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捲土重来③

「は、ははは!はははははは!」


 駆ける。翔ける。

鉄筋を蹴り、跳躍し、子供みたいに笑いながら下町の上空をビル伝いに駆ける。

ドブネズミ色の街の上で、ツェークと俺という比翼の翼の鳥は自由に駆ける。


 あぁ、今の俺はなんで自由なのだろうか____。


『__笑ってる場合か馬鹿者ォ!』


「いや悪い!こんなにガキみたいに自由に駆け回ったのは久しぶりなのと……」


 後ろから迫る気配とツェークの怒声に押されて勢いよく体を捻る。

すると、全長三メートルはある氷の大剣(クレイモア)が俺の体を掠めてかっ飛んでいき、目の前のビルを砂の城でも崩すみたいに倒壊させた。


「……いやどうやって勝とうかねこれ!笑うしかねぇや!」


『ふーざーけーるーなーよー!?勝算があるから喧嘩を売ったのではないのか!?』


「いやでもお前も、『習うより慣れろ……とでも言うか』とか言ってたじゃん?」


『うるさいバーカ!ば〜〜〜〜〜〜〜〜か!!!』


 頭の中で目覚ましのアラームよりもけたたましく叫ぶツェークと口喧嘩しながら俺たちは逃避行を続ける。


 つまろところ……


「さぁ〜て!都合の良い逆転の方法、下町のどっかに転がってねぇかなぁ〜!」


 俺たちは、エリファ・ルイ・コンスタンという未曾有の災害から全力疾走で逃げていた。


○●


 いや、待って欲しい。聞いて欲しい。


 エリファ・ルイ・コンスタンという存在が異様に強いという事は理解していた。

魔術というのが異能の延長戦であり、万物の事象を意のままに操る人間…‥かどうかも疑わしい……が弱い訳が無いと。


 だが、同時にこうも思っていた。


 ツェークと合体した俺は今、一応擬似的に魔術の領域に踏み込んでるらしい。

「じゃ、同じ土俵だし、行けんじゃね?」と……。


「うーん、無理!(笑)」


『(笑)じゃないわバカ征矢ァ!!!突然頭を悪くするんじゃない!』


「いやだってさぁ!お前だって、今の俺が最強のコンディションっつったら肯定したじゃねぇかよ!」


『それはそうだが、一度手合わせした相手の力量を見誤っているとは思ってないぞこっちは!』


「あまりに実力が離れすぎてんと分からねぇだろ!実力差の壁はよぉ!競争社会にいりゃ嫌でも分かるだろ!

それとも何だ?長年引きこもってるせいで俗世の事に疎いのかクソガキィ!」


『言ったな?言ったな!?ボクは今、いつでも変身を解除するという生殺与奪権を握ってるんだからな!』


「おま、それはズルだろ!口喧嘩で勝てないからってよぉ!」


『_____あぁぁぁもう!七時の方向!』


「あいよ!」


 本当にもう、程度の低い口喧嘩をしながら、重要な情報だけは聞き逃さず、左後方から飛んできたギロチンの刃を跳躍して避ける。

……それまで立っていたビルが、豆腐でも切るみたいに真っ二つになった。


「視野が狭窄(きょうさく)してた事にここまで感謝した覚えはないぜチクショウ!」


 今の俺は過去一番コンディションが良い。

ツェークと一つになった後の体の操作感は今までに無いほど良い反応を返す。

世界に散らばる「力」の流れというものが、何となく読める。

「ここに力を加えれば、最低限の力で最大限の力を引き出せるだろう」という確信に違わない性能を発揮している。


 が、新たに世界の形を認識した今、改めて気づいた事がある。


「……あら、早速追いかけっことは、意地悪な殿方ですね」


「自殺志願者じゃねぇもんでな!今ダンスの方法を考案中だ黙って見ておけ!」


 エリファ・ルイ・コンスタンは化け物だ。

彼女を見ていると、世界の力の流れを僅かに理解しただけで全能感を得ていた昨日の俺を思わず蹴飛ばしたくなる。


 彼女が指揮棒のように手を振れば、道路を車ごと捲り上げる竜巻が起こり、鉄筋すら焼き付くす業火が燃え盛り、(ひょう)が雨のように降っては地上を蜂の巣にする。

まさに歩く天変地異。魔術師という言葉は謙遜しすぎか、はたまた彼女のみにこそ的確な言葉なのか。


 つまり、まぁ、なんだ。

嫌でも認めねばならない。俺が目を逸らしていた事実を。


「あー、クッソ!あの女、前回はこの俺に手加減してやがった!腹立つなぁチクショウ!」


『当たり前だ!だからボクは前に言ったろうが!能力者などに収まる器では無いと!』


「あん時は命かけてりゃ、それだけで勝てそうに見えたんだよ!夢ぐらい見させてくれよ未来ある男の子だぜこっちはよォ!」


『今その未来が潰えそうな所なのだが!』


「わーってるって!考え中だ!」


 後方から、前方から、足元から、果ては何も無い場所に成形されて飛来する氷結の大剣の嵐を、針の穴を縫うように回避する。

言うまでもないが、針穴を通る糸は俺。一回でも穴に通せなければゲームオーバー。

ハイリスクノーリターンの賭けにもなってないジリ貧。


「シィッ!」


 一瞬の隙間を見つけて、エリファ目掛けて奴が舞い上げた瓦礫を空中でキャッチして投石を行う。

原始的な手法だ。だが、それ故に、アストラルで強化されたこの体を用いた単純な破壊力では現代にも通じるそれは……


……しかし、彼女に届く前に、無惨に凍って砕けて燃え尽き弾けた。


「クッソ!何でもアリかよ!」


『小細工ではあの女を傷つける事は叶わん!アストラルの力を直接叩き込むしか無い!』


「アストラルの力っつったって……」


 自分の体を見下ろす。

今なお、生命(いのち)満ちる不死鳥のように燃え上がる体。

まさに、この世ならざる力の体現。

しかし俺は、エリファ・ルイ・コンスタンのように、超常現象としてアストラル(それ)を放出する事は出来ない。


 ……いや、もしかしたら出来るのかもしれないが、少なくとも今の俺では無理だ。

恐らく、一朝一夕でどうにかなるものでは無い。

今の身体能力の強化で何とか喰らいつけてるだけ、一朝一夕でどうにかなってる方ではあるか。


「……あの女の懐に潜り込んでインファイトって事か?」


『まぁ……そうなる……な』


 俺たちに向かって当たり前のように重力を無視して空中を闊歩してくる女を、改めて観察する。


 積乱雲のような黒雲(こくうん)を携え、周囲には美しい装飾がなされた氷の剣が幾つも浮かんでおり、気を抜けば紫色の光条が大気ごと俺の体を消滅させんと飛んでくる無敵要塞。

そんな難攻不落に忍び込んでお姫様を暗殺?冗談はよしてくれ。

俺は人生に疲れたアラウンド・フォーティーでは無い。


「でも現状、都合良く覚醒なんて展開もねぇし」


『……今でも十分覚醒と同義ではあるがな』


「それでも持ち物は全く足りてねぇが……行くしかねぇよなぁ」


『……まぁ、そうなる……な』


 随分と自信の無い相棒(ツェーク)の返答に内心苦笑する。

ま、そりゃそうだ。解決策が殆ど自殺紛いの方法しか無いなんて、そんな馬鹿げた状況に嬉々として飛び込む人間の方がどうかしている。


「でもよぉ、腹括っちまったしなぁ、俺たち」


『一蓮托生という奴だな。あの朝……というか、ほんの一時間前の誓いではあるが』


「はは、そんな最近だったか?俺にはもう、一生涯の付き合いの気分だ」


『気が早すぎるわ馬鹿者め』


「ハッハ!そりゃ悪かった!」


 遅い来る色とりどりの天変地異・死の嵐を捌きながらも、俺たちの会話は軽快そのものだった。

非常事態だからこそ通常同様に。

死地の前だからこそ日常のように。

俺たちはただ、今こうして心を通じ合える一瞬一瞬を噛み締めている。


「んじゃ、"せーの"で突っ込もうぜ。その方がお互い怖くないだろ」


『……まぁ、そうだな。掛け声はどうする?』


「俺が深く足を踏み込んだらで行こう。それが合図だ」


『……ふふっ、承知した』


 飛来する瓦礫を弾き、業火のカーテンを潜り抜け、竜巻の行群の間を潜り抜ける。

五メートルはあるだろう氷の(つぶて)を殴って砕き、腕を振り抜いた隙を見逃さず迫る、体組織の一つも残さず焼き尽くすだろう熱量を持つ光条は体をねじり鉢巻みたいに無理やり捻って躱わす。


 慎重に、慎重に隙を伺う。

吹き荒れる天変地異。極彩色の地獄の中から、なんとか合間を潜り抜けてエリファ・ルイ・コンスタンに肉薄する機会を探す。


 一瞬、光条の嵐が止まった。

……まだだ。これは誘いだすフェイントだ。


 業火のカーテンに一部穴が空いた。

……まだまだ。火の輪潜りに来た猛獣を狙い撃ちするつもりだろう。


 氷の剣の統率が乱れた。

……まだまだまだ。今尚遠くで余裕の表情を見せる女が、この程度で能力の制御を失念したなんて淡い理想論は捨てろ。


 無限にも思える数分。それに耐えぬく俺は、さながら嵐の夜に震える子猫の気分だ。


「____今だ」


 時間にしてほんの百分の一秒ほど。

見た目だけでは無い。世界に広がる力の奔流、その揺らぎ。

表層だけ見れば死地……そのように上手くカモフラージュされた一秒にも満たない隙。


 それだけの時間(・・・・・・・)俺たちには退屈すぎる(・・・・・・・・・・)


 俺は踏み込みすら行わず(・・・・・)、無拍子で流星の如く極彩色の嵐をぶち抜いてエリファ・ルイ・コンスタンに肉薄する____ッ!


『こン……………………のバカ征矢ァァァァァァァッッッ!?足を踏み込んだら合図と言ったろうがァ!?』


「ははっ、悪ぃ!作戦変更だ!そんな余裕無かった!」


『バカっ!アホっ!間抜けっ!

昨日までの君は尖っていたが聞き分けはまだ良かったぞ!』


「俺は本来こんぐらい自由だよ!ま、旅は道連れと思って諦めてくれ!」


 頭の中に響く子供みたいな悪口に懐かしさを覚え、ツェークが側にいるという勇気を持に、ついにエリファ・ルイ・コンスタンを拳の間合い(射程圏内)に捉える。


「お見事」


「それ本心で言ってんのかァ!?また手加減してたら容赦しねぇぞ!」


 弾丸のような勢いのまま、間髪入れずに神速の掌底をぶち当てる。

狙いは顔。直後、激しい衝突音と破裂音。

音の発生源は……俺の(・・)無くなった左腕から。

 炎が揺らめくように俺の腕は一瞬にして元に戻るが……相対する魔術師の綺麗な顔には傷一つ付いてる様子は無い。


『だから!今の征矢は半不死身だが、攻撃の受け過ぎは……!』


「でも、サポートしてくれるんだろ?」


『〜〜〜〜〜あぁ、もう……』


 俺の間合いに持ち込んだのに、状況はなお圧倒的劣勢。

それなのに、不思議と俺は負ける気がしない。


『まったく君は…………っ。仕方…………ないなぁ!』


「よっし、よろしく頼むぜ!相棒!」


 出会ったばかりの俺と同じような台詞を吐いたツェークに何だか感慨深くなって。


 それは、改めて死地で拳を固めるには十分すぎる理由だった。

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