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捲土重来④

 今の俺たちの状況を醜態と呼ぶ事に異論のある者など、世界のどこにもいないだろう。

それだけは分かった。


(せい)……()っ!これ以上はもたん!一旦離れるぞ!』


「あいよ!」


 掛け声と共に小さな鬼火の塊が、宇宙の闇に星を浮かべたような黒瑪瑙(くろめのう)の髪の女から遠ざかっていく。


 ……否。それは鬼火では無い。

首より下が散り散りに吹き飛んだ我道征矢(がどうせいや)そのものだった。


 動画の逆再生みたいに俺の体は煌々と燃え盛って元の形を取り戻すが、対照的に視界は暗く視野を狭くしていく。

ガス欠の合図だ。


『確かにその身は半分不死身と言ったが!死なないとしても体の九割を損壊させる行動を取るか普通!?』


「でも死んでねぇなら儲けだ!()に繋がる!」


 俺が繰り返してるのは、正解があるかも分からない地道な調査だった。


 正面から行っても弾かれるなら側面や背面からはどうか?

 一方向で駄目なら双方向、三方向の同時攻撃は?

 飛び道具は?絡め手は?武器や体術は?


 ……数秒の間に、Why(なぜ)?を高速で解決していく。

その度に手がひしゃげ、足がもげ、肺が凍って体が燃えて塵になる。


 側から見れば、天変地異に着の身着のまま突っ込む暴挙。

火は危ないと教えられているのに、ガスコンロに手を突っ込む子供の愚かさ。

神に逆らう傲岸不遜(ごうがんふそん)

白痴、無礼、無知蒙昧(むちもうまい)


 いやはや全く、全てにおいて俺の上位互換。

こんな状況、そりゃあ……


「……こんなの、楽しいに決まってるよなぁ!」


『気狂いの真似事をする暇があったら、少しは現状を打開する手立てを考えてくれ!』


「気狂い?ハハっ!俺は至って正常だよ!死に物狂いではあるけどな!」


 そんなことを話してる間にも、雲間から差す太陽の光が見えた瞬間、ジュウッ!と香ばしい音を立てて俺の頭が蒸発した。

あの女にかかれば、自然光ですら殺人光線に出来るって事か?

ははっ……面白い(・・・)


「だって、久しぶりなんだよ!同じ土俵(・・・・)でここまで圧倒されんのは!」


 頭が吹っ飛んだ影響でブラックアウトした視界と聴覚の中で、俺は振動と空気の流れを読む。

続く光のスコールは、丁寧にステップを踏んで躱す。

無くなった首が、揺らぐ炎のように再生するまでの間、何故か動く存在しない口で話し続ける。


無能力者()が今までやってたのは異種格闘技だ。

同じ『能力者』の土俵には立たない変則の組み手ばかりだ」


 絡め手。応じ手。環境に道具。

そういった物を駆使して無能力者なりに能力者と渡り合うのは、それはそれで面白い。

だが、これは知恵比べであって手合わせと言われると首を傾げるのも、また俺の考えの一つだった。


「だけどよ。お前とこうして一つになって、異能力を超えた魔術なんて知らない世界に入ったばかりで、その頂点の相手と殺し合いなんざよ」


『……征矢、お前は、本当に……』


「いやはや!楽しいねぇ!

置かれてる状況が最悪じゃなきゃ、もうちっとゆっくり検証したかったよ!」


 相棒(ツェーク)の呆れ声が脳裏に響く。


「俺の昔話聞いたろ?」


『六年前以前の君の話なら、少しは……』


「俺の本質はそのままだ。

剣道、柔道、弓道に合気道!数々の武道をやっていた理由は、まだ見ぬ高みを目指す事が楽しいからさ!」


 首が再生して戻った目で睨みつけて宣誓してやる。


「今日ばかりは後発として、アンタの胸を借りるつもりで行くぜ!エリファ・ルイ・コンスタン!」


 指を銃のような形にして向けてやる。

それは突然、アストラルの力をRPGの魔法のように放出出来るようになった訳じゃない。

「天から見下ろすお前の目、油断してるとブチ抜いてやるぞ」という挑発。


「初級者、初学者、守破離(しゅはり)(しゅ)

こんな俺たちでテメェを倒せたら……

その時は改めて、『天才』を名乗らせてもらおうか!」


「ではまず、握手程度は出来ないと寂しく思います」


 もう一度、燃える拳を彼女目掛けて飛行機のエンジンみたいに振り抜く。

だが、予定調和のように肘から先が消し飛んだ。

底なし沼に手を突っ込んだように、押し当てれば押し当てるほど俺の腕は短くなって空気に流れ霧散していく。


「テメェは自分の周りに、膜みたいなバリアを貼ってるんだろう。それが攻撃の通らない理由だ」


「お察しの通りで」


 エリファの言う通りだ。

俺の手は、その余裕ぶった顔面を殴り飛ばすどころか、握手する為に肌に触れる事すら叶わない。

俺たちとエリファ、その間には無限にも思える不可視の薄壁が隔っている。


「少し顔を近づければキスでも出来そうな距離だってのに……残念で仕方ねぇよ、なぁ!」


「ふふ、乱暴ですこと。

ですが、威勢だけでは地力の差は突破できませんよ?」


「そいつァ……どうかなァ!?」


 燃え尽きた肘、揺らめく炎の断面図。

俺は肘から先が消し飛んだ腕を、尚も無色の障壁に押し付けた。


『征矢、ダメだっ!それ以上体を崩壊させれば……アストラル体の許容量を越えてしまうぞ!?』


「おいおい、そんな言い草は寂しいぜツェーク!お互いに信頼し合うんじゃなかったかァ!?」


 体から噴き上がる炎の勢いが弱まっていく。

俺の腕は次第に、元の形を取り戻そうとするのを諦めていく。

押し付けるほどに腕が消え、胸が灰になり、続けて頭や腹と、俺の痕跡が世界から塵になって抹消されていく。


 どう贔屓目に見ても自殺以外の何者でもないそれを完遂し切った我道征矢は、ついに髪の一本さえも残さずにこの地上から消滅し____


「____成程」


 しかし


「そう突破するのは予想外でした」


 餅は餅屋。魔術は魔術師。

エリファ・ルイ・コンスタンが、いち早く異変を察する。


 湧き上がった違和感は……彼女の張った膜のような結界の内側(・・)から。


「____よぉ、久しぶり。待ったか?」


「いいえ、今いたところですもの」


 超至近距離。口付け(ベーゼ)を送れそうな男女の一センチの隙間。

炎は結界の内側で激しく燃え上がり、再生し、神話の不死鳥めいて人の形を模り始める。


「テメェは人としては、気分で他人の人生をぶち壊す最悪な人間だ。

人間認定試験を受けりゃ、バツ印の記録保持者でも目指してんのかってぐらいの真っ赤な答案が帰ってくるようなクソッタレさ。でもな」


 真っ赤に再生した拳を固く握りしめる。

それは、新たに作り出された己が体の強度を確かめるように。


「魔術の模範解答としては最高の女だよ!

魔術師じゃなくて魔術書を名乗った方が良いぜ!」


 完全に再生し切った両足でしっかりと地面を踏み締め、体重を乗せて拳を一気に振り抜く!


 単純で何の捻りも無い拳撃だ。

だが、強化された肉体による音の速度をぶち抜く出力を以て行うならば、80cm列車砲をも凌ぐ超破壊へと繋がる____!


「……」


 そこではじめて、エリファ・ルイ・コンスタンが回避(・・)を行った。

体を半歩横にずらす大きな動きの無い回避。

その結果俺の拳は空を切り、大気を殴りつけ、振り抜いた一瞬後に爆発音を響かせていった。


「……今、避けたな?今までとは違って、明確に俺の攻撃を脅威と判断して回避行動をしたな?」


 仮定が確信に変わった瞬間だった。

今の俺の攻撃は、この魔術師に通用すると。


「まさか、アストラルへの順応がこれほど早いとは」


「はっ、謙遜すんなよ。アンタの教え方が上手いからだろ」


 勿論皮肉だ。俺がやったのは見取り稽古だ……が、アストラルなんてよく分からない存在の操り方の参考にしやすかったというのも、また事実。


「アストラルっつーのは、ようはアレだ。

水や紙粘土みたいな性質を持った、『ふしぎなちから』の(もと)だ」


 つらつらと、まるで知ったばかりの事を、自慢げに親に教えるみたいに語り出す。


「大気に満ちた水のようなもの。これをアストラル。

この流れを変えたり、粘土みたいに己が形に整形する事を異能力。複数の形や流れを生み出せる事を魔術とする訳だ」


「以前に語った事の発展とおさらいですね。

……それで、私の魔術結界を突破した解答とは?」


「強弱は違えど、同じ水の流れなら、かちあっても多少は混じり合って互いの領域へ流れるだろ」


『……本当に、なんと、無茶な』


 エリファの結界が大波だとして、俺のアストラルの体が小波だとしよう。

当然俺の体は大きな波に(さら)われ、その痕跡を消してしまう。

しかしぶつかり合えば、ほんの僅かな気泡や波紋が水の流れに混じって残留するだろう。


 俺のアストラルという水をエリファ・ルイ・コンスタンの結界という名のアストラルの水域に混ぜ込み、そこから半不死性を用いて復活した。

そういう話だ。


『征矢、警告するぞ。()は無い』


「……あぁ、分かってるさ」


『同じ事をすれば、二人纏めて現世から痕跡の一つも無く消え去るだろう』


「肝に銘じる」


 アストラル体の源……精神そのものの無視出来ない摩耗。

加えて、タネがバレた状態で魔術師エリファ・ルイ・コンスタンの前で、外部操作が可能な純粋なアストラルの水に体を溶かしてしまう事。

この二つの要因による危険は、俺たちが無視出来る許容範囲を超えている。


 だから、勝負の掛け方は俺の適正距離(フィールド)でのインファイトによる速攻勝利。


 魔術に関しては千里先を歩む彼女であれど、武術や喧嘩に関しては遅れを取るつもりは毛頭無い。


「避けたっつー事は攻撃が効くって事だ」


 足を進める。得た好機を逃さない為に。


「攻撃が効くっつー事は、勝つまで殴れば勝つって事だ」


『バカ……と言いたいところだが、まぁ、今回ばかりはそうするしかあるまい』


 足を進める。

彼女が今も指揮するアストラルの流れに恐れを抱かずに。


「……成る程。炎に竜巻、氷に雷。一般的な自然現象の領域で勝負をし過ぎました。

あなたの成長は目を見張るものがあります。

お次は……これです!」


 エリファがパチンと指を鳴らすと、空を裂いて雲の代わりに太陽を覆い隠す暗黒の巨大隕石が空に(あらわ)れる。

膨大なアストラルの塊だ。ただの衝撃波だけでは無い。

ひとたび落下すれば、待ちどころか首都圏一帯が更地となり焦土になるだろう破壊力を秘めた暗黒の天体だ。


 人々は空を見上げ、皆一様(いちよう)に恐怖する。

絶対不可避。防御も無駄。流れられぬ死の運命を目の当た


洒落(しゃら)くせぇんだよッッッ!!!!」


 そんな破壊の象徴を空を蹴って殴ってぶっ壊す。

アストラルの塊が割れたガラスのように砕け散り、隕石の破片が大気に霧散する。

空を覆うのは暗黒の星では無い。地上に光を届ける恒星のみ。


「アストラルの使い方は、慣れた(・・・)

次はテメェを直接ブン殴る番だ。

もうお天道様はとっくに登ってんのに、冷めちまうぜ!魔術師ッ!」


 地を蹴る。拳を振り上げる。

もう阻むものは何も無い。一条の光となった俺の直進を止めるものなど、この世の何処にもありはしない____ッ!


『行くぞ……征矢ッ!』


「応よ!ツェーク!」


 喰らいやがれ。最強最速の(ちから)を込めた必殺の一撃。

燃えるような……否、実際にこの身に燃え盛る、アストラルの奔流の拳を____ッ!


「……あぁ、本当に」


 エリファは激情を灯す俺たちとは対照的にゆっくりと目を閉じ……


「…………素晴らしい方々でした」


 何をする訳でもなく、その両手を広げた。

 























「__世界精神(・・・・)接続(・・)


 続けてエリファの口から漏れ出たのは、聞き慣れた……否、少しだけ違った、祝詞(のりと)にも似た詠唱であった。

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