少女端麗
「病院に行くぞ」
「どうした征矢。朝から唐突に」
朝の七時。ツェークを叩き起こして開口一番そう告げる。
一応断続的な睡眠をして警戒していたが、昨晩に襲撃は無かったので今のうちに用事を済ませようという魂胆だ。
「お前をしっかりした警察に預けるにしても、そんな見た目じゃ俺が通報される」
ツェークの見た目を改めて確認する。
小柄な少女はサイズの合っていない男物のシャツ一枚だけを羽織り、白水晶の肌は傷だらけだ。
何も知らない人間から見れば、どう見ても女児誘拐・暴行の現行犯である。
「だからついでに服も買う。感謝してくれて良いぞ」
「着せるなら恩では無く服にしてくれないか?」
残念ながらツェークには俺の慈悲が伝わらないようだったが。
それどころか、俺の言葉を話半分に聞いて髪を整えてる様子。
監禁されてたらしいのに随分と文明的な事で。
「それに、僕を警察に引き渡す必要は無い」
「……いつまでもガキのお守りをするつもりはねぇぞ」
「そうでは無く」
ツェークが右手の人差し指を掲げる。
朝の光を反射して煌めく金剛石の輝きがそこにはあった。
皮肉にも俺とツェークを繋いでる、ダイヤモンドリングのパス。
「言ったろう?捕まる前に暮らしてる場所があると。
こんな力を持っていてね、それなりに僕も過保護にされてるんだ」
「なら保護者は何でお前を迎えに来ない?」
「必死なんだよ。革新派の連中も」
革新派……昨日聞いたな。
俺たちを追いかけてきた黒服連中の事だ。
素人目には統制が取れて冷静沈着に見えたが、必死?アイツらが?
「僕が重要なのは革新派の連中も同じ事さ。僕を過保護にしてる連中とそれなりに争い合ってる……だからこそ僕の追手があんなに少なかったと言っても良いかもね」
「じゃあ、なんだ?お前の保護者様達がいなけりゃ俺は死んでたと?」
「そうかも。でも征矢は天才なんでしょ?」
「……おうよ」
皮肉を言おうにも時には皮肉で、時にはこういった素直な言葉で返される。
なんとなく分かってきた。俺はツェークの会話ペースが得意では無い。
「という訳で、おそらくあと二日」
「それだけあれば、膠着状態が解除されるって?」
「うん。僕の保護者達は強いから、ぽっと出の犯罪集団には負けない筈だけど……」
ツェークは俺に向き直り、深く頭を下げる。
長い銀髪が頭頂から肩を流れて床に広がっていくのを見ると、路地裏で俺の為に土下座していた彼女の姿を嫌でも思い出してしまい……
「だからその間、我道征矢にツェーク・ヘレムが正式に護衛の依頼を頼みたい」
……だから、あぁ、もうなんだ。
最初から俺に逃げ道なんて残されている訳も無いのだ。
「……………しょーーーーーーがねぇなぁ!良いよ、やってやるよ!ただし、それなりの見返りを保護者様に要求するからな!チクショウ!」
「……!ありがとう!本当に……ありがとう!」
あぁ、クソっ、鬱陶しい奴だ!
そんなに人の手を握ってカクテルみたいに振り回すな!お手と言われた小型犬かコイツは!
____おにいちゃん。
「__離せ」
「?う、うん。分かった」
だから、本当に。
こいつを見てると、余計な事ばかり頭に浮かんで、迷惑だ。
そう思わなければいけない
「とりあえず、病院に裸の上にシャツ一枚で行く訳にもいかねぇだろ。
そこの小綺麗なクローゼットにお前ぐらいの女物の服が入ってるから、勝手に着ていけ」
俺は散らかった部屋の一角を指差す。
この部屋の持ち主である一人暮らしの男には似つかわしく無い、洒落た花柄の意匠が施された白いクローゼットか鎮座していた。
「ところで、どうしてこんなものが征矢の部屋にあるんだ?」
当然ツェークの口から疑問の言葉が飛び出す。
そしえ愚かな事に、俺は一時凌ぎの為だけに注意を逸らしたものだから、その返答を用意してなかった。
「その、アレだ」
「アレ?」
少々苦しいが、こう言うしかない。
いや本当か?
いやしかし、長い沈黙は面倒な質問攻めに会う可能性がある……!
「未来のフィアンセに向けて、幅広いサイズの服を用意してるって訳、だ」
さぁ、ツェークの反応はいかに____!?
「征矢」
「あぁ」
「それはボクも、さすがに引く」
誤魔化せはしたが、俺の信頼度が地に落ちる音が聞こえた。
○●
「よう征矢くぅん!彼女出来た?」
「うっせぇ不良警官!さっさとパトロールでも行ってろ」
「いやー、こんな下町パトロールしても無駄だって」
「相変わらず警官としてあるまじき発言だなオイ……」
家を出て早々、制服をだらしなく着崩してる無精髭のおっさんに絡まれる。
不定期に俺の恋路の近況を面白がる邪悪め、今日という日に限って……!
あぁクソ!案の定不良警官の目がツェークに吸われやがった!
「……征矢くぅん」
「なんだよ」
今のツェークの姿は元々のボロ切れ一枚では無い。
プルオーバーのスウェットの上からパーカーを羽織った、細い体をボリューム感のある服で覆った形である。
これには過去俺の部屋に置いていかれた服の数々に感謝ではある、が。
「さすがに女児誘拐はオジサンも職業柄庇えないよ?」
「誘拐じゃねぇよ!一時預かってるだけだバーカ!」
目線を下げ、ツェークに横目で目配せする。
こいつは会話は結構できる。『合わせろよ?』のサインである事は容易に伝わるだろう。
事実、ツェークも小さく頷いた。
「そうだな警官のおじ様」
うんうん。
「彼は一時の我が主君だ」
「クソガキャァァァァァァァ!?」
ほっぺを思いっきりつねってやる。
正月に食う餅みたいに思いっきり伸ばして。
物凄い抗議が聞こえてくるがお前が悪い!
「征矢くん」
「なんだよ!」
「嫌な事あったら、オジサンでよければ相談になるから、な?」
「余計なお世話だクソジジイ!」
……などと、余計な邪魔が入り、大型ショッピングモールに着いたのは予定の四十分後だった。
○●
「四十分待ちだクソッタレ」
「どうやらそのようだな」
病院に着き、開口一番に出た言葉がそれだった。
平日の真っ昼間に来たというのに待合室は満員だ。
見れば顔に皺がある人間だらけ。
成程、昼間の待合室は半ば井戸端会議の集会所という訳だ。
「……はぁ〜、このクソガキと四十分?
なんで俺があやしたりお守りをする羽目になってるんだ」
「一応ボクの護衛だろうがチンピラ」
まぁ、そうではあるんだが。
俺はさっさと病院行って服買って飯食って帰ろうと思ってたのだが、開幕これでは気が滅入るというもの。
服屋をスルーしても良いが、いつまでもアイツの服を着せるのは個人的には……嫌だ。
「まぁ、別に僕に付きっきりでいる必要は無いぞ」
「んな訳ねぇだろ。革新派の連中の狙いはテメェなのに」
「保険はあるという事だよ」
その言葉を区切りにツェークの体が霧散する。
すると、俺の体が昨日のように淡い赤色の炎を纏い、揺らめき始めた。
例の亜人みたいになる変身だ。
『とまぁこんな風に、ボクはボク自身の意思でいつでも君に憑依出来るという訳だ』
「……なら、二日間ずっとそうしてれば安全なんじゃねぇの?」
『そうもいかん。アストラル体を維持するのは消耗激しいが、それ以上に……右手を見てくれ』
頭の中の声に指示されるがままに自分の右手を確認する。
見覚えのあるダイヤモンドリグが、己の人差し指に嵌められていた。
「……外れねぇ」
『寧ろ外れたら困るのだ。今の君に預ける形となっているリングは、実体を持っている時に比べてより魔術的な攻撃に弱い』
「魔術的な攻撃ってなんだよ」
『身近な例で言えば亜人と呼ばれている者達の異能力などだな。超常的な能力と括ってくれて構わない』
「リングが外れたり壊れたらどうなるんだ?』
『君との小径が切れ、しばらく……少なくとも護衛期間中は変身できなくなる』
最終的にそうなるのは願ったり叶ったりだが、確かにツェークを守るという観点において、変身の切り札が使えなくなるのは最悪だ。
それに、今こうしてる間にも体から少しずつ何かが、体表を揺らめく炎と一緒に流れ出していく感覚がある。
消耗が激しいというのは本当なのだろう。
『それと、君が頭の中で強くボクを呼んだらすぐに変身できる。有事の際は有効に活用してくれ』
「あいよ」
変身が解除され、何もなかった場所にツェークの姿が現れる。
……改めて見れば、本当に不思議存在だ。
今まで見た亜人の連中にもこんな能力は無かった。
「じゃ、そういう訳でボクは診察に行ってくるから君は好きにしててくれ」
「りょーか……いや、待った」
「まだ何か聞きたい事が?」
ツェークが踵を返して診療所の自動ドアをくぐろうとした所で、その肩を引いて止める。
突然後ろへ体を引かれてバランスを崩したツェークの顔は少し不満げだ。
それを無視して、俺はズボンのポケットから財布を取り出し、無造作にツェークの手のひらにその中身を乗せる。
「持ってけ」
「あぁ、診察費か……にしてはかなり多いな?」
渡した金額は万札を数枚。
皮膚科に掛かるには多すぎる上、齢十八の人間が稼ぐには一般的には……というか俺にとってもしっかり……大金。
ツェークは首を傾げ、その後に無理をしている子供を見る親みたいな目線を向けてくる。
「お前結構な間外に出てなかったんだろ」
「まぁ、そうだが……」
「なんつーか、アレだ。出所祝い?だ。
俺はいつ戻ってくるかも分からねぇし、それで適当に好きなモン買ってろ」
別に、同情した訳じゃ無いが。
頑張ったら美味いもんを食う権利ぐらいは、誰にでもあって良いはずだ。
理由なんてそれだけで……良い。
「征矢」
「ンだよ」
「出所祝いって……君、本当に不器用なのな」
「うっせ!いらねぇなら返せよ!」
苦笑をされ、後になってから気恥ずかしさが込み上げてくる。
あークソ!慣れないモンはするんじゃねぇ!
「だけどな」
なんだ今更、かしこまって。
そんな上目遣いしたってもう遅___
「ありがとう」
「____」
蕾が華開いたのかと思った。
ツェークのその、大輪の花を想起させる満面の笑みに、気づけば喉元から出かかったあらゆる言葉が行き場を失って霧散する。
俺を揶揄ったりした時も笑ってはいたが、そのような微笑とは比べるまでも無い。
その銀色の少女の煌めきに、俺は一瞬、息も心臓も止めてしまった。
「始めてなんだ。ここまでの自由を与えて貰って、裏表の無い純粋な善意を受け取るのは」
「__んだよ。不器用なのが純粋とでも言いてぇのかよ」
「そういう訳では無いが、君に限ってはそうだな」
ようやく俺の口を割って出た言葉は、いつも通りの天邪鬼な言葉で。
そんな言葉も快く受け止められてしまって。
「だから、ありがとう」
「……そうかよ」
「あぁ。この善意を、大切に、大切に使わせて貰う」
「……感謝して噛み締めとけ」
「勿論。この恩をボクは生涯忘れる事が無いだろう」
どんなに素っ気無く返しても純粋な笑顔で返されて……あークソ!気が狂う!
「チッ、俺は適当にその辺ブラついてくるから、満足したら戻ってこい」
「あぁ。また後でな!」
なんだか気恥ずかしくなり、体の奥から流れ出しくる痛痒とバツの悪さに背中を押され、その場を逃げるように後にする。
「……ったく、なんだってんだ」
ツェークは、そんな俺の背中を見えなくなるまで見送っていた。




