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ひとつだけ願いを叶える鏡

ある男がいた。名も知れぬトレジャーハンター。古い手記に記された「ひとつだけ願いを叶える鏡」の噂に心を奪われ、彼は旅に出た。富に浴したい、愛に溺れたい、名声をこの手に――若かりし彼の胸は、燃えるような欲望で満ちていた。


だが、旅は長かった。灼熱の砂漠を彷徨い、密林の闇を切り開き、凍てつく山脈を踏破した。鏡の影を追い、朽ちた遺跡を掘り、吟遊詩人の歌に耳を傾け、裏通りの囁きに金を投じた。年月は彼の髪を白く染め、肌に刻みを残した。富も愛も、いつしか色褪せ、彼の心は知らず知らずのうちにただ一つを求めていた――「鏡を見つけること」。


数十年。幾多の失望と希望の果てに、彼はついにそれを見つけた。苔むした洞窟の奥、月光に照らされた石台の上で、鏡は静かに佇んでいた。曇りなきその表面は、彼の疲れた顔を映し、かつての欲望を映さなかった。彼は震える声で、その願いを口にした。


刹那、鏡は柔らかな光を放った――ように彼には見えた。いや、月の光が反射しただけだろうか? 輝きは目の錯覚か、執念の幻か。喜びか、絶望か、どちらともつかぬ静寂が彼を包んだ。彼は自問した。富を、愛を、願ったはずではなかったのか?この鏡は本当に願いを叶えるものだったのか?


彼はその場で何度も手記を読み返した。願いを叶えるために必要な呪文や条件が他にもあるのではないかと。しかしその手記には、鏡を見つけるまでの経緯が事細かく書かれているのに対し、その終わりは「鏡を見つけ、願いを叶えた。」とだけ記されている。叶え方も、願いの内容もそこには書かれていない。その不自然さに彼は悩み、そして月が太陽に変わる頃、遂にその秘密に辿り着く。


彼は鏡を手に、しばらく立ち尽くした。やがて、深い森の奥、誰の目にも触れぬ場所に鏡を隠した。そして、街に戻ると、一冊の手記を書き上げる。そこには、鏡を追い求めた冒険の全てが語られていた。砂漠の熱、密林の湿気、吟遊詩人の歌、裏通りの囁き。そして最後にこう綴られている。


「鏡を見つけ、願いを叶えた。」


手記は出版され、世に広まった。噂は新たな命を得て、別の誰かの心に火をつけるだろう。


たったひとつの願いを叶えさせるために――。

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