以卵投石④
「ツェーク・ヘレム。彼女の正体不明の力を解体し、全世界全ての人間が無能力者異能力者などと言った低次元のステップを超え、魔術師となる。
これが、我々革新派の最終的な目的です」
「__は」
何を言ってるのか、と思った。
俺がバカなのか、俺の常識が間違ってるのか、あるいはその両方か。
『征矢』
「……んだよ」
『とりあえず、ここは撤退だ。全速力で逃げるぞ』
頭は情報量の洪水でパンクしていたが、それに対して異論は無いと断ずる程度の思考能力は残っていた。
「……そうだな。どんなトリックかは知らねぇが、複数能力同時使用を見せられて少し驚いちまった」
「あら、もうお帰りになるのですか?」
「……あぁ。アンタとのデートで疲れちまった。
ここは一旦別れて、次のデートプランを考えさせてくれよ」
「成程」
エリファはそう言うと、身に纏う雷を鎮める。
黒瑪瑙の髪を掻き上げ、優雅にドレスの端を摘んでカーテシーを行う。
「では、またお会いしましょう。我道征矢さま」
まだ力の奥の底を隠していた女は、呆気なく俺を見逃すと言う。
ますます、俺はこの女の事が理解出来なくなった。
「……どうしてだ?」
「どうして、とは?」
「俺は、アンタらの計画の為に重要なツェークを持ち去ってる形だろ」
「あぁ。成程、そういう事ですか」
エリファはポンと手を打つ。
そんか何気ない動作さえ、今の俺には怪物が人間を模倣しているように思えた。
「我々の目的は全世界に魔術を普及する事。
しかし、魔術の研鑽方法は失伝してる事も多く、現状はツェーク・ヘレムの力も極めて限定的かつ不安定」
『……つまりボクらは、実験動物という訳か』
「まぁ、人聞きの悪い」
これで分かった。エリファは、明らかに俺の頭の中にのみ声を通すツェークを知覚している。
「私は貴方に期待してるのです。征矢さま」
「期待?ハッ、そんな力持っておいて皮肉かよ」
「言った筈です。私の目標は、全ての人間が魔術を扱えるようになる事だと」
相変わらず子供に言って聞かせるような穏やかな口調。
場違いなそれが、俺の感情を丁寧に逆撫でしてくる、
「アストラル界に至る前段階……貴方達で言う亜人にも至っていない只人が魔術の門を叩く。素晴らしい事だと……」
失敬、と口を挟み。
「……いえ、征矢さまが武力において非凡な才をお持ちである事は存じております。便宜上、平凡と呼ばせていただいただけです」
「わざとらしい取り繕いをどうもありがとよ」
「わざとでは……いえ、今の征矢さまは不機嫌な様子。なので、要点だけ」
……あぁ、そういうことか。
理外の化け物のほんの片鱗を見せた女を理解する事はまだ叶わないが、俺がこの女に抱いている感情を言語化する事ぐらいは出来そうだ。
「私は、貴方がツェーク・ヘレムと同行する事を大いに歓迎します。それによってアストラルの深みへ踏み入れる事を心より願っています」
この女は、気持ち悪いのだ。
「しかし、我々としてもツェーク・ヘレムは重要視しているのも事実。
我々だけでは戦力の手が足りず、いずれ彼女の保護者たちに奪還されてしまう事は確実。
加えてツェーク・ヘレムはいつでもマスターである我道征矢の元へ帰る事が出来、彼女を捕らえるのは現実的では無い」
論理的思考を行える生物が、災害にも等しい力を幾つも操れる危険性を持ち
「と、言うわけで。私は目標を変更する事にしました」
「……後釜でも見たかったのか?」
「ツェーク・ヘレムの契約者、我道征矢を監視の対象に置き換える事です」
そのくせ俺に興味を持った目は、まるで無邪気な子供みたいで
「私は貴方が成長する為に試練を課します。
焦熱の地獄を、極寒の氷獄を、雷霆の天を、旱魃の荒野を、或いは一つに留まらず二つ三つと、貴方が何処にいてもどんな状態でも不規則に、無作為に与えます」
こんな言葉を
「どうですか征矢さま?極限状態で得られる精神的成長は、より深く世界精神との結びつきを強くします。
とても、胸がときめくとは思いませんか?」
「……お前、頭がどうかしてるんじゃねぇのか?」
罪悪感など欠片も無い。陥れる気など微塵も感じられ無い。
純粋で、善意に溢れた、慈悲深い微笑みで言ってのけるこの女が、たまらなく気持ち悪い。
「なんで……こんな女の為に……ツェークや、俺の日常が脅かされなきゃならない?」
『……征矢』
「何も、悪い事なんざしてねぇだろ。
ツェークは、ちと特殊な生い立ちだったってだけで、あんなに自由と笑顔が似合う子供なんだぞ」
「持って生まれた才能は、世界の為に活かされなければなりません」
「……少なくとも、その世界ってやつから自分を除外しちゃいけねぇってのは、天才の俺なら分かる」
「では」
「あぁ」
「「俺たちは分かり合えないという事だ」」
ここに、明確に境界線は区切られる。
革新派と身の程知らず、互いに交わる事は無いと互いに確信して。
『征矢、そろそろ……』
「……あぁ」
たが、今は消耗している。この赤く燃える体にはもう少し慣れが必要だ。ツェークの声に従うべきだ。
俺は一歩足を引き、撤退準備を取る。
「____そこまで語っておきながら逃げるのか、我道征矢」
そこで口を開いたのは、意外にも雷使いの黒服だった。
「あぁ、逃げるね。俺は蛮勇じゃない。引き際は弁えてるつもりだ」
「守っている女に助けられ、女王に見逃され、まったく、良いご身分だな」
「勝手に言ってろダボが」
安い挑発だ。乗る必要も無い。
勝手に割り込んで最後に捨て台詞とは、随分と三下根性の染み込んだ雑魚で何よりだ。
「____まったく、自称天才が聞いて呆れるな。
所詮、誰かに守って貰わなければ戦う事も成長も出来ない凡人の無能ではないか」
「___________はぁ?」
『……征矢?』
だが、それは許さない。
俺にとってその言葉だけは、黙って聞き流せない。
「オイ、突然出てきて脇から口出ししか出来ねぇ間男。名は」
「貴様に名乗る名など……」
「アンタの女王様とやらは、部下に名乗りを断れと教える人間なのか?
小せぇガキ一人追いかけ回す事しか出来ねぇ組織は人間も小せぇ奴らの集まりなんだな」
「……」
黒服が黙る。
まさか、この程度で言い負かされるんじゃねぇだろうなと、腹が立って仕方が無い。
「狼。ただの、ゼヴだ」
「そうかよ間男」
『待て征矢。今、ここは下がって撤退を__
ツェークの声は、今の俺には届かない。
ただ、俺の才能を否定した人間を否定しなくてはならない。
その一心で一歩、前へ踏み出す。
「……吐いた言葉飲み込むんじゃねぇぞ、能力者ァ____ッ!」
ゼヴとの彼我の距離は30mはあったろうか。
その距離を燃えるアストラルの体はたった一歩で踏破し、俺を否定する男へ肉薄するのだった。




