回想Sideサミュエル〜孤独な暴君の一生とその後悔、そして〜
「お前…もか。ライル…!我が、半身…!」
焼けるように喉が痛む。
貫かれた胸も、斬りつけられた腹も、庇い損ねた頸も。
生意気な豚どもとその配下を直接捌き続け半ば感覚を失った両の手以外、全てが熱い。
熱くて熱くてたまらない。
だと言うのに、心は北東、セイクリッド大陸の中心に座す古の墓標のように冷えきり。
こんな時でも思考は冴え渡る。
血に塗れ、震える唇を持ち上げ、弧を描かせる。
泣きたいのも震えたいのもこちらだと言うのに、こんな時まで忠実に主のかわりに涙を流し震える相手を見据え、重い口を開く。
溢れそうになる臓腑から湧き上がる血を気合いで堪え、目を細める。
「お前も…か。忠実なる、ライルスベル·…クレリリア·ベイリー!」
引き攣った顔で、男が悲鳴のように叫ぶ。
「…へい、かっ」
その様が、ひどく、滑稽で。
「ふ。…くく、ハハハハハッ!」
思わず嗤ってしまった。
「そうか。…ハハっ、結局の、ところ…貴様も、変わらぬのでは…ないか。」
嗤いに一層怯える男に、二人を取り巻くように遠巻きで固唾を呑み武器を構える傀儡どもに。
痛みも熱も堪えて、唇を歪め、吐き捨てる。
「違う…違うのですっ、陛下!私は、私めは、」
何か弁明をしようと意味のない言葉を繰り返す相手を無視して、嗤い続ける。
「欲しか、持たぬ…っ低俗な、」
「陛下の、御身を思ってっ!」
悲鳴がようやく形を得る。
また溢れそうになる嗤いを少し抑えて、男を正面から見据える。
「ほざ…くなよ。貴族と…同じだろう?お前は。」
射殺さんとばかりに睨みつけながら吐き捨てれば、再び意味のない言葉が溢れる。
「ちがっ、ちがう…ぼくはへいかの」
泣きながら、必死に言葉を紡ぐ、かつての忠臣。
震え、怯える両の手に握られ、伸ばされた剣先は深く胸に沈んでいる。
(もう、限界か。)
掠れていく視界、遠ざかり朧げになる叫び。
(随分と呆気ないものだな。)
崩れ落ちそうになる身体を意地で維持して、感覚などもはやない腕を伸ばす。
震え泣き、剣から手を離すこともできない哀れな忠臣に。
最後に暴君らしい笑みを浮かべようとして、意識が闇にのまれていく。
(実に巫山戯た一生だ。)
熱と痛みだけを残し全ての感覚が消える。
音も光ももはやない、昏い闇に一人浮かび、浮遊しているような奇妙な体感。
あれほど怯えていた闇が、今は酷く温かく感じる。
目を閉じ、闇に同化するようにしながら、一生を回顧する。
(覚えのない悪行による畏怖。名ばかりの地位、自らの利益と薄汚い欲しか頭にない臣下。終わりのない戦争。)
即位してからの、色彩を欠く日々の繰り返しを。
(望まれるまま、求められるまま。この手を汚し罪を負ってきたが。)
その果てに。
(私は…一体何を得たのだろう。何を残したのだろう。)
裏切りと…喪失と。
この手で、一体何を守れたというのか。
(本当に私は王としての責務を果たせたのか?)
することなど無いと高を括っていた即位後、傀儡となって。
(政争に…戦争に…明け暮れ、家庭も民も顧みることはなかった。)
脳裏を掠める、無残な死体。
(失格だな。私は。夫としても、父としても、王としても。)
細く白い手と、幼い無垢な手。
血に塗れたその手は、まるで誰かの助けを待っていたかのように伸ばされていた。
間に合わなかった。
否。
私は…
強く、強く奥歯を噛みしめる。
身体はもう塵にでもなったかのように感覚がない。
否、もうなっているのだろう。
魔術の素養がある者の肉体は塵になって分解され、世界に戻る。
この世界の常識だ。
死んでからどれほど闇に揺蕩っていたかは定かではないが。
もうすぐこの肉体は完全にこの世界に戻る。
そして意識ある魂は天界の裁きを受け、咎と次の道を示される。
間違いなく私は重罪人で、道開かれることなく彷徨うだろう。
この罪が、赦されるその日まで。
そして赦されれば、虫けらにでもなって次の一生を送るのだろう。
(…もし、もう一度。何百年先かは分からないが…人として生きる機会を得れたときは。例えいかなる試練が待ち受けていようとも。)
嗚呼。
ようやく、天界の迎えが来たようだ。
闇に一筋、光が差す。
自らの行く末を思い、自嘲する。
もう一度人に生まれるなど。
なれたとて、もう私としての自我はない。
それでも。
願わずに入られない。
もし、もう一度人として生を受けた暁には。
(人を思いやり尽くす一生にしたいものだ。)
肉体を闇に、意識と自我を光に。
分解され、呑み込まれ。
私は陽だまりに抱かれるような心地で、意識を取り戻した。
痛みも熱もなく、随分と身体が軽く感じる。
いや、肉体が無いので当然と言えば当然なのだが。
まるで揺りかごに眠る赤子に戻ったかのような、そこまでいかずとも母の温もりに弛く揺蕩う幼子のような。
心地よい、とはこういう事なのだろう。
(随分と、易しいのだな。罪人にまで)
流石は天界、とでも行ったところか、と考えながらもう少し眠りについておこうと目を閉じたままの私に、柔らかく声がかけられた。
「殿下。お目覚めください、殿下。」




