2.魔法の先生をみつけた
親方! 空から男の子が!
などとふざけている場合ではない。
五歳児がこんな夜中にこっそり家を抜け出して、森で魔法を使っているのを見られてしまった。しかも希少な光属性魔法。
空から降りてきた男の子は、信じられないものを見た、というような愕然とした表情をしている。
どこから、いつから見ていたんだろう。
空から降りてきたということは、基礎魔法で飛んでいたのだろう。どこかへ向かう途中だったのなら、五属性全部使ってたところは見られてないかな?
「いま、魔法で傷を治してたよな」
男の子が口を開いた。
「……うん」
「いつもは、五属性魔法だけだったよな」
「……えっ?」
いつもは?
え、いつも見てたってこと?
今日たまたま、上空を通りかかった時に見たんじゃなくて? いつも?
「いつも、みてたの?」
「…………」
気まずい時間が流れた。
「五属性全部使えるなんて、おもしろいな、と思って」
お、おもしろい? なに、どゆこと? おもしれー女、ってコト?
「おもしれーガキだな、と……」
ガキでした。
「ちょっと、いちおう女の子なんだけど、ガキって言い方はないんじゃない……?」
また気まずい時間が流れる。
やがて彼は、観念したように口を開いた。
「小さいガ……女の子、がこんな時間に森にいるから、迷子かと思って様子を見てたんだ。……そしたら五属性魔法を1人で全部使ってるし、家に帰る時は飛ぶの、超早えし、その年で毎日魔法の練習してるヤツなんかいないから、おもしろいと思って……そこらの大人とか魔物には負けなさそうだとは思ったけど……やっぱ危ないかもなと思って、見てた」
なんと、いつも見守ってくれていたのか。優しいじゃない。
どこかばつが悪そうで、言い訳をするかのように告げていたけれど、何が後ろめたいのか。照れくさいのかな?
「ずっと見られてたのは恥ずかしいけど……」
「……わるかった」
「お兄ちゃんが優しいひとってわかったから、いいよ」
と言うと、男の子は驚いたように目を白黒させた。小さく「お兄ちゃん……?」と呟いている。あんまりこういう呼ばれ方はしないのかな?
「お兄ちゃん、お名前は?」
「……ユズだ」
「ユズお兄ちゃん。わたしはアンニーナだよ」
「アンニーナか」
「お母さんはニーナちゃんて呼ぶよ」
「ニーナちゃんか、かわいいな」
ぶっきらぼうな感じのくせに、さらっと「かわいい」とか言われて、ドキッとしてしまった。今五歳とはいえ、前世では女子高生だったのに。不覚。
今は五歳だから、心が体に引っ張られてるのかも、と心のなかで言い訳しておく。
「ニーナでもいいよ」
「……じゃあ、そっちもユズでいい」
「じゃあ、ユズくんね」
「……ああ」
ユズくんは、眉を下げて笑った。
笑うのに合わせて頭の上で何かが、ぴょこっと動いた。
……待ってこれ猫耳じゃない!?
「あ、頭に、みみ……」
私が驚いて口をパクパクさせると、
「ああ、獣化を見るの、初めてか?」
「じゅうか……?」
この世界、そんなのがあるの……?
「五属性全部使えるくせに、獣化を見るのは初めてなんだな」
おかしそうに笑って、ユズくんが教えてくれる。
「獣化ってのは、身体強化ができる魔法だ。基礎魔法の身体強化に似てるけど、獣属性を持ってないと使えねぇ。あと、基礎魔法や他の属性魔法みたいに、自分の中の魔力を使うんじゃなくて、自然の魔力を使うんだ。」
「自然の魔力?」
「獣属性を使うと、周囲にある魔力を吸収して、体内に取り込んで身体強化ができるんだ。その時に、こういう耳とか、獣の特徴が体に出る」
初めて聞いた。自然の魔力を使う方法なんてあるんだ。
私は魔力量が多いから長時間魔法を使い続けられるけど、もしそれができるなら、より長い時間魔法を使えるし、もっと威力の大きい魔法を使えるんじゃないだろうか。
「それ、覚えたい!どうやるの!」
私が食いつくと、ユズくんは苦笑いを浮かべながら、
「だから、獣属性をがないと使えないんだって」
とたしなめる。
「わたし、獣属性あるかもしれないじゃん!」
「……確かにな、五属性は全部あるんだもんな、お前」
ユズくんは納得したようにうなずき、ハッとして言った。
「そういえば、さっき使ってた魔法、傷を治してたろ。あれ何だ、何属性だ?」
光属性のことを聞かれてしまった。
何て説明しよう。前世の小説の設定で出てきた魔法を試したら使えました、なんて言えないし。
「傷が治りますように、って祈ったら、できた?」
「……」
偶然できた風に伝えてみた。
ユズくんは愕然とした表情で口を開けている。
ユズくん、多分クールな感じの男の子なんだけど、出会った初日から、クールキャラが壊れるような顔ばかりさせてる気がする。
「じゃあ、何属性かは知らないんだな、たまたま治った、と」
「……うん」
そういうことにさせて頂く。
「呪文みたいなの言ってたけど、あれは?」
「……なんか思い浮かんだの」
「そういうもんか……」
そういうもん、で納得してもらえたようなので、話を獣属性に戻させて頂こう。
「獣属性魔法を使うと、獣の特徴が出るって言ってたよね? 使ってない時は出てないの?」
「ああ、そうだ」
「やってみたら獣属性も使えるかもしれないし、やってみたいの。ユズくんが使うところ、見せてもらえない?」
「まぁ、見せるだけなら」
やった、見せてもらえるなら、まねっこで再現できるかもしれない。
「まず、獣化を解除するぞ」
ユズくんがそう言うと、頭から出ていた猫耳がスッと消え、猫耳のまわりにあった髪がはらりと前髪にかかった。髪サラサラだぁ。
「で、もう一回、獣化すると」
ユズくんの周りの空気が少しゆらいで、彼の方に集まっていくように見えた。さっきなくなった猫耳が、また頭にひょこっと出てくる。
「見た目は、頭に耳があるか、無いかの違いだけなんだね」
「ああ。でもこうすると、身体能力が上がって、こんな風に」
ユズくんは、膝を曲げて力をためると、バッと上空に飛び上がった。浮遊魔法じゃない、ただのジャンプだ。私が身体強化でジャンプする時の3倍は高く飛び上がってる、森の一番高い木よりも高いんじゃない?
着地の瞬間は浮遊魔法を一瞬使って、ふわっと降りていた。
「すごい!基礎魔法の何倍も身体強化できるんだね!」
「まあな」
「獣化した状態で、他の属性魔法も使えたりするの?」
「ああ」
ユズくんは獣化したまま、火属性魔法で火を出してみせてくれた。
ほほう、ユズくんは火属性持ちなんだね。クールキャラの炎使い、良いと思います。
獣化状態の時は、自分の魔力ではなく周囲の魔力を使うと言っていた。魔力獣化した状態で他の属性魔法も使えるということは、
「獣化している時は、周囲の魔力を使って火属性魔法を使えるってコト?」
「そうだな」
「すごい!じゃあ獣化ができたら、自分の魔力を消費しないから、もっと威力の強い魔法も出せるかも!」
私がはしゃいでいると、
「そうだな。でもそんなに都合の良いものでもねぇんだ。周囲の魔力濃度が薄かったら、使える魔力も少ないから、魔法は弱くなる。ここはわりと魔力濃度が濃い方だよ」
デメリットも解説してくれる。ユズくんは良き先生だ。
「へー、ここ、魔力濃度が濃い場所なんだ。森の中で自然が多いから、とか?」
「それもあるだろうけど……お前が毎日、魔法バンバン打ってるからじゃねえかな……」
「あ、なるほどー……」
魔法をたくさん打つと、魔力濃度が濃くなるんだ。
毎日こっそり家を抜け出して、隠れて魔法修行していたつもりけど、痕跡はめちゃくちゃ残っていたらしい。
「さ、さっそく獣化、試してみようかな……!」
気を取り直し、獣化にチャレンジすることにした。
さっきユズくんが見せてくれたのを思い出して、自分に再現するイメージをする。
ユズくんが使っていたときのように、周囲の魔力をゆらがせて、自分に近づけるような……。
むぅ……。
「どう……?獣の特徴、出た……?」
「いや、とくに何も変わってない」
だめか……。
イメージが違うのか、私は獣属性を持っていないのか、どっちなんだろう?
私が考え込んでいると、
「まあ、おれ達みたいな獣属性持ちは、周囲の魔力を使える代わりか、自分の魔力自体はすごく少ないんだ。お前は自分の魔力はすごく多いみたいだし、獣属性は無いのかもな」
ユズくんが一緒に考察してくれている。
そうか。私は今、自分の魔力を使って属性魔法を出す感覚で、獣属性魔法を使えるか探っていたけど、その感覚は違うのかもしれない。
今度は自分の魔力は抑えて、周囲の魔力を感じることに集中して試してみよう。
もう一度、むぅ……。
すると頭のてっぺんがムズっとした。
「うお!」
ユズくんが驚いて声をあげる。
「出た!? 耳!」
「で、出てる……」
私は水魔法で水を出し、鏡のようにして自分の顔を写して見た。
うさぎのような耳が頭から出ていた。
「やったー! できた!」
私はそのまま、身体強化を試すことにした。
まずは、ジャンプ!
ユズくんがしていた様に、真上にジャンプしてみた。
「あっ、待て……」
ユズくんが制止するような声を上げていたが、答える間もなく一瞬で、森の木の上まで出てしまった。
「うああ! あはは!」
思わず悲鳴が出てしまったが、これは楽しい。体が軽い。
ただのジャンプなので、上がったらそのまま自由落下していく。
さっきユズくんは降りる時に一瞬、浮遊魔法を使ってたから、それを真似しよう。この高さからそのまま降りたら、足が痛くなっちゃいそう。
あ、待てよ、身体強化で足を強化すれば、そのまま着地できるかな? うーん、どうしよう。
などと考えているうちに、地面が近くなってきた。身体強化の方が慣れてるから、身体強化かなー、失敗しても治癒できるし、と思っていると、ユズくんがぱっと飛び上がって、私を抱き抱えた。
「えぇっ」
そのままお姫様抱っこの姿勢で着地させてくれる。
「初めてであんなに飛ぶやつがあるか。着地の衝撃に対処できなかったら、足が折れるぞ」
叱られてしまった……。心配してくれたみたいだし、優しいんだな。
「ごめんなさい……。身体強化すれば着地できるかと思って」
「確かに身体強化で着地の衝撃に耐えることはできるだろうけど……どのくらいの強化が必要かわからないだろ? もっと低い高さから試さないと」
「おっしゃるとおりです……でもちょっと跳んでみるつもりで、すっごい跳べちゃったの」
「あー……」
ユズくんは、じゃあ仕方ないな、とちょっと笑ってくれた。
そして優しい顔になって、
「獣属性無いのかも、とか言ってるそばからできちまったな。すげーなお前。」
「えへへ」
「でも獣化覚えたては危ないんだ。さっきみたいに予想外の動きが出たりするからな。しばらくは、おれがそばにいない時は使うな」
えっ、それって……!
「獣化を半端に教えちまった責任はあるし、コントロール覚えるまで見ててやる」
や、やったぁ!
獣化のこと、もっといろいろ教わりたいと思ってたんだよね!
魔法の先生ができたぞ!
「ありがとう、ユズくん! いやユズ先生!よろしくおねがいします!」
「先生は、つけなくていい、大げさだ……ところで、いつもはそろそろ帰ってるだろ。いいのか、帰んなくて」
「あ、もうそんな時間?」
お母さん起きてきちゃうかな。急がなくちゃ。
「はっ、獣化の身体強化で飛べば、めちゃくちゃ早く帰れるのでは……?」
「コントロール覚えるまでは、だめだ」
「……はーい」
早速先生に注意されてしまった。
「じゃあユズくん、また明日も来てくれる?」
「ああ」
ていうか、じつは毎日いたんだっけ。まあ、そこはわざわざ言わなくていいか。
「また明日ね!」
手を振って飛び上がろうとすると、
「待って、ニーナ!」
ユズくんにガシッと腕を掴まれた。
えっ……何……?
「お前、獣化解除してないぞ」
あっ。忘れてた。
ちょっとドキドキしてしまった、恥ずっ。
「獣化の解除は、基礎魔法の身体強化を解くときと似たような感じだ」
「うん、やってみる」
体にまとっていた魔力を開放する感覚で、体を緩めると獣化の解除はあっさりできた。
改めて今度こそ、
「じゃあ、また明日ね」
と言って飛び上がった。
ちょっと恥ずかしさが残って、へらへら笑ってしまったが、ユズくんもつられてへらっと笑って
「おう。また明日」
と応えてくれた。