3.公爵家の悲劇をふせぎたい!
ユズくんが魔法を教えてくれるようになって、半年ほど経った。
ユズくんのお家は魔法で魔物などを狩っているそうで、ユズくんは攻撃の魔法に詳しかった。
今まで、速く飛ぶ、速く走る、火力を出す、みたいな技の強さを修業するばかりだったのが、ユズくんに教わったおかげで、狙った獲物に攻撃を当てることができるようになった。
最初は獣化のコントロールを覚えるまで、と言う話だったが、他の五属性も全部教えてもらっている。
というのも、
「あー! またやっちゃった……」
風属性魔法を鋭く放ち、刃のようにして鳥型の魔物に当てるつもりだったのだが、魔法が大きく出過ぎて、魔物がズタボロになってしまった。
「また羽の素材がダメになっちゃった……」
魔力量が多いせいか、獣属性どころか、全ての属性がコントロールできないのである。出す魔法全部デカすぎるのだ。
「ま、肉は残ってるよ」
ユズくんは慰めてくれる。
前回は火属性を使ってまるこげになった。
今回は風属性を使ってズタボロにしているので、何も成長はしていないわけだが。
獣化のコントロールだけでなく、全属性のコントロールがそもそもできていなかったので、合わせて教えてもらっている。
ユズくんはいつも、お家のお手伝いで夜行性の鳥型魔物を狩りに来ていたそうだ。
狩った鳥のお肉をお店に売るお仕事で、毎日狩りのノルマが決まっていて、そのうち一頭を私に練習で狩らせてくれる。
この世界にも家畜化されてる鶏はいるし、魔物のお肉を扱うなんて、珍しいお店だと思う。ジビエ料理屋さんみたいな感じかな?
ちなみに、前に狩ったお肉を少し食べさせてもらったことがあるんだけど、かなりおいしかった。
周りの羽は出荷前に取ってしまうから、羽が傷んでも問題ない、と言ってくれたけど、羽はまた別に色々と使い道があるので、本当に申し訳ない。
当初の予定だった、獣化のコントロールも教えてもらっている。
最初はジャンプしては跳びすぎ、跳びすぎては着地前に抱きかかえられる、の繰り返しだったが、最近は結構自分で着地するのを許してくれるようになった。
最初の頃はあまりにも自分での着地が許されなさすぎて、ユズ君の方が着地のしすぎで怪我をしたこともあった。
本末転倒。
その時にユズ君に治癒魔法をかけたので、ついでに他人にも治癒魔法は効くことがわかった。
いまだに抱えてくれるのは、ちょっと過保護じゃないかな〜? と思ってるけど、一回思いっきり跳んでみた時は普通に怖かったので、めちゃくちゃ感謝してる。
今日の修行を終え、家に帰ってこっそりと自分のベッドに戻り、ぼんやりと考え事をする。
ユズくんのおかげで獣化もできるようになったし、光属性の治癒もだいぶ使い慣れた。
光属性の対魔物効果だけは、修行中ずっとユズくんがそばにいるので、まだ試せていない。
治癒魔法は「祈ってたらたまたまできた」という設定にしてあるので、光属性という属性を使っていることは明かしていないのである。
対魔物効果は一旦置いておいて、光属性も、五属性も、獣属性も使えることがわかった。
私が知る限り、のこるは闇属性だけだ。
小説と乙女ゲームでは、サナ王女の婚約者である公爵家次男の「ウィリアム・ウシュバアトラス」が闇属性を持っていた。
闇属性は、大雑把に言うと「他人の魔力に干渉できる魔法」が使える。魔物の魔力にも干渉して、魔物を操ることができたりするので「魔物の王」の力と呼ばれたりする。
乙女ゲームでは、この闇属性持ちのウィリアム様(愛称、リアム様)が、光属性持ちのヒロインと、同じ希少属性持ち同士で親密になっていく、という設定だったはずだ。
サナ王女との婚約は、希少な属性を王家に入れたい王族と、息子を王女と結婚させて王位継承権を得させたい公爵の思惑によるもので、リアム様とサナ王女は恋仲になることはなかった。
サナ王女の方は、リアム様に恋心のような独占欲や執着心を抱いており、嫉妬からヒロインに嫌がらせをするようになってしまう。
その結果、リアム様から婚約破棄をされてしまい、闇落ちし、禁術に手を出して破滅、というストーリーだった。
小説では、主人公が転生したサナ王女の優しさでリアム様はサナ王女を好きになってゆく。
小説のサナ王女が前世の記憶を思い出すきっかけとなったのが、リアム様のお屋敷が襲撃を受け、リアム様のお母様が亡くなった悲劇だった。
リアム様は公爵家第二夫人の息子で、公爵家の次男だ。第一夫人の息子のお兄さんがいる。
公爵家は長男のお兄さんが継いで、次男のリアム様が王女の婚約者となり王位継承権を得ることで、公爵は強固な権力を得る腹づもりだった。
しかし、第一夫人は、自分の息子を王位継承者としたかったようだった。
第一夫人は元々、王族に嫁いで王族になりたかった人なのだ。
自分の叶わなかった夢を息子に託していたのに、自分よりも格下の第二夫人の息子が、闇属性という珍しい属性を持っているという理由だけで王族の婚約者になったことが、許せなかったようだ。
闇属性という希少な属性さえなければ、自分の息子こそが王族の婚約者に選ばれたはずだ。
そう思い、リアム様を殺すことにした。
第一夫人は、第二夫人とリアム様が住む屋敷を襲わせ、強盗の仕業に見せかけて暗殺しようと企んだ。
襲撃の結果、第二夫人はリアム様を庇って命を落とした。
リアム様は、第二夫人が呼んだ救助と時間稼ぎのおかげで助かった。
その後、第一夫人の計画を知った公爵は激怒した。
王女の婚約者になれたリアム様を殺そうとするなんて、自分の苦労を台無しにするつもりか、と。
闇属性を持っているからこそ、ゴリ押しして王女の婚約者にしてもらうことができたのだ。
闇属性がなければ、他の派閥にその座は奪われていた。
リアム様が死んだところで、第一夫人の息子が王女の婚約者になることはない。
苦労してリアム様を婚約者にしてもらったのに、その苦労を無駄にするつもりだったのか、と。
自分の野心のために、息子の将来を政治の道具にする公爵も最低だし、何の罪もない子供を殺そうとする第一夫人も最低だ。
そして暗殺が成功しても、第一夫人の望みが叶うことはあり得なかった。
ただ、リアム様のお母様の命が失われただけの悲劇だ。
この悲劇、どうにか回避できないだろうか。
サナ王女はこの悲劇の報せを聞いて、前世を思い出していた。
ここが小説の世界だとしたら、悲劇が起こることを知っているのは、この世界では私だけ、ということになる。
私が動けば、何かが変えられるのではないだろうか?
サナ王女が報せを聞いて前世を思い出したのは七歳の時だから、あと一年半〜二年後くらいにこの悲劇が起こるのではないかと思う。
魔法修業で威力の強い魔法は出せるようになった。
まぁ調整できないからデカい魔法しか出せないのだけれど。
私の得意なデカい魔法で、暗殺犯を妨害することができたりしないものかな。
治癒魔法も使えるから、リアム様のお母様がリアム様を庇って怪我をしても、治してあげられるかもしれない。
救助が来るまでの間、誰も死なないように時間稼ぎができたら、悲劇を回避できるんじゃないだろうか。
悲劇を回避するメリットは二つある。
一つは、リアム様のお母様の命が救える。
もう一つは、サナ王女の婚約者であるリアム様に恩を売ることで、サナ王女に接触する機会が得られる可能性があることだ。
サナ王女の五歳のお誕生日以降、王族が民衆の前に姿を表すようなイベントはなかったし、そういうイベントがあったとしても、サナ王女と直接話せる機会なんてないだろう。
転生に関する情報を得るためにも、サナ王女が転生者であるかどうかは確かめたい。
悲劇を回避することで、人助けもできるし、自分にもメリットがある。いいことずくめだ。
リアム様が住むお屋敷は、既に突き止めてある。わりかし近所で、身近な大人は皆知っていたようだ。
でも肝心の、悲劇が起こる日がいつかがわからないのだ。
襲われるまで、毎日夜に張り込む?
いや、一年以上あるし、厳しい……。
うーん、なんか、侵入されたらお知らせしてくれるホームセキュリティのセンサーみたいなの、無いのかな?
明日、ユズ先生に質問してみよう。