パパが犬
朝の居間。柴犬(のような姿)をした父は、四つん這いになって尻尾をパタパタと振っていた。そこへ、目をこすりながら息子のケンタが登場する。 犬の姿の父は、すぐにケンタの足元へすり寄り、親愛の情を込めて顔をこすりつけた。 「パパ、おはよー!」 「ケンタ、おはよう・・・」 父は少し息を切らしながら応えた。ケンタは慣れた手つきで父の背中を撫でる。 「お父さん最近、毛並みツヤツヤだね! トリミング行った?」 「あ、嬉っしっ。・・・全国のお父さんが子供に言われたいセリフ、堂々の第一位だな、それは!」 「ないないないない! 全国のお父さんは犬じゃないから!」 ケンタの即座のツッコミに、父はガクッと頭を下げてうなだれた。
「あ、ごめんごめん。ほら、テレビつけたよ。いつものやってよ、パパ」 テレビに犬のCMが流れると、父は急に元気を取り戻して画面を凝視した。 「よっしゃ、いくぜ。・・・『この監督、マジで何回撮り直しさせんだよ! もう三時間目だぞボケ! ギャラが全部、飼い主の高級ランチに消えるシステムをどうにかしろ!』」 「ひやっはははっ! 犬の声が聞こえるのいいな〜!」 ケンタは腹を抱えて爆笑した。父は得意げに鼻を鳴らす。 「犬ってさ、『ワン』って鳴いてないときも、犬同士でずっと喋ってんだよ。・・・犬になって、初めて知ったよ」 「人間に聞こえてないと思って言いたい放題なのがマジでおもしろいよ!」
画面は丸角公園のドッグランからの中継に変わった。 「パパ、あのアヒル・・・じゃなくて、犬たちはなんて言ってるの?」 父は真剣に聞き耳を立てた。 「『飼い主が映りたがってんのバレバレなのに付き合わされて最悪~』。・・・あと、『人間のSNSのために俺の尊厳を売ってんじゃねーよ』だとさ」 「ははははは! 飼い主に聞かせてやりたい! じゃあ、あの白いプードルは?」 「・・・あいつ、着ぐるみの中、人間だから」 「えっ」 父の突然の真顔に、ケンタは引きながらも小刻みに頷いた。
テレビは全国中継に切り替わり、別府のアヒル競争を映し出した。 「アヒル可愛いなー。何て言ってるの?」 「・・・うーーーーーーん・・・『競争のない世界で生きたい』」 「・・・アヒル、病んでるね」 「すまん。アヒル語は専門外でな、今のは俺の主観が入った」 父が申し訳なさそうに言った。だが、その時。
テレビの音声の向こうから、何かが聞こえた気がした。 一瞬の沈黙。
「母さん」 「ママ」 父と息子の声が重なった。 テレビ画面の中、一生懸命に尻を振って歩くアヒルを見つめながら、二人は言葉を失った。 お父さんは犬。そして、お母さんは――。 その答えは、朝の静かな居間の中に溶けて消えた。




