日常懐疑
「ま、今日は頑張ったって事で、夕食はちと奮発してすき焼きだ」
「……あ、あぁ」
「だが俺も男なもんでな。あまり肉ばかり食ったら追い出してやるからなガキ」
「……分かったよ、征……チンピラ」
「威勢は良いようで結構な事だ」
エリファ・ルイ・コンスタンから逃げ帰った帰り、ボクと征矢は無事帰路を抜けていた。
反省会兼お疲れ様会という事でボク……ツェーク・ヘレムは散らかった征矢の部屋で鍋を囲っているが、どうにも落ち着かない。
「ンだよ。食い過ぎたら怒るっつったから、飼い犬みてぇに律儀に『待て』をしてんのか?お利口なこった」
「……減らず口は相変わらずで何よりだよ」
「お前もな。ほら、一切口をつけられないのもそれはそれでムカつくから、勝手に手元の器に取って食え」
征矢に乱雑に菜箸を投げつけられ、ボクはそれを反射的にキャッチする。
言われたままにグツグツと湯気を上げるキムチ鍋から、白菜やもやしといった野菜を中心に掬い上げ、少しだけ肉を取っていく。
「……美味しい」
「じゃなきゃ困る。奮発したんだからな」
特別な調理はしてない……と思う。
使い切りの鍋の元を水に投入して沸騰させ、そこに野菜や肉を入れただけの素朴な鍋。
しかし、ずっと革新派に監禁されていたボクにとっては、久方ぶりに他人と囲む食卓の味は胸に沁みる。
まだシャキシャキと青い食感のある白菜を噛み締め
、適度に火が通った豚バラ肉を食べ、ほうっと一息。
冬の寒さで冷え切った体にこの温かさはよく効く。
「……」
お椀を傾けスープを啜りながら、お椀越しに征矢の顔を盗み見る。
人相が悪く、マイペースで何を考えてるのか分かりづらい顔……今朝までしていた表情とほぼ変わらないように……見える。
「なぁ征矢」
「何だ?」
「その……大丈夫なのか?」
迂遠な言葉回しをする理由も思いつかず、恐る恐るそう尋ねる。
果たして、昼の一件で、アストラルの精神的高揚に呑まれ意気消沈していた人間に対しての問いかけとしてはこれで正解なのだろうかと。
「はっ、バーカ。気にしすぎだよ」
「……本当に?」
征矢の箸を動かす手が一瞬止まる。
正面にいるボクはそれを見逃すほど鈍感でも無かった。
「……本当だよ。心配してんのはもう分かったから黙って食え」
「……分かった」
これ以上詮索するのは征矢の負担になるだろう。
話を切り上げ、箸を進める事にする。
食器が鳴る音だけが響く部屋で食べる鍋は、濃い味付けの筈なのに少し味が薄く感じた。
○●
ここ二日間の自分の行動を振り返り、『失敗したな』と思う。
アストラルの精神への作用の説明を端折ってしまった事。
征矢の「分かりやすく」という言葉を額面通りに受け取って、後の内容の補足を怠った事。
そのくせ「守ってほしい」だなどと、征矢の良心に付け込んで図々しくも護衛の依頼を取り付けた事。
「……何もかも、我が身可愛さと想像力の足りない自分の頭のせいではないか。バカかボクは」
夕食の片付けを終え、風呂から上がった後の冷えた頭で自分の行動を思い返していく。
「……起きたら、謝らないとな」
敷いて貰った布団の中から、向かいのベッドの上で寝息を立てる征矢の寝顔を見る。
今日一日、随分彼を疲弊させてしまった。
今夜はゆっくり休んでもらい、また明日話さなければならない。
「……あと一日、か」
護衛期間は三日。明日で終わる。
今日までたった二日。たった二日だが、ボクは彼に返しきれない恩を貰いすぎた。
今入っている布団だって彼の好意によるものだ。
だが、それに対してボクはどうだろうか?
彼を危険な世界に巻き込み、アストラルのデメリットを語る事を怠り、今のうのうと彼の家で寝ている今のボクはどうだろうか?
『監禁されていた』という大義名分で、全ての重責を我道征矢に押し付けた今のツェーク・ヘレムの姿は、はたしてどう見える?
「心から、謝らなければならない。
そうしなければ、彼に対して不義理の極みでしかない」
改め、決意を固める。
今の彼に何も持ち得ないボクが出来る事など、言葉を尽くして礼を述べる事しか出来ないのだから。
「……」
……そうして、目を閉じる。睡眠不足は大敵である。
エリファ・ルイ・コンスタンの口ぶりからして即座に襲ってくる事は無さそうだが、必ずしもそうとは限らない。
征矢に礼を尽くす為にも、襲撃に備える為にも、ここは十分な睡眠をとる事がボクの仕事だろう。
「おやすみ、征矢。良い夢を」
寝息を立てる征矢にそう呟き、ボクは瞼を閉じるのであった。
○●
「……ごめん。ごめん、ごめんッ!悪かった。俺が悪かったッ!だから、だから、行かないで……くれ……。頼む、よ……ッ!」
「征……矢?」
同晩、瞼を閉じた直後に征矢がひどく魘される声に、ボクは急いで飛び起きた。




