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以卵投石⑤

年末の業務の増加により、毎日投稿が難しくなります。

 黒スーツの男……ゼヴは、率直に言って油断していた。


“我道征矢はツェーク・ヘレムの適合者ではあるが、覚醒したばかりだ"


"見るに力もまだ使いこなせていない様子。出力は多く見積もって、亜人(デミ)止まりの身体強化能力者……その上澄みぐらいだろう"


 そう、0.4秒前までは(・・・・・・・・)推理していた。


「(ッ……!?)」


 (あか)い閃光が路地裏の闇に揺らめく。

もしゼヴがそれだけを追っていれば、鼻先をかすめた拳は彼の顔を陥没させていただろう。


「(……目線と動きの起こりを確認して動く癖が無ければ、今ので終わっていた)」


 ゆっくり思考する時間は無い。

猛る獣を前に足を止める事は死を意味する。


 加えて目の前の朱鷺色(ときいろ)のオスは人間の知能を持っており、ツェーク・ヘレムの助力ありきとはいえ、精神世界(アストラル)に深く踏み込んだ力を持つ。


 考えるまでも無い。ゼヴは圧倒的な不利を背負っている。相性差がひっくり返る事は無い。


「だが、それでも」


 それでもゼヴは構える。

己が異能……師であるエリファ・ルイ・コンスタンのような“魔術"に満たない、亜人(デミ)止まりの、異能による電撃を纏う。


「オレは貴様が気に入らないのだ。我道征矢」


 ゼヴの体を流れる電気は、生体電流を、筋肉の動きを、神経伝達速度を、そういった諸々の己が身体能力を飛躍的に向上させる。


 こうして男二人、決して相入れぬ戦いの幕が切って落とされた。


○●


 捉え損ねた。それが俺の感じた最初の事実だった。


「……口だけじゃねぇみたいだな」


 振り抜かれた朱鷺色の拳を引き戻し、ゆっくりと(ゼヴ)を見据える。

相手も気付けば体に雷を纏って構えを取っている。


「バチバチ光って輝いて……イルミネーション野郎が」


「……」


「洒落た会話も出来ないんじゃあよ……後ろの上司とも仲良くやれねぇ……だろッ!」


 細かくステップを踏んでゼヴに肉薄する。

最初のように一歩で踏み込まないのは、体の出力に慣れておらず細かく足を刻まないとヤツを追い越してしまう可能性がある為。

だが、そんな悠長な動きをしてもこの体は強い。

ボクシングヘビー級チャンプも真っ青なフットワークを簡単に出力できる。


「シッ!」


 ジャブをする。赤い光と空気を裂く音が遅れて追従する。

それを一秒の間に十七発放つ。

頭部、胸部、腹部、当たりやすく致命打になりやすい部分を集中的に狙ったそれは、しかし二発のみ打撃の感触を残しただけに過ぎなかった。


「……所詮叫ぶ事しか出来ない野蛮人だな」


「必死にガキ追いかけるだけの変質者が何だって?」


 声は背後から金属が擦れる音と共に。


「(刀……いや、折り畳み式のナイフか何かか)」


 即座にボックスステップの要領で体を反転。

常人であれば体を反転させる時間で背後の相手から手痛い一撃を貰う事は必至だが、この体は風のように疾い。

方向転換の時間は一秒にも満たなかった。


「テメェの言う凡人様のハイキックだ。取っときな!」


「……」


 そのまま体を捻った勢いでハイキック。

風を裂く一蹴。ジェット機が通り過ぎるが如き速度の蹴りに……やはり手応えは無し。

逆に、俺の胸部辺りの炎が不自然に抉れており……すぐに戻って行った。


「……やはり、未熟だな」


「そんな情け無ぇ顔面しておいてよく言うぜ」


 ゼヴの顔の表皮は剥げ、赤く染まっていた。

掠っただけでこの威力……やはり、この体の膂力は凄まじい。

だが、問題なのは、この体を持ってしても直撃を与えられず、カウンターを貰っているという事。

しかし、この体は目と体感速度も一級品。ヤツの生存能力のタネは大型予想がつく。


「反射速度と暗殺技術ってところか」


「……訂正しよう。目だけ(・・)は良いようだ」


「言ってろ」


 ヤツの速度は常人と比べて恐ろしく速いが……この体なら欠伸が出るぐらい簡単に追いつけるほどだ。

だが、現実としてはそうなっていない。何故か?


 ゼヴという男は、常に人間の死角を取っているからだ。


例えば、背後。

例えば、足元。

例えば、呼吸の合間の人体が即座に動くのが難しい時間。

例えば、俺がハイキックを行った際に脚で隠れる視線。

そういった、人体の構造上の死角を取り、反応速度に頼らない動きを持って俺に相対している。


 そしてそれを可能にする反射神経……おそらく雷の能力を自分の体にも適用できるってとこか。

見た目以上に厄介だ。


 まさに手練手管の殺人技巧(キリングレシピ)

武芸の天賦である征矢()と、殺人の天賦であるゼヴ。

身体技術が似てるようでまるで違う。

この噛み合わなさが戦闘が即座に終わらない原因。


「狡いやり方だ。才能のある人間を僻む奴のやり方らしいぜ」


「成程。手段を選んでばかりいるから、才能などと言った選ばれた者へ与えられる言葉に狂信的なのか」


 体はアツく、頭はクールに。戦闘の鉄則だ。


『〜』


 なのに、何だろうか。


『〜〜っ!』


「(勝てる)」


 この身に宿る全能感は。


『……■■っ!■■■■っ!』


 今まで得た事がない無敵感。

相手の攻撃を受けても身体機能は欠損せず、ただ歩くだけで嵐の如き速度と膂力を引き出せる。

今はまだ制御できてないが、これなら、これなら。




 ____おにいちゃん。




____これなら、あの時みたいに無力感に打ちひしがれる事も、きっと無い。


「歪だな」


「……はぁ?」


 顔の削れた男……ゼヴは、俺をそう形容した。


「我が女王(マルカ)に言った事をそのまま返そう。お前は頭がおかしいよ。我道征矢」


「……ハ、負け惜しみか?」


「事実」


 ゼヴは俺を指差す。

否、正確には、俺の背後を指差す。


「お前は一人の少女を守る為に戦っていた筈なのに、気付けばその力を振るう事に目的がすり替わってしまっているではないか」


「何を……」


 ()()()()()()()()()()()()()()


「アストラルとは精神世界との接続・感応。

修練も碌にしていない者ならば当然、強さ以上に自らの心の弱さも色濃く反映され、取り繕っていた外面のメッキなど簡単に剥がれる」


「また訳の分からない事を……」


「最初から、あの路地裏での一件から、新たに踏み込んだ未知の世界の言葉の数々を、『訳の分からない事』と跳ね除けたのはお前だろう。我道征矢」


 こいつ、あの路地裏にいたのか?

あぁ、そういえば、一方的に名前を知っていたのも、黒服も、そうならば納得がいく。


「他人を守ろうとしているくせに、自分のエゴで『天才』などといった薄っぺらい言葉に囚われ、今現在アストラルの精神感応に飲まれて安全策を投げ捨てている貴様は、歪だと言ってるのだよ、我道征矢」


「____黙れッ!」


『……■、■』


 一瞬でゼヴに肉薄する。獣の如き知性無き疾走だ。


「さっきから何を言ってるのか、全然分からねぇよ。

お前は何も分かってない。俺は、『天才』なんだ!」


 ()()()()()()()()()()()()

そうでないなら、俺は我道征矢では無い!


 あぁクソ、簡単だ。簡単だった!何でこんな簡単な事が分からなかったんだ!

この男を全力で殴りつければ、それだけで良い。それだけで全てが終わる。


コイツは傷を負って弱ってる。動きももう分かった。

俺の体は傷を負わない。俺の動きにコイツは対応できない!

畢竟、俺の方が強い事は絶対的に明らか____ッ!


「___死ね」


『……あぁ、それじゃあダメだ。征矢』


 少女の寂しそうな声が聞こえた。

次の瞬間、たったそれだけで俺の燃え盛る体は元の形を取り戻し、変身した自分自身の出した膂力に耐えられず、無様に路地裏を転がった。

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