30:復讐の刃、救済の刃
「逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ」
私はとにかく安全なところを目指して走り回った。部屋を出て右側にある通路を通って左に曲がり、悪魔のいる部屋に行く前にいた机とソファがあった真っ暗な部屋を目指した。
ーザンッ
担いでいたリュックに何かが強く当たった。書斎を通り過ぎた後の出来事だった。
「ちょっ、明里ちゃんが!」
突然の衝撃にバランスを崩して倒れそうになると同時に、抱いている明里ちゃんを手放しそうになる。
私はどうするか考える前に、明里ちゃんの頭を支えている右手を前に、足を支えている左手を私の方に寄せて縦に抱いた。明里ちゃんを守るように抱いたのは良いものの、私はバランスを崩したまま右側面を打ち付けるようにして派手に倒れた。
右半身に衝撃が走った。右腕や肩に殴られたような痛みが染み込むように広がっていく。
(あ、明里ちゃんは・・・無事か?)
私に抱かれた少女を確認してみると、ちゃんと守れていたのか大丈夫そうだった。
(良かったぁ)
私の足が何かに圧迫される。
思わず息が詰まった。
「ヒッ」
圧迫されたと思ったら勢いよく引きずられた。
異変のある足を見ると、細長い、悪魔から伸びていた触手と同じものが巻き付いていた。
「まだくるの・・・!」
本当に何なのあいつ!逃げられたんだから大人しくちょっかいかけてくんなよ!
しつこい相手に怒りを積もる。
「シュナイデン!」
触手を、部屋を出たときみたいに切ろうとして魔法を詠唱した。
だが触手は切れなかった。
「発動しない!?」
(なんでだ、箸を持ってないからか?)
このまま引きずられると、せっかく出られた部屋にまた逆戻りすることになってしまう。
明里ちゃんを抱く手を緩めて、右手で近くにあった落下防止の柵を掴む。
「グゥ・・・」
まだ痛みが引かない右腕に引っ張られる衝撃が走る。
今度は肩が外れそうで、我慢する声が漏れてしまった。
(どうしようどうやって切る!?)
右手だけじゃ耐えられそうになく明里ちゃんを手放して左手でも柵を掴む。
魔法は発動しない、運動していないからか手も痛くなり始めている。
パッとわかることでも触手を切る方法がなく、詰んでいる状況だった。
必死に助かる方法を考えても何も思いつかない。
「どうすれば良いの」
明里ちゃんは気絶していて私を助けられないし・・・視界が段々と水を通してみたときのように歪んで見える。
助かる方法を考えている間に、引っ張られる力は強くなり、私の手は限界が来ていた。
「ダメ、もう・・・限界・・・」
私の手は引っ張られるのに耐えられなくなり柵を放してしまった。
結果的に足に絡まった触手を何とかできないまま、私だけ引っ張られることになった。
引っ張る力が強かったのか、引きずられる速さが捕まった時よりも速く、水きりの石のように地面を跳ねては空を飛んでいた。
「ウッ」
手を放した直後だった、勢いよく背中が壁に打ち付けられた。リュックを担いでいたおかげで痛みこそは無かったが、私が引っ張られている速度を実感させられた。
ぶつかったときに閉じていた目を開くと、先には悪魔のいる部屋の、開きっぱなしにされた扉が見えた。
(ぶつかる!)
両手を顔の前にもっていき、体を丸めて身を守る姿勢を取ろうとする。
が、扉にぶつかった。
ーバン!!!
全然遅かった、手のガードも間に合わず顔面を扉にぶつけた。
不幸中の幸いか、横方向の速度は出ておらず意識が遠くなる感覚はなかった。
むしろ、顔をぶつけられて雑念が消えた。
雑念が消え、今まで積もらせていた憎い悪魔への怒りでいっぱいだった。
「シュナイデェェェェェン!!!」
触手を切ることはやめて、全力で悪魔を攻撃することにした。跳ねながらも、ぶっ倒したい悪魔を睨んで、目いっぱい腕を伸ばして両手の平を悪魔に向けて、館で怖がらせたこと、化け物に切られたこと、それに、明里ちゃんをあんなにボロボロにしたこと、今までに積もりに積もらせた怒りを思いっきり思い浮かべて詠唱した。
魔法を唱えたとき、私の手から怒りを詰め込んだような赤黒い三日月の大きな刃が放たれた。高速で放たれた刃は、触手でいっぱいになっていた悪魔を切り裂き、露出された紫の皮肌に刻まれた。
ーグオォォォォォォォォォォ!!!
シュナイデンによるダメージが痛かったのか、眠っていたように見えた悪魔から大きな咆哮が聞こえた。相当痛かったのか私の足を掴んでいた触手が引いていく。
「シュナイデン!シュナイデン!シュナイデン!シュナイデン!」
一発撃っただけでは気が済まず、立ち上がり構えて何発も何発も何発も魔法を打つ。放たれた刃はすべて赤黒く、4発目まで行くと少し薄いワインレッドになっていた。
「ハハ、ハハハハ。アハハハハハハハハハハハハハハハ」
悪魔は刃に切り裂かれるたびに叫び声のように咆哮を上げており、とてもリアクションが良く気持ちよかった。
私の魔法で打ちひしがれている悪魔を見ていると、気持ちの良いリアクションのほかに悪魔の皮肌の一部が落ちるのを見た。
ひとしきり魔法を打ち切り、私は疲れるどころか、1000m走を走り切ったような達成感で満たされていた。
「ふぅ~・・・」
魔法を打つことは楽しかったがいつまでも楽しんでいる場合ではない。胸に右手を当て、周囲の空気を満足するまで吸い、肺の空気がなくなるまで履いて落ち着かせる。
それでも達成感による胸の高鳴りは収まらなかった。
「すっきりした~」
頭は透き通るようなに晴れやかで、何でもやれそうな感覚だった。
何かやり切った後はいつも手持無沙汰で、鮮やかに見える視界で少し呆けていると、悪魔のそばにある紫の皮肌が目に入った。
忘れていたことが一気に記憶の奥底から突きあがってきた。
「アウェイク!」
アウェイクに必要な素材は、バクの毛皮と迷った場所の主のモノ。
しばらく色々ありすぎて忘れていた。
(悪魔の皮肌ならアウェイクが発動するかもしれない)
やっと見えた脱出へのピースに、私は走り出していた。
皮肌まで走って、10mあるかないかのところまで来た。
あともう少し。その事実に私の心臓はより跳ね上がっていた。
ーズバ!
すると突然、悪魔の方から触手が勢いよく伸びてきた。
だが、今の私には伸びる触手はスローが入ったかのように遅く見えて、顔をそらして避けることができた。
(あれ・・・前に進めない)
なぜかよくわからないけれど、両手と両足が思うように動かすことができなかった。
足を見てみると、単純なことだった。
両手両足に奴の触手が絡みついていたのだ。
一発目の触手に隠れて他の4本の触手が絡みついたのだろう。
「チッ、くそが・・・!」
目の前にある必要なものを目の前にしながら取ることができない。
私から思わず汚い言葉が出ていた。
触手がもう一本生えてきて私の首に巻き付いてくる。
「ぐっ・・・何を、して」
ボコボコにした代償か、首を強く縛られ声が出しにくくなる。
四肢や首を縛られたまま悪魔によって私は、悪魔の顔がはっきり見える高さまで持ち上げられていた。
今まで暗くてよく見えなかった悪魔の顔だが、見開かれた蛇や猫にも似た縦長の瞳孔をした目は見たものを委縮させるには十分なプレッシャーがあった。
「h、はな・・・して」
私はひるむことなく暴れていたが、それでも拘束している触手はびくともしなかった。
首の方は強く絞められてきて息がだんだんと苦しくなり、瞼が重くなっていく。
「ま、ずい。し・・・ぬ」
「・・・デン!」
徐々に暗く遠のいていく意識の中で微かに叫ぶ声が聞こえた。
「っハアァア」
急に首を絞めていた触手が緩んだことで肺に大量の空気が短時間に入り込んできた。
仕事がなく持て余していた肺が驚いたのか、のどにあった淡が絡んだのか、空気を吸い込んだ後ものすごくむせた。
「シュナイデン!」
後ろの方からまた魔法を詠唱する声が聞こえた。今度ははっきりとした視界で見た。私の四肢を縛っている触手を切っていく神々しい光を発した三日月の刃を。
持ち上げるときに支えられていた触手がなくなり、私の体は重力の赴くままに10mの高さから落下し始めた。
常人であれば普通に死んでしまう高さだ。助かったと思ったらいきなりの死の瀬戸際。
魔法で何とかなるかとも考えたが、人を浮かせる魔法なんて知らなかった。
「あの落ちている人を浮かせて!」
また後ろから声がした。後ろの人は私の聞いたことのない魔法を詠唱していた。
いや魔法か?ただ言っているだけじゃないか?
落下しながらも疑心暗鬼なこと考えていたら、地面に近づく速度が下がっていった。
私が地面に着地するころには速度がゼロになり安全に着地することができた。
私を助けた人にお礼を言いたかったが、先に悪魔の近くにある皮肌を取りに走った。
当然、助かった私を捕まえるのか、それとも殺すためか捕まる前に顔に飛んできた触手と同じ速さで何本も伸びてきた。
(さすがに避けきれない・・・!)
「シュナイデン!」
後ろから詠唱されたかと思うと、私に襲ってきた触手がすべて切られて勢いを失った。
「ありがとう!」
感謝を伝えながら地面に落ちていた皮肌を手に取った。
すぐに切り返して大扉のある出口に向かって全速力で走る。
出口には、壁にもたれかかった明里ちゃんが箸を構えていた。
(もう起き上がったんだ!)
明里ちゃんの姿は痛々しく、体を壁に預けて利き手じゃない左手で箸を構えており。右足は地面に添えているだけでほとんど左足だけで立っているような姿だった。
ボロボロな状態でも助けてくれた明里ちゃんに報いるために私は全力で走った。
「シュナイデン!!」
私に向かって伸びてくる触手はすべて明里ちゃんが切ってくれて、何も考えずに走ることができた。
「明里ちゃん!」
「・・・!お姉さん!」
明里ちゃんのおかげで無事に出口にたどり着くことができた。
走ったまま出口にいる明里ちゃんを抱きかかえ、机とソファのある真っ暗の部屋を目指した。




