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我道と魔道①

 俺は武芸の天才だ。それは間違いないと確信している。

剣術弓術体術etc……、どれか一つはまだしも、総合的な肉体能力では絶対の自信がある。

数々の大会を総なめにした俺が家に帰れば、金ピカのトロフィーでシャンパンタワーが作れる。


 今の日本において齢十八の俺の才能を超えられる存在なんてそういないと確信している。

それほどに俺は強い!天才だ!


 ……だが、そんなストロングな俺に対して、この時代は些か逆風だった。


「__オイ純血(スカム)女!テメェ、この俺を遠巻きに盗撮してやがっただろ!」


「なによ、ぎゃあぎゃあ騒いで面倒くさい野郎ね!これだからゴミは……あっ、亜人(デミ)だったっけぇ?」


 

 鼠色の歓楽街。その一角で盗撮されている事に対して腹を立てているのは、随分と小柄な男……というより少年だった。

制服を着てスマホを構える女子の胸元程の身長しか無く、シルエットも大きく無い事から筋肉量もそれほど無い事が伺える。


 ……が、


「はいはいストップストップ。喧嘩はそこまでにしておけ」


 俺はいがみ合う二人の間に割って入った。

突然現れた俺から、二人とも一歩引く。

喧嘩を止めてやったっていうのに、両者共に随分と酷い……害虫でも睨みつけるような目だ。失礼しちまうぜ全く。


「おいクソガキ。街中での許可の無い異能(・・)の使用は法律で禁止されてんだろ」


「……ッチ、うっせぇバーカ」


 少年改めガキがいつのまにか手に纏っていた(・・・・・・・)炎が消火される。

その様子から、明らかにこのクソガキが自分の意思で何の道具も使わずにその勢いをコントロールしている事が分かった。


「それと、2人とも純血(スカム)だの亜人(デミ)だの、差別用語も面倒になるからやめておけ。法律では決まって無いとはいえ、な?」


「うっさいわね。てか誰アンタ?

手から炎なんて出す人モドキのビックリ生物にゴミって言って何が悪いのよ」


「コイ、ツ……!」


「あー、落ち着け落ち着け!

そこの姉ちゃんもクソガキに綺麗な顔焼かれたくないだろ?な?」


 煽られた怒りをそのまま燃料に、物理的に体の表面から炎を燃え上がらせるガキがいた。

クッソ。これだから治安が悪い地区ってのは面倒くせぇ!


「……ッチ、おいガキ、これを見ろ!」


「テメェも邪魔すんなら……あ?」


 突然声をかけ、炎ガキの意識をこちらに向けた瞬間に、ガキの顔の目前で思いっきり拍手……いわゆる猫騙しを食らわせてやる。

古典的な手だが、意識外・思考外からの刺激は効果覿面。

一瞬意識を奪い取った隙に足を払い、勢いのまま馬乗りになる。

マウントポジションにおける力関係の差は絶大だ。

相手も不意を突かれ、適切な受け身が取れていない。

その隙を見逃さず、柔道における片十字締めの応用で、頸動脈を腕で締め上げ、圧迫する。


「テ……メェ……!」


 差別用語で亜人(デミ)と呼ばれる少年は、全身から更に強く炎を燃え上がらせようとしたが、もう遅い。

俺の服の端を黒く焼いたが、それ以上は無く、気道を塞がれた事によって意識を手放した。


「……え、マジ?殺したの?」


「気絶させただけだよ。

俺は天才だからな。その程度の力加減は当たり前に出来る」


 助けてやったというのに、随分な言い草だ。

感謝もせず、スマホを構えて気絶した亜人(デミ)を撮影しようとしている。


「……ったく、俺がアンタを助けたのは、アンタのSNSのネタを作る為じゃねぇんだぞ」


「じゃあ何。私はアンタに用なんて無いんだけど」


「アンタに無くても俺にはあるんだな、これが」


「……はぁ」


 制服の少女はようやくスマホから顔を上げて、気怠そうに俺の顔を見る。

何処かで俺の顔を見た事があるか、記憶の奥底を漁っているのだろうか。


「本当に分からないか?これは運命の出会いだっていうのに」


「さぁ……?」


 この確信は本物だ。今度こそ(・・・・)間違いない。

事実、目の前の彼女もこの出会いの意味をようやくその頭で考えてくれている様子だ。

しかし、しかしだ。

焦らすのも男としてのスキルの一つだが、あまりにしつこい男は嫌われる。

男として、ここは堂々と俺から踏み出すべきだろう。


「____この出会いは運命の必然だ。星の巡り合わせに応じ、俺と婚約の儀を行ってくれ」


「…………」


 その場に跪き、懐から取り出したケースを開ける。

黒いケースの内張りは真っ赤なベルベット。

玉座のように上質な台座の中心に座すは、日食にも似たダイヤモンドリング。

これは、そう。俺からの真摯な告白の儀。


「……き」


「き?」


「キャァァァ!?変質者ぁぁぁ!お巡りさぁん!」


「ちょ、おま、バカ!そんなつもりじゃ……チッ、もうサイレンが鳴ってきやがった!

亜人(デミ)の時は対応がおっせぇのに、女の時は鼻息荒くして良いご身分だなクソが!」


 箱を閉じて懐にしまい、急いでその場から逃げ出す。

いくら俺が武芸の達人とはいえ、囲まれてピストルで撃たれちゃどうしようもない!

それに、顔が見られて冤罪なんて食らったら、これからの人生ドブネズミ色だ!


「ちっくしょう……!いっつも、いっつもこうだ!」


 俺は天才だから知っているんだ。

街中で襲われてる女の子を助けたら、それは恋の始まりだって。


なのに、この仕打ちはなんだ!?

まるでクソッタレな神様が、俺にラブコメディをするなとのお告げをしてるみたいだ!


「__暴行罪。及び強制わいせつ罪の現行犯。犯人はいまだ逃走中。異能力の使用を許可する」


「『異能力の使用を許可する』じゃねーよバーカ!俺は事件を未然に防いだ側だよ!

あと、強制わいせつ罪じゃなくて純愛だ純愛!」


 背中越しにポリ公に中指を立てながら、急いで路地裏に駆け込み、いつものように(・・・・・・・)追跡を逃れるため、走る。


 横目には、壁にびっしりと落書きされた家に茶色く濁った川。

道端には酒と吸い殻と吐瀉物が撒き散らされており、油と埃が固まって出来た黒い氷柱(つらら)が生えた換気扇からは、昼間から酒の臭い。


 あぁそうだなクソッタレ。

俺が住むこの街じゃ、警察だって欲に従って動きやがる!


「なけなしの貯金はたいて買ったダイヤモンド・リング。

運命の相手に渡すまで、俺は捕まれねぇ____ッ!」


 迷路のように入り組んだ薄暗い路地裏を右へ左へ。

とにかく追っ手の視線を切るように曲がり続ける。

ドブネズミ色の街に住んでいるのも当然ドブネズミ。

入り組んだ建物の合間なんて庭みたいなもんだ。


「そこの君!止まりなさい!止まりなさい!」


 だが、警察もプライドがあるのか、そんな俺をしつこく追い立てる。


「ハァ......ッ!クッソ!スポーツが出来りゃ女からモテるんじゃねぇのか!?

話が違うぞ雑誌の向こうの自称恋愛専門家!」


 悪態を吐きながら、腹いせに路地裏のゴミ箱を蹴り飛ばしながら角をまた一つ曲がる。

まるでスーパーカーのレースよろしくドリフトばかりを強いられている。


「こんな異能社会だったら、もっと別のモテ方を探したっていうのによ!」


 生憎異能社会は無能力の俺には逆風。

くそったれ。まだ現れてくれないのか俺のフィアンセは!


「たとえば、そこの曲がり角を曲がったら運命の人に会えないだろうか……なんつってな」


 押し寄せる現実と俺を追ってくる警察から逃避し、また路地裏の曲がり角を一つ曲がる。

競馬ならそろそろ最終コーナーだろう数のコーナリングを決め、足を踏み出す。


「……きゃあっ!?」


「うおっ!?」


 角を曲がった瞬間、何かとぶつかった。

軽い衝撃だ。俺の足元で"びたん"と音がした。

なんだってんだ。こっちはサツから逃げるのに忙しいっつうのに……!


「あー、クソ……じゃなかった。誰だから知らねぇが、大丈……夫…………か?」


 が、いくら急いでるとはいえ、衝突は衝突だ。

手を貸して謝ろうと思い、倒れた相手を見た瞬間、俺は思わず息を呑んでしまった。


 倒れていたのは、ゴミ捨て場から拾ってきたみたいなボロ布一枚だけを身に纏った少女だったからだ。

 

 いくらここが日本の下町スラム地域とはいえ、ここまで貧相な服装は殆どお目にかかれない。

物乞いも金を恵むほど酷い衣装を身に纏った少女だが、異様なのはその髪。


地面を覆い隠すほどに投げ出され広がった髪は、星々の川を想起させる銀色に煌めいているからだ。


幻想的かつ貧相。2つの相反する要素を纏った少女は、気づけば口をだらしなく開けっぱなしにしてた俺に気づくと、目を見開いて叫ぶ。


「__伏せて!」


「__は?……ッ!?」


 路地裏に、破裂音にも似た騒音が響く。

それが発砲音だと気づくのに三秒。

俺に向けられた音という事に気づくのに二秒。

奇跡的に回避したのは一秒目の事だった。


 音の発生源は、警察がいる俺の背後の方向では無い。

少女が走ってきた、向かって左側の曲がり角。

その向こうから、スパイ映画の中から出てきたましたとでも言わんばかりの見た目な、黒服の集団がこちらへ歩みを進めてきていた。


「ゴム弾じゃ……ねぇな」


 鼻につく刺激臭……嗅ぎ慣れた路地裏のゲロの臭いじゃない。

夏の公園で、花火で遊んでいる人間を見ると似たような匂いを感じた事がある。火薬の臭いだ。


「何ぼーっとしてる!君も早く逃げないと!」


「えっ、あ、お、おう!」


 突然放り込まれた非日常に……非日常なら異能力社会で毎日のように見てるが……戸惑っていると、いつのまにか起き上がっていた銀髪の少女が鬼気迫る形相で語りかけてきた。


「と言っても」


 先ほどはしっかり狙いを定めなかった、いわば牽制射撃のようなものだったと予想する。

その証拠に、視界の端の黒服達は両手でグリップを握ってこちらへ駆け寄ってくる。


「逃げる場所は……」


 今俺たちが立っているのはT字路。三方の分岐点のど真ん中。

後方には警察、左手には黒服。

警察に駆け寄るのが一般的に丸い選択肢だが、ここは日本のスラム。

ここら一帯の警察組織は腐敗しきっており、「武装集団に襲われてます。助けてください」なんて泣きついても、むしろこちらか囮にされて逃げられるのが関の山。


 つまるところ、選択肢は一つしか無かった。


「チッ!こっちだ!早く着いてこい!」


「わ、分かった!」


 当然右折して、白い少女の手を引いて走り出す。

抵抗の意思を見せた俺たちを歓迎するのは、後方からの数々の発砲音。

が、しかしここは幸い路地裏だ。廃材や自販機なんかを盾にしながら、何とか銃撃雨を掻い潜っていく。


『あーん?何だぁ、そのオモチャは。

コスプレなんかして、モデルガン持ちだしちゃダメでしょぉ。しかもお巡りさんの前でさぁ』


『そーそー。こりゃ、罰金だな罰金。

とりあえず財布を見せてもらっ、ちょ、え?何を____


 後ろから、腐れ警官どもの声が聞こえたが、すぐに複数の銃声が重なり、掻き消された。

最後に聞こえたのは、水風船が破裂したような湿った音。

今後ろで何があったのかは想像もしたくない。


 が、少しは足止めになったのは事実だ。

奴らには悪いが、お前らの犠牲は無駄にしない。


「……ふっ、はぁっ……!はぁ……っ!」


「なっ、おいガキ!なに速度を落として……ッチィ!」


 が、喜びも束の間。白い少女の歩幅が狭くなっていくのを感じた。

死の恐怖を今背中に感じているのだ。苛立ちもあり、怒鳴りつけてしまったが、すぐに原因に気付く。


 よく見れば、銀の少女の身長は俺より頭2〜3つ分も小さい。当然、それに伴って手足も短い。

加えて俺は、武芸を始めとしたスポーツの熟達者だ。

ならば、歩幅や体力の絶対値に差が出るのは当然の事。


「い……いよ。アイツらの狙いは……ボクだから。ボクを置いていけば、貴方だけでも……」


 銀の少女が俺を見上げる。

今初めて目を合わせてみると、整った顔立ちだなと思った。

だが、滝のような汗と真っ青な顔色とあっては、それも形無しだ。

それに、こんな状況だっていうのに、吸い込まれそうなサファイアの瞳の中に映る俺と目が合った事に馬鹿らしさすら覚える。


「あァァァァァァァもう!仕方ねぇなァ!」


「ふ、ふぇっ!何を!?」


「ここで見殺しにしたら、寝覚めが悪すぎるってだけだよバーカ!」


 すかさず銀の少女を抱き上げる。

俗に言うお姫様抱っこって奴だ。

そのまま移動するにあたって思ったよりずっと軽いのは良いが、改めて見ると馬鹿みたいに長い髪だ。

踏んづけて転んだら本当の馬鹿野郎だな、俺は。


「……俺がモテたいのは、こんなちんちくりんじゃなくて、背が高くて胸が大きい女からなんだけどなぁ!」


「あ、あれ!?君、もしかして結構余裕ある!?」


「空元気だよ!察しろクソガキ!」


 まぁ七割ぐらい本音なのは間違いないのだが。


『目標、依然変わらず逃走中。走行速度低下。

β、念の為辺りの逃走ルートを洗え』


 後ろからは、大変気分の悪い内容の通話が聞こえる。


 俺は肉体能力においては天賦の才を持っている。

いくら軽いとはいえ、人間1人を抱えながら常人の全力疾走と同程度の速度で路地裏を駆けるこの足がそれを物語っている。


だがあくまで、"常人"という小さな器にこの俺を納めてしまっている事が致命的だ。

そして、人二人分の重力というのは、どうしようもなく俺に枷を掛けてくる。


 __背後の足音が、段々と大きくなる。

人が増えたのでは無い。互いの距離が縮まっているのだ。


 実銃を持って統率された行動を行う者達がただの半グレ集団じゃ無い事は、素人の俺でも理解出来る。

いくら俺が天才でも、その差が縮まれば追いつかれるのは時間の問題だ。


「やはりボクを置いて__


「黙ってな!舌ァ噛むぜ!」


 前にのみ傾けていた足の推進力を、唐突に左に傾けて全力で横っ飛びする。

ほぼ同時に、俺が元々いた位置……正確には太腿の位置……を銃弾が風を切って通り過ぎて行った。


「えっ!?」


「持ち手……グリップって言うんだっけか?……を握る音の力加減を聞き分けりゃ、大体どこに飛んでくるかなんざ見なくても予想はつく!

凡人の月並みな感想は嬉しいが、一々驚かなくて良いぜ!」


「む、無茶苦茶な!?いや、そういう異能を……?」


「あいにく純正の無能力者だよチクショウ!

おかげでこうして反撃の手立てが無くて困ってる所だ!」


 付け加えるならば、ここは裏路地だ。

必然、人の通れる幅は一人分、広くても二人分に限られる。

俺は天才だから、そこまでお膳立てされちゃあ、銃弾ぐらいある程度予測して避けられる。


 だが、今ので更に追っ手との距離は縮まった。

いくら俺が天才とはいえ、人を一人抱えながら近接戦(インファイト)をゼロ距離射撃を警戒しながら行うのは、相当骨が折れる。


 いくら肉体が強くとも、結局のところ銃相手には真の意味では勝てない。

これは人間の構造上、克服しようの無い事実なのだから。


「なんだ、テストの点数が悪い子供を見るような顔しやがって」


「いや、えと」


「安心しろクソガキ。路地裏は俺の庭だ。

このスラムの迷路の道が何処の出口に繋がってるかは、全部頭に入ってる」


 武器の差は銃と拳。

人数の差は二人と数十人。

特殊技能の差は異能と体術。

今持ち得るアドバンテージは地の利のみ。

手札が少ないからこそ、俺の思考に迷いは無い。


「そうだ。この先の角を左に曲がれば__」


 だからそこで、気付く。

いや、気づいて"しまった"という方が正しいか。

地の利を得ているからこそ、誰よりもこの灰色の街の路地裏の迷宮に精通しているからこそ、俺が最も早くそれに気づいてしまった。


「な、なんで足を止めて。

追手はもうすぐ……いや、ボクが足手纏いだから」


「違う。もっと単純な理由だ」


 人はどうしようもない状況に陥ると、一周回って頭が冷えるらしい。

あぁチクショウ。追手の足音がすぐそこまで迫っているのがよく聞こえる。



「__この道は行き止まりだ。俺たちは袋の鼠って訳だ」


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