなりローズを信用し、そして信頼する者であった。
「わかった。そう言うのなら何も言うまい」
「細かいことは追って連絡します。それまではこの宿で待機するように」
そういい残すとローズは仕事は終わったというように足早に宿を出て行った。
オーレンも「すまないな」と一言言い残してその後に続いて出て行った。
残されたルーシア達は頭に疑問符を浮かべたまま、その場で暫く固まっていたのだった。
自分用の設定まとめも兼ねて、そのあたりの解説やネタバレにならない程度の世界観説明、ルーシアの詳細などを書いていこうか、と思っています。
また読者の方が疑問に思うような点がありましたら、感想の一言などで頂ければ、やはりネタバレにならない範囲で回答したいと思います。
3つの話の中で、この小説だけPVが異様に高いのは何故なんでしょうか…。