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捲土重来②

「よう」


 俺は眼下の建物の屋上に着地し、不躾な出迎えをしてくれた黒スーツの男……ゼヴに挨拶する。


「昨日ぶりだったか?待ち遠しすぎて、今生の別れかと思ったほどたぜ」


「……奇遇だな。オレも貴様を殺したくてたった一晩が無限にも感じたよ。我道征矢」


「なんだ、相思相愛って奴かよ。気持ち悪ぃ」


 ゼヴは既にその双腕を帯電させており、殺意を具現化したような雷撃が迸っている。

先ほど俺たちを撃った落雷もコイツのものだろう。

アストラルの体で受けたからほぼ無傷だが……ま、生身で受けたらほぼ即死だなこりゃ。


「ま、憎まれ口はここまでにしておいて……俺たちから一つ提案があるんだが」


「提案……だと?」


「あぁ」


 今まさに戦おうと構えていた腕を解き、両手を広げて歓迎するようにポーズを取る。


「ここはお互い、矛を収めるっていうのはどうよ。

俺らはエリファ・ルイ・コンスタンに用があるだけで、アンタとは特段戦う理由が無いんだ」


 虫の良い話だとは……我ながら思うし、若干脳裏でツェークにも呆れられている。

だが、こいつはエリファ・ルイ・コンスタンよりは話が通じるし、戦闘を避けられるならそれに越した事はない、のだが。


「____巫山戯(ふざけ)るなよ、我道……征矢ァァッ!」


「……だよな!」


『当たり前だバカ!……来るぞ!』


 頭の中で響くツェークの叱咤に心を痛めながら、弾丸のように突っ込んでくるゼヴを迎え撃つ為、構える。

雷の能力によって整体電気や筋肉を刺激し、強化された肉体の動きはまさに雷速。


 対して今の俺は、過去最高のコンディションだ。

身体能力の上昇は動体視力の上昇にも繋がっており、世界の全てが鉛に沈んだように重くスローモーションに見える。


____だが、エリファ・ルイ・コンスタンの側近のゼヴという男が、それだけで終わる人間で無い事はこの前の手合わせで把握している。


「……やっぱ、騙し合いじゃ分が悪いな!」


『楽観してる場合か!繰り返すようだが……!』


「分かってる!喰らいすぎには注意、だろ!」


 朱鷺色(ときいろ)に淡く燃える俺の体。

その肩が一瞬抉られ、すぐに元の形へと戻る。


 勿論、身体能力においてツェークの力を借りた俺がゼヴに遅れを取るはずは無い。

俺たちの間に開いているのは欠伸(あくび)が出るような速度差で、相手への対応策など動きを見てから十個は思い付く。


 ならば何故攻撃を喰らうのか。


殺人技術(キリングスキル)という点において、俺はゼヴという男に大幅に遅れをとっているからだ。


死角の取り方、拍子の外し方、身体操作……その全てが俺の慮外。専門外。

故に、こうして今、掌底をしようと見せかけた(・・・・・)動きに体が反応し、俺は背後から雷撃を貰って肩を貫かれたという訳だ。


「幾らツェーク・ヘレムの庇護を受けてると言っても、攻撃を受け続ける事は出来まい」


「残念な事にな」


 異能とは人の強い思いが能力として形になったものであり、それが魔術の初歩の初歩だというのは魔術師・エリファ・ルイ・コンスタンの談だ。


つまり、単一の力たる異能も複数の事象を引き起こす魔術も己が精神の具現化。

今まさに燃えている擬似的な魔術(アストラル)の体はつまり、俺の精神そのものであり、今の俺に実体は無いが、何度も攻撃を受け過ぎれば精神そのものが摩耗する……とはツェークの談だ。


「だから、これ以上メンタル削られる前に、俺は話し合いがしたいんだ」


「貴様と話す事など……」


「んじゃ、勝手に話すぞ」


 ゼヴが俺の話を聞く気も無く肉薄する。


対応して蹴りや掌撃を撃ち込もうとするも、流れる水に拳を打ちつけたように躱され、死角に潜り込まれ、体が抉られ、貫かれた燃える肉体が揺らいで戻る。

ひたすらその繰り返しだ。

今はなんとも無いが、これを続ければきっと俺の精神は摩耗しきって、変身も解除されてしまうのだろう。


「お前はさ、何で俺に対してそこまで敵意を剥き出しにしてるんだ?」


 それでも俺は話す。対話を試みる。


「確かに俺は、昨日お前を殺しかけた。それは事実だ。だが、お前はそもそも、最初から俺に対して敵意を剥き出しだった」


 肩が、腕が、胸が抉られる。

出血も体の欠損も起こらないが、徐々に視界が暗くなっていき、意識が薄くなっていくのを感じる。

成る程。これが精神の摩耗って奴か。


『征矢!これ以上は……!』


「なぁ、そもそも……エリファ・ルイ・コンスタンって女は、アンタが下につくに相応しい人間なのか?」


 ツェークの警告を敢えて割って話を続ける。

だが、お互いにある程度以心伝心に意識が通じる事もあり、裏では「大丈夫。今は正気だ。俺を信じてくれ」とツェークに語りかける。


「俺と少し戦っただけで、ツェークより俺に興味を示した不安定な人間を、果たして組織の長にする理由も、俺たちが戦う理由も、そもそもあるかどうか……」


「黙っていればペラペラと……!」


 まだ一度も俺からの被弾を許していないゼヴは、俺の言葉に震えた声を被せる。


「元はと言えば、貴様らがオレたち能力者を人外とし!亜人(あじん)……亜人(デミ)だなどと迫害し、差別し追い出したのだろうがッ!」


「……」


 ゼヴの言葉は正しく激昂だった。

爆弾が落ちてきたかのように、(つんざ)く悲鳴にも似た声が空気を裂く。


「確かに、昨今の日本はまだマシだ。異能者に権利も保障され始めた。

だが、ほんの十年前はどうだった?

警察が、軍隊が、オレたち人間に向けて銃を向けるような社会はどうだった?」


「俺たち持たざる無能力者も、恐ろしかった所はあったんだ。異能力者に、戯れのように殺される事もあった」


「一部の悪質な能力者の為に、何故オレたちが銃を向けられる必要がある?

ただ普通の家庭から出生したオレたちが、産まれた瞬間に両親から異物を見るような目で見られ、下町の下水に流されるような"一般"人の社会がのうのうと成立しているんだ?」


「それは……」


「現に、今も貴様ら無能力者に亜人(デミ)……人間では無い(・・・・・・)と差別用語が浸透しているのも、本心はオレたちを化け物と思ってる証だろう」


「……」


 これに関しては、俺は何も反論出来なかった。

いかに一般でスラングのように使われていようと、亜人(デミ)という言葉は差別用語には違い無く、それを肯定して使っていた俺に否定する権利はある訳が無い。


「オレたちは、異能を持つ人間たちは、怖いんだよ。貴様ら無能力者が」


 俺たち無能力者から見れば、魔法のような力を振り回す畏怖の象徴たる能力者が俺たちを怖いと言うなど、今までの俺ならば(・・・・・・・・)理解できる事も無かっただろう。


「この世界の全体の数としては圧倒的に多数派の無能力者(おまえら)に、いつ科学技術で鎮圧されるかが恐ろしくてたまらない」


 話を聞いてるうちに気づけば、俺がゼヴに対して撃つ反撃の手は止まっていた。


「だから、エリファ・ルイ・コンスタンという絶対者という名の信仰が、大黒柱が、異能力者(オレたち)には必要なのさ」


「……それは、どうしてもエリファ・ルイ・コンスタンじゃなきゃダメなのか?」


「アイツが狂っているのは、分かっている。

だが、異常者が抑止力足り得るのも、また事実」


「……そうか」


「故に、無能力者がオモチャを手に入れたように、ある日突然異能力を飛び越えて魔術に触れ、オレたちの『象徴』を崩そうとする貴様を許しておく訳にはいかない」


「……そうだな」


 話は終わりだと言わんばかりにゼヴは俺の心臓に狙いを定める。

どう攻めてくるかは分からない。だが、精神体を削られ続けた俺の体あと数発も耐えられないのは事実。


「……今は、この状況じゃまだ分かり合えないけどよ」


「能力者と無能力者が分かり合う瞬間など、永遠にやって来る筈も無い」


「俺も散々迷った。間違えた。でも、どうしようもない状態から今こうしてツェークと分かり合えた今の俺なら信じてる。信じられる。……だから」


『征矢……』


 ツェークが脳裏で心配そうに声をかけてくる。

だから、安心させてやる。『大丈夫だ』と俺の相棒に声をかけて。


「勝手な話だけどさ、俺の面倒ごとが全部片付いたら、今度はちゃんと腹割って話そうぜ。

俺とお前だけじゃない。もっと、分かり合いたいって奴をいっぱい集めてよ」


「____死ね」


 もう話など聞く気も無いのだろう。

ゼヴが迫る。弾丸のような……しかし俺にとっては遅すぎる突進。

しかし、練り上げられた殺人技巧により俺には思いもよらない技術によって、この後の攻撃を受ければ俺とツェークの合体は分離してしまうだろう。


「……またな(・・・)!」


 だから、俺はただ、真っ直ぐゼヴの顔を殴りつけた。


 何の(てら)いも無い、ただ殴りつけるだけの、正面からの一撃。

空を蹴り、大空まで跳躍する朱鷺色の体の膂力は、容易に人を地面に叩きつけた水風船のごとく爆散させるに至る絶死の一撃。


 だが、俺の一撃を受けたゼヴは、ただ気絶するだけ(・・・・・・・・)に留まり、その場に崩れ落ちる……のを俺は受け止め、優しく地面に寝かせてやる。


「俺はさ、ただ攻撃を受けてただけじゃないんだ」


 深呼吸して精神を安定させる。

傷ついたアストラルの体が、欠けた精神がゆっくりと再生していくのを感じる。


「この体で全力を出す方法は分かってる。

だから、手加減(・・・)の仕方を探らせて貰ったんだ」


『だから、あれほどまでに攻撃を受けて……』


「あぁ。いくら敵だとしても、殺しちまうのは、嫌だろ?」


 どんな悪い人間にだって家族はいるだろう。

ならば、裁くべきは私刑ではなく、法に則った正しい裁き。

俺はただ、自己防衛に留めるだけが理想だ。

ツェークを『理解』してから、改めてそう思う。


 だから、続けよう(・・・・)。自己防衛を。


「よぉ、魔術師。見てるんだろ?」


 一見何もいない場所で空に向かって話しかける。

普通の人間から見れば気狂いの類に思われるだろう行動。

しかし、()はこの状況を趣味の悪い笑顔で見ていると、半ば確信めいた予感があった。


「……お気づきでしたか?」


「だろうと思ってな。エリファ・ルイ・コンスタン」


 当たり前のように俺の後ろから(・・・・・・)歩いてきた、色とりどりの星が散りばめられた漆黒……まるで小さな宇宙を想起させる黒瑪瑙(くろめのう)の長髪をした女に、軽く挨拶してやる。


 女は、上品に、しかし気色悪い感情の読めない表情で俺を見つめる。


「……じゃあ、やろうか」


「えぇ、予定より早かったですが」


「ここでお前を完膚なきまでにぶっ飛ばしておけば、もう二度と関わってこないだろ」


「お約束しましょう」


 瀟洒(しょうしゃ)なドレスで優雅にカーテシーを行い、エリファ・ルイ・コンスタンは、猫科を想起させる歪んだ瞳で俺を上目遣いに見上げる。


「改めまして、魔術師、エリファ・ルイ・コンスタンと申します」


「我道征矢と」


『ツェーク・ヘレム』


 名乗りはOK。舞踏会の挨拶に抜かりは無い。


「では、始めましょうか」


「あぁ、そうだな」


 ここに、最終章の幕は切って下される。


「「『____生存競争(舞踏会)を』」」

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