悪マ
生まれ変わりたい。あんな死に方嫌だ。俺が何をしたんだよ。だって、同じやり方したって、死なない奴だっているじゃねえか。
「あらぁ。……マ、運が悪かったんだよ」
誰だ?
「次はさぁ、運の良い人間になりたいよね?」
暗闇にうずくまる俺の前に、ひとりの男が立って居る。たったひとりだけで、なぜか俺の前に突然現れた。
笑っている。笑っている、と思う。白く光り輝いていて、光は人の輪郭をしていて、なんとなく男に感じられる。
でも、どうでもいい。
だって、次はない。
そんなうまい話は、あるはずがないんだ。
「あるよぉ。アンタが在ると信じられるならねぇ」
俺は俯けていた面を鈍く上げた。視野が黒い靄でぼやけている。
「契約の条件はぁ、たったひとつ。そしてみんな、それをする。つまり、考えなくても成立して、アンタは楽ぅに生まれ変われる。」
男は真ん前にしゃがみこんで、目と口を弓なりにしてそこだけ切り絵のごとく黒く、笑った。
「どうするぅ?」
人生、順風満帆だ。
以前の、あまりにも心残りの大きい死に方から学んだ俺は、今生は生まれた時分より、無駄のない生き方を送っていた。楽しく、悔いなく、優しく、がモットーの毎日。
前世じゃあ、女の子には全く見向きもしてもらえなかったけど、俺が町中を歩いているだけで女の子たちが何故か頬を染めて注目してくれて、話し掛けたらすごく嬉しそうにしてくれる。自信がなくて好きな子に告白なんて出来なかったのに、現在の人生で気になった好きな子と今は付き合っている。
仕事も、とても順調だ。一緒に働いている人達から、どんどん声を掛けてもらえて、不平不満なく素敵な職場でみんなに認められて上手くやれている。
もうすぐだ。
俺が死んだ日が近づいている。
結局、あの白く発光していた謎の男が口にした、契約とはどれを指していたのか。
生まれ変われる直前に会話をしたきり、あの男とは会っていない。
その契約とやらが成り立ったから、俺はこうして此処に生きて息をしているのだろうが。
道を歩きつつ、綺麗な夕焼けの寒空に向かって息を吐く。
ああ、まるで別世界だ。
幸福しかない俺の瞳に、煌めく夕陽は酷く美しく映った。
あたかも光に、焼き尽くされるかのように。
そして、俺が死んだ、当日。
奇しくも用事を頼まれて俺しか向かえる人間がおらず、車を運転し、ほかの道程は渋滞で、最短では同じ道を利用する他になく、進んでいた。
あの日、この時間、その場所。
明かりが照らしだす夜道。
ハンドルを握る手が汗ばみ、自然と肩に力が入る。
しかし、何事もなく通り抜けて、ホッとした。
次の瞬間だった。
対向車に照らされて、俺の顔がフロントガラスに映り込む。
驚いて、ブレーキを踏んだ。
「怪我して、俺の顔が傷ついたらどうしてくれんの?」
それは、俺の顔形ではなかった。
非常に端整で——でも、性格の悪い、笑み顔の。
『誰だよ、お前は!』
俺の声は、その男の喉と口を使ってはいなかった。声ではない言葉、意思に近いものになっていた。
ハンドルを持つ指の感覚も、ブレーキを踏む足の感覚も、座面に座る尻の感覚も、全部無い。
「生まれ変わるって契約しただろ?」
生きている感覚が、無い。
『俺の人生だっお前のものじゃない! そんな契約は…!』
俺は、焦り、怒り、必死になる。
「生まれ変わ【った気持ちにな】れるって契約だ。アンタが【自分はここに】在ると信じられるなら、思い込みでそういう風に見えるだけ。最初からアンタの姿形じゃない。」
男は、落ち着き、冷め、どうでもよさそうになる。
『だっ、騙したなっ!?』
三下のような言しか紡げない。身動きの出来ない、生物なのかも不明なものが、ただいまの俺だった。
「契約の内容は確認するべきだ。やっぱり馬鹿だな。それはそれはバカな人間サマだぁ。自分の過ちの事故で死んでおきながら俺が何をした、生まれ変わりたいなんて、半端な生き方してたクセに図々しい願いを持つんだ。寧ろ自我があるだけ幸運もいいところだ、長いことずっと好きなようにさせてやったんだから。……マ、人間として生まれてこなきゃいけないから、そういう意味ではお前の体だったね。でも、契約は成立して、俺のもの」
悪魔みたいに、美しい男は微笑する。
『………それは、』
産声か? と俺は落胆した心地で伝える。
「契約の? そう、赤ん坊の生まれたときの泣き声。あれで俺は生誕ってね。…まあ、いいか。ひとりは寂しいもんねぇ。あとは、俺が幸せになっていくのをそこで見ててよ。時々話してやるからサ。絶望し続けて…ね?」
だって俺達、契約した仲だろ? と男が車を発進させるのを、無感情な気味で、俺は見聞きした。
希望のある現実の世界を見せ続けられるのは、勝手に失望する想像の世界より辛いと、改めて知る。死んでた方がよかったなと、生きながらえながら。




