32:友愛、慈愛、歪んだ果てに
「う、うん。そう・・・だね」
本を左手で持った少女が私の手に右手を当ててきた。握ろうとしているのか、色白の指を見てやっと弱々しい力を感じられた。
険田さんが生きているという嘘がばれれば、きっと明里ちゃんは私を嫌ってしまう。
「どうしたの?急に暗くなって」
「いや、何でもないよ」
「お兄さんは良い人だよ。香お姉さんに紹介したいし、明里は3人一緒に脱出したい」
「・・・うん」
1等星みたいな光を宿した瞳に覗かれて、すぐ返事をしたかった。だけど、罪悪感からか言葉が詰まってしまう。
「じゃあ探しに行こう!」
結局、いつでも振りほどける色白の手を、振りほどかなかった。振りほどけなかった。
明里ちゃんはゆっくりと私の手を支えにしながら立ち上がると、右足を引きずってリュックの方に歩いた。
「ほら、早く持って!」
私は明里ちゃんにされるがままにリュックを担いで、リュックが発していた光を失わせて、真っ暗な部屋を出た。
嫌なことばかり思い浮かぶせいかいつもより背中が重かった。
「お兄さんどこかな。まだ戻ってきてないかな」
私たちは、化け物たちに見つからないように移動しながら、めちゃくちゃに破壊されたままの倉庫に来ていた。明里ちゃんが魔法で刻んだ直線が残っていたり、がれきがそのままになっているあたり化け物以外誰も来ていないようだった。
私は大量のがれきや段ボールをひっくり返している明里ちゃんに悟られないように、部屋の奥の棚に向かった。
険田さんの死体があるのか気になったからだ。以前、明里ちゃんも同じ場所を探していたが悲しむような反応はなかった。
(険田さんの死体は・・・)
死体のある場所を隠していた段ボールをどけてゆっくりとしゃがみ込む。
「・・・」
一目見ただけで生きていないと理解できてしまう青白い肌、力のない指先。
死体があった。探検家のような服を身にまとったあおむけの状態でいる死体が。
(見られちゃダメだ・・・隠さないと)
一度どけた段ボールでまた隠そうとして
「お姉さん何か見つけ・・・。た」
「!?」
(いつの間に後ろに!?)
驚いてとっさに死体を私の体で覆い隠す。
(まずい見られたどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・)
何をすればいいのか分からず、恐る恐る明里ちゃんの方に振り向いた。
振り向くと、大事に持っていた本を落としたまま、口を両手で押さえている少女がいた。
少女の目からはいくつもの大粒の涙が流れ落ちている。
少女は目線を私の先にあるものをとらえまま、膝から崩れ落ちた。
「あぁぁ・・・!」
両手を顔に当てたままうつむいた明里ちゃんから声にもならない音が漏れていた。
ただでさえ体中がボロボロで痛々しいのに、嗚咽やすする音、床を濡らすほどあふれ出ている涙をぬぐう姿に、肺を突き刺されたような痛みが私を襲う。
(だめだ息が)
私は周りに沢山あるはずの空気を吸い込むことができなかった。
呼吸をしようとすればするほど痛みは深く突き刺さっていくから。
胸を力いっぱい押さえて痛みを耐えていたが、短い間しか耐えられずに私は地面に倒れてしまった。
「・・・ッハァ!痛だだだだだ」
倒れた衝撃で肺の空気が一気に出たおかげか、痛みを忘れて空気を吸い込むことができた。
胸の痛みが呼吸をするたびに和らいでいって、安静にしていたら、ゆっくりだけど呼吸できるようになった。
「あ、あがりぢぁん」
上体を起こしながら息も絶え絶えな声で少女の名前を呼ぶが返事は帰ってこない。
少女は、三角座りというにはあまりにも膝を曲げた状態で泣いていた。
「なんで、嘘ついたの!」
謝ろうと口を開こうとしたところで叫び声とともに追及された。
「それは・・・えと」
理由を言おうとしても、言葉が出なかった。のどから出そうとするたびに、言葉が壁にぶつかったように出てこない。
「あの」、「えと」、「その」その3つのつぶやくような言葉はすんなりと出るのに。
(やばい早く言わないとなのに出ない)
「明里をだまして、喜ばせて。そうやって無知な私を見てニヤついてたんでしょ!」
そんなわけがない。日記を読んで、険田さんと必死に頑張って仲のよさそうだった。だから悲しんでほしくなくて・・・
「ちが」
「それともあれ。明里がかわいそうだったから?優しい嘘で騙して・・・好かれたかったの!?」
「それは・・・」
「そんなやさしさ要らない!死んでるならそれでよかった。牢屋にいたときに覚悟してた。ある程度分かってた」
少女の口から出た声は湿っていて、滴り落ちる涙が増えていってるのが感じられるほどだった。
「なのに、無駄に希望を見させて、信じさせて・・・やめてよ。本当に・・・迷惑・・・」
これまでの人生でここまで感情をぶつけられたのは初めてだった。妹とはよくケンカしていたが、言い合っている中で出てくる言葉よりも何倍も・・・いや、全く別ベクトルの感情が私の心に刺さった。鋭い包丁で刺突されたような。そんな感覚だった。
「・・・」
何も言えず。理由も言い訳も、謝る言葉も出なかった。2人で過ごした楽しかった時間が、嘘によってもたらされた最悪な現実にぶん殴られた。
「何にも言わないんだね。詐欺師め」
「良いよもう。どうせ『アウェイク』って魔法で脱出できないんでしょ。信じれないよお姉さんのこと。明里ここに来る前の記憶ないし、脱出したって・・・」
辛すぎる口撃で、倒れないように地面についていた手で、ぐちゃぐちゃに乱れた視界をぬぐう。
「違う!明里ちゃんが言うのは違う!頑張ってきたじゃん。険田さんの時からずっと、頑張ってきたじゃん!もう脱出できるんだよ・・・。魔法は、本に書いてあった『険田さんが大事にしてた本』に!」
「それは・・・」
明里ちゃんがずっと好きだったお兄さんのことまで否定しそうで、私は声を荒げて叫んだ。
「お兄さんのことまで嘘つきにするの?」
叫びが届いたのか、膝を抱えていた少女の手が少し震えた。
「でも・・・脱出しても明里記憶ないんだよ。ここに来る前の。いきなり知らない場所で起きるかもしれないんだよ。怖いよ。泣いちゃうよ」
「なら・・・私が会いに行く」
「冗談やめてよ。嘘なんでしょ。それも」
「嘘じゃない!」
体を引きずって明里ちゃんに少し近づく。
膝を抱えたままの少女の肩に両手を置く。触れられることを予想だにしていなかったのか、体がビクッと震えた。顔を上げた明里ちゃんの赤くはれた目と私の目があう。
「どれだけかかるか分からないけど、絶対会いに行く」
「信じられないよ・・・」
人間不信に陥った少女に私の声はどうしても届かなくて、顔を再び膝にうずめた。
瓦礫にまみれた倉庫には少しの沈黙が続いた。
「ねぇ。明里良いこと思いついたよ。ここにずっと居ようよ。悪魔のことを避けながらさ、一緒にいようよ。館で目覚めてから不思議とお腹は空かないし、のども乾かない。お姉さんのこと信じられないけど、今まで一緒に過ごしてた時は楽しかったんだよ・・・ね、住んじゃおうよ」
明里ちゃんは頭を下げたまま提案を口にした。その提案は、ひどく純粋で、興味の引く子供らしい提案だった。嫌なことを恐れて、楽しいことに逃げ・・・にげる。これって、私のことだ。私も、女の子の悲しむ顔が見たくなくて、険田さんのことをごまかしてた。




