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夢中の館  作者: 秋絽
31/34

31:欺瞞で穢れた心

「だぁ~逃げ切れたあぁ」


 私たちは無事に真っ暗な部屋にたどり着くことができた。

 逃げるときに触手を切りすぎたのか、あの部屋を出てからは触手が襲い掛かってくることはなかった。

 私は抱きかかえている少女をゆっくりと降ろす。


「イっ」

「!。大丈夫・・・?」

「大丈夫だよ、ちょっと痛かっただけ。気にしなくて良いよ」

「・・・ありがとう」


 丁寧に降ろしたつもりだったが、体に付いた傷が大きいからか痛みを我慢する声が漏れていた。


「私が担いでいるリュックを光らせたまへ」


 目的の部屋に着いたは良いものの真っ暗で何も見えず、”光らせる魔法”を唱えてリュックを光らせる。

 リュックから発せられた光は、悪魔との戦闘で見えた赤黒い色はしておらず、ランプやろうそくの炎のような暖色で、心温まる光だった。

 優しい光で周囲が見えてくる。

 だが、リュックを担いでいるせいか肝心の目の前は少し暗かった。

 リュックをどこか適当なところ、私の横にあった長机に降ろす。

 ついでに、右手に持っていた悪魔の皮肌もリュックの近くに置く。


「よっこらせ」


 なんか、おじさんみたいだな・・・。

 それはそうと、明里ちゃんがいるであろう方に向かう。

 リュックが横にあるため目の前に光がとおっていく。

 目の前の明里ちゃんがはっきりと見えた。


「明里ちゃ・・!」


 助かったことへの喜びを分かち合えると思ってマックスになったテンションが、姿を見て一気になくなった。

 目の前の少女の服はビリビリに裂かれて肌の一部が露出し、右の手首は血が止まっているが右うで全体が赤黒く変色した血に塗られていて、見ているだけでも痛々しかった。


「・・・明里ちゃんマジでナイス!」


 だが感謝が言いたくて気まずく感じていた空気をはねのけて切り出した。


「うん!明里ね、起きたとき部屋の外で、周りに誰もいなかったからもしやと思って戻ってみたらあの状況だったんだよね」


 明里ちゃん自身は案外大丈夫そうだった。

 このまま立たせるのもどうかと思い、明里ちゃんの手を取って近くのソファに座らせる。


「いやほんと助かりました!ありがとね」

「もう、大丈夫だって。くすぐったいよ」


 目の前の少女をあやかるように両手を合わせてしゃがみ込む。

 頬をほんのりとチークを塗ったように赤くなっていく少女に気になっていたことを聞く。


「・・・そういや、腕とか足の方は大丈夫?止血はしたんだけど・・・」

「いや、大丈夫ではないかな。歩くとすっごく痛かったよ。今もジンジンしてる」

「ほんとごめん!あの時何もできなくて・・・!」

「大丈夫だよ。それに、悪魔から全力で逃げてくるお姉さん面白かったし」


 何か責められると思っていたが、少女は笑って許してくれた。


「そ、そんなに必死だった?」

「うん。お顔真っ赤にしながら明里のところ来てたもん」


 そうだったのか。

 必死な自分を想像すると気恥ずかしくて、立ち上がってリュックを漁りに行った。

 今回の散策は文字通り死にそうな体験ばかりだったけれど収穫が何もなかったわけではない。

 悪魔のいる部屋から逃げ出すときに拾っていった皮肌の一部。これと獏の毛皮があれば『アウェイク』という魔法で脱出できるのだ。


「・・・あった!」


 リュックの中身があらかた取り出された後、遂に目当ての獏の毛皮を取り出すことができた。

 呆れた、とでも言うように明里ちゃんが言う。


「お姉さん、リュックの中整頓したほうが良いよ」


 ため息交じりの助言は正しく、机の上にはこれまでの探索で集めた物が散らばっていた。


「それはホントにそう」


 軽く返事をしてから毛皮を机において、スーパーで買った物を袋に詰めるように散らばっていたものをリュックのなかに入れる。

 机の上には毛皮と皮肌、レムの冒険譚・上とリュックだけが置かれている。

 脱出できる実感が湧き上がってくる。


「お姉さん、それ何?」

「え?あぁ。脱出に使う素材だよ」


 素材を見つめすぎていて言われたことを反応が遅れてしまった。


「どういうこと?」

「この本に載ってたんだよ。脱出するための魔法が。『アウェイク』って言うんだけど」


 レムの冒険譚・上を持ち上げながら明里ちゃんの方に向いて言った。

 すると、前のめりになりながら目を輝かせている明里ちゃんが座っていた。


「それでここから出られる!」

「つまりはそういうこと!」

「やったね!お姉さん!」


 期待と希望に満ちた声が互いの鼓膜を揺らした。


「それじゃお兄さん探さなきゃだね!」

「・・・」


 お兄さんは険田さんのこと。

 明里ちゃんと出会ってからの衝撃的な出来事で頭の片隅に追いやられていた存在が電流のように駆け巡った。

 目の前の少女は険田さんが死んでいることを知らない。険田さんのことになるとごまかしていたせいだ。私のせいだ。


「そ、そうだ。この『アウェイク』って魔法なんだけど、詠唱部分?が長いし読めなくって・・・」


 また私は逃げてしまった。


「か・・・ッン!貸してみてよ。その長い詠唱、明里が代わりに読んであげる」


 声は震えていなかっただろうか。目は泳いでいなかっただろうか。

 明里ちゃんは意外なほどに私をよく見ている。

 動揺を悟られないようにしながら、レムの冒険譚・上を渡す。

 冒険譚を渡すと少女のポケットがほんのり白色に近い黄色に光っていた。

 渡された少女は、さっそく冒険譚を開いて読み始めた。


「『アウェイク』は呪文集の最後にあるよ」

「りょーかい」


 返事は今までで一番軽かった。

 ページを一気にめくって確認しに行った。


「ほんとだ、めっちゃ長いね。でも全然読めるよ」

「ほんとに!?」


 英語かどうかも分からない文字で書かれていたはずなのになんで読めるんだ。

 気になって本を覗いてみたが前に見たときと同じ、私には読めない文字で書かれていた。


「ほら、日本語で書かれてるでしょ」


 日本語・・・?どういうことだ?

 私には意味不明な記号にしか見えない。


「ごめん、私には日本語には見えないや」

「え~どういうこと?」

「とりあえず、明里ちゃんが読めるならいいや。詠唱さえできれば発動するだろうし」


 なぜ明里ちゃんが読めるのか。明里ちゃんが持ってる羽根のおかげか?

 詠唱さえできれば良いので、これ以上考えることは時間の無駄だと思った。


「その本は明里ちゃんにあげるよ。私は読めないからね」

「良いの?!」

「うん」


 「険田さんの大切なものだったしね」とは言えなかった。

 日記帳を読んだだけの私が、明里ちゃんに向かって険田さんのことを語るのは気が引けたからだ。日記帳には書かれていないやり取りがあっただろうし、互いの思いがあって、二人の間に勝手に入り込むのは自分が許さなかった。

 険田さんの冒険譚を両腕で、子供を抱くお母さんのように抱くようにして


「・・・ありがとう・・・!」


 発された言葉は吐息交じりで、胸の内が温まっていることが、聞いた私でも感じ取れるほどに、抱えている本がどれほど大切なものか心に伝わった。

 私は見ていることしかできなかった。

 目の前の、抱きしめたまま思いをはせている少女に声をかけることができなかった。

 何もできず、長い時間が経った。

 本を抱きしめていた腕を緩めて明里ちゃんが顔を上げて言った。


「香お姉さん。お兄さんを探しに行こう」

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