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我道と魔道②

「鬼ごっこは終わりか?」


「……そうみてぇだな」


 後ずさる……道も無い。

万が一にも逃さないためか、こんな路地裏の細い横幅を六人がかりで封鎖している。

学校帰りの女子高生達でもここまで横には広がらないだろうに。


「なら大人しく死ね。今回は(・・・)遊べる余裕が無いのでな」


「ひっでぇな。辞世の句を読む暇ぐらいくれよ」


「恐怖の時間は短い方が楽だろう」


 当たり前のように複数の銃が俺一人に突きつけられる非現実(アンリアリティ)

昨今は本の中から飛び出た異能力が当たり前の社会だっていうのに、こんな科学の産物の方に、夢なら良かった(ファンタジー)と感じてしまう。


「……あーあ、せめで彼女の一人や二人ぐらい作りたかったぜ」


 目を閉じ、封鎖された視界と引き換えに、研ぎ澄まされた聴覚へと引き金を引く音が届く……


「…………待って!」


 ……よりも先に。


 俺の腕から抜けだした白いガキが、俺を守るように立ちはだかった。


「……貴方を殺すと、今度こそ我々が"あの方"に処分されてしまいます。退いてください」


「なら、ボクの話を聞け!

その人は、関係ない!目的はボクだけだろう!?」


「でしたら、無辜の一般人を巻き込まない為にも、貴方は外に出てはいけなかったのでは?」


「それ、は……!」


 唇を噛み、震えている。


 俺が先ほどまで抱えていた、俺の半分ちょっとの背丈しかなかったガキは、俺を背に庇って恐怖に震えている。


「……申し訳、なかった。ボクの、くだらない我儘だった」


 やがて膝をつき、掌をつき、額を地面に擦り付けて謝罪している。

薄汚い路地裏で出会った俺一人なんかの為に、土下座をしている。


 今初めて見た白いガキの……少女(・・)の足の裏は、裸足でアスファルトを走り続けたのか、止血されかけた傷が何度も開いてズタズタになっていた。


「……だが!彼は関係ない!どうか許してやってほしい!

ボクの我儘に巻き込まれてしまっただけで、何も命まで取る必要は無い!そうだろう!?」


 小さい背丈が更に小さくなっていて、震えて、それでも俺の為に全霊を賭しているのだ。この少女は。

十数分前に出会った、俺なんかの為に。


「はぁ。分かりました。

__β。彼女を連れて行け」


「了解」


 銃を構えた人の壁の奥から新たな黒服が現れて、白の少女を連れ出そうと……


「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!クッソ……こんの、馬鹿野郎がぁぁぁぁッ!!!!!!」


「へっ?」


 ……気づけば、俺は少女をひったくるように抱え上げ、人の壁に飛び蹴りを入れて正面突破を敢行していた。

鍛えた男の、不意打ちの飛び蹴りだ。さすがに人の壁の一角が崩れ、その隙間を踏破しようと……ッ!


「……だよなぁッ!」


「撃て」


 壁を踏破した先にはまた人の壁。

前後左右、俺に向けて既に構えられていた銃からは発砲音。

痛みがやってきたのは、その数秒後。


「……ッ、がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


「な、なにをしているんだ貴方は!?」


 感じたことの無い激痛が俺の足と肩を貫く。

気づけばシャツとズボンからは該当箇所より赤い染みが広がって来ており、これにはクリーニング代も高く付くなとバカな事を考えて少しでも痛みの思考から逃避する。

腕の中の白い少女も、目を丸くして俺の突飛な行動を咎めてきた。


「能天気な箱入り娘の……、バ……カが……!

こんな連中だぞ。お前を回収したら、俺は殺されるに決まってるじゃ、ねぇか……!」


「で、でも……!」


「なら……、少しでも逃げ切れる可能性に賭けなきゃ、死んでも死に切れる訳ねぇだろうが……!

少し考えりゃ、分かるだろ……!バカガキが……ッ!」


 強がってはいても、現実は非情だ。

足と肩を凶弾に貫かれ、失血を今も続けている体は呆気なく地面に倒れ込んだ。

ただそれでも、抱えてる少女に負荷は掛けないように受け身ぐらいは取る。


「胸より上、ふくらはぎより下を狙え。

抱えられた回収対象に万が一にでも銃弾は当てないように、焦らず確実に。

弱って動けなくなってから頭を撃っても間に合う」


「了解」


 了解じゃねぇよ、バカ共が……!

クッソ、思ったより足が動かねぇ。

木刀で思い切り殴りつけられた物と仮定したのは楽観視しすぎたか……!


「バカは貴方だ大馬鹿者が!何故ボクを庇った!反撃の手立てが無いと言ったのは()だろうが!」


「あァ……?そうだな……」


 腕の中でキャンキャン喚くガキに対する返答を考える。

撃たれた箇所から血が流れて、上手く血流が回らない脳を必死で回して。


「……そりゃテメェ、ガキ一人を見殺しにして、月を背にして目を閉じりゃ、明日の寝覚が悪くなる」


「……っ」


  腕の中のガキが黙る。

あァなんだ。たまには俺もセンチメンタルな口説き文句も言ってみるもんだな。

次からはそうしてみよう。

この血ばかり流して、敵を前に立ち上がれない体に"次"があるかなんざ知らねぇが。


「……もし」


「あぁ?」


「もし、この状況を打開できる方法があるとしたら、キミはどうする?」


「……なんだいきなり」


 黙っていたと思ったら、開口一番おかしな事をのたまう。

おかしなガキだ。おかしなガキだが、その目は死んで無い。


「本当にあるんなら、死んでも縋り付くぜ俺は」


 ずいっと、コイツの青い瞳が俺なら近づく。

俺の瞳の奥の奥を覗き込もうとでもしてるかのように。


「この方法には類い稀なる"才能"が必要だ。

成功率は計算するのも馬鹿らしいぐらい低くて、失敗すれば君という痕跡が世界から完全に消失する。その覚悟はあるか?」


「……テメェ今なんつった?」


 痕跡だとか世界だとか、小難しい事はどうでも良い。

だが、聞き逃せない事が。この俺にとって、絶対に聞き逃せない事を今コイツは言った。


「"才能"、だと?」


「あ、あぁ。そうだとも」


「愚問だな」


 三日月の形に口を吊り上げて言ってやる。

それを俺に問いかけるのは、最悪手のナンセンスだと嘲って。


「俺は、天才だぞ?」


「っ」


 また(だんま)りだ。

打ち返す語彙も無いのか、本当に……こんな血の臭いは似合わないガキだ。


「それに、さっきも言っただろうが。

寝覚めが悪ぃ」


「……その為だけに君が命を賭けるには」


「はっ、一度きりの人生だぜ?

ここで命賭けて格好つけなきゃ、それこそ男が廃るってもんさ」


「……」


 相槌も打たない。

ただ、変わらずガラス玉みたいな蒼い目で、俺の目を覗き込んでくる。

瞳孔の中には、俺の顔だけが映っていた。


「分かった」


 腕の中の白い少女が、抱き留める俺の腕をすり抜けて、その小さな顔を俺の顔に寄せる。


「____問う。汝の真名は」


「まな……?あぁ」


 やけに芝居がかった問いだ。

が、対して顔は真剣そのもの。

ならば返そう。誠意を持って。


我道(がどう)征矢(せいや)。我が道を征く矢と書いて、我道征矢だ」


「ボクはツェーク。ツェーク・へレムだ!

征矢。今ここに互いの真名を以て、アストラルへの扉は開かれる!」


 ____瞬間、世界が"流転"する。


○●


 視界が白く弾けた。

かと思えば、世界は無限の暗黒とそれに浮かぶ幾つもの小さな光で埋め尽くされている。


 目を逸らせば、赫く燃える球体の周りに八つの色とりどりの球形が浮かんでいる。

これを見て、あぁ、これが宇宙なんだと、足りない頭で理解して。


 

 また世界が吹き飛んだ。


 次は草原。

馬、狼、熊、牡鹿。

それらを、片手に生首もう片手に抜き身の刀を持った王冠を被る男が見下ろしている。


 また世界が吹き飛んだ。


 目を合わせると人を石にする蛇の怪物。


 また世界が


 戦車を駆る戦士たちが、地上を埋め尽くしている。


 また世界が


 また世界が


 また世界が


 また世界が


 ……


…………


………………



 ____やはり、彼に____の才能は


 ____界に必要なのは


 脳が焼ける。無限の情報の濁流が、俺の混線した意識を押し流していく。


 だが


 だが、だが。だが!


 目まぐるしく変わり、脳が全ての理解を放棄して発狂しそうな最中でも、その言葉は、その言葉だけは絶対に聞き逃せない。聞き逃せるわけがないッ!


「どいつもこいつも、俺の前で才能才能才能才能……うるせぇっつってんだよ」


『____』


「んなに才能が必要なら、俺を見ろ!

この天賦の才の顕現たる俺だけを見ろッ!!

テメェらの目は腐ってんのか!?あァ!?」


 顔も形も見えねぇ。だが、確かにそこにいる、今まさに溜息でも吐いていそうな不可侵不可視不明瞭の不思議存在サマ。

黙りこくりやがって。俺の声が届いてるかって、聞いてるんだよ____ッ!


『____基盤に当て嵌めるには、目に余る粗雑さではあるが』


「きば……、はぁ?」


『汝は戦車。汝は力。その小径(パス)を得る資格は、足り得ると判断しよう』


 この場所には何も無い。

法則も、風景も、何もかもが曖昧だ。


この場所には全てがある。

目まぐるしく変わる景色は、宇宙・深海・荒野・闘争・文明のあらゆる物を俺の脳のキャパシティなんかおかまいなしに映し出す。


 全にして無。まさしく絵空事。

その世界で、見えない……いや、匂いも気配も感じない、ただそこにいる(・・・・・・・)何故か(・・・)分かる……存在そのものを感知できない存在が、口を僅かに歪めた気がした。

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