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我道と魔道④

今回の話は難産で遅くなりました

「……とまぁ、以上が征矢くんがこうなった事の顛末さ。

だからオジサンが彼の母親から鍵を預かってるって訳」


「……そう、か」


 ボクは改めて征矢の部屋を見渡す。


散らかった部屋だ。

漫画や教科書に、脱ぎ捨てた服が乱雑に散らばっている。

なるほど確かに、征服のいう通りに『十八歳という年頃の男子らしい部屋』と言われれば納得する光景だ。


 だが


「この本も」


 最も最近読まれていたであろう一冊の漫画を拾い上げ、奥付を開く。

……発行されたのは十年前。


「思い返してみれば、ボクが使った箸や食器も小さいものだったな」


 一つの物を大事に使う人間だったり、倹約家・吝嗇(りんしょく)家の類なら不思議では無いかもしれない。

だが、ボクはこの二日という短い期間ではあるが、征矢をそういう人間だとは思わなかった。


 基本的に大雑把な性格で、十八歳の一人暮らしというのに特別貧乏という印象は無い。

確かに住まいこそ治安の悪い下町ではあるが。


「……そうだよな」


 ボクは自分の右手の人差し指に目を落とす。

彼が未来のフィアンセの為に買ったというダイヤモンド・リングがそこには嵌っている。

魔術の触媒として、半ば強引な形で征矢から借り受けた物だ。


「そもそも、奮発していたとしても、お尋ね者を捕まえた褒章という不安定な財源だとしても、指輪を買った上で生活も不自由にしていない人間が、日用品も買い換えるお金が無いとはとても思えない」


 つまるところ、この部屋は大きな子供部屋だった。


 十八という年齢が世間的に見れば子供だという事を差し引いても……いつからかは定かでは無いが……周りから金銭的な援助を受けず、家族と死別して一人暮らしをしている人間の部屋としては、かなり歪だ。


 食器、本、テレビ……は家電で出費が大きくなる為除外するとしても、家族と同じ時間を過ごす時に使用するものばかりが古く、逆に服やカバンなど、外出する時に使うものは新しいものが多い。


 この部屋は、歪に時が止まっているのだ。


「君はずっと、導いてくれるしるべもなく、一人で駆け抜けてきたんだな」


 眠っている征矢の目尻を人差し指で拭う。

悪夢に侵され、炎に晒され枯れても尚、流れてくる涙を拭う。


五百旗頭(いおきべ)どの、貴方はずっと征矢を見守ってくれたんだな」


「違うさ。それだけは、違う」


 五百旗頭は即座にその言葉を否定する。

それまでのように考えの読み辛い不敵な笑みをやめ、噛み締めた歯を隠すように強く口を閉じる。


「自分は無能力者さ。それに臆病者だ。

公務員だ警察だなんて言っても、腰にさげた銃が無ければ異能力を持った人間の前に立つなんて怖くて出来やしない」


「それは……普通の感性だ」


「そうかな?そうかもね。

でも自分は、一人で天才として生きていく為に、その身一つを賭ける征矢くんを直接止められなかった。

安全地帯からこうしてやるのが、臆病者の精一杯だ」


「……」


「今苦しんでる子供一人守れない警察官に何の力がある?安心感がある?

今の自分は本当に街の治安を守る立場としての責務を全う出来ているのか?

……っと、すまない。小さな女の子に当たる形になってしまった」


「いや、気にしないでほしい。軽率に同情という簡単な手に逃げたボクの失態だ」


「……征矢くんとは逆に君は、随分と大人びてるね」


「そんな事は無いさ」


 本当に、そんな事はない。

監禁生活で感情が少し抜け落ちただけのものを、大人になったとは言わないのだから。

ボクは自分の事を、時間の流れに置き去りにされた子供だと評価している。


 そしてこれはきっと、()()()()()


「____征矢、起きてくれ」


 だからボクは考えを改める。


 今ボクが行うべき事はきっと、謝罪では無い(・・・・)

勿論、後に必要な行動ではあるが、()()()()()

ここで自分の過ちを認め、彼の行動を肯定するだけ(・・)の行動は、征矢の天才性という名の無限地獄へ背中を押す……いや、ツェーク・ヘレムという名の重石を彼の背に乗せる事になる。


 この状況を脱却する為に……ボクは彼にとって、妹のように守られるべき存在であってはならないのだ。


「話を、しよう」


 目覚めた征矢に対して、ボクは、言葉を紡ぐ。


○●


 ……誰かに揺すられて(まずい、敵襲か?)目を覚ます(不覚にも眠っちまった)


 目を覚ますと(相手を刺激しないよう)目の前の(目線だけ動かせば)ツェークの姿が。


 あの不良警官もいる(敵襲は恐らく無し)とりあえず(だが油断するな征矢)人の顔を触ってきて(この状態じゃ即座に)鬱陶しいガキの(動けないので)手を退ける。


「〜。…………〜〜〜で」


 何言ってるんだ?寝起きのせいだろうか(深く眠ると毎回こうだ)、上手く聞き取れない。

まぁど(まずい、)うせ大した事は(どう誤魔化す?応急的)言ってないだろ(に唇を読むか?)


「……、…………」


 (いや)とりあえずそこの(それは重要じゃない。)不良警官とっ捕まえて(不良警官に現状確認、)どんな状況か聞き出す(その後、革新派の対策)べきだな(を考える)


 いや、そもそも(いや、そもそも)

この前、俺のあの体は、ツェークの能力は、強制的に解除されていた。

本当に対策は出来るのか?今の俺に何か出来る事はあるのか?

今度は同じコンディションで同じ事を出来るのか?


 エリファ・ルイ・コンスタンと良い勝負をしたと自惚れる気は無い。自惚れられる気もしない。


すると今の俺はツェークを守る事が出来るのか?

昔のように、また俺は人を守れないのか?


 俺は天才でいなければならない。

飄々としていて、悠々自適で、苦労の様子さえ見せず、思うがままに己が手で全てを助け出す事が出来る、天才でなければならない。


「…………ぁ、征矢」


 そうでなければ、ミヤコ()と交わした約束を守れない。

俺は、俺は、俺は____!


「征矢、すまない」


 今更俺はツェークの言葉に気付き……


「…………あ、なん……」


「殴るぞ」


「____は?」


 次の瞬間、顔いっぱいに鈍痛が走り、俺はベットに倒れ込んでいた。


 何が起きたかを理解するかに少々時間がかかったが……俺は今、ツェークに顔を殴られて倒れ込んでいた。

……小さな少女の拳だ。鍛えた俺を殴ったのであれば、寧ろツェークの拳の方が痛いだろうに……いや、というか


「どういう……?いや、え、は?」


「やっとこっちを見たか、征矢」


 俺を真っ直ぐ見据える銀の少女は、振り抜いた華奢な拳を赤く腫らしていた。


「いや、本当に、何でこんな事……」


「征矢。君、先ほどまでボクが話してた事を覚えてるか?」


「話してた事?そりゃあ……」


 質問に質問で返されるのは不服ではあったが、並々ならぬ雰囲気に気圧されてしまい、思わず言われた通りに思考する。


 話していた事なんて、それは……


「…………」


「そうだな。君は自分の世界に閉じこもってばかりで、ボクの事なんて見てなかった」


 何も言えなかった。

いや、そうか。思えば今の俺は……


「そうでは無い!こっちを見ろ!征矢ッ!」


「……っ!」


 側頭部を掴まれ、無理やり顔を上げられる。

お互いの瞳孔の中にお互いが写り、合わせ鏡のように強制的な注視をさせられる。


「ボクを妹と重ねたか?」


「なんで、それを……」


「天才と持て囃された自分が、他人や、この異能力全盛の世界に否定されるのが怖いか?」


「それ、は……」


「自分の力が届かなくて、焦燥感を覚えたか?」


「……っ」


 結局のところ。

俺の言葉が喉から出ていかないのは、図星によるものだからだ。


 二日前に出会った少女に奥底を見透かされ、論理的な回答を組み立てられない。

理路整然とした言葉は積み木だ。今の俺の震えた手では、重ねられずに崩れていく。


「征矢は……」


「うるっ……せぇんたよッ!」


 だから。


「じゃあ、何だよッ!?俺がっ、俺がこれまでやってきた事は全部無駄だって言いたいのかよ!?」


「……」


「バカみてぇにもういない人間の言葉に振り回されて、(うな)されて、空回りしてッ!

こんな世界で無駄な努力を続けてッ!俺だって……俺だってなぁ……ッ!」


 これは、ただの癇癪だ。

論理の積み木を組み立てられず、癇癪を起こしているだけの子供。それが今の俺だ。


「……俺だって、俺だって分かってるんだよ。

このままじゃ、ダメだって」


 今の自分が駄目なのも分かってる。解決方法は何となく分かってる。

妹が……ミヤコが、きっと今の俺の姿を望んじゃいないのも、分かってる。

それなのに過去の呪縛から抜け出せない、懐古し続けている見た目が大きいだけの子供が、俺だ。


「……俺は、俺はどうしたら良かったんだ」


 ツェークをミヤコの姿と重ねて、過去の未練を振り解けない。

そのくせ、守る為の力の手段と目的を逆転させ、ツェークの事を忘れて力を暴走させて、ただ一つの意思すら貫徹出来ない優柔不断な存在が、俺だ。


「なぁ、征矢」


「…………ンだよ」


 ツェークは唐突に俺の頭を抱き抱え、引き寄せてその胸に抱く。

それはまるで、慈しみ深い聖母のような所作で。


「____よく頑張ったな」


「……ン、だよ」


 気づけば俺は、自分よりもずっとひ弱な少女に抱かれて、動けなくなってしまっていた。


「……さっき散々、俺の事を否定してただろ」


「それは違うよ、征矢」


「……何が」


「ボクの事を亡くなった妹さんと重ねたのも、自分の才が通じないと感じるのも、それは間違った事じゃない」


 ……そんなわけが無い。だって


「征矢は、家族を喪ってからずっと一人で生きてきて、人生に指標が無かったんだ」


「……でも」


「君に正解を教えてくれる人が、いなかったんだ」


「……でもッ!!!」


 俺は、俺の行動でまだ何一つ救えていない。

恩も返せていない。


「俺は、ミヤコにも、お前にも、まだ、何も……ッ!

こんなのが、こんなものが正解な訳が……」


「征矢」


 ツェークの声は、ずっと優しかった。

いつまでも女々しく言い訳がましく喚く俺を、見捨てる事は無かった。


「二日前のあの日、征矢は路地裏でボクを助けてくれたじゃないか」


 それなのに、俺を見下す事も、建前を並べてる様子も無くて。


「ボクは今、ここで征矢と話している」


 だから、きっと。





「もうボクは、十分救われてるんだよ。征矢」





 俺は今、ツェーク・ヘレムに救われてしまったのだ。






「だから、ボクは君に頼んだ護衛の依頼を取り消す」


「……それって」


「そして改めて、君に依頼したい」


 ツェークが俺の眼前に差し出すのは右手。

それは、人差し指に輝くダイヤモンド・リング。

それは、新たな契約の証。


「ボクは、君の前に立ち塞がる敵を貫く矛となろう」


「ボクは、君を脅かす存在から身を守る盾となろう」


「ボクは、未来永劫、君との契りを違えないと約束しよう」


 俺にとっての救いは、俺にとっての暗闇の中の道標は、どうしようもなく眩しくて。




「____ボクと、ツェーク・ヘレムと共に(・・)戦ってくれ。我道征矢」


 


 その極光は、どうしようもなく俺の闇に閉ざされた心を暴き、奪い去ってしまったのだ。


「誓うよ」


「……うむ」


「俺は、我道征矢は、鍛え上げた才を持って、ツェーク・ヘレムと共に戦う事を、ここに誓おう」


 気づけば、部屋にはカーテンの隙間から朝の光が差し始めていた。


 悪夢は夢であるが故、いつか覚める事と同じように。

冬の長い夜の闇も、朝の日差しに白く塗り替えられていく。

俺の、俺たちの新たな門出を祝福するように。

 

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