34:『アウェイク』ー目覚める時ー
「フフッ。お姉さん重たいよ」
「あぁごめんごめん」
私の下で仰向きになっている少女がクスクスと笑いながら怒ってきた。
私は、大人しく少女の上から離れる。
「にしても、ありがとうね。脱出する気になってくれて」
「今までの頑張りを無駄にしたくなくなっただけ。お兄さんとお姉さんの頑張る姿に当てられただけなんだから」
仰向けの少女が立ち上がりながら、理由を話してくれた。
その言葉がなんだか嬉しくて、感動で目が潤ってきた。
「ありがとうね…明里ちゃんがいなかったら脱出何てできなかったから」
「あのね、お姉さん」
「なに?」
「『ありがとう』は、最後に取っておかない?ここまで一緒に頑張ってきたんだもん。最後に今までのこと、丸ごと感謝を伝えた方が良くない?」
そうなのかな?
私は、伝えられるときに伝えた方が良いと思うけど。
「う~ん。まぁそれでいいよ。最後に飛び切りの感謝を伝え合おうよ!」
「うん!」
だけれど、脱出も近いし、明里ちゃんの案に乗ることにした。
「それじゃ早速、脱出と行きますか!」
「そうだね」
私は、地面に落としていた本を拾い上げて、自信満々の元気で明るくなった少女に渡す。発動するのに必要な悪魔の皮肌と獏の毛皮も、リュックから取り出して渡した。
少女は本を受け取ってすぐに、呪文集にある”アウェイク”のページを開く。”アウェイク”の詠唱は、今まで使ってきた『物を光らせる魔法』や『ものを切る魔法』などの一言唱えれば発動するような魔法と比べて気が遠くなるほど詠唱が長い。具体的に言うと3ページ分の詠唱文がある。
「お姉さん、準備は良い?」
「あぁ大丈夫だよ」
魔法を唱えるのは明里ちゃんで、私は何の準備が必要なのだろうか。
私はただ脱出の時まで待っていれば良いだけ。
そうだ、詠唱が終わるまで3分くらいかかるだろうから、伝える飛び切りの感謝を考えておこうか。
「じゃあ行くよ」
合図から詠唱が始まった。
詠唱する少女には詠唱文が日本語に見えるらしいが、聞こえてくる声は、私には理解できないものだった。日本語はもちろん英語にも、雰囲気的に中国語にも思えない声だった。
まぁ、理解できなくても良い。この詠唱が終われば脱出できるのだから。
「きれい…」
詠唱してから少し経ったとき、呟いた私に映ったのは、見るも美しい、ほのかに光る魔法陣だった。その魔法陣の上に立つ少女は集中しているのか目をつむって詠唱している。
(頑張って!明里ちゃん!)
ふと、少女のポケットに目が行った。そのポケットは、今までに見たことのないほどに輝いていた。その輝きは限度を知らないのか段々と増していって、瓦礫まみれた暗い倉庫を、まるで昼間かと思わせるほどに明るくしていた。
「すっごい…」
今まで悪魔の影響で冬の始めくらいに寒かった倉庫が、心なしか春のような、私たちを優しく包み込むような温かさを感じた。
”アウェイク”は段階的に進むのか、魔法陣の次は、少女を中心に白金の環が出現した。
魔法に見とれているときだった。
ーダダダダダ………
そこら中から足音が大きな音をもって聞こえてきた。聞いたことないほどの足音の数。異様な化け物を倒して逃げた時よりも多い足音に足がすくむ。
でも、幸いなことに私たちの場所が分かっていないのか、一斉にこちらに向かっているようではなかった。ふっ、と一息つく。
「お、驚かせやがって…」
強がっているが内心冷や汗だらだらだった。滝のように流れていた。
大量に化け物が来たら私対応できないもんね。悪魔に放った時のような斬撃が出れば話は別だけど。
「いや~どうなるかと思っ……た…」
出入口とは言えないほどに崩壊している、”出入り口だった”ところに、先端に目玉がついている触手が見えた。その目は、私たちを見ると瞳孔を見開いて、見ていた。
「シュナイデン!」
バレた。確実にバレた…私たちのいる場所が。
ードドドドドドドドド…………
先ほどまで指向性のなかった足音が、一斉に指向性をもって聞こえてきた。
私たちのところに向かっていると流れからして理解できた。
「明里ちゃんはそのまま詠唱してて!私は何とか耐えて見せるから!」
この館から目覚めてから何回か化け物たちをやり過ごしてきたか。
耐える手段何てまだ考えてないけれど、ちょっとだけ自信があった。
ーバンッ!!!
勢いよく開かれる扉の音。
私は倉庫を出て音の方に箸をもって構えた。
「こい!グール!!!」
奥の方を凝視すると大量のグールが見えた。
「シュナイデン!!!」
扉の音に負けないくらい大きな声で魔法を唱える。
箸から斬撃が高速に飛ぶ。飛ぶ斬撃は赤黒くも、透明な斬撃でもなかった。斬撃は、ほんのりと白く輝いていて神々しさを感じる三日月形の刃だった。
「うっわ…」
飛ばした刃は直進して先頭のグールを切り裂き、奥にいた数体のグールも倒したが、奥の扉からはまだまだ敵がわらわらと湧いてくる。
「シュナイデン、シュナイデン…シュナイデン……これじゃ埒が明かない!」
何度、何度敵を切っても扉から無数の敵がわいてくる。中には四足歩行の奴もいて、飛ぶ刃を躱して近づいてくる。
低姿勢の奴や大群のグールの処理が間に合わなくて距離がどんどん縮まってくる。
「こうなったら…」
箸を倉庫に向けて、唱える。
「ブッカビーン!瓦礫を動かせたまへ!」
唱えると、倉庫にあった大量のレンガなどの瓦礫が魔法の力で持ち上がる。
これらの瓦礫でもって障壁を作る。
(これで少しくらいは時間が…)
ーバァン!!!
が、ダメだった。
物量が桁違いなのか、廊下をふさぐ壁を作っても豆腐のように壊される。
「嘘でしょ!?…シュナイデン!」
全然止まらなくて怖かったが、怖がってる場合じゃない。
私はとにかく魔法を打ちまくった。
飛ぶ斬撃は走り迫ってくる化け物たちを両断するが、尋常じゃない物量に圧される。
「ま、まだ!?」
気づいた時には、私は倉庫の中まで後退していた。
「ブッカビーン!」
苦し紛れに落ちている瓦礫をありったけ出入口に迫ってくる化け物たちにぶつける。
瓦礫が床に当たる音、廊下の壁にぶつかる音、当たった化け物たちが撲殺される音、聞くだけで気が滅入るような音が鼓膜だけでなく、倉庫や廊下まで揺らした。
「ハァ…ハァ…ハァ………」
満身創痍だった、シュナイデンの連発、大量の瓦礫を押し出す魔法の使用、限界を超えた使用に私は意識が朦朧としていた。気絶せずに済んでいるのは、きっと後ろで唱える少女が持っている羽根の光のおかげだ。ポケットの中で光ってるのに、倉庫の中は昼間よりも明るくなっていた。正直目が痛い。
「…ッ!」
瓦礫をぶつけて発生した粉塵から化け物が1体飛び出してきた。
即座に箸を向けて唱える。
「シュナイ…デン」
唱えた。
「クッ……」
唱えたはずだった。だが、白く神々しい刃は飛ばなかった。
視界に捉え続ける化け物は切り刻まれていない。
「シュナイデン!…シュナイデンシュナイデン、シュナイデン!!!」
いくら叫んで唱えようが、目の前の化け物は切られていなかった。
「ウグッ!」
たった1体、されど1体。目の前にいる化け物1体対処できずに私は倒されてしまった。
直後、落ち着いてきて薄くなった粉塵からもう1体、また1体、化け物が飛び出てくる。
飛び出してきた化け物は例外もなく明里ちゃんの方に突撃していく。
「だめ!やめて!」
突撃する化け物は光に弱いのか、明里ちゃんに近づくにつれて体が徐々に灰と化して霧散していく。しかし、霧散するよりも早く化け物の攻撃は明里ちゃんに届く。
「痛ッ…!」
近づいた化け物の内の1体の振りかぶった手が、少女の左腕に当たる。
「やめてぇぇええええ!!!」
助けに行こうとしても、上で拘束する化け物が振りほどけない。
足で攻撃するが効いていないように感じる。
暴れるが離れられない。
ーガシャン
無駄と分かりながら暴れていると、近くから金属音がした。
音のした方向に視線を移すと、箸やフォーク……そして、よく切れそうなステーキナイフが散らばっている。
(どうにかしてあのナイフを取らないと…!)
私は暴れつつもナイフ目掛けて進む。
こうしている間にも化け物は入ってきて少女目掛けて突撃していく。
少女から目が離せなかった。化け物の体が霧散していて威力が弱くなっているとしても、振りかぶられた腕は少女に直接あたっている。怪我のほどは分からないが、攻撃を受けても詠唱を続ける少女が痛々しくて、かっこよくて、拘束を受けて何もできない私が本当に情けなかった。
「クッッッソ…」
そんなことを考えていると、違和感が感じられた。
私の左手を掴む化け物の手の力が、弱くなっていた。左手を見ると、少女のポケットから輝く光が、私を拘束する化け物の手に少しだけ当たっていたのだ。
このチャンスを逃すわけには行かなかった。
「離れてッ!!!」
力いっぱい暴れた。腕を、体を大きく動かして、足で化け物の腹を力いっぱい蹴る。
「ッ!やった!」
拘束していた化け物の手が、私の左手から離れた。
見つけたナイフとは目と鼻の先。
解放された左手でナイフを取る。
「さっさと…どけええええええ!!!」
怒りを左手に滲ませながら、化け物の首にナイフを突き刺した。
化け物の首から赤色の血が勢いよく出る。ダムから放たれる水みたいな勢いだった。
私の上で拘束していた化け物が灰になって空気に消えていく。
「明里ちゃんに触れないで!」
仰向けになっていた体をすぐに起こして、詠唱する少女に攻撃する化け物たち目掛けて突撃する。
「ああぁあぁぁあああ!」
叫びながら、少女の周りで、霧散していっていない化け物を手当たり次第攻撃する。
拘束する化け物を倒したときみたいに、化け物の首目掛けて力いっぱいナイフを振り下ろした。
明里ちゃんに夢中だったのか攻撃するのは簡単だった。赤い血が、ナイフや私の腕を中心に真っ赤に染める。
「ハァ…ハァ…。ウッ」
とりあえず少女の周りにいた化け物を倒せて、一安心。
”アウェイク”が次の段階に行ったのか、私の周りにも明里ちゃんと同じ白金の環が出現した。
「あと…もう少し……」
あともう少しで”アウェイク”が発動して脱出できる…そう思えた。
不思議なもので、終わりが見えてきて、自信が、勇気が心の奥底から湧いてくる。
感情に追いつかない体を無理やり動かして、床に散乱したナイフをもう一本拾う。
拾うとき、天井が軋む音がした。
「嘘でしょ…まだ来るんですか……」
応戦するため瓦礫の山に防がれている出入り口を見て、構える。
ナイフの使い方とかわかんないけど、もう一本をベルトにひっかけて、血に濡れたナイフを両手で握った。
構えてから、数刻が過ぎた。さっきまで戦っていたからか妙な静けさだった。
出入り口から化け物たちが来る様子は一向にない。
天井の軋む音は段々大きくなっているのにだ。
「まさか…!」
気づいた直後、出入り口近くの天井が崩壊した。
舞う粉塵。その中にうっすらと見える右手が異様に巨大な2mくらいは背丈があるシルエット。
シルエットに注目している最中、出入り口をふさぐ瓦礫も崩壊した。
「嘘…」
私の腕は震えていて、ナイフを握るのに精いっぱいだった。
巨大な化け物に、出入り口から続々と入ってくる化け物に勝てるイメージが…思いつかなかったからだ。これら相手に少女を守れる自信がなかった。
視界は徐々に色を失っていった。まるで、私の心に広がる絶望を表すように。
「アウェイク…」
私の後ろから知っている単語が聞こえた。
直後、床全体に魔法陣が浮かび上がる。見るも美しい、ほのかに青色に光る魔法陣。
それだけじゃなかった。廊下に見える窓から白く神々しい光が廊下や私たちのいる倉庫全体に差し込んできた。
〈グオオオオオオオッ…………〉
神々しい光に当たった化け物たちが、その存在が、無くなっていくように灰になって空中に消えていく。何やら爆発音なのかモノをぶっ壊しながら突き進む音も聞こえてきた。
「明里とお姉さんをここから出したまへ」
「なんとか…なった」
私と明里ちゃんは神々しい光に包まれる。
「お姉さああああん!!!」
後ろから、詠唱を終えた少女が飛びついてきた。
「やった!やったね!これで明里たち出られるんだよね!!!」
「うん。そうだね」
私たちは光に包まれて徐々に、倉庫の内装や、館が白く染まっていく。
光から外の音もフェードアウトしていく。
「戦うとき、飛び切りの感謝で何言おうか考えてたけど、色々ありすぎて…思いつかなかったや」
「お姉さんも?実は明里も!」
2人とも、思いつかなかったのが可笑しくって、顔を見合わせて笑っちゃった。
抱き着く少女を私の前に降ろして、しゃがむ。目線を合わせるために。
少女は、体が薄くなっていた。存在が無くなっていくように。
私の体も見てみると薄くなっていた。
脱出が近いんだろう。
「でも、これだけは言える」
「明里も言うことあるよ」
「じゃあ、一緒に言わない?その言葉」
「良いね!」
「それじゃぁ…一斉の!」
「「ありがとう!!!!!!」」
言った後、視界が真っ白になった。
「また、どこかで会おうね」
意識が遠のいていく最中、小さかったが、明里ちゃんの声が聞こえた。
〈ピリリリリリリリリリ…〉
「ん………は!!!」
目が覚めて、勢いよく上体を起こした。
「ここは…」
辺りを見ると、私の知っている天井、私の知っている壁、机、ベッド。そして巨乳。
どうやら私の部屋にいて、隣に妹がいるらしい。
「お、起きた!」
「へ?」
妹はハッと、驚いた顔でそう言うと、部屋から飛び出してどこかに行ってしまった。
「お父さん!お母さ~ん!お姉ちゃん起きたよ~~~!!!」
「へ?「本当!?」」
なにやら下の方から驚きの声が聞こえてきた。
私は隣でずっとうるさい目覚まし時計のベルを止める。
ついでに時計を見ると、時計の針は7時20分を指していた。
下の方から階段で上がってくる音が聞こえてくる。
「お母さん心配したんだよ~香…」
「そうだぞ…お父さんもだぞ…」
お父さんとお母さんは部屋に入って、私を確認するや否や安堵の息を漏らした。
「ちょっと、なんでお姉ちゃんが泣いてるの…」
温かい雰囲気に当てられて、あの館での出来事を思い出して泣いてしまった。
「ごめん…ちょっと怖かったこと思い出して…」
「香。一日中ずっと寝てて…死んじゃったのかと思ったんだからね」
「そ、そうなんだね」
「今日の昼までに起きなかったら病院に運ぼうと思ってたんだから…」
心配させちゃったみたいだ。少し、申し訳なく思う。
「体は何ともない?」
「うん。大丈夫だよ…!ほら、この通り」
両親に安心してもらいたくて、涙を拭ってから元気に腕を動かす。
「ならよかった~。ほら、朝ごはん用意してるから。みんなで食べましょ♪」
「目を覚ましてよかった…」
「お姉ちゃんに今死んでもらっても困っちゃうんだから」
皆、思い思いのことを言いながら一階のリビングに向かう。
「先食べてて~!」
私は遅れて行くことにした。
あれは夢だったのだろうか。
確かめるために、自室にある私の身長くらいあるスタンドミラーの前に立った。
「服は…パジャマのままだ」
上着を脱いで背中を確認してみると、傷は無かった。
「夢だった~良かった~~~」
じゃあこれは、とベッドにあるスマホに向かって唱えてみる。
「このスマホを光らせたまへ~なんてね」
唱えてから、スマホを布団の中に入れて光っているか確認する。
「ま、マジですか…」
なんと光っていた。
読んでくださってありがとうございます!
私が最初に出した連載作品「夢中の館」はどうだったでしょうか?
つたない文章だったり…更新が遅かったりで申し訳ないところはたくさんございます。
ですが、1話から1年半くらいで大勢の方に読んでいただいたこと、とてもうれしかったです!




