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捲土重来①

「……青春だねぇ」


「うるせぇよ不良警官!」


「そうだな。男女の逢瀬に茶々を入れるものではないぞ?五百旗頭どの」


「お前も面倒な言い回しをするんじゃねぇ!」


 それまでの締まった空気は何処へやら。


 ツェークと出会って三日目。

俺の部屋とは思えないような、和気藹々とした人々の喧騒から一日は始まった。


○●


「で、君たちどうするの?どんな目に遭ってるか分からなくてさ。オジサンは心配だよ」


「ん?まぁ……そりゃあ」


 俺はツェークの頭にポンと手を置き、ぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。


「ツェークと俺を脅かす女……エリファ・ルイ・コンスタンに喧嘩を売る」


「あまり髪をぐしゃぐしゃにするな征矢。直すのが面倒なんだぞ」


「許してくれよ。こういう気分なんだ」


「……青春だねぇ」


 不良警官はまた俺たちの様子を見て茶化してくる。

一体なんなんだこのオッサン。


「で、なんだ。その……エリファさん……?っての、強いの?」


「「強い」」


 俺とツェークの言葉もタイミングも完全に一致してしまい、オッサンが少し驚いて引いてしまった。


「……一つ聞くけど、逃げるじゃダメなのかい?」


「駄目だ。アイツは明確な意志を持って俺たちの人生を壊そうとしてる。

正面から勝たなきゃ、それは残りの人生全部死んでるも同然だ」


『 ____私は貴方が成長する為に試練を課します』


……自分本位で傲慢な言葉が脳裏に浮かぶ。



『焦熱の地獄を、極寒の氷獄を、雷霆の(そら)を、旱魃(かんばつ)の荒野を、或いは一つに留まらず二つ三つと、貴方が何処にいてもどんな状態でも不規則に、無作為に与えます』


 こんな言葉を


『どうですか征矢さま?極限状態で得られる精神的成長は、より深く世界精神との結びつきを強くします。

とても、胸がときめくとは思いませんか?』


 こんな言葉を恍惚とした顔で吐いてのける女を放置するという選択肢は、俺にはとても恐ろしくて出来ない。


「……ま、勝機があるかと言われりゃまだ怪しいが」


 ツェークの方をちらと見る。

それに気づいて視線を送り返されたので、拳をかかげる。


「ま、今の俺とお前なら何とかなるだろ!」


「ハ、当然だな!その意気だ、征矢!」


 お互いの拳を強く突き合わせる。

信頼の証。相棒としての儀式みたいなもの。そういう青臭い行為も今は心地良い。


「って、待て待て!勝算は無いんだろ!?

さすがにオジサンも警官として若者の自殺をみすみす見逃す訳には……!」


「あ、五百旗頭どの。それは多分大丈夫だ」


「……なんの自信があって言ったか一応聞こうか」


「今の征矢の精神状態は随分と安定して、尚且つボクと同調した状態にある。今の征矢のアストラルとの接続純度は、昨日までとは比べ物にならないほどに強いよ」


「……?」


「あー、つまり、俺たちは過去一強いって事だよオッサン」


 公務員にあるまじき顎髭をさすりながら頭に「?」マークでも浮かべてそうなオッサン。

まぁ、分かるよ。俺も初見では何言ってるか分からなくて簡潔に説明を要求したもんなぁ……。


「つっても、どれぐらいやれるのかは俺にも分からないんだが……どう確認するよツェーク」


「やっぱり征矢くんも分かってないじゃないか!?」


「う、うるせぇ!俺だってアストラル体?とやらに触れてまだ三日経ってないぐらいなんだよ!」


「なら尚更__」


「まぁまぁ、その辺で落ち着いてくれ。征矢。五百旗頭どの」


 男二人の見苦しい喧嘩にツェークが割り入る。

……俺の腕の中にいる為、言葉のみの乱入ではあるが。 


「だったらもう、試運転といかないか?征矢」


「試運転?」


「あぁ」


 そう言うと、ツェークの体が空気に溶けていく。


……瞬間、世界に流れる時間が鉛の海に沈んだように鈍化する。


それは……そろそろ慣れてきた……新しい俺へと移行する際に発生する、変身前の知覚の移行。


『夜明け直後のドライブデートと行こうか、征矢』


 朱鷺(とき)色に優しく輝く俺の体の中で、ツェークが冗談混じりに鈴を転がすような声を上げた。


○●


「……は」


 駆ける。翔る。駈ける!

赤い残光が夜明け直後のまだ薄暗い街並みを僅かに照らし、建物と建物の間を光で繋いで掛けて行く!


 俺は今、ツェークと一体になったアストラル体で、建物の壁を蹴り、飛び跳ね回り、重力が百分の一になったみたいに空を己の脚力のみで遊んでいた。


「はは」


 空中から逆さになった視点で見下ろした暗い街は、やがて日常を取り戻そうとポツポツと灯りが灯っていく。

憎たらしいアラームに叩き起こされ、日常に戻っていく人々の生活を、まるで神のような視点で、立体的に世界を疾駆してのぞむ。


「はは、ははは!はははははははは!」


 無重力みたいに軽くなった世界(そら)で、俺は内から込み上げた喜びに耐えきれず、思わず笑いだしていた。


「あぁ、そうだな。凄く簡単な事だったんだ」


 この身に満ち溢れるは全能感。否、開放感といった方が近いか。

それは先日、エリファ・ルイ・コンスタンの付き人の黒スーツに激昂した時のような、独りよがりの全能感では無いからだ。


「なぁ、ツェーク。世界って、こんな風に知覚()えて、こんなに自由だったんだな」


『あぁ、そうだとも征矢。この夜明けから、君を阻む存在などもう世界の何処にもいやしない』


 体が軽い。視界が明るい。朝の冷たい向かい風さえ心地が良い。肉体を稼働させるのに、こんなにも最小限の力で良い。

今までの俺の手足には枷がかかっていたのか?

……いや、かかっていたのだろう。ツェークはそんな俺の枷を解いてくれたのだ。


「これが、アストラル」


 それに説明が難しいが……世界の見え方がまるで違う。

そもそも、世界の構造というのはもっと単純で、人はもっと最小限の力で最大限の結果を発揮出来る。

そんな、力の流れが世界に渦巻いている。

それを流れる水流のように意識出来る。


「これが、ツェークが言いたかった本当の世界か」


 アメリカン・ヒーローよろしくビルの合間や空をが自由に飛び回っているが、今回体に込めている力は全て最小限のものである。


 昨日までみたいに、どう力を入れたらどれ程の力が算出されるか分からない……などといった不安定な状態では無い。


力の最適化が直感的に理解出来てしまったせいで、今までの自分がどれほど非効率的な事をやっていたかと思い返すと苦笑してしまう。


「悪いなツェーク」


『ん?どうかしたか?』


「迷惑かけたろ。随分と」


 それに、この体になって改めて気づいた事がある。


 ツェークの思考が、何となく分かるのだ。


 今までのような『会話』のプロセスが無くとも、何となくお互いの考えが通じる。理解出来る。


……つまり、今まで脳内の念話という形の『会話』でしか意思疎通出来なかった状態は、まるで心の通じていなかった不完全な状態であったと痛感する。


『気にするなよ、征矢』


 なのに、ツェークの声は尚も優しく。


『元々ボクら人間が最初から理解し合うなんて事は不可能なんだ。

今こうして二人、意思を共に出来る事を、ボクはとても喜ばしく思っているよ』


「……そうか。……あぁ、そうだな!」


 ビルを駆け上がり、今までよりも一層高く空に飛び上がり、沈んでいく月と昇る太陽に向けて俺は、吠える。


「俺は」


 このクソッタレな世界を、それでも幸福に生きてやろうと、最大限の宣誓をしてやる。


「俺は!我道征矢は!今ここで生きている!

俺の、俺たち(・・)の道を生きている!魔術師だか詐術師だか知ったこっちゃねぇが____!」


 どうせ、アンタ(・・・)は今も俺を見ているんだろう。

興味を持って、アリの巣を観察するみたいに、その超常の力を持って何処かで俺を監視してるんだろう。

なぁ、エリファ・ルイ・コンスタン____ッ!


「俺はここだ!いや、俺たち(・・)はここだ!我道征矢とツェーク・ヘレムは、あの天頂の星より輝く双星はここで、燦爛と輝いている!」


 テメェが俺たちをモルモットとして思ってるなら、その思惑ぶち壊して吠え面をかかせてやる。


「『俺たちはもう、自由だ____ッ!』」


 瞬間……空気を割く轟音。晴天の霹靂。


 ……大手を振ってそれを宣誓した俺たちの頭上から、空気の読めない落雷が降ってきた。


「は、試運転のつもりが、もう本丸だそうだツェーク」


『……仕方ない。習うより慣れろ……とも言うか』


 眼下には見覚えのある黒スーツの男が一人。

そうして、生き残りをかけた俺たちの本当の戦いが始まる。

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